原初のヒーロー

七星北斗

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ヒーローになるためには八

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 えるは人工重力負荷装置のスイッチを、再びポチっと押す。

 すると、体が今までの重さが嘘だったように軽くなった。

 しかし明日は筋肉痛確定だな。そんな呑気なことを考えながら膝を突く。

 重力に耐えきれずに地面に突っ伏していた失格者は、重力の負荷から解放されてぐったっりと横になる。

 重力に逆らって立ち上がった合格者は、息も絶え絶えで膝から崩れ落ちた。

「ほみゅほみゅ、会場Bの合格者は八名と」

 えるは眩しいばかりの笑顔でニッコリと笑うと、受験生たちを称賛する。

「みんな結構頑張ったね。えらい、えらい」

 そんなえるの態度に苛立ちを覚えたのか、受験生の一人が声を上げる。

「ふざけるな、これのどこが面接だ」

 ぐったりと横になっていた受験生の一人が、起き上がると怒りを露にした。

「んっ?わからないの?これは面接だよ?」

「常識を考えろ。こんなことが許されると思っているのか?」

「君さ、ヒーローを舐めているの?許すも許されるも、そんなものは必要ないよ」

 えるの怒気を込めた声一つで、受験生たちは心臓に氷水を浴びた錯覚のような寒々しさを感じて、体をガクガクと震わせた。

「これは人物像や能力・思想などを見極めるちゃんとした面接試験だよ?」

 上から顔を眺め、能力が足りない者を蹴落とし、思想の意思を見る。普通の面接試験だよね?

 受験生Aは震えながらも反論する。

「これのどこが面接だ。学校で面接のマナーや受け答えを散々練習したんだぞ。僕は学業だって優秀なのに」

「そっかそっか、ずいぶんと生温い環境で育ったんだねw」

「生温いだと!」

 受験生Aは怒りで震えた。

「そういうのどうでもいいから」

「僕はこの試験で怪我をしたんだぞ。賠償しろ」

「試験のガイドブックは読んでないのかな?この試験で個人が如何なる損害を負ったとしても、自己責任だと大きく書かれていたと思うけど」

「そんなの知らない。パパは政治家なんだぞ。言いつけてやる」

「すればいいんじゃない?」

 んー、めんどくさいな。一発殴っていいかな。でもイメージ悪くなるかも?

 受験生Aは、我慢の限界だとばかりにえるに殴りかかった。

「君がさ、生温い環境でいられるのは、私たちヒーローがちゃんと命をかけて働いているからなんだよ」

 えるは上段蹴りの要領で、受験生Aの拳を右足の爪先でいなした。

 受験生Aの体制が崩れたところに、えるは回転すると左足で足払いをかけて地面に転がすと、受験生Aを一瞬で拘束する。

「もう一度言うよ、ヒーローを舐めてるの?」

「ぼ、僕はエリートなんだ」

「全ての質問をNOと答えた君は、ヒーローとしての才能の欠片もないよ」

 えるは拘束を解くと受験生Aにボソッと耳打ちする。

「ひぃっ!」

 受験生Aは酷く怯えて顔が真っ青になった。

「私言ったよね、才能ない子はいらないって。君はもう帰っていいよ☆」

「糞が、覚えてろ」

 受験生Aは捨て台詞を残して、逃げるように会場を後にした。

「ふう、だから試験官はやりたくなかったんだけど。それはさておき」

 軽やかなステップで、彼方の前にえるは立つと受験生名簿を確認する。

「えっと、青井彼方君ね」

「はい?」

「君とっても良い気を持っているね、精進するように」

 そう言ってえるは右手を差し出す。

「はい!ありがとうございます」

 ヒーロー界上位のえるに誉められたことが、彼方はとても嬉しく、気分が高揚した。

 彼方はえるの手を握ろうと、震える膝に力を入れて手を伸ばす。

 しかしそこで事件が起きた。

 面接試験での無理も祟って、ふらふらな彼方は足がもつれ、何かを掴み転倒してしまう。

「いたたっ」

 彼方は起き上がり、顔を上げるとリボン付きの青の水玉模様が…!?

 えるの顔が見る見るうちに羞恥に赤く染まる。

「キャーーーっ」

 会場にえるの悲鳴が響く。

 転倒して頭を打った彼方は、現状が把握できずに頭がくらくらする。

 あれ?会場をラッピングしていたリボンが消えている?

 それに会場に現れた時から、えるの目は輝くような金色の目だったような?

 もしかして気が乱れると全ての能力が解除される?

 えるの目は、金色が本来の色ではないってことかな?

「それにしても右手に違和感が?」

 彼方は右手にしっとりとした繊維の感触に驚いた。

「何だこの布は」

「スカート返しなさいよ、このド変態」

 えるは桜の花ようなピンク色の眼で睨み付けると、彼方からスカートを引った繰り。すらりと細く、健康的な脚で彼方を蹴り飛ばす。

 彼方を蹴り飛ばした反動で、薄桃色の艶やかなえるの髪がフワリと宙に舞った。

 彼方の意識はそこで途絶える。

 どのくらい時間が経過したのか、彼方は見知らぬ部屋のベッドで目を覚ました。

 記憶が曖昧だが、僕は気絶していたようだ。

「目を覚ましましたね。おはよう」

 彼方が目を覚ましたことに気がつくと、白衣の女性に話しかけられた。

「ここはどこですか?」

「ここは医療室だよ」

 ってことは、このベッドは全知全能のヒーローたちが使うベッド!?

 彼方は恐れ多くて冷や汗をかく。迷惑だろうし、急いで帰ろう。

「すいません、ベッドを借りてしまって。すぐに帰ります」

「構わないよ、それより面接試験合格おめでとう。先は長いけど頑張ってね」

「本当ですか!?」

 彼方は嬉しくて一人ガッツポーズを取る。

 ベッドから出た彼方は、床に置かれた自分の靴を履き、立ち上がると白衣の女性に会釈をした。

「気をつけて帰ってね」

「はい、ありがとうございます」

 白衣の女性に頭を下げると、医務室を後にした。

 全知全能の建物から出ようとすると、外がなにやら騒がしい。

「また来年も来なさいよ」

 名高いヒーローたちが、合格者や不合格者にエールを送る姿があった。その中に小さなえるの姿を見つける。

 しかし彼女は他のヒーローに埋もれることなく、確かな存在感があった。

 何だこれ!言葉にならない、こんなヒーローたちの姿を間近で見る機会があるとは。

 憧れのヒーローたちがこんな近くで、何が何だか鳥肌が凄い。

 どきどきしながらヒーローたちの間を抜けて、歩く僕を見つけたえるは、心配した表情で問いかける。

「さっきは悪かったわね。大丈夫だった?」

「あ、はい。大丈夫です」

 えるはほっとした様子で胸を撫で下ろす。

「最後の試験まで合格しなさいよ。そしたら下僕として使ってやってもいいんだからね」

「ありがとうございます。頑張ります」

 そうして入り口のガードマンから聞いたのだが、毎年試験官総出で魅せるこのエールは、ノーギャラでヒーローたち個人がやっていることだそうだ。

 また来年受験していいのだと、涙を流す受験生も少なくない。

 ヒーローたちの背中がとても大きく見えた。これがプロヒーローか。僕は何だか嬉しい気持ちになった。
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