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1章 第3部 レイジの選択

40話 敵の思惑

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  レイジが歩いているのは川沿いの堤防の道。すでに空は暗く染まり、丸い月が青白く輝いている。その月明かりによって辺りは夜だというのに明るく、川の水面はキラキラと輝いていた。

「あー、だりー、もうこんな時間だっていうのに、まだまだやることがあんだぜー」
「おい、愚痴ぐちを言うだけなら、また今度にしてくれないか」
「まあまあ、そう言うなってー」

 現在、電話越しにレーシスの愚痴に付き合いながら、帰路についている真っ最中である。
 ちなみにレイジと結月が事務所に戻ってからは、すでに帰っていた那由多なゆたと今後について軽く話し合い解散となった。アラン・ライザバレットの件については明日から、本格的に調査を開始するらしい。
 そういうわけで自分のアパートへと帰るつもりだったが、少し考え事をしたくて今は遠回りして自宅の方へと帰っていた。そんな時にレーシスから通話があったので、こうして話に付き合ってやっているのである。

「――それでレイジ。片桐かたぎり家のご令嬢様との進展はあったのかよ?」

 ふとレーシスが興味津々にたずねてくる。

「まったく、進展ってなんだ、進展って……」
「ハハッ、そりゃー、なんたってあの片桐だぜ。一般人のレイジにしてみれば、超逆玉じゃねーか。しかもあの子には片桐家次期当主の妹までいるんだから、絶対お近づきになっとくべきだぜ」
「――結月の妹……、ってことは片桐美月って子か?」

 適用に聞き流そうと思っていたが、気になったワードが出てきたので聞いてみる。

「おっ、そこまで聞き出してたか」
「偶然話題に上がってさ。でも次期当主の話は初耳だ」
「片桐美月。神童と呼ばれた子で、あまりの才ゆえに小さいころから片桐家の次期当主として決められていたんだと。その評価は、財閥関係で有名なサージェンフォード家の完全無欠の姫君ひめぎみ。ルナ・サージェンフォードと肩を並べるほどだって話だぜ」

 サージェンフォード家の姫君のうわさは、お得意様の一人である白神相馬しらかみそうまから聞いたことがあった。歳はまだ若い少女だというのに、そのあふれんばかりの才は正しく一級品で、あの相馬も舌を巻くほどだったらしい。そんなサージェンフォード家の姫君と同格といわれるのだから、結月の妹は相当なものなのだろう。ちなみになぜこの話題になったのかというと、相馬がサージェンフォード家とつながりを持つため、彼女を落としたいと相談されたからなのであった。

「へぇ、そんなにもすごい子なのか。でも、その美月って子、性格の方になんがあるんじゃ……」

 だが光と結月の会話から思い描いていたイメージとあまりにもかけ離れていたので、ツッコミを入れてみる。

「ハハッ! 確かに結構あるねー。美月の奴に会えばわかると思うが、見た目にだまされたらいけないぜ。ほんといい性格してやがるから、下手するとあいつのおもちゃにされちまう」

 思いだし笑いをしているレーシスの態度とその言葉からして、神童ではあるが性格はかなり困った子のようだ。

「ははは、聞いた話通りみたいだな。というかその口ぶりだと、レーシスはその子に会ったことが?」
「――あー、昔にちっとあってな。少なからず面識があるのは確かだ……」

 レーシスは感慨深そうにしながら、少し意味ありげにかたる。
 彼も那由他と同じく謎が多いので、面識があることに対しとくに驚きはなかった。おそらく仕事かなにかで出会ったのだろう。

「――そっか。――ところでレーシス。そっちはアラン・ライザバレットの件で、なにか進展があったのか?」

 そろそろレーシスに一番聞きたかったことをたずねる。
 さっきの那由他との話では、結月の今後のことについてがメインだったのであまりくわしく聞かされていなかったのだ。

「いーや、それに関してはなんもねーな。あちらさんは続々と集まってるだけで、今だ目立った動きはなし。大人しいもんだぜ」
「一応狩猟兵団しゅりょうへいだんレイヴンの人間とむこうで会ったから、水面下で動いてるはずなんだけどな」

 光がレイジを襲ってきたのはおそらく偶然。お互い近場に用があったので、たまたま出くわしただけに思えた。なので光にはアラン・ライザバレットがらみの目的があったはずなのだ。

「そういう報告はこっちにも入ってんだが、どれも目的がはっきりしねーんだよ。上位クラスを見かけるは見かけるが、その目撃情報の場所はバラバラ。しかも目的がなくただ歩き回って、見つけた相手に片っ端からケンカを仕掛けにいくってな」
「うわー、それってかなりまずくないか?」
「ハハッ、シャレになってねーぐらいにな。状況的にかえりみて、ほとんどが陽動。おそらく本命のターゲットを確実に仕留めるため、上位クラスの狩猟兵団が協力してこちらをかく乱し、戦力分散を狙ってるんだろーな」

 こうなってくると狩猟兵団側が事を起こす時にも、陽動が出てくるかもしれない。この陽動の作戦は上位クラスのエデン協会の者たちの足止めに、非常に有効といっていい。なぜならクリフォトエリアでは座標移動ができないため、一度入ってしまうと別の場所に急行するのに時間がかかってしまうから。例えログアウトで再び入ろうにも、30分はクリフォトエリアに再度入れないので目的地にたどり着くのも一苦労なのだ。
 しかもクリフォトエリアにアーカイブスフィアを保管している企業や財閥に、いつ襲われるかわからない不安を抱かせ、上位クラスのエデン協会の者を事前に雇わせることも可能。よって上位クラスのエデン協会の取り合いが起こり、応援を呼ぼうにもなかなか呼べなくなってしまう。これにより狩猟兵団の者たちにとって、本命のターゲットから敵を遠ざけることが可能となり楽に行動できるのであった。

「普通はこんなまどろっこしいことしないだろうから、狙いは上位の財閥、いや、白神コンシェルンみたいなとんでもないとこかもしれないぞ」
「ハハッ、それかこの日本を潰しにってのもあるぜ」

 アゴに手を当てながら推測していると、レーシスがとんでもない可能性を言い放つ。

「――確かに可能性はあるかもしれないが、さすがにそこまでやるとは思えないんだが……」
「レイジ、災禍さいかの魔女のうわさを聞いたことはねーか?」
「一応ゆきから聞いたが、まさかあのどこぞの政府のアーカイブポイントを襲撃したように、今度はこの日本でって言いたいのか?」
「可能性はあんだろ? 前回のがデモンストレーションだった場合、こっちが狙われてもおかしくはねー。だから政府のアーカイブポイントは今、過去最高の警戒態勢でえらいことになってんだ。災禍の魔女対策で軍のデュエルアバター使いが常時待機してんのはもちろん、すぐにエデン協会の人間を送り込めるようにとかさ」

 今日レーシスへ会いに軍の施設に行った時、みょうに慌ただしかったのはそのせいなのだろう。今までなら狙われたとしても、その厳重なセキュリティにより守りは万全であった。だが同じく厳重だったはずの他の政府のアーカイブポイントが、いとも容易く攻略されたとなってはそうもいってられない。もはや警戒しない方がおかしいというものだ。

「万が一交通機関とかの制御権をいじられでもしたら、大惨事になりかねないしな」

 セフィロトは世界中のデータを管理するだけではなく、交通機関や発電所、兵器などといったある一定以上の機械の制御権さえも管理していた。これによりテロリストなどの外部の者が一切悪用できなくなり、さらに制御権を与えられた内部の者でもさだめられた操作以外できなくなる。もはや安全対策は万全といってよかった。
 しかしこのことについての問題。それはある一定以上の機械の制御権は、データと同じくアーカイブスフィアで管理していたということ。そう、パラダイムリベリオンの影響で、触れられてしまえば誰でも最高権限の操作をできるようになってしまったのだ。しかも以前にあった、本来の正しい用途以外を禁止するセキュリティが機能しないというおまけつきで。もし国内の交通機関や発電所のシステムなどの、人々の生活に欠かすことのできない制御権があるアーカイブスフィアを悪用されれば大混乱は明白。ゆえにテロリストなどの格好の的になるため、厳重な自国のアーカイブポイントで政府の機密データがあるアーカイブスフィアと共に、守っているのであった。

「そうそう、だからそれすら陽動とわかってたとしても、守りを解くわけにはいかねー。これで軍と日本にいる最高クラスのエデン協会の動きは、ほとんど封じられたってな」
「おいおい、わざわざ政府のアーカイブポイントを襲ったのも、陽動の一つと言うつもりか?」 
「オレの見解ではそのはずだぜ」
「そこまでするターゲットってどんだけすごいんだよ……」

 事のあまりの大きさに、ぞっとするしかない。

「それを調べるのがお前たち、だろ?」
「あー、ハイハイ、そうでしたね。――はぁ……、この様子だとこれからしばらくは忙しくなりそうだ」

 さぞ当たり前のように言い放ってくるレーシスの発言に、肩をすくめながら投げやりな感じで返してやる。この先の苦労を考えてみると、もはや苦笑しか浮かんでこなかった。
 そんなレイジに、レーシスも笑いながら同意する。

「ハハッ、違いねー。――じゃ、明日から那由他と一緒に頼んだぜ。こっちもこっちで探りをいれておくからよ」
「了解」

 レイジが返事をしたと同時に通話が切れた。

「――とは言ってもオレの場合、アラン・ライザバレットの件よりも、アリスのことをどうにかしないといけないからなぁ……。――はぁ……、まったく、前途多難だ……」

 がっくり肩を落としながら、さっき光から届いたメールを再び確認する。そこには明日の待ち合わせ場所と、時間が指定されていた。

「さて、これからどうしようかね……」

 もはや天をあおぐしかないレイジなのであった。
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