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一章 惹かれゆく存在の秘密
六話 夢と目標
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「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました。またのご来店、お待ちしております」
——気がつけば、空は夕焼けに染まっていた。
蓮も急用が出来て帰って、店にいたお客さん達も次第にいなくなっていく。
そうして、店内には、俺とマスターとミーシャだけが残った。
「祐也君は、テスト勉強大丈夫なのかい?」
洗い物を終えたマスターは、カウンターから出てきて、未だテーブル席に座っている俺の対の位置に腰をかけた。
「大丈夫……かどうかは分かりませんけど、少なくとも赤点は回避できると思います」
「今のうちにたくさん勉強をしておいたほうがいいよ。大人になってからじゃほとんど出来ないし、道はたくさんあったほうがいい」
道……というのは、きっと進路のことを言っているのだろう。
勉強をすれば、偏差値の高い大学なんかにも行きやすくなる。
選択肢が増えるから、その後の人生を選びやすくなるのだ。
「そうですね。自分も後悔しないように、出来るだけしたいとは考えてますが……俄然やる気が起きないんですよね」
なんて言ったって、朝まで死のうかと考えていたほどだ。
この先の未来なんて興味ない。
結局俺は、適当な大学に行って、適当に仕事を見つけて、なんとなく生きて、そして死ぬ。
芹崎さんと一緒に……というのも頭をよぎったが、俺なんかが芹崎さんの隣にいられるわけない。
さっきのセリフだって、マスターには悪いが、あれは建前だ。
もちろん後悔はしたくないが、勉強しておけばよかったなんて思いも、後悔も、いつかは消える。
そんな一時的な思いをしないために今を苦しむのは嫌だ。
俺は、今を楽に生きていけたらそれでよかった。
「……少し訂正する。無理に勉強をしろとは、私は思わない」
「それは、何故ですか?」
急に考えを改めたマスターに、俺は首を傾げる。
「——祐也君は、夢ってあるかい?」
「夢……ですか。今は、ないですね。夢も、目標も、まだ何も決まっていないです」
「そうか……夢や目標はあったほうがいいよ。それが生きがいになるから」
「じゃあどうすれば、夢や目標をつくることが出来ますか?」
俺は生まれてこの方、一度も夢や目標を持ったことがなかった。
作りかたが分からないし……そもそも持とうと思ったこともなかったから。
半ば皮肉のような感じで言ってしまったことに後悔を感じていた俺だが、マスターは笑顔で俺の問いに答えた。
「いろんな人と関わるんだ」
「いろんな人と、関わる……?」
言っている言葉の意味が理解できずに、俺はマスターの言葉を反芻させた。
「夢や目標っていうものは、何も大学や職業だけにとどまるものではない。こんな人生を送りたい。こんな人と結婚をして、こんな家庭を持ちたい。こんな人と一緒にいたい。いろんなやりたいことが、夢や目標になることだってあるんだ」
マスターはそこまで話すと、一拍を空けて、再度話し始める。
「そして人と関わることが、そのやりたいを生み出してくれるんだよ。いろんな人と関わって、いろんな人を見て、感じて、視野を広げるんだ。そうすれば、自ずと自分のやりたいことが見えてくる」
マスターは穏やかな表情で、丁寧に俺に話してくれる。
……が、申し訳ないことに、俺にはマスターの言っていることがあまり分からなかった。
「マスターは……そうやって自分の夢や目標を見つけたんですか?」
これ以上聞いても俺には理解できないことに気づいたので、俺は最後にマスターに尋ねた。
「そうだね。少なくとも私は、そうやって夢や目標を見つけた。でも、もしかすれば、これは祐也君には合わないやり方かもしれない。まだ時間はあるから、ゆっくりと、自分のやり方で夢や目標を見つけるといいよ」
「……ありがとうございます」
マスターの言っていることは分からなかったが、マスターの俺に対する思いは、なんとなく伝わってきた。
マスターは、きっと俺に後悔をしてほしくないのだ。
マスターは優しいから、後悔して、俺が苦しんでいる顔を見たくないのだろう。
だったら、俺は俺が後悔しないようにやるしかない。
でも、流石に堅苦しい話が続きすぎて、ちょっと疲れたな……。
「……なんだか、空気が重くなってしまったな。祐也君はまだここにいるかい?」
苦笑いを浮かべたマスターは、すぐに表情を戻して俺に尋ねた。
「そうですね。もう少しだけ、ここにいてもいいですか?」
「私はいつまでいてくれても構わないよ。だけど、あまり遅くならないうちに帰りなさい」
「分かりました」
「——カフェラテでいいかい? それとも、他のやつがいいかい?」
話が途切れて、俺がテーブルに上がってきたミーシャを愛でていると、マスターがいきなり俺に質問を投げてきた。
見ると、マスターはカウンターの中ですでにカフェラテを淹れようとしてくれていた。
「あぁ、もう大丈夫ですよ。そんなにしないで帰るので」
「……いや、一杯貰っていってくれ。おじさんのつまらない話を聞いてくれたお礼だ。もちろん、お代もいらない」
「……ありがとうございます。じゃあ、カフェラテを一杯貰ってもいいですか?」
「かしこまりました」
俺が尋ねると、マスターは笑顔でカフェラテを淹れ始めた。
あんなマスターを見たのは、初めてだった。
普段ならあの言葉でマスターは引くはずなのに、今回は食い下がってきた。
その驚きは、思わず言葉が出てこなかったほどだ。
なんでなのだろうか?
俺は頭に疑問符を浮かべるが、ふと毛づくろいをしているミーシャを見ると、そんな疑問もどうでもよくなってしまうのだった。
「ありがとうございました。またのご来店、お待ちしております」
——気がつけば、空は夕焼けに染まっていた。
蓮も急用が出来て帰って、店にいたお客さん達も次第にいなくなっていく。
そうして、店内には、俺とマスターとミーシャだけが残った。
「祐也君は、テスト勉強大丈夫なのかい?」
洗い物を終えたマスターは、カウンターから出てきて、未だテーブル席に座っている俺の対の位置に腰をかけた。
「大丈夫……かどうかは分かりませんけど、少なくとも赤点は回避できると思います」
「今のうちにたくさん勉強をしておいたほうがいいよ。大人になってからじゃほとんど出来ないし、道はたくさんあったほうがいい」
道……というのは、きっと進路のことを言っているのだろう。
勉強をすれば、偏差値の高い大学なんかにも行きやすくなる。
選択肢が増えるから、その後の人生を選びやすくなるのだ。
「そうですね。自分も後悔しないように、出来るだけしたいとは考えてますが……俄然やる気が起きないんですよね」
なんて言ったって、朝まで死のうかと考えていたほどだ。
この先の未来なんて興味ない。
結局俺は、適当な大学に行って、適当に仕事を見つけて、なんとなく生きて、そして死ぬ。
芹崎さんと一緒に……というのも頭をよぎったが、俺なんかが芹崎さんの隣にいられるわけない。
さっきのセリフだって、マスターには悪いが、あれは建前だ。
もちろん後悔はしたくないが、勉強しておけばよかったなんて思いも、後悔も、いつかは消える。
そんな一時的な思いをしないために今を苦しむのは嫌だ。
俺は、今を楽に生きていけたらそれでよかった。
「……少し訂正する。無理に勉強をしろとは、私は思わない」
「それは、何故ですか?」
急に考えを改めたマスターに、俺は首を傾げる。
「——祐也君は、夢ってあるかい?」
「夢……ですか。今は、ないですね。夢も、目標も、まだ何も決まっていないです」
「そうか……夢や目標はあったほうがいいよ。それが生きがいになるから」
「じゃあどうすれば、夢や目標をつくることが出来ますか?」
俺は生まれてこの方、一度も夢や目標を持ったことがなかった。
作りかたが分からないし……そもそも持とうと思ったこともなかったから。
半ば皮肉のような感じで言ってしまったことに後悔を感じていた俺だが、マスターは笑顔で俺の問いに答えた。
「いろんな人と関わるんだ」
「いろんな人と、関わる……?」
言っている言葉の意味が理解できずに、俺はマスターの言葉を反芻させた。
「夢や目標っていうものは、何も大学や職業だけにとどまるものではない。こんな人生を送りたい。こんな人と結婚をして、こんな家庭を持ちたい。こんな人と一緒にいたい。いろんなやりたいことが、夢や目標になることだってあるんだ」
マスターはそこまで話すと、一拍を空けて、再度話し始める。
「そして人と関わることが、そのやりたいを生み出してくれるんだよ。いろんな人と関わって、いろんな人を見て、感じて、視野を広げるんだ。そうすれば、自ずと自分のやりたいことが見えてくる」
マスターは穏やかな表情で、丁寧に俺に話してくれる。
……が、申し訳ないことに、俺にはマスターの言っていることがあまり分からなかった。
「マスターは……そうやって自分の夢や目標を見つけたんですか?」
これ以上聞いても俺には理解できないことに気づいたので、俺は最後にマスターに尋ねた。
「そうだね。少なくとも私は、そうやって夢や目標を見つけた。でも、もしかすれば、これは祐也君には合わないやり方かもしれない。まだ時間はあるから、ゆっくりと、自分のやり方で夢や目標を見つけるといいよ」
「……ありがとうございます」
マスターの言っていることは分からなかったが、マスターの俺に対する思いは、なんとなく伝わってきた。
マスターは、きっと俺に後悔をしてほしくないのだ。
マスターは優しいから、後悔して、俺が苦しんでいる顔を見たくないのだろう。
だったら、俺は俺が後悔しないようにやるしかない。
でも、流石に堅苦しい話が続きすぎて、ちょっと疲れたな……。
「……なんだか、空気が重くなってしまったな。祐也君はまだここにいるかい?」
苦笑いを浮かべたマスターは、すぐに表情を戻して俺に尋ねた。
「そうですね。もう少しだけ、ここにいてもいいですか?」
「私はいつまでいてくれても構わないよ。だけど、あまり遅くならないうちに帰りなさい」
「分かりました」
「——カフェラテでいいかい? それとも、他のやつがいいかい?」
話が途切れて、俺がテーブルに上がってきたミーシャを愛でていると、マスターがいきなり俺に質問を投げてきた。
見ると、マスターはカウンターの中ですでにカフェラテを淹れようとしてくれていた。
「あぁ、もう大丈夫ですよ。そんなにしないで帰るので」
「……いや、一杯貰っていってくれ。おじさんのつまらない話を聞いてくれたお礼だ。もちろん、お代もいらない」
「……ありがとうございます。じゃあ、カフェラテを一杯貰ってもいいですか?」
「かしこまりました」
俺が尋ねると、マスターは笑顔でカフェラテを淹れ始めた。
あんなマスターを見たのは、初めてだった。
普段ならあの言葉でマスターは引くはずなのに、今回は食い下がってきた。
その驚きは、思わず言葉が出てこなかったほどだ。
なんでなのだろうか?
俺は頭に疑問符を浮かべるが、ふと毛づくろいをしているミーシャを見ると、そんな疑問もどうでもよくなってしまうのだった。
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