上 下
229 / 253
5章 第5部 ゆきの決意

223話 忍び寄る陰

しおりを挟む
 静野しずのナツメは月明かりに照らされた荒野を、歩いて行く。周囲は静まり返っており、荒れた大地を蹴る二人分の足音だけがひびいていた。
 ナツメのすぐ後ろには、一人の少年の姿が。彼はナツメの二つ年上でロウガと名乗っている。人相がわるく、非常に無口な少年だ。すでになんども一緒に任務をこなしてはいるが、今だ彼のことはよくわからなかった。
 二人で歩いていると、次第に大きな廃工場が見えてくる。そしてその道中にメガネをかけ白衣を着た、三十代後半の男の後ろ姿が。

「はかせ、言われた通り、軽くちょっかいかけてきた」
「ご苦労様でした、ナツメさん、ロウガくん」

 ヴィクターはナツメたちに振り返り、ねぎらいの言葉をかけてくる。
 彼こそエデン財団上層部の人間、ヴィクター・エストマン。ナツメたちの護衛対象である。

「けっ」

 しかしロウガは苛立ちげに、顔をそむけた。

「おや、機嫌がわるそうですね、ロウガくん」
「ロウガだけじゃない。不服なのは私も同じ。なんで倒しちゃだめだったの? あんなんじゃ、全然暴れ足りない」

 ヴィクターに非難の視線を向けながらたずねる。
 実は敵の車両を破壊してすぐ、ヴィクターから通信でもう十分だと撤退の指示を受けていたのだ。本来ならすぐにでも追い打ちをかけたかったが、しぶしぶ退くことにしたという。

「ふっ、ここで二人に疲れてもらっては困りますからね。我々の目的は例のモノの回収。正直彼女たちにかまってるヒマなどないのですよ」

 するとヴィクターはナツメたちのトゲのある態度に対し、すずしげに返してきた。

「もういい。それで場所は特定できたの?」
「ええ、二人が彼女たちの足止めをしてくれている間に、無事特定しおわりました。あとはこのまま乗り込むだけです」

 大型の廃工場に視線を向けながら、不敵に笑うヴィクター。
 どうやらあそこにエデン財団上層部が狙っているブツがあるらしい。

「いっぱい斬れる?」
「ええ、向こうも盛大に歓迎してくれそうですから、それはもう」

 ナツメの無邪気な質問に、ヴィクターはにっこりほほえんだ。

「ハッ、すべて食らいつくしてやる」
「私の得物をとったら容赦しないから」

 ナツメ同様ヤル気になっているロウガへ、釘をさしておいた。
 だが彼は吐き捨てるだけで。

「けっ、知るか」
「こいつ」
「倒すのは敵だけにしといてくださいね。とりあえず好きなだけ暴れていいですが、もし邪魔者が来たら梅雨払いをお願いします。例のモノには近づかせないように」

 今すぐ斬りかかろうかと思っていると、ヴィクターが仲裁ちゅうさいに入りながらオーダーを。

「それでは参るとしましょう。我々が植えた種が、どれほど育ったのかを確認しにね。うまくことが進めば、計画は一気に加速する、ふっ」

 そしてヴィクターは不気味な笑みを浮かべながら、歩みを進めるのであった。




 レイジたちは幽霊の女の子にいざなわれるように、移動していた。
 あれからすぐ幽霊の女の子は姿を消してしまった。だがその接触せっしょくにより、マナが彼女からバグの余波を感知したという。それにより幽霊の女の子の痕跡こんせきを追えるようになり、ここまできたというわけだ。ただ気になるのは、彼女があえて痕跡を残しているのではないかという事実。その証拠に彼女は道中度々姿を見せていたのだ。まるでこっちだよと、手招きしてるかのように。

「もしかしてここにバグが?」
「へー、なかなかでかい工場跡地じゃん」

 レイジたちがたどり着いたのは、荒野の中にたたずむ大型の工場。どうやら自動車の組み立て工場らしく、その規模はかなりのもの。いくつもの工場施設が立ち並んでいるといっていい。ただそんな立派な工場だが、ここはクリフォトエリアのため廃墟はいきょ風。あちこち窓ガラスが割れ、壁や天井が崩れていた。

「マナ、どうだ? なにか感じるか?」
「はい、微弱ですが、バグの気配を感知しましたぁ。おそらくこの工場地帯のどこかにアーカイブポイントのような空間があるはずですぅ」
「詳細な位置はわかるか?」
「少し時間をいただければ、見つけられるとおもいますぅ」
「ここのどっかにあるなら、直接探しに行ってもありかもな。となると二手に分かれるか?」

 このままだとレイジはしばらくなにもすることがない状態に。なのでマナに調べてもらってる間に、廃工場内に潜入して探しておくべきだろう。そこへ電子の導き手のゆきか花火に同行してもらえば、効率がさらに上がるはずであった。

「それがよさそうだねー。じゃあ、ウチがマナちゃんの護衛をしとくよ。さすがに中で戦闘になったら、遮蔽物しゃへいぶつが多くて不利になりそうだし」

 花火がマナの白ネコのガーディアンの頭をなでながら、提案してくる。

「確かに。じゃあ、お互い気を付けて行動しよう。いつさっきのやつらが襲ってくるか、わかったもんじゃないからな」
「先手をとれてたらいいんだけどねー。もし後手に回ってたら、待ち伏せとかいろいろ厄介なことになりかねないし」

 そう、問題は先に見つけたのが、レイジたちなのかという話。今のところ周辺に人の気配はないらしい。だが改ざんのステルス状態にしていたり、先にバグの生み出した空間に入っている可能性も。なのでもしもの場合も想定しておかなければならなかった。

「ははは、その時は返り討ちにするだけさ。今のところマジのバケモノクラスは見かけてないし、オレたちでもなんとかできるはずだ」

 前回乱入してきたエデン財団上層部のエージェント。バイロンや咲がいたら、戦力的なことを考えもっと慎重に動かなければならない。しかしナツメとあの大型オオカミなら、レイジたちでもまだ対処可能な相手。ゆえに少しぐらい強気にでても大丈夫だと判断していた。

「だといいけど。とりあえず護衛しながら、迎撃準備を整えて周辺を見張ってるから」
「花火、頼んだ。そういうことでいくぞゆき」

 花火にこの場を任せ、先ほどから口数が少なくおとなしいゆきに声をかける。

「え? ゆきも行くのぉ……? ゆきもまなたちとお留守番がいいよぉ……」
「いや、オレだけだと目視で探すことになるんだぞ。改ざんで調べながら歩いたほうが、絶対効率がいいだろ」

 まったく乗り気じゃないゆきに、正論をぶつける。

「――で、でもぉ……」

 目をふせながら、震えた声でなんとか抗議しようとするゆき。

「ほら、いくぞ」

 このままではラチがあかないので、彼女の腕を引っ張りながら建物内へと向かう。

「まてぇ!? くおん!? ゆきも残るんだもん! 行きたくないよぉ!」

 ゆきが必死に抵抗しようと声を荒げるが、おかまいなしに連れて行くレイジなのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

元カノ

奈落
SF
TSFの短い話です 他愛もないお話です

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

処理中です...