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3章 第2部 姫の休日

130話 カノンとゆき

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 レイジたちはビジネスゾーンにあるアイギスの事務所から出て、クリフォトエリアへ。今回は以前ゆきからもらった魔女帽子ぼうしに組み込まれているゲートの許可証を使い、彼女のアーカイブポイント内部へ直接座標移動してきたのだ。
 このレイジがもらった許可証は、ゆきが保有するすべてのアーカイブポイントに行き来可能という代物。今後いつ襲われるかわからないため、どこのアーカイブポイントが狙われてもいいようにとそういう設定にしたらしい。

「ここがゆきの新しい拠点か」

 辺りを見渡すと前回同様、高級感あふれる立派なお屋敷のエントランス。天井にはきらびやかなシャンデリア。床は重厚感あふれるカーペットが敷かれ、あちこちに手の込んでいそうな銅像や、騎士のよろいといったオブジェが飾られている。少し配置は違うが、基本は前回のアーカイブポイントと同じ感じである。あとは戦闘面などを考慮し幅や高さともに大きく、どこも一回りでかい仕様の洋館となっていた。
 ちなみにまだアーカイブスフィアは設置していないらしい。なので外部と連絡はつくが、ネット回線にはつながれずいろいろ見たり、調べたりすることができない状況だ。

「ええと、今度の隠し通路はと……、よし、開いたな」

 壁に手を当てると、スイッチが起動。すぐ横が開き、らせん階段がある隠し通路が開く。
 隠し扉のスイッチについては、事前に教えてもらっていたのであった。

「じゃあ、さっそく行くとするか」
「うん、剣閃の魔女さんのもとにだね」
「早く行こう! ゆきが待ってるよ!」

 待ちきれないと先に進む結月に続き、レイジたちもらせん階段の方へ。
 そして罠が張りめぐらされているであろう一階を抜け、ゆきの工房や私室がある二階にたどり着いた。それからばかでかい廊下ろうかを歩きながら、彼女がいるであろう作業場へと向かう。

「よう、ゆき、遊びに来てやったぞ」
「ゆき、お邪魔するね」

 部屋の中に入ると作業机のほかには、ほとんどなにもない室内の光景が。ここはゆきの作業場ゆえ、本来なら武器やガーディアン、メモリースフィアなどがあたりに散乱し散らかりまくっていたはず。だがまだ引っ越しの途中なのか、物はおいていないみたいだ。
 そんな中、ゆきは席に座りながら、宙に浮かぶいくつもの画面を操作していた。

「なんだ、くおんたちかぁ。この忙しい時にたずねてくるなんてさぁ」

 ゆきは画面を閉じ、やれやれといった面持ちでレイジたちの方へと歩いてくる。

「忙しいって、なにやってたんだ?」
「――はぁ……、見ればわかるだろぉ。新拠点への引っ越しだよぉ。前の拠点は爆破して倒壊しちゃったから、新たな活動拠点を作らないとねぇ」

 がっくりうなだれながら、ため息交じりに答えるゆき。

「てことはここ、昨日から作ってたってことだよな」
「そうだよぉ。新しい絶好の候補地を探しだして、アーカイブポイントを作る作業を徹夜てつやしながら今までずっとしてたなぁ。だから正直眠いんだよぉ、はわわ……」

 ゆきは大きなあくびをし、眠そうに目をこする。

「徹夜ってすごいね。そこまで急いで作らないといけないものなの?」
「そりゃねぇ。前回狙われた以上いつまた襲われるかわかったもんじゃないし、早いとこ防備をととのえておきたいもん。そんなそこらのセキリュティじゃあ、安心して仕事に打ち込めないからさぁ」

 アーカイブポイントを設置するのに、セキュリティゾーンや内部の防衛施設はもはや必須ひっす。自分のところの戦力の到着やアーカイブスフィアの新規データの持ち出し、削除作業による時間を稼がなければならないからだ。もし満足に出来ていなければ前回の森羅たちのゆきを狙った強襲で、レイジたちが来る前に狩猟兵団たちが洋館内部に侵入していたかもしれない。そうなればあの状況で勝ち目がなく、敵にゆきのデータが容易たやすく奪われていただろう。アーカイブポイントの役目はデータを守る要塞ようさいなので、セキュリティ面は常日ごろからきっちりしておかないとダメなのであった。

「ふっふーん、今回はすごいよぉ! 以前の災禍さいかの魔女たちにやられた経験を生かし、セキリュティを大幅強化! 前みたいに簡単に陥落かんらくさせない作りー。さらにセキリュティゾーンをより迷宮化して、強化した警備ガーディアンをいたるところに。もちろん洋館内部も、もりだくさんのトラップを仕掛けまくる予定だぁ! 今はまだ一階しかできてないけど、そのうち階層を増やして難航不落の要塞を作ってやるー!」

 ゆきは両腰に手を当て、そのつつまし胸を張りながら生き生きとかたりだす。
 セキュリティに関しては、自分流に要塞をアレンジしていくものなので、作る側にとってはなかなか楽しい作業らしい。前回のゆきのアーカイブポイントも傑作けっさくと豪語するほどだったので、作るにあたりゆきなりの強いこだわりがあるのだろう。

「それは頼もしいが、また自爆装置みたいなの作るなよ。あれマジで強制ログアウトしかけたんだからな」
「えぇ、基地爆破とかロマンあふれてるだろぉ。最後に敵を巻き込んで散るという、切り札の中の切り札。前はよく見ているヒマがなかったから、今度こそはその成果を感慨かんがいにふけりながら見届けたいよぉ!」

 ゆきは手をぐっとにぎりしめ、目を輝かせながら熱くかたる。

「ダメだ。こいつ全然こりてねー」
「――あはは……、今度からはせめて、避難用の隠し通路とかを作っておいて欲しいなぁ」

 困った笑みを浮かべながら、手を合わせ頼みこむ結月。

「しかたないなぁ。ゆづきに免じてそなえ付けといてあげるー」

 その甲斐かいあってか、彼女の重い腰を上げることに成功する。
 これで建物の崩落ほうらくに巻き込まれる危険性は、だいぶマシになったはずだ。

「それでくおん。新拠点の整備が一端整ったら、アーカイブスフィアをここに設置するからなぁ。また、よろしくねぇ」
「メモリースフィアを、ここまで運んでくるんだろ。了解。また予定が決まったら連絡してくれ」

 今あるアーカイブスフィアを持ってくるのは、奪われた時のことを考えると非常に危険。なのでまず媒体ばいたいとなるすべてのデータが入ったメモリースフィアを、こちらに運ぶ。あとは以前のアーカイブスフィアの機能を停止。新しく作れるようにしてから大本となるメモリースフィアを媒体に、再びアーカイブスフィアを作り直す流れ。ちなみに機能を停止したアーカイブスフィアは、そのままメモリースフィアになるのであった。

「今度は私も手伝いたい。今後ゆきのデータのバックアップ作業をする機会もあるだろうし、経験を積んでおかないと」

 結月が手を上げ、参加の意思を示す。

「そうだねぇ。じゃあ、ゆづきにも今のうちに、段取りを覚えてもらおうかなぁ」
「それは助かる。結月がいればゆきがとんでもないルートを指定することはないだろうし、だいぶ気が楽になりそうだ」
「へぇ、そんなに大変なんだ」
「かなりの重労働だぞ。隠密おんみつもかねてるから、ふざけたオーダーがたくさん飛んできやがる。徘徊はいかいしてるのが邪魔だから暗殺の要領ようりょう即仕留そくしとめろとか、大通りは目立つから猛ダッシュで突っ切れとか。他にもビルの最上階に上ってつたっていけとかいろいろあるな。もちろんビルの方は疲れるからという理由で、ゆきのアビリティなし。自力だ」

 肩をすくめながら、今までの苦労を噛みしめ説明してやる。
 徘徊している者たちにバレれば、襲ってきたり追跡されたりで面倒。ゆえに時と場合によっては、できるだけ目立たないように片付けなければならない。それに道筋に誰もいなかったとしても、偶然や遠目から目撃されるリスクは当然ある。さらには電子の導き手のステルスやガーディアン操作の視覚により、ゆきの予想外のところから見られている可能性も。なのでいついかなる時も、できるだけ身をひそめながら行くべきなのだ。

「――それは確かに重労働かも……」
「まあ、数をこなしていくと気をつけることがわかってきて、運搬や護衛の際なにかと役に立つけどな。今後エデン協会の仕事をするなら、いい経験になるかもしれない」
「だ、だろぉ! 優しいゆきはそこまで見越して、くおんがいち早く立派なエデン協会の人間になるよう教育をだなぁ!」

 痛いところを突かれ居心地がわるそうにするゆきであったが、レイジのフォローに腕を組みながらうんうんとうなずきだす。

「なに調子のいいことを、絶対嘘だろ」
「ふ、ふん、ゆきは依頼主! 金を払ってるんだから、少しぐらいの横暴許されるんだもん!」

 レイジのツッコミに、そっぽを向きながら開き直るゆき。

「ははは、開き直りやがったな」
「話がまとまったということで、そろそろいいかな?」

 するとさっきまでレイジたちの様子を見守っていたカノンが、会話に加わってきた。

「んー? そっちの人って確かぁ」
「前はいろいろごたごたしてて、ちゃんとあいさつ出来ていなかったよね。私の名前はカノン・アルスレインだよ」
「あー、ゆきたちが頑張って自由にした、あのアポルオンのお姫様的立場の人かー。剣閃の魔女こと、ゆきだよぉ。よろしくー」

 二人は互いに自己紹介を。
 カノンの制御権破壊後、すぐにレイジたちは那由他と結月を残して解散していた。なのでゆきとカノンが面と向かって話すのは、初めてなのである。

「ゆきちゃんにはアイギスの仕事をよく手伝ってもらってるから、一度きちんと会ってお礼を言いたかったんだよね。なんだか一昨日の件も、すごく頑張ってくれたって聞いたし。だからありがとうなんだよ!」

 カノンは胸に手を当て、ほがらかにほほえみながらお礼を伝える。

「――べ、別に仕事だから、そう改まってお礼を言われるほどでもないよぉ。ま、まぁ、気持ちだけは受け取っておくー。――て、まてぇ! かのん! 今呼び方変じゃなかったかぁ!」

 どこかテレくさそうに答えるゆきであったが、すぐさまあることに気づく。そして両腕を上げながら、ぷんすか文句を口に。
 ゆきは子供扱いされるのが嫌いなため、ちゃん付けで呼ばれるのが我慢ならないのだ。那由他はしつこいのであきらめたらしいが、結月に関しては今だかたくなにこばんでいた。

「うん? どうしたのかな? ゆきちゃん?」

 カノンはちょこんと首をかしげ、やさしくたずねる。

「うっ、今気づいたけど、なんだこの神々しいオーラーはぁ? このゆきが圧倒されてるだとぉ? ――ま、まぁ、かのんは特別ということで許してあげるー……」

 するとゆきはカノンの後光ごこうがまぶしすぎると目をおおい、あとずさりしだした。そしてこれにはかなわないと降参し、あっさりちゃん付けで呼ぶことを許可したのであった。
 しかしそうなると、当然抗議する人間が一人。結月はゆきに詰め寄り、自身を何度も指さし猛アピールする。

「ちょっと、ゆき! カノンだけずるいよ! 私も私も!」
「ゆづきはだめぇ! おまえだと、ただ子供扱いしてるふうにしか聞こえないもん!」 

 ゆきはぷいっと顔をそむけ、有無を言わさない勢いで却下を。

「こらこら、結月。ゆきちゃんを困らせたらだめだよ。そうしたいならもっと信頼関係を築いて、それからお願いしないと」

 そんな結月を見かねてか、ゆきを後ろから抱きしめながらたしなめだすカノン。

「えー、なんで私より、ゆきと過ごした時間が短いカノンの方が上なの?」
「うーん、それはゆきちゃんと私の相性が良かったんじゃないかな? だからもうこんなにも仲良し! ね! ゆきちゃん!」

 カノンは後ろから抱きしめながら、ゆきに親しみを込めたあたたかいほほえみを向ける。

「なゆたレベルの強引ごういんさだけど、まったく不快感がない!? 逆に光栄というか、満たされるというか、なんて心地よさだぁ!? これを会ってすぐ、自然にできるなんて……。これがカリスマというやつなのかぁ……!?」 

 もはやゆきは大きく口をあけ、唖然とするしかないようだ。
 那由他との反応を見るにゆきは馴れ馴れしすぎるのは嫌いみたいだが、そんなそぶりは見せず完全にとりこになっているほど。すんなりカノンの言葉を受け入れているのがわかる。

「ヤバイよ!? ゆきがどんどんカノンに手懐てなづけられてる!?」
「すごいな。あの気難しいゆきを、ここまで容易に陥落かんらくさせるとは……。さすがカノンだ」

 なにやら感動に打ち震えるゆきに、レイジと結月はもはや驚くしかない。
  そうこうしていると突然扉が勢いよく開き、新たな人影が。

「ゆきねえさま! 頼まれていたセキュリティの強化、おわらせてきましたぁ!」
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