1 / 37
開演
しおりを挟む
「…は?」
豪奢な衣装を纏った紳士淑女が集まる会場の中心に、ちょっと間抜けな感じのする音が響いたのは、夜会が始まってしばらくした頃。
その音の発生源に目をやれば、ここ最近、醜聞と言える程の話題に事欠かない男女が集まっている。
一人の女性を前に、まるで自らに全ての正義があるのだと言わんばかりの傲慢な印象を漂わす四名の青年と一人の女性。
彼らの中心にいる金髪と澄んだ青空色の瞳を持った見目麗しい青年はこの国の王妃の実子である第一王子ジルベルトだ。その傍らに涙目でぴったりと寄り添うのは、ドミナント子爵家の次女だと言う愛らしい顔つきの少女、シエナだ。
彼女もまた成年しているはずで、本来ならば女性と言うべき年齢のはずだが、その見た目と言動の幼さが目立つせいか女性と評するには無理がある。そのためこの王家が主催する夜会には少し…いや、かなりの違和感を放つ存在である。
この二名を中心にして両脇に立つ青年たちは外務大臣の嫡男クライス・シルベスタ、騎士団長の嫡男ダグラス・フォード、スペンサー商会の次男ジョージだ。
彼らはそれぞれがタイプは違うが見目の良い青年達だ。
前者二名は幼少の頃から第一王子の側近候補として侍り、家の期待を背負っていた。
スペンサー商会は、ここ数年で多大な業績を残した話題の商家で、次男であるジョージは家を継ぐ立場ではないが、嫡男を支えるべくそれなりの教育を受けていた。王子とその側近候補とは王立学園に入ってからの付き合いだという。
いずれにせよ、彼らは本来ならば王子と共に国の未来を背負い、主人に寄り添い、切磋琢磨し、時に主人を諫められなくてはならないはずの存在だった。
そんな一団の前に佇む女性は、この国でも王家に次ぐ権力を持つハウゼン公爵家の令嬢、クリスティーナだった。数ヶ月前に三年制の王立学園を一年飛び級して卒業したと言う。
クリスティーナはプラチナに輝く絹のような髪、輝くような白い肌、泣きボクロが添えられたアメジスト色の瞳に、ふっくらと薄紅色の形の良い口唇、めりはりのある艶やかな肢体を持つ。気を抜いていれば女性ですらゴクリと唾を飲んでしまいそうなほどの色香だ。
ともすればいやらしいと表現されてしまうかもしれないが、何故かそう言われる事はほとんどない。それは彼女が纏う清廉な空気によるものかもしれない。
さらに勉学に秀で、公平な視野を持ち、権力を振りかざすこともなく、いつも朗らかな笑顔を浮かべた完璧な御令嬢だというのがほとんどの貴族の認識である。
そんな彼女は第一王子ジルベルトの二歳下で、その婚約はクリスティーナが五歳、ジルベルトが七歳の時に結ばれた。
クリスティーナが学園を卒業した十六歳で婚姻を結ぶかと思われたが、一年以上経過した今でも未だ成婚に至っていない。
五人の男女に話しかけられる直前まで話をしていた友人たちは、その側で心配そうな視線を彼女に向けている。その一方で、相手の集団に対しては不快感と訝しみ、そして何故か多少の憐みがない混ぜになった視線を向けている。
それもそのはず。友人たちはとある事情を抱えていた事もあるが、それより何より、彼女の本質を知っている程度には近しい関係にある事が影響している。
そして彼らもまた、ソレを知っていたはずなのに、うっかり忘れているようなのだ。呆れもしよう。
さて、少し離れた場所からその様子を眺める者には、うっすらと婚約破棄だの罪を贖えだのなんだのと、なんとも不穏な言葉が聞こえてきたように思うが正確なことはわからない。
騒ぎの中心に向けられる視線は好奇と不快感が主だが一部は呆れているように思う。
それもそのはず、彼らはある程度の事情を知っており、この光景に至った理由をなんとなく想像できた。うっかり出そうなため息を懸命に飲み込みこみ、結果は分かり切ってはいたが、事の次第を見守る事にした。
そうした様々な感情が篭った遠巻きな視線を感じながら、無理矢理この茶番に付き合わされる事になったクリスティーナは溜息を吐き、再び同じ答えを返した。
「ですから、婚約破棄をするだのと仰られましても、殿下と私の婚約はとうの昔に解消されております。
婚約者ではない私を呼び捨てにすることはお控えくださいまし。」
この言葉に一部を除いた大半が驚愕し、その当事者であるはずの王子ですら愕然としている。
王子を具に観察していた者が後に、本当に目玉が飛び出るかと思ったと語ったとか語らなかったとか。それ程に驚いていたらしい。
そしてクリスティーナの友人たちは思った。ああ、阿呆がいる、と。
豪奢な衣装を纏った紳士淑女が集まる会場の中心に、ちょっと間抜けな感じのする音が響いたのは、夜会が始まってしばらくした頃。
その音の発生源に目をやれば、ここ最近、醜聞と言える程の話題に事欠かない男女が集まっている。
一人の女性を前に、まるで自らに全ての正義があるのだと言わんばかりの傲慢な印象を漂わす四名の青年と一人の女性。
彼らの中心にいる金髪と澄んだ青空色の瞳を持った見目麗しい青年はこの国の王妃の実子である第一王子ジルベルトだ。その傍らに涙目でぴったりと寄り添うのは、ドミナント子爵家の次女だと言う愛らしい顔つきの少女、シエナだ。
彼女もまた成年しているはずで、本来ならば女性と言うべき年齢のはずだが、その見た目と言動の幼さが目立つせいか女性と評するには無理がある。そのためこの王家が主催する夜会には少し…いや、かなりの違和感を放つ存在である。
この二名を中心にして両脇に立つ青年たちは外務大臣の嫡男クライス・シルベスタ、騎士団長の嫡男ダグラス・フォード、スペンサー商会の次男ジョージだ。
彼らはそれぞれがタイプは違うが見目の良い青年達だ。
前者二名は幼少の頃から第一王子の側近候補として侍り、家の期待を背負っていた。
スペンサー商会は、ここ数年で多大な業績を残した話題の商家で、次男であるジョージは家を継ぐ立場ではないが、嫡男を支えるべくそれなりの教育を受けていた。王子とその側近候補とは王立学園に入ってからの付き合いだという。
いずれにせよ、彼らは本来ならば王子と共に国の未来を背負い、主人に寄り添い、切磋琢磨し、時に主人を諫められなくてはならないはずの存在だった。
そんな一団の前に佇む女性は、この国でも王家に次ぐ権力を持つハウゼン公爵家の令嬢、クリスティーナだった。数ヶ月前に三年制の王立学園を一年飛び級して卒業したと言う。
クリスティーナはプラチナに輝く絹のような髪、輝くような白い肌、泣きボクロが添えられたアメジスト色の瞳に、ふっくらと薄紅色の形の良い口唇、めりはりのある艶やかな肢体を持つ。気を抜いていれば女性ですらゴクリと唾を飲んでしまいそうなほどの色香だ。
ともすればいやらしいと表現されてしまうかもしれないが、何故かそう言われる事はほとんどない。それは彼女が纏う清廉な空気によるものかもしれない。
さらに勉学に秀で、公平な視野を持ち、権力を振りかざすこともなく、いつも朗らかな笑顔を浮かべた完璧な御令嬢だというのがほとんどの貴族の認識である。
そんな彼女は第一王子ジルベルトの二歳下で、その婚約はクリスティーナが五歳、ジルベルトが七歳の時に結ばれた。
クリスティーナが学園を卒業した十六歳で婚姻を結ぶかと思われたが、一年以上経過した今でも未だ成婚に至っていない。
五人の男女に話しかけられる直前まで話をしていた友人たちは、その側で心配そうな視線を彼女に向けている。その一方で、相手の集団に対しては不快感と訝しみ、そして何故か多少の憐みがない混ぜになった視線を向けている。
それもそのはず。友人たちはとある事情を抱えていた事もあるが、それより何より、彼女の本質を知っている程度には近しい関係にある事が影響している。
そして彼らもまた、ソレを知っていたはずなのに、うっかり忘れているようなのだ。呆れもしよう。
さて、少し離れた場所からその様子を眺める者には、うっすらと婚約破棄だの罪を贖えだのなんだのと、なんとも不穏な言葉が聞こえてきたように思うが正確なことはわからない。
騒ぎの中心に向けられる視線は好奇と不快感が主だが一部は呆れているように思う。
それもそのはず、彼らはある程度の事情を知っており、この光景に至った理由をなんとなく想像できた。うっかり出そうなため息を懸命に飲み込みこみ、結果は分かり切ってはいたが、事の次第を見守る事にした。
そうした様々な感情が篭った遠巻きな視線を感じながら、無理矢理この茶番に付き合わされる事になったクリスティーナは溜息を吐き、再び同じ答えを返した。
「ですから、婚約破棄をするだのと仰られましても、殿下と私の婚約はとうの昔に解消されております。
婚約者ではない私を呼び捨てにすることはお控えくださいまし。」
この言葉に一部を除いた大半が驚愕し、その当事者であるはずの王子ですら愕然としている。
王子を具に観察していた者が後に、本当に目玉が飛び出るかと思ったと語ったとか語らなかったとか。それ程に驚いていたらしい。
そしてクリスティーナの友人たちは思った。ああ、阿呆がいる、と。
0
お気に入りに追加
506
あなたにおすすめの小説
断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。
メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい?
「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」
冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。
そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。
自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです
石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。
聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。
やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。
女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。
素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く
とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。
まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。
しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。
なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう!
そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。
しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。
すると彼に
「こんな遺書じゃダメだね」
「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」
と思いっきりダメ出しをされてしまった。
それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。
「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」
これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。
そんなお話。
婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢
alunam
恋愛
婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。
既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……
愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……
そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……
これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。
※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定
それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!
元婚約者様の勘違い
希猫 ゆうみ
恋愛
ある日突然、婚約者の伯爵令息アーノルドから「浮気者」と罵られた伯爵令嬢カイラ。
そのまま罵詈雑言を浴びせられ婚約破棄されてしまう。
しかしアーノルドは酷い勘違いをしているのだ。
アーノルドが見たというホッブス伯爵とキスしていたのは別人。
カイラの双子の妹で数年前親戚である伯爵家の養子となったハリエットだった。
「知らない方がいらっしゃるなんて驚きよ」
「そんな変な男は忘れましょう」
一件落着かに思えたが元婚約者アーノルドは更なる言掛りをつけてくる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる