2 / 253
序章 女神と世界を統べる者たち
2話 戦友の少女との日々
しおりを挟む
十五歳の少年である久遠レイジは、十階建てのビルの屋上に設置されているフェンスへ背中からもたれかかり、待機している状況だ。
上空は淡い青色が混ざり始める、夜明けの空模様が見える。ふと視線を後方に移すと、そこにはビルが立ち並ぶ市街地の光景が。そしてさらに遠くの方では、岩山があちこちにたたずむ荒野がどこまでも広がっていた。そんな荒野の中にある市街地だが、辺りは完全に静まり返っており、人々の姿はもちろん、車の行きかう姿もまったくない。もはや無人と化した街中。というのもここら一帯の建物は、すべて廃墟。窓が割れ、壁のいたるところに穴が。ひどいところは半壊している始末である。とはいっても人々の住んでいる形跡がないのは、当然のことだろう。そもそもの話、ここは現実ではないのだから。
この場所は2037年に人工知能を搭載した量子コンピューターセフィロトが、自身の電子ネットワークとその中にあるすべてのデーターを物質化して創りだした、エデンと呼ばれる電子の世界の中。人々はエデン用のアバターを脳とリンクさせ、意識だけをこの世界に持ってきているのだ。そのため現実にある身体どうよう思い通りに動け、さらには五感まで再現されているのであった。
「――あー、眠い……」
思わず大きなあくびがでてしまう。
「もう、レージ、しっかりなさい」
すると腰に手を当てながら、たしなめてくる少女の姿が。
彼女はレイジと同い年であり、名をアリス・レイゼンベルト。輝く金色の髪に、研ぎ澄まされたナイフのようなきれいで鋭い瞳。スタイルが非常によく、さらには整った顔立ちをしているため誰もが美人と認めるであろう少女である。
その外見はエデン用のアバターであるのにも関わらず、現実の彼女とまったく同じ。これはエデンのシステム上の制約により、ある例外を除いてアバターを現実の自分の姿と同じにしないといけないというもの。なので専用のスキャナーを使って全身のデータを取り、本人の外見をアバターで完全再現するというわけだ。
レイジは八年前からアリスの父親に引き取られた形になっているので、彼女とは家族同然の付き合いをしてきた仲といってよかった。
「いくら早朝だからといっても、これから仕事なのよ。そんなふうに寝ぼけてたら、戦いに支障が出てしまうわ」
現在レイジはアリスと共に、彼女の父親が社長をしている狩猟兵団レイヴンに所属している。
狩猟兵団とは簡単に説明すると、このエデンでの金で雇える傭兵であり、民間の会社という形態で世界に根付いているのだ。その数は八年前のある事件以降から次第に増加していき、今やこの世の中に欠かすことのできない社会システムになっているほどであった。
「――あのな……、こんな状況になったのも、オレがアリスの代わりに犠牲になったからだぞ。そのおかげでお前は夜の飲み会の席を回避できたんだから、感謝しろよな」
額に手を当て、アリスに恨みがましい視線を向ける。
事件は昨日の夜遅く、狩猟兵団レイヴンの軽い打ち上げ時のこと。大きな仕事を済ませたあと幹部の一人が盛大に飲もうと言いだし、今いるメンバーで夜遅くまで騒ぐことになっていた。普段なら参加してもよかったのだが、その日の依頼はかなりハードな仕事だったのでさすがに体力が持たないと、辞退することにしたのだ。あとはホテルに戻って寝ようとしたところ、アリスに肩をつかまれそのまま飲み会の席に放り込まれたのである。というのも今回は社長が不在だったため、その娘であるアリスに少しだけ参加してほしいという流れだったらしい。それを彼女は面倒くさいとすべてレイジに押し付けて、自分はさっさと寝にいってしまったというのが昨日の出来事である。しかもアタシならすぐに抜けるけど、レージならずっと付き合って盛り上げてくれるわよ、と無茶振りをしてだ。
ちなみにレイジは未成年なので、もちろんお酒の類は飲んでいない。その場はジュースで切り抜けたのであった。
「あら、そうだったかしら? ――でもたとえこちらにどんな事情があったとしても、プロなら常に全力で戦えるようにしとくべきだわ。狩猟兵団にはいつ依頼が来てもおかしくないんだから!」
アリスはほおに手を当てて首をかしげるだけで、とくに反省した素振りはない。むしろ正論を振りかざしてきた。
「――まったくの正論だが、原因を作った奴に言われると複雑な気分だな……。――というか今回の依頼なら、アリス一人でも充分なはずだ。わざわざ帰ってきてフラフラのオレを連れていく意味が、どこにあったんだよ?」
指を彼女に突きつけ、抗議を入れる。
今受けている、早朝に入ってきたばかりの依頼。その内容は割と簡単であり、アリス一人でも余裕で事足りるもの。もはやレイジが力を貸すまでもないというのに、それを無理やりたたき起こして仕事に付き合わせるとは、どういった了見なのだろうか。
「フッ、もちろんあるわ。だってアタシはいかなる時もレージと一緒がいいもの。とくにそれが戦場ならなおさらね。一人で戦場を駆け抜けるより二人の方が楽しいに決まってる! そう、アタシにとってはデートみたいなものなんだから!」
アリスは自身の胸にバッと手を当て、得意げにウィンクしてきた。こんないかにもはずかしいセリフを、一切のテレも見せずさぞ当然のように言い切ってだ。
もはやここまでされるとテレくさくなるのが普通の反応。だがレイジから出てくる感情はあきれしかなかった。
「――なんて迷惑な話だ……。しかも一緒に戦うことがデートって絶対おかしいだろ……。――はぁ……、付き合わされるオレの身にもなってくれよ……」
「もう、女の子にここまで言わせておいて、その反応はおかしくないかしら? 男ならここはビシッと決めるべきよ」
がっくりうなだれるレイジの反応が気に入らなかったのか、アリスはむっとして詰め寄ってきた。
しかしここでレイジが思うことはただ一つ。アリスには失礼かもしれないが、彼女に対してこういう言葉ぐらいしか思いつかなかった。
「――これがもっとまともな女の子だったらそうするんだけど……。なんたって相手があのアリスだし……」
肩をすくめながら、残念な人を見る目をする。
「あら、おかしいわね? なんだかものすごくバカにされてる感じがするけど」
「ははは、だって本当のことだろ? 外見は文句のつけようもない美少女だけど、肝心の中身があれなんだからさ」
「――フフフ、ねえ、レージ。斬ってもいいかしら?」
笑い飛ばしていると、いつの間にかアリスの手には武器が。なんと自身の背丈ほどの太刀が、鞘に入れられた状態でにぎられていたのだ。そして彼女はその刀身を少しだけ抜き、満面の笑みをしながらたずねてくる。もちろん笑みにはその表情から本来ありえない、殺意という感情がにじみ出ていた。
「――あー、アリス、オレがわるかったからいったん落ち着こう。お前の場合だと冗談抜きで斬りかかってきて、応戦しないといけない状況になる」
荒ぶるアリスを、手で制しながらなんとかなだめようとする。
「あら、それはデートのお誘い? フフフ、いいわ。まだもう少し時間があることだし、ここで一曲踊りましょう! 最悪どちらかが残れば依頼も達成できるはずだし、存分にやり合える!」
アリスはぱぁぁっとまるで恋する乙女のような顔で、鞘から刀身を抜ききった。
彼女は極度の戦闘中毒者であり、もはやそのために生きているといっても過言ではないぐらいの戦闘狂。なのですぐに戦いたがる危険な少女なのだ。
「いい加減にしろ」
もはや今にも襲って来そうなアリスの頭に、レイジは軽くチョップをくらわす。
「もう、痛いじゃない、レージ」
「またいつものように暴走しようとするからだ。仕事前だというのに、もしオレたちがやり合ったら絶対本気の死闘みたいな感じになって、お互いボロボロになるだろうが」
被弾カ所を手で押さえて抗議してくるアリスに、しっかり言い聞かせる。
実のところレイジ自身も、アリスには負けるが戦闘狂の類に入るほど闘争が好きといってよかった。そのためもし彼女が斬りかかってくるならば、仕事前だということを忘れて全力で戦ってしまうはず。そうなると確実に仕事に支障が出るので、すぐさま彼女を止めたのであった。
「それなら大丈夫よ! いくらボロボロであろうとも、アタシとレージの最強のコンビネーションの前に、敗北の文字はないわ!」
アリスは手を胸元近くでグッとにぎり、豪語する。
「――おいおい、いったいどこからそんな自信が湧いてくるんだ?」
「フフフ、だってアタシたちは二人そろった時こそ、最も真価を発揮できるんだもの! そうでしょ? 戦友さん!」
そして不敵な笑みを浮かべながら、一点の曇りもない信頼しきった瞳を向けてくるアリス。
もはやその自信ありげな感じは、レイジ自身さえもその気にさせるほどの説得力があった。
「――まあ、言いすぎな気もするが、そんなにも異論はないか……。アリスとは共にウデを磨き合い、幾多の戦場を背中をあずけ合いながら戦ってきた戦友。そして黒い双翼の刃としてのコンビだし」
黒い双翼の刃。それはいつの間にか呼ばれるようになった、レイジとアリスの通り名である。こうなったのもアリスが小さいころからレイジと離れようとせず、いつも一緒に居たがったせいだ。それは当然狩猟兵団としての仕事をしている時でも変わらず、最終的には基本二人一組でしか依頼を受けないようになったぐらいに。そのため依頼主たちの間でも二人一組が当たり前となって、このような通り名になってしまったのである。
「フフフ、だからなにも問題ないわね。さあ、思う存分闘争という名の華を咲かせながら、踊り狂いましょう!」
「そうだな。ガキのころみたいにたまには全力でやるのもわるくない。それじゃあ、始めるか……、って! そんなわけあるか! 仕事前だって言ってるだろ!」
「あら、あと少しだったのに、残念」
レイジの渾身のツッコミに対し、アリスは肩をすくめながら太刀を自身のアイテムストレージへと戻す。
「――はぁ……、まったく、アリスは戦いのことになると、ほんといつも好き放題してくれるよな。そのせいで手綱をにぎるお目付け役のオレが、どれだけ苦労してるかわかってるのか?」
「もう、またそんなこと言って……。あなたはもっと今の自分の幸福を噛みしめるべきよ。アタシみたいな美人な女の子が付きっきりでいてくれる、この狩猟兵団の日々をね!」
アリスはほおに手を当てながら、ウィンクしてくる。
そして彼女は数歩ほど、レイジと反対の方向に歩いていく。それから輝く金色の髪をなびかせながら、ばっとレイジの方へ振り返った。
「さあ、行くわよ、レージ! 戦場がある限りどこまでも。共にこの闘争の日々を謳歌しましょう! 昔、誓い合ったように、二人でずっと、ね!」
アリスはどこかはしゃぎ気味に、手を差し出してくる。
(そうだな。二人で、ずっと……)
その差し出された手をつかもうと、レイジは手を伸ばした。すべてはアリス・レイゼンベルトという少女を、一人にさせないため。
だがそこでレイジの手はふと止まってしまう。脳裏をかすめるのは、銀色の髪をしたカノンという七歳ぐらいの少女の姿。そして彼女と誓いを交わした時の光景だ。その想いを意識してしまった瞬間、レイジは全部気付いてしまった。たとえこれが夢であったとしても、今はアリスの手を取ることができないと。
(――まさかこんな夢を見るなんて、オレはまだ割り切れてないのかな……)
このアリスとのやり取りはかつての記憶。そう、レイジがすでに手放してしまった、狩猟兵団のころの思い出。やはり今だあのころの日々に未練があるのだろう。
自嘲気味に笑いながら、レイジはこのなつかしい夢から覚めることにする。なぜならレイジには現実でやるべきことがあるのだから。
(だけどオレは手放さないといけないんだ。すべてはもう一度、答えを選択するために……。だから!)
レイジの宣言と同時に、意識は現実へと戻っていった。
上空は淡い青色が混ざり始める、夜明けの空模様が見える。ふと視線を後方に移すと、そこにはビルが立ち並ぶ市街地の光景が。そしてさらに遠くの方では、岩山があちこちにたたずむ荒野がどこまでも広がっていた。そんな荒野の中にある市街地だが、辺りは完全に静まり返っており、人々の姿はもちろん、車の行きかう姿もまったくない。もはや無人と化した街中。というのもここら一帯の建物は、すべて廃墟。窓が割れ、壁のいたるところに穴が。ひどいところは半壊している始末である。とはいっても人々の住んでいる形跡がないのは、当然のことだろう。そもそもの話、ここは現実ではないのだから。
この場所は2037年に人工知能を搭載した量子コンピューターセフィロトが、自身の電子ネットワークとその中にあるすべてのデーターを物質化して創りだした、エデンと呼ばれる電子の世界の中。人々はエデン用のアバターを脳とリンクさせ、意識だけをこの世界に持ってきているのだ。そのため現実にある身体どうよう思い通りに動け、さらには五感まで再現されているのであった。
「――あー、眠い……」
思わず大きなあくびがでてしまう。
「もう、レージ、しっかりなさい」
すると腰に手を当てながら、たしなめてくる少女の姿が。
彼女はレイジと同い年であり、名をアリス・レイゼンベルト。輝く金色の髪に、研ぎ澄まされたナイフのようなきれいで鋭い瞳。スタイルが非常によく、さらには整った顔立ちをしているため誰もが美人と認めるであろう少女である。
その外見はエデン用のアバターであるのにも関わらず、現実の彼女とまったく同じ。これはエデンのシステム上の制約により、ある例外を除いてアバターを現実の自分の姿と同じにしないといけないというもの。なので専用のスキャナーを使って全身のデータを取り、本人の外見をアバターで完全再現するというわけだ。
レイジは八年前からアリスの父親に引き取られた形になっているので、彼女とは家族同然の付き合いをしてきた仲といってよかった。
「いくら早朝だからといっても、これから仕事なのよ。そんなふうに寝ぼけてたら、戦いに支障が出てしまうわ」
現在レイジはアリスと共に、彼女の父親が社長をしている狩猟兵団レイヴンに所属している。
狩猟兵団とは簡単に説明すると、このエデンでの金で雇える傭兵であり、民間の会社という形態で世界に根付いているのだ。その数は八年前のある事件以降から次第に増加していき、今やこの世の中に欠かすことのできない社会システムになっているほどであった。
「――あのな……、こんな状況になったのも、オレがアリスの代わりに犠牲になったからだぞ。そのおかげでお前は夜の飲み会の席を回避できたんだから、感謝しろよな」
額に手を当て、アリスに恨みがましい視線を向ける。
事件は昨日の夜遅く、狩猟兵団レイヴンの軽い打ち上げ時のこと。大きな仕事を済ませたあと幹部の一人が盛大に飲もうと言いだし、今いるメンバーで夜遅くまで騒ぐことになっていた。普段なら参加してもよかったのだが、その日の依頼はかなりハードな仕事だったのでさすがに体力が持たないと、辞退することにしたのだ。あとはホテルに戻って寝ようとしたところ、アリスに肩をつかまれそのまま飲み会の席に放り込まれたのである。というのも今回は社長が不在だったため、その娘であるアリスに少しだけ参加してほしいという流れだったらしい。それを彼女は面倒くさいとすべてレイジに押し付けて、自分はさっさと寝にいってしまったというのが昨日の出来事である。しかもアタシならすぐに抜けるけど、レージならずっと付き合って盛り上げてくれるわよ、と無茶振りをしてだ。
ちなみにレイジは未成年なので、もちろんお酒の類は飲んでいない。その場はジュースで切り抜けたのであった。
「あら、そうだったかしら? ――でもたとえこちらにどんな事情があったとしても、プロなら常に全力で戦えるようにしとくべきだわ。狩猟兵団にはいつ依頼が来てもおかしくないんだから!」
アリスはほおに手を当てて首をかしげるだけで、とくに反省した素振りはない。むしろ正論を振りかざしてきた。
「――まったくの正論だが、原因を作った奴に言われると複雑な気分だな……。――というか今回の依頼なら、アリス一人でも充分なはずだ。わざわざ帰ってきてフラフラのオレを連れていく意味が、どこにあったんだよ?」
指を彼女に突きつけ、抗議を入れる。
今受けている、早朝に入ってきたばかりの依頼。その内容は割と簡単であり、アリス一人でも余裕で事足りるもの。もはやレイジが力を貸すまでもないというのに、それを無理やりたたき起こして仕事に付き合わせるとは、どういった了見なのだろうか。
「フッ、もちろんあるわ。だってアタシはいかなる時もレージと一緒がいいもの。とくにそれが戦場ならなおさらね。一人で戦場を駆け抜けるより二人の方が楽しいに決まってる! そう、アタシにとってはデートみたいなものなんだから!」
アリスは自身の胸にバッと手を当て、得意げにウィンクしてきた。こんないかにもはずかしいセリフを、一切のテレも見せずさぞ当然のように言い切ってだ。
もはやここまでされるとテレくさくなるのが普通の反応。だがレイジから出てくる感情はあきれしかなかった。
「――なんて迷惑な話だ……。しかも一緒に戦うことがデートって絶対おかしいだろ……。――はぁ……、付き合わされるオレの身にもなってくれよ……」
「もう、女の子にここまで言わせておいて、その反応はおかしくないかしら? 男ならここはビシッと決めるべきよ」
がっくりうなだれるレイジの反応が気に入らなかったのか、アリスはむっとして詰め寄ってきた。
しかしここでレイジが思うことはただ一つ。アリスには失礼かもしれないが、彼女に対してこういう言葉ぐらいしか思いつかなかった。
「――これがもっとまともな女の子だったらそうするんだけど……。なんたって相手があのアリスだし……」
肩をすくめながら、残念な人を見る目をする。
「あら、おかしいわね? なんだかものすごくバカにされてる感じがするけど」
「ははは、だって本当のことだろ? 外見は文句のつけようもない美少女だけど、肝心の中身があれなんだからさ」
「――フフフ、ねえ、レージ。斬ってもいいかしら?」
笑い飛ばしていると、いつの間にかアリスの手には武器が。なんと自身の背丈ほどの太刀が、鞘に入れられた状態でにぎられていたのだ。そして彼女はその刀身を少しだけ抜き、満面の笑みをしながらたずねてくる。もちろん笑みにはその表情から本来ありえない、殺意という感情がにじみ出ていた。
「――あー、アリス、オレがわるかったからいったん落ち着こう。お前の場合だと冗談抜きで斬りかかってきて、応戦しないといけない状況になる」
荒ぶるアリスを、手で制しながらなんとかなだめようとする。
「あら、それはデートのお誘い? フフフ、いいわ。まだもう少し時間があることだし、ここで一曲踊りましょう! 最悪どちらかが残れば依頼も達成できるはずだし、存分にやり合える!」
アリスはぱぁぁっとまるで恋する乙女のような顔で、鞘から刀身を抜ききった。
彼女は極度の戦闘中毒者であり、もはやそのために生きているといっても過言ではないぐらいの戦闘狂。なのですぐに戦いたがる危険な少女なのだ。
「いい加減にしろ」
もはや今にも襲って来そうなアリスの頭に、レイジは軽くチョップをくらわす。
「もう、痛いじゃない、レージ」
「またいつものように暴走しようとするからだ。仕事前だというのに、もしオレたちがやり合ったら絶対本気の死闘みたいな感じになって、お互いボロボロになるだろうが」
被弾カ所を手で押さえて抗議してくるアリスに、しっかり言い聞かせる。
実のところレイジ自身も、アリスには負けるが戦闘狂の類に入るほど闘争が好きといってよかった。そのためもし彼女が斬りかかってくるならば、仕事前だということを忘れて全力で戦ってしまうはず。そうなると確実に仕事に支障が出るので、すぐさま彼女を止めたのであった。
「それなら大丈夫よ! いくらボロボロであろうとも、アタシとレージの最強のコンビネーションの前に、敗北の文字はないわ!」
アリスは手を胸元近くでグッとにぎり、豪語する。
「――おいおい、いったいどこからそんな自信が湧いてくるんだ?」
「フフフ、だってアタシたちは二人そろった時こそ、最も真価を発揮できるんだもの! そうでしょ? 戦友さん!」
そして不敵な笑みを浮かべながら、一点の曇りもない信頼しきった瞳を向けてくるアリス。
もはやその自信ありげな感じは、レイジ自身さえもその気にさせるほどの説得力があった。
「――まあ、言いすぎな気もするが、そんなにも異論はないか……。アリスとは共にウデを磨き合い、幾多の戦場を背中をあずけ合いながら戦ってきた戦友。そして黒い双翼の刃としてのコンビだし」
黒い双翼の刃。それはいつの間にか呼ばれるようになった、レイジとアリスの通り名である。こうなったのもアリスが小さいころからレイジと離れようとせず、いつも一緒に居たがったせいだ。それは当然狩猟兵団としての仕事をしている時でも変わらず、最終的には基本二人一組でしか依頼を受けないようになったぐらいに。そのため依頼主たちの間でも二人一組が当たり前となって、このような通り名になってしまったのである。
「フフフ、だからなにも問題ないわね。さあ、思う存分闘争という名の華を咲かせながら、踊り狂いましょう!」
「そうだな。ガキのころみたいにたまには全力でやるのもわるくない。それじゃあ、始めるか……、って! そんなわけあるか! 仕事前だって言ってるだろ!」
「あら、あと少しだったのに、残念」
レイジの渾身のツッコミに対し、アリスは肩をすくめながら太刀を自身のアイテムストレージへと戻す。
「――はぁ……、まったく、アリスは戦いのことになると、ほんといつも好き放題してくれるよな。そのせいで手綱をにぎるお目付け役のオレが、どれだけ苦労してるかわかってるのか?」
「もう、またそんなこと言って……。あなたはもっと今の自分の幸福を噛みしめるべきよ。アタシみたいな美人な女の子が付きっきりでいてくれる、この狩猟兵団の日々をね!」
アリスはほおに手を当てながら、ウィンクしてくる。
そして彼女は数歩ほど、レイジと反対の方向に歩いていく。それから輝く金色の髪をなびかせながら、ばっとレイジの方へ振り返った。
「さあ、行くわよ、レージ! 戦場がある限りどこまでも。共にこの闘争の日々を謳歌しましょう! 昔、誓い合ったように、二人でずっと、ね!」
アリスはどこかはしゃぎ気味に、手を差し出してくる。
(そうだな。二人で、ずっと……)
その差し出された手をつかもうと、レイジは手を伸ばした。すべてはアリス・レイゼンベルトという少女を、一人にさせないため。
だがそこでレイジの手はふと止まってしまう。脳裏をかすめるのは、銀色の髪をしたカノンという七歳ぐらいの少女の姿。そして彼女と誓いを交わした時の光景だ。その想いを意識してしまった瞬間、レイジは全部気付いてしまった。たとえこれが夢であったとしても、今はアリスの手を取ることができないと。
(――まさかこんな夢を見るなんて、オレはまだ割り切れてないのかな……)
このアリスとのやり取りはかつての記憶。そう、レイジがすでに手放してしまった、狩猟兵団のころの思い出。やはり今だあのころの日々に未練があるのだろう。
自嘲気味に笑いながら、レイジはこのなつかしい夢から覚めることにする。なぜならレイジには現実でやるべきことがあるのだから。
(だけどオレは手放さないといけないんだ。すべてはもう一度、答えを選択するために……。だから!)
レイジの宣言と同時に、意識は現実へと戻っていった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる