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一章 惹かれゆく存在の秘密

二話 何かが足りない?彼女

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「一緒に学園に行きませんか?」

 会話が一段落すると、芹崎さんは突然そんなことを言い出した。

「俺は別に構わないけど、芹崎さんはいいの?」

 芹崎さんは、誰がどう見ても凄く可愛らしい女の子だ。
 故に、男と一緒に歩いているところを学園生にでも見られたりしたら、それだけで学園の話題は持ちきりだろう。
 これからの学園生活に支障が出るのではないのか?

 彼女の申し出は、俺としてはとてもありがたい話なのだが、彼女には何不自由ない学園生活を送っていってほしい。
 俺は、彼女に迷惑をかけたくなかった。
 だから俺は彼女に確認したのだが……

「いいも何も、私が一緒に行きたいからこそ誘ったんですよ?」

 きょとんとした目つきで芹崎さんは言う。
 まるで……というか絶対に、この顔はこの後どうなるかを見越していない顔だ。

 この人、もしかして自分がどういう存在かお気づきでない……!?

 いや、そういう人もいるのかもしれないが、大抵は自分で自覚しているか、自覚させられる経験をしているはずだ。
 どうして彼女はそんな素っ頓狂な顔でいられるのだろう。

 ただ、このまま俺と一緒に学園に行ったらどうなるかなんて、俺の度胸じゃ説明できるわけもなく——

「……芹崎さんが行きたいって言うなら、俺はいいよ。ただ、覚悟はしておいたほうがいい」

 俺は芹崎さんから少し視線を外して、含みを持たせながらしか言うことができなかった。

「何故ですか?」

 当然というべきか、芹崎さんはコテッと首を傾る。

「すぐに分かるよ。それよりもほら、早く学園に行かないと」

 俺は言いながら、腕時計に視線を落とす。
 ゆっくりとしていたら間に合わない時間にまで差し迫っていた。
 芹崎さんだって、転校初日から遅刻は嫌だろう。
 勿論、俺だっていつに限らず遅刻は嫌だ。

「そうですね。それじゃあ——」

 そう言葉を置いて、芹崎さんは俺に近づいてくる。

 何だ、何をするつもりだ?

 彼女が起こす行動に全く予想がつかず、俺は咄嗟とっさに身構えてしまう。
 そうして——

「……へっ?」

 俺は腑抜けた声を上げた。
 理解が追いついていなかった。
 脳みそが沸騰するかのように熱くなる。

「あのっ……芹崎、さん?」

 あろうことか、芹崎さんは俺の腕に抱き着いてきていた。
 そして、頬を優しく当ててくる。

 この状況は何なんだ?
 というか、今どういう状況なんだ?
 彼女は、何故こんなことをしてきたんだ?

 様々な疑問と羞恥しゅうちが頭の中で渦を巻き、爆発寸前にまで追い込まれるが、俺はなんとか踏ん張って耐えていた。

 震えた声を出した俺に、芹崎さんは視線を合わせる。

「あっ! 突然ですみません! ……あのっ、ダメでしたか……?」

 芹崎さんは頬を赤らめて一度視線を逸らすが、その後、俺のことを上目遣いで不安げに見つめた。

 芹崎さん……その顔は反則だよ。

「……いや、ダメじゃないよ」

 こんな表情をされて、断れるはずがなかった。
 俺は芹崎さんに微笑みかけながら言う。

「……ありがとうございますっ!」

 芹崎さんは嬉しそうな顔をしながら、抱き締める力を強くした。

 ……勘弁してくれよ。

 俺としてもこの状況は願ったり叶ったりだが、いくらなんでも急展開すぎる。
 芹崎さんが俺の腕を抱き締めているため、歩く揺れで彼女の二つの柔らかな感触が腕に伝わってくるが、彼女はそれを気にする様子もなくニコニコとしていた。

 芹崎さんには羞恥心というものはないのか……?
 というかまず、芹崎さんはさっきまでにこんなことをするのか……?

 まぁ、こんなことになったら案の定注目を集めてしまうわけで——

「うわぁ……なんか私たち、いろんな人たちに見られていますよ?」

 確信した。
 この人、絶対今どんな状況か分かってない。

 現在、俺と芹崎さんは多くの学園生の視線を集めていた。
 それは、(主に男子からの)嫉妬や恨みの類のものもあれば、(主に女子からの)驚きや温かみがあるものもあり、更には、まるで推しを見るかのような熱い視線を送ってくる人もいた。

 正直、物凄く居心地が悪いのだが、俺の腕にしがみついている彼女の存在がそれを和らげていた。

「……まぁ、当たり前なんだけどな」
「どうして当たり前なんですか?」

 芹崎さんの行動に対しての独り言が、どうやら彼女にも聞こえていたらしい。
 彼女は相も変わらず素っ頓狂な顔をして、俺に尋ねてきた。

「さっき言ったよね? 覚悟しておいたほうがいいって」
「あぁ……この状況をですか?」
「ま、まぁそういうことだね」
「なるほど……で、これのどこを覚悟したほうがいいんでしょうか?」
「……えっ?」

 この人、全然物怖じしてない……!?

 ということは、経験がないのではなくて、逆に経験が何回もあってもう慣れてしまったということか?

 芹崎さんは経験が豊富だということか!?

 ある一つの予測にたどり着いてしまった俺は、大きく肩を落としそうになる。
 ……が、ふと目に飛び込んできたものに気づく。

 芹崎さんの口元に、若干力が入っていた。
 唇をふるふるとさせて、視線もどこか落ち着きがない。

 彼女の反応を見て、俺は確信した。

 彼女はそういう声を出していないだけであって、ちゃんとこの状況を怖がっているのだ。

「……少し早く歩くよ。ちゃんとついてきてね」
「あっ、はい」

 俺は芹崎さんをエスコートするように、彼女のことを気にかけながら歩くスピードを早める。

「……大丈夫、もう少しで学園だから。それまで、もうちょっとだけ我慢してて」
「あっ……ありがとう、ございます」

 芹崎さんの顔を見るまで、俺は彼女が怖がっていることに気づいてあげられなかった。

 彼女はきっと、自分が怖がっていたら俺が心配すると思ってくれたから、わざと鈍感なふりをしていたのだろう。
 会って間もないが、そんな気がした。

 もしそうだとしたら、俺がここで彼女に気づいてあげられなかったことを謝ると、彼女に気負わせてしまう可能性がある。

 故に俺は彼女に心の中で謝りながら、彼女を先導していった。

「~~~~っ!」

 隣で頬を赤らめている彼女に気づかずに——


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