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二章 血塗られた過去

二十話〔祐也・有紗ペア〕私は、祐也のことが――!

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「——凄い盛り上がり方だな」
「そうね。学園祭の出し物とは言え完成度も高いし、こうならないほうが無理な話かもね」

 現在、俺と白銀は体育館にて「クラス発表」という名目で行われている各クラスの出し物を見ていた。
 踊りや歌、楽器演奏に劇など、各々が力を合わせて一つの作品を作り上げているその姿は、会場を大いに熱狂させている。
 俺たちの出番はもう終わってしまったが、その時も凄い歓声を浴びせられたものだ。

 それもそのはず、俺たちのクラスの出し物は踊り。
 そして芹崎さんと白銀という、顔面偏差値高水準の二大巨頭が踊るその様子はまさに「天使の舞」そのものだった。
 会場の歓声は、ほぼその二人に向けられたものだと言っても過言ではない。

「……というか」

 俺はあることに気づき、白銀に向き直る。

「珍しいな、お前が俺の意見を肯定するなんて」

 白銀は俺が何か意見を発すると、全てそれを否定してくるような奴だ。
 最近なんか特に意見の食い違いしかしていなかったから、ああやってつぶやいたのを後悔していたところだったのだが。

「別に、これくらいなら誰でもそう思うでしょ。私だって祐也と意見が合ったら肯定ぐらいするわよ」
「そうなのか……俺、お前に全ての意見を否定されるとばかり思ってたから、さっきのは少し驚いたな」

 それを知れただけでも白銀と一緒にいれてよかったと思える。
 俺だって、別に白銀との仲を悪くしたいわけじゃないからな。

「私だって、否定したくてしてるわけじゃ……」
「ん? なんか言ったか?」

 白銀がモゴモゴと何かをつぶやいていたので、俺は思わず聞き返す。

「っ……なんでもない。別に祐也のことを嫌ってるわけでもなければ、避けてるつもりもないから。ただ単に意見があってなかっただけ」

 そう言いながら、白銀は頬をほんのりと赤らめていた。
 俺はその様子に疑問符を浮かべながらも、さほど気にせずに口を開く。

「そうか、それはそれで少し残念だな」
「どうして?」

 白銀は小首をかしげる。

「だって意見が違えばそれだけ衝突が起きるってことだろ? 嫌われていないのならよかったけど、それでも俺はお前と衝突したいわけじゃない。……昔はこんなに衝突することもなかったんだけどな」

 何が変わったかと言われれば、俺も多少は変わったかもしれないが一番は白銀だろう。
 どういう心変わりがあったのかは知らないが、出来ることなら俺は三役に就任する前の状態に戻りたかった。

「そ、それは……」
「まぁ、俺とお前は違う人間なんだから、意見が食い違うのは当然なんだけどな」

 俺は苦笑交じりに白銀の顔を見て言うと、再び視線をステージに戻す。

 なんで変わってしまったのか。
 聞きたい気持ちもあったが、聞き出せずにいる俺がいた。
 聞こうと思っても、声を出す手前でどうしても止まってしまう。

 なんと言うか、どことなく緊張するんだよな。
 ノリで聞けるような内容でもないし、ここ最近の結構ガチな悩みである。

「……違う。私が祐也の意見を否定しちゃうのは……」
「どうしたさっきから。言いたいことはちゃんと言ってくれないと聞こえないぞ?」

 気づけば、白銀はまたぶつくさと何かを言っていた。
 本当、どうしてしまったのだろうか?

「し……知らない知らない! 祐也には関係ないの!」
「そ、そうなのか?」

 急に大声を出した白銀に、俺は思わずたじろいでしまう。

「とりあえず、もう少しでお昼の時間だからカフェテリア行こ!」
「あっおい! そんな急がなくても!」

 白銀は勢いで誤魔化すと、またもや俺の手を握って引っ張った。

 何なんだ?
 今日の白銀は、なんと言うか結構積極的だぞ??


         ◆


「うわっ! これ上手いな!」

 俺は学園祭限定のメニューである「かにドリア」を口に含むと、ホワイトソースと蟹の風味が絶妙にマッチしていて、思わず舌鼓を打った。

「ほんとに? ねぇねぇ、私も食べてみたいんだけど」
「食べたかったんならお前も頼めばよかっただろ?」
「だって、祐也の食べてる姿を見たら急に食べたくなったんだもん」

 白銀が頼んだのは、学園祭限定でも何でもない「カルボナーラ」だった。
 曰く、「カフェテリアで食べるものはこれって私の中で決まってるの!」とのことだそう。

 じゃあ、さっきの言葉は何だったんだよ。
 お前の食べるものはカルボナーラじゃなかったのかよ。

 心中でそう愚痴をこぼすも、白銀の頬を膨らませている姿とさっきの言い訳が分からないでもなかった事とでどうしようか悩んでいた。
 やがて俺は、苦笑交じりにため息をつくと蟹ドリアの乗った皿を白銀の前に差し出した。

「しょうがないな、少しだけだぞ。元はと言えば俺の昼食なんだからな」
「分かってる分かってる」

 白銀は如何にもルンルン気分といった様子で、自分のフォークで蟹ドリアを掬って口に入れる。

「ん! ほんとだ! 美味しい!」

 そして、満面の笑みでそうこぼした。
 その笑顔を見ていると、不意に俺まで嬉しくなってしまう。

「ならよかった」
「ねぇねぇ、もう一口食べちゃダメ?」
「もうダメだ。俺の分がなくなっちまう」
「えぇーいいじゃん! あと一口だけ!」
「ダメだ! あとは俺の分!」
「ケチっ!」
「うるせぇ! お前に言われる筋合いはない!」

 ……とまぁ、そんな言い合いをしながらも昼食の時間は過ぎていく。
 今回もやっぱり衝突することは避けられなかったが、心の中で密かにこれを楽しんでいる自分を見つけてしまうのだった。


「――なぁ、一ついいか?」
「ん? どうしたの?」

 あとで一段落すると、俺は白銀に小さな声で話しかけていた。

「周りの視線が痛いんだが、食べ終わったんなら場所を移さないか?」
「あぁー……周りの視線ねぇ」

 白銀は俺の言葉に苦笑いを浮かべる。

 さっき大声で言い合っていたからか、気がつけばかなりの人数の視線を集めていた。
 白銀はもう慣れているのか全く動じていなかったが、俺はそれが何とも居心地が悪くて、とりあえずこの場を離れたくて白銀に声をかけたのだ。

「分かった、じゃあ移動しよっか。どこにする?」
「中庭は学園祭ともなれば流石に人が集まってるだろうし……ここは屋上だな」
「でも、屋上は立入禁止でしょ? どうするの?」
「大丈夫。この間、友達に屋上の鍵の在り処を教えてもらったから」
「そう、じゃあ決まりね」

 周りに聞こえないようにそう交わすと、俺たちは早速移動することに決めた。


         ◆


「――よし、ここは誰もいないな」

 鍵の在り処を教えてくれた蓮に感謝である。

「ふぅ……あの視線のキツイことと言ったら。お前、よくあれを耐えられるよな」

 伸びながら白銀に視線を向けると、彼女はどこか神妙な面持ちをしていた。

「……白銀?」

 俺はそれが気になって、思わず白銀の名前を呼ぶ。
 その声に白銀は目を見開いたあと、ゆっくりと俺の方に向いて、口を開いた。

「……一つ、聞いてもいい?」
「うん? なんだ?」

 俺が聞き返すと白銀は一度、大きく深呼吸をしたあとに言った。

「どうして、私のことを『お前』とか『白銀』って呼ぶの?」

 その瞬間、確実に俺の心臓が一回止まった。

「どうしてって……」
「昔は『有紗』って下の名前で呼んでくれてたじゃん。ねぇ、どうして?」

 白銀は瞳を揺らしながら言葉を連ねた。

 ……隠す必要は、ないか。

「……気づいたら、もうそういう関係じゃなかっただろ。中学のとき、俺らが三役になった辺りから衝突が増えた。昔の様にお前のことを『有紗』って、俺だって呼びたかったさ。……でも、呼べなかった。抵抗があったんだよ。あれだけぶつかってた俺が『有紗』なんて呼んでいいのかって」

 怖かったんだよ。
 お前に、「馴れ馴れしく私の名前を呼ばないで」って言われるのが。

「……そんなの」

 白銀の声に、俺は外しかけていた視線を再び彼女に向ける。
 白銀は、目尻から涙をこぼしながら叫んだ。

「いいに決まってるじゃん! ずっと寂しかったんだよ! 祐也に、『有紗』って呼ばれなくなって」
「……白銀」
「それに衝突が増えたのだって、全部私が悪いの! 祐也を前にしたら、どうしても素直じゃいられなくなって……だから、祐也が気に負う必要なんて何もない!」

 白銀の叫びに俺はどう答えたらいいのか分からずにいた。
 俺が黙り込んでいると、白銀は顔を赤くしながら、瞳に決意を込めて言った。

「全部、私のせいなの。衝突が多くなったのも、祐也を名前で呼ばせなかったのも、全部……私が祐也を好きになったから」
「えっ……?」

 俺は白銀の発した言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

「私は……中学三年! 祐也と三役になった頃から、祐也のことが好きだったの!」
「っ――!?」

 突然の告白に、俺は言葉を失ってしまった。
 心臓も、白銀に聞こえているのではないかというほど激しく鼓動している。

 俺は……どうしたらいいんだ?

 疑問がふつふつと頭に浮かぶと同時に、考える間もなく屋上の扉が開く。

「祐也君!!」

 扉の向こうから聞こえてきたのは、聞き慣れたある少女の声だった――。
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