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6章 第1部 アリスの来訪

239話 アイギスの仕事

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 ここはエデンのクリフォトエリアにある廃墟の街中。その様子は建物の窓ガラスが割れ、壁のいたるところが崩れていたり、道路のあちことにクレーターができていたり。もはや激しい戦闘が行われたようにボロボロ。もはや人が住めないほどすたれきった、ゴーストタウンのようになっていた。
 そしてレイジたちは急遽きゅうきょアイギスに入ってきた依頼を、受けている真っ最中。廃墟と化した街の路地裏を、敵に気づかれないように走っていた。メンバーはレイジとアリスと結月。カノンも行きたがっていたが、予定が入っていたため断念する形になったという。
 ちなみに依頼は軍から。とあるデータを運ぶほのかの部隊の護衛である。現在彼女たちはレジスタンス側の大部隊に追われており、敵の包囲網を抜け目的地へ。剣閃の魔女のゆきが待機している、安全地帯まで向かわないといけないとのこと。彼女の部隊はほのかと、ほか三人の軍のデュエルアバター使い。あとここには軍側に依頼されたゆきが遠隔操作している、ワシのガーディアンもいた。

「このまま行けば逃げきれそうですね。これもレイジさんたちのおかげです」

 ほのかが状況を確認しつつ、礼を言ってくる。
 すでに依頼も終盤。包囲網をほとんど抜けており、敵はレイジたちを見失っている状況。さらに周囲にいる敵の数も少なく、このまま行けば敵を完全にいた状態でゆきのところへ着けるだろう。

「ははは、それはよかった。こっちとしても最近ほのかの依頼を受けてやれてなかったからな。その分がんばらないとって、張りきったかいがあったってもんだ」
「そんなの気にしないでください。レイジさんたちにはこれまでどれだけ助けてもらってきたことか。だからもしなにかあったときは、いつでも声をかけてくださいね! 恩返ししにいきますので!」

 ほのかは両手をいえいえと振る。そしてまぶしい笑顔で、こたえてくれた。

「ははは、ほのかはやっぱりいい子だな。そのときはぜひ頼むよ」
「はい! お任せください!」
「よーし、この道をまっすぐ進めば、しばらく敵と遭遇することはないなぁ」

 ゆきがワシのガーディアン越しに指示してくれる。
 ここまでスムーズに動けているのも、彼女の改ざんのサポートのおかげ。敵の位置を特定しながら、安全なルートを指示。さらに相手側の索敵に引っ掛からないようにステルス状態にしてもらっているのだ。しかもそれを全部、相手側の場の支配に気づかれないようにしているのがすごいところ。さすが世界で五本の指に入るSSランクの電子の導き手である。

「おっ、了解、引き続きナビゲートたのんだぞ、ゆき」
「レージ、あんなにも敵がうじゃうじゃいるのに、倒さないなんてどういうことなのかしら? もう斬りたくて、斬りたくてうずうずしっぱなしなのに。こんなの生殺しよ」

 ふとアリスがさぞ不服そうに文句を言ってきた。

「おい、そんなことしたら敵にばれて、ブツを届けるどころじゃなくなるだろうが。もう初めの方に暴れさせてやったんだから、がまんしろ」

 今は敵にバレないように忍んでいるが、前半は結構戦闘があったという。敵集団に包囲されていたほのかたちに合流するとき。さらに合流後、敵の包囲が薄いところを突破するときなど。かなりの数を倒したはずなのだが、アリスにとってはまだまだ暴れたりないらしい。

「今回の依頼任務、忘れたとは言わさないぞ」
「あら、そもそも依頼内容なんて、適当に聞き流してたから知らないわよ。敵を斬るのがアタシの仕事でしょ?」
「おいおい、それは狩猟兵団の考えだからな。アイギスに入るかもしれないんだろ? なら、もう少しエデン協会の仕事について理解を示しといてくれよ」

 さぞ当然のように主張するアリスに、頭を抱えるしかない。

「まあ、それもそうね。で、今なにをしてるのかしら?」

 アリスはほおに手を当てながら、首をかしげてくる。

「ほのか、わるいがもう一回説明を頼めるか?」
「わかりました。少し前、レジスタンス側のアーカイブポイントがある可能性が高い場所付近に張り込んでいたところ、なにかを運んでいるであろう敵集団を発見。これを撃破しました」

 ちなみに場所は険しい山岳さんがく地帯。そこにゼロアバターだけでなく、かなり手練てだれのデュエルアバター使いを何人も引きつれていたとか。

「すると大きな収穫が。まず強制ログアウトした中にレジスタンス側の幹部がいて、その落とした情報にとても興味深いものがあったんです。それは彼がやりとりしたメールの断片データで、内容はレジスタンス側の新兵器のサンプルの受け渡しについて。そしてそのブツが、なんとこのメモリースフィアの中にあったというわけです」

 デュエルアバターを倒し強制ログアウトすると、その人物の様々な情報が入った破損データ核と呼ばれるものを落とす。その中には個人情報だったり、エデンでの様々なログやクリフォトエリアでの行動履歴。今回のようなメール系のデータはもちろん、保存しているデータなどなど。それらの断片がいろいろ入っているのだ。中身は毎回ランダムだが、それにより計画や取り引き、さらには現実での身分の特定などをされる恐れがあるのであった。

「中身は即効性のプログラムらしく、起動すればその効果が発動するというものでした。ただその幹部は軍との戦闘中、機密保持のためかメモリースフィアの中身を全部消したんです。そのためこの中はもう空っぽに」

 もし軍にその新兵器のプログラムが渡れば、解析され対策をとられる可能性が。なのでレジスタンス側としては、たとえ中身を消してでも奪われるのを阻止したかったのだろう。しかしそこまで徹底するとなると、レジスタンス側にとってよほど意味のある代物だったのは間違いない。もはや敵の切り札かもしれないため、軍としては決して見過ごせるものではないはずだ。

「ですがメモリースフィアはある程度の復元なら可能です。なのでより多くのデータを復元してもらうため、剣閃の魔女であるゆきさんに頼むことにしました」

 そう、アーカイブスフィアやメモリースフィアは、たとえ中のデータが消されてしまっても復元が可能なのだ。復元可能な時間は約2時間。一応早ければ早いほど復元しやすく、あと改ざんの力量が大きく関係するのだとか。ちなみに復元はかなり難易度が高いらしく、中級者以上じゃないと話にならないレベルなのだそうだ。

「しかしそこへレジスタンス側が、そうはさせまいと現在大量に兵士を送り込み妨害を。なので我々もエデン協会の方々に依頼し、敵の包囲網を抜けゆきさんのところにメモリースフィアを届ける作戦を開始したというわけです」

 現在軍がメモリースフィアを押収した地点周辺には、大勢のレジスタンス側の兵士が送り込まれていた。ゼロアバターを物量展開し、狩猟兵団のデュエルアバター使いも戦力として投入しているのだ。狙いは奪われたメモリースフィア。最悪時間を稼いで、復元を阻止しようという心づもりなのだろう。
 そういうわけで包囲されてしまった軍側は、エデン協会の人間を雇い、メモリースフィアを剣閃の魔女であるゆきのところへ届ける作戦を開始した。作戦内容はこうだ。部隊を五つに分け、それぞれメモリースフィアを運んでいるていで包囲網を突破していく。レジスタンス側からすれば、どの部隊がブツを持っているかわからないゆえ、全部隊追うしかない。ようは敵の戦力を大幅に割いてかく乱する、陽動作戦であった。
 ちなみに今回レイジたちが護衛するほのかのところが、当たり。なのでなんとしてでも押収したメモリースフィアを守り抜き、ゆきのところへ届けなければならなかった。

「ゆき、それはそうと、もう少し近くにこれないのかよ」
「あのねぇ、復元はかなり精密な作業なんだよぉ。それを敵の襲撃や場の支配のあみをかいくぐりながらだなんて、どれだけ大変かわかってるのかぁ?」

 今回もしレイジたちが本命だとバレた場合、敵がこちら側へ一斉になだれ込んで来ることになる。なのでゆきに来てもらった場合、復元だけでなく、周りの警戒も平行してことを進めてもらわなければならないことに。もはや彼女からしてみれば、自身の身を危険にさらし、精神をすり減らすようなオーバーワークをやってられるかという話だ。それなら運ぶレイジたちにがんばってもらって、敵を完全にまいてから周りを気にせず復元に専念したいと思うのは当然のことだろう。

「それにレジスタンス幹部のデータ抽出ちゅうしゅつもやってほしいんだろぉ? その場合クリフォトエリアのデータベースにアクセスしたりして、どうしても目立つから敵をまいた状態でないとダメだしねぇ」

 強制ログアウトで落とした破損データ核は、改ざんを使うことでより情報を引き出すことができる。そのときクリフォトエリアのデータベースを使うことで、行動履歴のデータなどをより多く手に入れられるらしい。ただこの方法は改ざんの索敵などにすぐ引っ掛かってしまい、敵が近くにいる状態でやるのは危険だとか。とはいえアーカイブポイント内だと空間が独立しているため、好きなだけデータベースにアクセスしても外からバレないとのこと。
 これを利用することで相手側のアーカイブポイントの場所を特定したり、身元を割り出し現実で逮捕することも可能になるのであった。
 ちなみに破損データ核は1時間程度で消えてしまう。だが改ざんで消失時間を延長することができる。この今運んでいる破損データ核も、ゆきによってすでに延長措置済み。あと1,2時間は消えないらしい。

「だからさっさと敵を振り切って、ゆきがいる安全地帯に持ってきてよぉ。経過時間が短いほうが、やりやすいんだからさぁ」
「わかった、わかった、善処するよ」

 この場合彼女のワシのガーディアンにブツを持たせて、運んでもらえばいいのではと思うかもしれない。しかしこのガーディアンは改ざんように特化させており、戦闘力はほとんどないのだ。そのため見つかり執拗しつように狙われると、すぐにやられて奪われてしまうのである。しかも上空は改ざんの索敵に引っ掛かりやすいため、低空飛行を余儀なくされるとか。そうなった場合目視で見つかる可能性も高くなり、こういった状況下でとても任せられるものではなかった。

「そういうことだからアリス、しばらく暴れるのはなしだ」
「――はぁ……、そうはいってもね……」

 ほおに手をあて、深いため息をつくアリス。
 一応状況を理解してくれたみたいだが、まだまだ気乗りしない様子だ。

「アリス、もう少しの辛抱しんぼうよ。そうだ。もしがまんできたら、ご褒美にお菓子を作ってきてあげるから!」

 すると結月がアリスの心をつかむ、ありがたい提案をしてくれた。

「――そう、結月のお菓子があるなら、ギリギリ耐えられるかもしれないわ」

 そのかいあってか、なんとか聞き分けてくれるアリス。

「アリス、ほんと頼んだぞ、」
「ちょと待ってぇ! 誰か猛スピードで近づいてくるー。でも、これってぇ……」

 突然ゆきが警告を。

「ゆき、どうした? うん? あれは?」

 前方からレイジたちのほうへと、向かってくる人影を発見する。一瞬敵かと思いきや、その人物はよく知っている人物で。

「よっ、レイジ」

 執行機関のエージェントであるレーシスが、手を上げながら軽いあいさつをしてくる。

「レーシス? なんでここに?」
「ハハハ、仕事だよ、仕事。それよりお前ら、レジスタンスのとっておきのデータを運んでるんだってな」
「ああ、このメモリースフィアの中に入ってたらしいんだ。今中身の復元をしようと、ゆきのところに運んでる真っ最中だ」

 持たされていたメモリースフィアを取り出し、レーシスに見せる。
 ちなみにレイジが持っているのは作戦の一つ。この場合普通持っているのは、依頼主である軍の人間。そう見越してレジスタンス側は、ほのかたちを集中的に狙ってくるはず。なのでその裏をかき、いざというときはほのかたちにおとりになってもらい、その隙にレイジがゆきのところへ運ぶ手はずになっていた。

「そうか、ごくろう、ごくろう。じゃあ、それは俺が預かるから、レイジたちも陽動に回ってくれるか」

 レーシスは満足げにうなずき、そして予想外の一言を告げてきた。

「おい、レーシス、どういうことだ?」
「ハハハ、言葉通りの意味だが。この件は執行機関が引き継ぐ。だから軍側はこのまま陽動を続け、切りのいいところで撤収してくれていいぜ」
「そんな。それは軍が苦労して手に入れたものなんですよ。みんなになんて説明すれば……」

 ほのかはショックのあまり、がっくりうなだれてしまう。
 軍にとって執行機関の命令は絶対らしい。なのでほのかは断りたくても、その通りにするしかないのだ。

「わりーな、ほのか。これは命令だ。オレたちが責任を持って調べとくから、おとなしく手を引いてくれ。そういうわけだからレイジ。それを渡せ」

 レーシスは受け取るため手を差し出し、少し圧のこもった口調で命令してくる。

「――断る」

 しかしレイジは一瞬思考をめぐらしたあと、きっぱりと言い放った。

「なに?」
「これはほのかたちの手がらだ。軍側に入った情報は、そっちでいくらでも調べられるだろ? だからおとなしく待っとけばいいさ」

 レーシスは仲間であり、一応信頼できる人物。なので渡してもいいはずなのだが、このときばかりはその決断ができなかった。というのも今の彼は、うまく説明できないが少し様子がおかしい気がするのだ。いつもの軽い感じで少し余裕のあるレーシスにはめずらしく、本気のような。

「――レイジ……」

 レーシスの瞳の眼光が鋭くなるのを感じる。

「よし、行くぞ、みんな。ゆきのところまでもう少しだ」

 そんなレーシスの肩に手を置き、すれ違おうとしたまさにそのとき。

「ッ!?」

 レイジはとっさに刀に手を伸ばした。
 なぜならレーシスが得物のナイフに手をかけ、抜こうとしたから。

「あら? あなたやる気なのかしら? それなら喜んで相手になるけど?」

 しかしレーシスの動きが完全に止まった。なぜなら彼の首元に、アリスの太刀が突きつけられていたのだから。
 どうやらアリスはレイジに危害が加えられると見抜き、即座にレーシスへけん制をかけてくれたらしい。

「おっと、軽い冗談だよ。ハハハ、本気にしないでくれ」

 すると両手を上げ、降参のポーズを取るレーシス。
 完全に殺意はひっこめてくれたみたいだ。

「しゃーねーな。それじゃあ、あとのことはレイジたちに任せて、俺は報告を待つとするかね」

 そして彼は頭の後ろで手を組みながら、いつもの軽い感じで去っていってしまう。

「なんだったのかしら、彼?」
「ストレイガーくん、なんか少しいつもと違う感じだったけど……」
「さーな」
「レイジさん、本当にありがとうございました! レーシスさんに持っていかれてたら、みんなに合わす顔がないところでしたよ」

 ほのかがガバっと頭を下げ、感謝の言葉を。

「ははは、がんばってるほのかの手がらを、みすみす渡せるかってな。さっ、先を急ごうぜ」

 こうして再びゆきのところへ向かう、レイジたちなのであった。



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