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1章 第3部 レイジの選択
44話 アリスの夢
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目を覚ますと見慣れない天井が。カーテンの隙間から陽ざしが入り込んでおり、時計を確認すると九時ぐらい。ここはとあるホテルの一室であり、レイジはベッドの上で寝転んでいる状況だ。
上半身を起こそうとしてやっと異変に気付く。現在レイジの左腕が異様に重く、ほのかな温もりとむにっとした柔らかさとほどよい弾力が襲ってきているのだ。さらにあまりにも近いので吐息と、女の子特有のいい香りまで届いてくる始末。どうやら左腕を、抱き枕のように扱われているらしい。
「――ハァ……、アリスのやつ、またベットに忍び込みやがって……」
寝転んでいたベッドの左半分を占領しているアリスに、思わずため息をつく。
この状況下で一番問題視すべきは、上がぶかぶかのワイシャツ一枚で下はパンツだけという彼女の姿だろう。ボタンをきちんと上までかけていないせいで見えてしまう彼女の大きい胸の谷間や、きわどく見える生足の部分など。もはや思春期の男子には目の毒としかいいようがない。ちなみに彼女が着てるワイシャツはかつてのレイジの所有物であり、アリスが奪っていったものであった。
実のところレイジが朝起きた時やエデンから戻ってきた時、こうやってアリスが抱き付いていることはわりと日常茶飯事のこと。そのせいもあってあまり驚きはしないが、健全な男子としてはよからぬ妄想を抱いてもおかしくない状態だ。小さいころからアリスはかなりの美人であったが、その女の子にあるまじき残念な性格と戦いのこと以外どうでもいいという価値観から、女の子としてではなく共に競い合うライバルとしか見てこれなかった。それが今ではかなり女性らしい身体つきになり、嫌でも女の子だったと思い知らされてしまっているのがレイジの最近の悩みである。
さすがにいつまでもこうしているわけにはいかず、アリスの手を振りほどき上半身を起こすことに。
「あら、おはよう、レージ」
するとアリスも目覚めたみたいだ。彼女も上半身を起こして、まだ眠そうに目をこすりながらあいさつしてくる。
「――おい、アリス……。なんでオレのベッドのところにいるんだ? お前のベッドは隣にあるだろ」
頭を抱え呆れながらの質問に、アリスはわるびれた様子もなくさぞ当然というように主張する。
「フッ、そこにレージがいるからに、決まってるじゃない!」
「あのな、ただでさえ同じ部屋なのに、これ以上精神的負担をかけるのはやめてくれ。小さい頃ならまだしも、オレたちはもう成長してるんだぞ」
実のところこの部屋は二人用で、アリスと一緒に宿泊しているのだ。このことに関してレイジは当然反対していた。小さいころはずっと同じ部屋でも気にならなかったが、さすがに成長した今となると問題があるのは明白であろう。しかしいくら言い聞かせても、アリスは一緒の部屋がいいと主張して一歩も引かなかったのだ。結局そのあまりの切実で必死な説得によりレイジの方が先に折れてしまい、このような形になってしまったのであった。
「――もう、アタシたちは家族であり、いくつもの戦いを共に切り抜けてきた戦友でもあるのよ。そこには通常ではありえない、深い深い絆がある。だからこそいついかなる時も一緒にいるのは、もはや当然のこと……」
そっと目を閉じ胸をギュッと押さえながら、みずからの想いを告白するアリス。
そこには軽い気持ちなど一切なく、信じて疑わないという確固とした意志が込められていた。確かにレイジ自身、彼女の言いたいことはなんとなく理解できるが、この件とは別問題なので却下しておく。
「なにいい話みたいな感じで、誤魔化そうとしてるんだよ。まったく関係ないだろ」
「ム、なによ。文句ばっか言ってるけど、本当は嬉しいくせに。こんな美人な女の子に抱き付かれてるなんて、役得もいいところでしょ?」
アリスはレイジの胸板を指でそっとなぞりながら、意味ありげにささやいてきた。
「――それはそうだが……、はっ、いや、今のなしだ! そんなことよりも、さっさと服を着ろ!」
これには一瞬肯定しそうになるもハッと我に返り、彼女を引き離す。
「フフフ、いつものアレをしてくれたら、考えなくもないわ」
するとアリスレイジの反応に満足そうにしながら、あることを要求。
彼女の言うアレとは朝の身支度を整えることで、いつもレイジにしてもらうのがアリスの習慣になっていた。こうなっているのも本人は戦うことにしか興味がなく、身だしなみなどまったく気にしないせいだ。毎回朝起きた時はその金色のきれいな髪が寝ぐせによりぼさぼさになるのだが、整えるのが面倒くさいとほったらかしにしていた。しかも外に出る時もそのままにするので、レイジが見るに見かねて整えてやったのである。そしたらアリスが大変お気に召したらしく、いつの間にか毎日やるはめになってしまったのであった。
「――はぁ……、それぐらい子供じゃないんだから、いい加減一人で出来るようになれよ……」
「あら、別にレージがいるからいいじゃない。だってあなたはアタシのお目付け役、兼、世話役でしょ?」
アリスはなぜか得意げにウィンクしてくる。
そう、レイジがやるのはアリスの朝の身支度だけではなく、他にもいろいろなことをさせられているのだ。なぜならアリスという少女は戦いに関すること以外、本当にダメ人間そのもの。仕事や訓練以外は基本部屋の中でゴロゴロするだけで、後のことはほとんど人任せ。誰かが世話をしないと、その惨状は日に日に増していくといっても過言ではない。そんなアリスといつも一緒にいるレイジは、気付けば彼女の世話をするポジションになっていた。もはやアリスの父親からもお墨付きをもらえるほどに。これもすべてはアリスの母親が、彼女の父親に愛想つかして早々に出ていってしまったからという。
「だからといってそう毎日面倒を見てられるか。あとのことは光にでもやってもらえ。あの子なら喜んでやってくれるはずだ」
アリスのファンである光なら、レイジと違って快諾してくれるはず。実際一時は彼女にアリスの世話を引き継いでもらうという、話の流れもあった。さすがにアリスは年頃の女の子とあって、レイジみたいな思春期の男子が世話をするのはいろいろ問題があると、光に指摘されたゆえに。しかしその案をアリスが受け入れず、レイジにしてもらいたいと首を縦に振らなかった。それゆえ結局はこれまで通り、レイジがすることになったのである。
「いやよ。今日はレージにしてもらいたい気分だから、遠慮しておくわ」
「いや、いつも同じこと言ってオレにやらせてるだろ」
「……ねえ、本当にダメなのかしら……?」
アリスはシュンと肩を落とし、上目づかいで見つめてくる。
こんな心底残念だというような表情をされると見るにたえず、彼女の要望を叶えたくなってしまう。だからずるいと思いながらも、仕方なくやってやること。
「あー! やってやるからそんな顔するな! まったく……、今回だけ特別だからな」
「さすがわかってるわね! だからレージのことは大好きよ!」
アリスはさっきまで悲しんでいたのが嘘のように、ぱぁぁっと明るい笑顔で告げてきた。
どこからどう見ても、いいように扱われているのは明白。レイジ自身子ども扱いをして甘やかしすぎだという自覚はあるのだが、どうも放っておけないのである。
(――いつもこんな感じで放っておけないなんて、相変わらずアリスに甘いな、オレは……)
苦笑しながらもベッドから立ち上がる。
「なにか、飲むか?」
「それじゃあ、コーヒーをお願いするわ。もちろんいつもと同じようにね」
ウィンクしてくるアリスに見送られ、コーヒーを用意しに行く。室内に用意されたインスタントコーヒーを作り、彼女のリクエスト通り砂糖をこれでもかというほど放り込んでやった。みるからに甘すぎると思うのだが、アリスからしてみればこれぐらいないと話にならないとのこと。そう、彼女は度を越した甘党なのである。
コーヒーを作って戻ると、アリスは室内にあった椅子に座り眠たそうにボーとしていた。その姿はもはや年頃の女の子にあるまじきだらしなさをかもし出しており、彼女の将来が本気で心配になってしまうほど。
「ほら、出来たぞ。いつも思うけどよくここまで甘い液体を飲めるよな……」
「あら、そうかしら? これぐらいだとアタシにとってはまだ苦いぐらいよ」
アリスは平然ととんでもないことを主張しながら、コーヒーを飲み始めた。
「――おいおい、マジかよ……」
想像するだけで胸焼けしそうになるので、その思考をすぐさま振り払う。そして彼女の寝ぐせがつきまくった髪をクシで優しくといでやる。
その動作はもはや手馴れていると自負していいほどなめらかで、次々と彼女のぼさぼさの髪をセットしていった。
「――ん……。やっぱりレージにやってもらうのが一番ね! もうあなたをアタシ専属の執事として、雇いたいぐらいよ! そうすれば身の回りのこと全部やってもらえるし、ダラダラし放題の夢の生活だわ!」
アリスは気持ちよさそうに目を細め、賞賛を送ってきた。どうやら相当ご満悦のようで、機嫌もすこぶるよさそうなのがわかる。
さっきまで割と嫌々でやっていたのだが、そんな彼女を見ていると不思議と悪くないと思えてしまう。
「ははは、一生こき使われるってか……。なんだその地獄は、全力でおことわりさせてもらうぞ」
「もう、失礼ね。こんな美人な女の子にこき使ってもらえて、ここは幸せと思うところよ。それにアタシとの甘いイベントだって盛りだくさんなんだから!」
笑い飛ばしていると、アリスがレイジの方を向いてくる。そしてほおに手を当て、自信満々にほほえんできた。
「――甘いイベントって……。こっちは一応、思春期真っ盛りの男子だ。もしなにかの間違いが起こったとしても、責任とれないんだからな」
「あら、なにをするか知らないけど、アタシとしてはいつでもオーケよ。レージのことは信頼してるもの!」
むしろドンときてちょうだいと、意味ありげにウィンクしてくるアリス。
レイジをからかっているだけだと思うのだが、彼女の場合本気で言ってそうで少し怖かった。
「――あのな……、そういう発言をむやみに言うのはやめてくれ。アリスはオレをからかって楽しいかもしれんが、
こっちは変に意識してしまうんだぞ」
「フフフ、レージはこの手の話題になると、いつも過剰に反応してくれるのよね。今みたいな困った表情はとてもアタシ好みなんだから、そう簡単にやめられないわ!」
頭を抱えるレイジに対し、アリスは上機嫌で切り捨てる。しかも小悪魔じみた笑みと、はずんだ声でだ。その様子からよほど気にいっているらしい。
「そこまでオレをおもちゃにしたいのか……。――はぁ……、アリスの場合、からかうことだけが前提で、恋愛感情が一切ないから余計にたちが悪いんだよな」
そうここで少し複雑なのは、アリスがレイジを恋愛対象としてまったく見ていないことだろう。彼女にとってレイジはどこまでいっても、大切な家族であり戦友。ネタとしてからかってくることはあるが、本心はそこまでのはず。あと一緒にいられるならなんだって受け入れるといった思考も、レイジの悩みの種であった。
「ええ、確かにないわね。アタシはただこれまで通り、レージと一緒にいたいだけだもの。――そう、家族として、戦友としてずっとね……」
アリスはレイジの手をギュッとつかみ、万感の想いを込めて告白を。もはやそれ以外なにもいらないというほどに。
「それともレージはアタシと恋人関係になることを、ご所望なのかしら? フフフ、もし本気なら、本当に付き合ってあげてもいいのよ?」
しかし切実そうにしていたのもつかの間、アリスは椅子から立ち上がる。そしてレイジのほおに手を当て、かわいらしく小首をかしげてきた。
「ははは、そんな関係想像もつかないよ」
一回アリスと恋人同士になった光景を想像してみるが、まったくしっくりこなかった。というのも彼女とはやはり、家族であり戦友でもあるそんな関係が一番あっていると思ってしまうのだ。
(――今はこの関係でいいはずだ……。そう、今はまだな……)
もし彼女と恋人のような関係になるとしたら、きっと今のアリス・レイゼンベルトという少女とのいびつな関係を、どうにかする必要があるはずなのだから。
「あら、もったいないわね。今ならただで付き合えるチャンスだったのに」
「もしそうなったら、いつかとんでもない代償を払わされそうで怖いだろ?」
「……フフフ……、確かにそうなるかもしれないわね……」
アリスは目をふせ、苦笑しながらぽつりつぶやいた。
ただそれは冗談とは思えないほど、どこか核心めいている感じがしたのは気のせいだったのだろうか。
「うっ……」
レイジが目を開けると、見慣れたマンションの天井が飛び込んでくる。
小鳥のさえずりが聞こえ、カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいた。
「――夢か……」
どうやらさっきまでのは夢だったらしい。
今日アリスと会うことになっているので、よけいに意識して過去の光景を夢にみてしまったようだ。
「――アリスとの一年ぶりの再会……。ははは……、いったいどうなってしまうんだろうな……」
アイギスに残るのか、レイヴンに戻るのか。それが今日決まる。
レイジはアリスと会うことを再確認し、起きて身支度を整えるのであった。
上半身を起こそうとしてやっと異変に気付く。現在レイジの左腕が異様に重く、ほのかな温もりとむにっとした柔らかさとほどよい弾力が襲ってきているのだ。さらにあまりにも近いので吐息と、女の子特有のいい香りまで届いてくる始末。どうやら左腕を、抱き枕のように扱われているらしい。
「――ハァ……、アリスのやつ、またベットに忍び込みやがって……」
寝転んでいたベッドの左半分を占領しているアリスに、思わずため息をつく。
この状況下で一番問題視すべきは、上がぶかぶかのワイシャツ一枚で下はパンツだけという彼女の姿だろう。ボタンをきちんと上までかけていないせいで見えてしまう彼女の大きい胸の谷間や、きわどく見える生足の部分など。もはや思春期の男子には目の毒としかいいようがない。ちなみに彼女が着てるワイシャツはかつてのレイジの所有物であり、アリスが奪っていったものであった。
実のところレイジが朝起きた時やエデンから戻ってきた時、こうやってアリスが抱き付いていることはわりと日常茶飯事のこと。そのせいもあってあまり驚きはしないが、健全な男子としてはよからぬ妄想を抱いてもおかしくない状態だ。小さいころからアリスはかなりの美人であったが、その女の子にあるまじき残念な性格と戦いのこと以外どうでもいいという価値観から、女の子としてではなく共に競い合うライバルとしか見てこれなかった。それが今ではかなり女性らしい身体つきになり、嫌でも女の子だったと思い知らされてしまっているのがレイジの最近の悩みである。
さすがにいつまでもこうしているわけにはいかず、アリスの手を振りほどき上半身を起こすことに。
「あら、おはよう、レージ」
するとアリスも目覚めたみたいだ。彼女も上半身を起こして、まだ眠そうに目をこすりながらあいさつしてくる。
「――おい、アリス……。なんでオレのベッドのところにいるんだ? お前のベッドは隣にあるだろ」
頭を抱え呆れながらの質問に、アリスはわるびれた様子もなくさぞ当然というように主張する。
「フッ、そこにレージがいるからに、決まってるじゃない!」
「あのな、ただでさえ同じ部屋なのに、これ以上精神的負担をかけるのはやめてくれ。小さい頃ならまだしも、オレたちはもう成長してるんだぞ」
実のところこの部屋は二人用で、アリスと一緒に宿泊しているのだ。このことに関してレイジは当然反対していた。小さいころはずっと同じ部屋でも気にならなかったが、さすがに成長した今となると問題があるのは明白であろう。しかしいくら言い聞かせても、アリスは一緒の部屋がいいと主張して一歩も引かなかったのだ。結局そのあまりの切実で必死な説得によりレイジの方が先に折れてしまい、このような形になってしまったのであった。
「――もう、アタシたちは家族であり、いくつもの戦いを共に切り抜けてきた戦友でもあるのよ。そこには通常ではありえない、深い深い絆がある。だからこそいついかなる時も一緒にいるのは、もはや当然のこと……」
そっと目を閉じ胸をギュッと押さえながら、みずからの想いを告白するアリス。
そこには軽い気持ちなど一切なく、信じて疑わないという確固とした意志が込められていた。確かにレイジ自身、彼女の言いたいことはなんとなく理解できるが、この件とは別問題なので却下しておく。
「なにいい話みたいな感じで、誤魔化そうとしてるんだよ。まったく関係ないだろ」
「ム、なによ。文句ばっか言ってるけど、本当は嬉しいくせに。こんな美人な女の子に抱き付かれてるなんて、役得もいいところでしょ?」
アリスはレイジの胸板を指でそっとなぞりながら、意味ありげにささやいてきた。
「――それはそうだが……、はっ、いや、今のなしだ! そんなことよりも、さっさと服を着ろ!」
これには一瞬肯定しそうになるもハッと我に返り、彼女を引き離す。
「フフフ、いつものアレをしてくれたら、考えなくもないわ」
するとアリスレイジの反応に満足そうにしながら、あることを要求。
彼女の言うアレとは朝の身支度を整えることで、いつもレイジにしてもらうのがアリスの習慣になっていた。こうなっているのも本人は戦うことにしか興味がなく、身だしなみなどまったく気にしないせいだ。毎回朝起きた時はその金色のきれいな髪が寝ぐせによりぼさぼさになるのだが、整えるのが面倒くさいとほったらかしにしていた。しかも外に出る時もそのままにするので、レイジが見るに見かねて整えてやったのである。そしたらアリスが大変お気に召したらしく、いつの間にか毎日やるはめになってしまったのであった。
「――はぁ……、それぐらい子供じゃないんだから、いい加減一人で出来るようになれよ……」
「あら、別にレージがいるからいいじゃない。だってあなたはアタシのお目付け役、兼、世話役でしょ?」
アリスはなぜか得意げにウィンクしてくる。
そう、レイジがやるのはアリスの朝の身支度だけではなく、他にもいろいろなことをさせられているのだ。なぜならアリスという少女は戦いに関すること以外、本当にダメ人間そのもの。仕事や訓練以外は基本部屋の中でゴロゴロするだけで、後のことはほとんど人任せ。誰かが世話をしないと、その惨状は日に日に増していくといっても過言ではない。そんなアリスといつも一緒にいるレイジは、気付けば彼女の世話をするポジションになっていた。もはやアリスの父親からもお墨付きをもらえるほどに。これもすべてはアリスの母親が、彼女の父親に愛想つかして早々に出ていってしまったからという。
「だからといってそう毎日面倒を見てられるか。あとのことは光にでもやってもらえ。あの子なら喜んでやってくれるはずだ」
アリスのファンである光なら、レイジと違って快諾してくれるはず。実際一時は彼女にアリスの世話を引き継いでもらうという、話の流れもあった。さすがにアリスは年頃の女の子とあって、レイジみたいな思春期の男子が世話をするのはいろいろ問題があると、光に指摘されたゆえに。しかしその案をアリスが受け入れず、レイジにしてもらいたいと首を縦に振らなかった。それゆえ結局はこれまで通り、レイジがすることになったのである。
「いやよ。今日はレージにしてもらいたい気分だから、遠慮しておくわ」
「いや、いつも同じこと言ってオレにやらせてるだろ」
「……ねえ、本当にダメなのかしら……?」
アリスはシュンと肩を落とし、上目づかいで見つめてくる。
こんな心底残念だというような表情をされると見るにたえず、彼女の要望を叶えたくなってしまう。だからずるいと思いながらも、仕方なくやってやること。
「あー! やってやるからそんな顔するな! まったく……、今回だけ特別だからな」
「さすがわかってるわね! だからレージのことは大好きよ!」
アリスはさっきまで悲しんでいたのが嘘のように、ぱぁぁっと明るい笑顔で告げてきた。
どこからどう見ても、いいように扱われているのは明白。レイジ自身子ども扱いをして甘やかしすぎだという自覚はあるのだが、どうも放っておけないのである。
(――いつもこんな感じで放っておけないなんて、相変わらずアリスに甘いな、オレは……)
苦笑しながらもベッドから立ち上がる。
「なにか、飲むか?」
「それじゃあ、コーヒーをお願いするわ。もちろんいつもと同じようにね」
ウィンクしてくるアリスに見送られ、コーヒーを用意しに行く。室内に用意されたインスタントコーヒーを作り、彼女のリクエスト通り砂糖をこれでもかというほど放り込んでやった。みるからに甘すぎると思うのだが、アリスからしてみればこれぐらいないと話にならないとのこと。そう、彼女は度を越した甘党なのである。
コーヒーを作って戻ると、アリスは室内にあった椅子に座り眠たそうにボーとしていた。その姿はもはや年頃の女の子にあるまじきだらしなさをかもし出しており、彼女の将来が本気で心配になってしまうほど。
「ほら、出来たぞ。いつも思うけどよくここまで甘い液体を飲めるよな……」
「あら、そうかしら? これぐらいだとアタシにとってはまだ苦いぐらいよ」
アリスは平然ととんでもないことを主張しながら、コーヒーを飲み始めた。
「――おいおい、マジかよ……」
想像するだけで胸焼けしそうになるので、その思考をすぐさま振り払う。そして彼女の寝ぐせがつきまくった髪をクシで優しくといでやる。
その動作はもはや手馴れていると自負していいほどなめらかで、次々と彼女のぼさぼさの髪をセットしていった。
「――ん……。やっぱりレージにやってもらうのが一番ね! もうあなたをアタシ専属の執事として、雇いたいぐらいよ! そうすれば身の回りのこと全部やってもらえるし、ダラダラし放題の夢の生活だわ!」
アリスは気持ちよさそうに目を細め、賞賛を送ってきた。どうやら相当ご満悦のようで、機嫌もすこぶるよさそうなのがわかる。
さっきまで割と嫌々でやっていたのだが、そんな彼女を見ていると不思議と悪くないと思えてしまう。
「ははは、一生こき使われるってか……。なんだその地獄は、全力でおことわりさせてもらうぞ」
「もう、失礼ね。こんな美人な女の子にこき使ってもらえて、ここは幸せと思うところよ。それにアタシとの甘いイベントだって盛りだくさんなんだから!」
笑い飛ばしていると、アリスがレイジの方を向いてくる。そしてほおに手を当て、自信満々にほほえんできた。
「――甘いイベントって……。こっちは一応、思春期真っ盛りの男子だ。もしなにかの間違いが起こったとしても、責任とれないんだからな」
「あら、なにをするか知らないけど、アタシとしてはいつでもオーケよ。レージのことは信頼してるもの!」
むしろドンときてちょうだいと、意味ありげにウィンクしてくるアリス。
レイジをからかっているだけだと思うのだが、彼女の場合本気で言ってそうで少し怖かった。
「――あのな……、そういう発言をむやみに言うのはやめてくれ。アリスはオレをからかって楽しいかもしれんが、
こっちは変に意識してしまうんだぞ」
「フフフ、レージはこの手の話題になると、いつも過剰に反応してくれるのよね。今みたいな困った表情はとてもアタシ好みなんだから、そう簡単にやめられないわ!」
頭を抱えるレイジに対し、アリスは上機嫌で切り捨てる。しかも小悪魔じみた笑みと、はずんだ声でだ。その様子からよほど気にいっているらしい。
「そこまでオレをおもちゃにしたいのか……。――はぁ……、アリスの場合、からかうことだけが前提で、恋愛感情が一切ないから余計にたちが悪いんだよな」
そうここで少し複雑なのは、アリスがレイジを恋愛対象としてまったく見ていないことだろう。彼女にとってレイジはどこまでいっても、大切な家族であり戦友。ネタとしてからかってくることはあるが、本心はそこまでのはず。あと一緒にいられるならなんだって受け入れるといった思考も、レイジの悩みの種であった。
「ええ、確かにないわね。アタシはただこれまで通り、レージと一緒にいたいだけだもの。――そう、家族として、戦友としてずっとね……」
アリスはレイジの手をギュッとつかみ、万感の想いを込めて告白を。もはやそれ以外なにもいらないというほどに。
「それともレージはアタシと恋人関係になることを、ご所望なのかしら? フフフ、もし本気なら、本当に付き合ってあげてもいいのよ?」
しかし切実そうにしていたのもつかの間、アリスは椅子から立ち上がる。そしてレイジのほおに手を当て、かわいらしく小首をかしげてきた。
「ははは、そんな関係想像もつかないよ」
一回アリスと恋人同士になった光景を想像してみるが、まったくしっくりこなかった。というのも彼女とはやはり、家族であり戦友でもあるそんな関係が一番あっていると思ってしまうのだ。
(――今はこの関係でいいはずだ……。そう、今はまだな……)
もし彼女と恋人のような関係になるとしたら、きっと今のアリス・レイゼンベルトという少女とのいびつな関係を、どうにかする必要があるはずなのだから。
「あら、もったいないわね。今ならただで付き合えるチャンスだったのに」
「もしそうなったら、いつかとんでもない代償を払わされそうで怖いだろ?」
「……フフフ……、確かにそうなるかもしれないわね……」
アリスは目をふせ、苦笑しながらぽつりつぶやいた。
ただそれは冗談とは思えないほど、どこか核心めいている感じがしたのは気のせいだったのだろうか。
「うっ……」
レイジが目を開けると、見慣れたマンションの天井が飛び込んでくる。
小鳥のさえずりが聞こえ、カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいた。
「――夢か……」
どうやらさっきまでのは夢だったらしい。
今日アリスと会うことになっているので、よけいに意識して過去の光景を夢にみてしまったようだ。
「――アリスとの一年ぶりの再会……。ははは……、いったいどうなってしまうんだろうな……」
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