創星のレクイエム

有永 ナギサ

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3章 第1部 入学式前日

88話 創星術師の心構え

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「陣さん、お疲れさまです。そろそろおわりの時間帯だと思い、お迎えにあがりました」

 そうこうしていると星魔教のエージェントであるルシアが、屋上にやってきた。彼女にはここまでの案内だけでなく、同調中の周辺の警戒までやってもらっていたのである。
 ちなみにこうやって付き合ってもらうのは、創造の疑似恒星を手に入れてから初めてではない。今のところほぼ毎日のようについてきて、サポートしてくれていた。

「おう、ルシア、周りの警戒ご苦労さん」
「いえ、この程度、陣さんの力になれるなら、まったく問題ありませんよ。それで調子の方はどうですか?」

 ルシアは胸に手を当て、うやうやしくお辞儀じぎしてくる。

「うん? まあ、あまり順調とはいえないな。しばらくは疑似恒星と同調して、魂を慣らさないとと再確認したところだよ。――はぁ……、こんな調子じゃ、このかわきを癒せるのはいつになることやら」
僭越せんえつながら、陣さん。そのあり余る向上心は素晴らしいのですが、急ぎすぎるのはあまり関心しませんね。もっと長い目でことを見なければ」

 現状をなげいていると、ルシアがどこか深刻そうに告げてきた。

「それ、わたしもずっと思ってたんだよ。マスターは創星術師としての心がまえが、全然なってないって」

 リルは首を横に振りながら、肩をすくめる。

「どういう意味だ?」
「マスターの求道プランって、創星術師となり位階を一気に駆け上がっていくとかだよね?」
「当たり前だろ。創星術師になってしまえばこちらのもん。とりあえずはレンレベルまではいきたいな」

 天賦てんぷの才を持つ陣からしてみれば、魔道の果てまでいく気満々なのだ。そのためどんどん求道していくヴィジョンしかなく、今も求めたくて仕方がないといってよかった。

「――はぁ……、その考え事態が間違ってるんだよ。ね、ルシアちゃん?」
「はい、大変危険だと思います」

 リルとルシアはなにやら納得し合い、危うげな視線をこちらに向けてくる。
 どうやら今の陣の考えはよほどまずいらしい。

「なんだよ? 二人そろって」
「いい? マスター。星詠ほしよみの求道は、そんな一朝一夕いっちょういっせきにいくものじゃないんだよ。時間をかけて、ゆっくり磨いていくのがセオリーなの」
「リルさんの言う通りです。実際に創星術師になればわかるのですが、星の制御はすごくシビアなんですよ。もし少しでも安定性を欠けば、一気に引きずり込まれて暴走する恐れがあるんですから。だから少しの油断や慢心が、命取りになってしまうんです。そのため創星術師内でよく言われているのは、求道は一生をけてやるべきもの、という言葉です。これが守れない者は早死にすると、昔から相場は決まってるらしいですよ」
「そういえば四条家にいたころ、そんな話をなんども聞かされたような」

 陣は元は四条家の人間。なのでこれに似た話を、よく妹のいろはと一緒に聞かされたものだ。ただいつも適当に聞き流していたのは、内緒ないしょだが。

断罪者だんざいしゃの家系の星となると、どれも一級品ばかりですからね。その分制御が難しいので、ほかの創星術師よりも徹底しているのでしょう」
「そういうわけだからマスター。これからはそのことをしかと心にきざみ、ゆっくり求道していこうね」
「それがよろしいかと。ワタシも早く陣さんが最果てにたどり着く姿を見たいのですが、暴走してしまっては元も子もありません。ですので気長に行きましょう」

 リルとルシアは聞き分けのない子供をさとすように、念を押してくる。

「あー、はいはい、きもめいじておきますよっと」

 二人の意見はあまりに正論すぎて耳が痛い。なので適当に返事をしつつ、逃げるかのように屋上の手すりの方へと。
 そして旧市街の廃墟の街並みを眺めながら、話題を変えた。

「――それにしても求道する星を手に入れた後だと、ロストポイントのありがたみがよくわかるな。まさか普通の場所でやるより、こんなにも同調しやすいなんて。ははは、これは創星術師がこぞって来るわけだ」
「ロストポイントと恒星との相性は抜群。よりつながりのラインを感じられるだけでなく、いるだけで星が活性化し強くなっていきますからね。しかもほかの創星術師の方々が集まっているため、見識を深め合ったり、戦うことで成長をうながせる。うふふ、求道するにはまさにもってこいの場所です」

 するとルシアも陣の横に並び、どこかいとおしげに廃墟の街並みを見つめる。
 ロストポイント。それは極度の星詠みにより汚染され空間がゆがんだ場所であり、創星術師にとって絶好の求道スポットといっていい。というのもこの一帯では恒星が活性化するため、同調や調整のしやすさはもちろん、星詠みの出力も上がるのだ。結果、普段の数倍の効率で求道できるのである。さらに他の創星術師と出会うことでアドバイスしあったり、戦い切磋琢磨せっさたくますることも。もはや魔道の求道にもってこいの場所ゆえ、多くの創星術師がこぞって訪れるという。

「ちなみに今熱いのは、旧市街の最奥にあたる海岸方面。あそこは発生源ともあって汚染レベルが非常に高く、求道の効率がいい。そのため多くの創星術師が集まっているホットスポットです。なので効率重視でいくなら、ほかの創星術師と関わりあう発生源近くへ。落ち着いてやりたければ、ここのように少し離れた場所がお勧めです」

 現在陣たちがいるのは発生源近くではなく、入り口あたり。さらなる効率を求めるのなら汚染度が高い奥に行くべきなのだが、あそこは他の創星術師と遭遇そうぐうする確率が高い。結果、話しかけられたり、戦いを仕掛けられたりなど同調作業に支障がでる恐れが。そういうわけで集中できる離れた場所で、求道していたのであった。

「あと、ご存知だとは思いますが、発生源付近に近づきすぎないほうが身のためですね。あそこの汚染度が尋常でないのもありますが」

 このロストポイントの発生源地の汚染度は、福音島ふくいんじまの次に高いと言われるほどやばい。そのため近づきすぎると、自身の恒星が活性化しすぎ暴走するリスクがはね上がるとか。なのでいくら求道の効率がよくても、だれもそこまで近づかないのだ。よくその少し離れたマンションの密集地付近で、集まっているとのこと。

「なによりやぶへびをつついて、取り返しのつかないことになるかもしれません」
「ははは、クロノスの裏の研究所や、レーヴェンガルトのアジトがあるとかウワサされてるもんな。ちなみに前者はマジだから、関わらないほうがいいぞ」

 そう、誰も近づかない発生源。そのすぐ近くに隠された施設があるというウワサが。
 ちなみにレーヴェンガルドの方の詳細はわからないが、クロノス側のは本当らしい。そこにはクロノスの裏の研究機関ノルンの施設があり、星詠み関係の高度な研究が進められているとのこと。なのでもし近づきすぎなにか見てしまったら、最悪彼らに消されてもおかしくないのだ。

「やっぱりウワサは本当だったのですね」
「ルシアちゃん、ここでの星葬機構の介入はどのぐらいなのかな? やっぱりかなり力を入れてる感じ?」

 旧市街の裏の話で盛り上がっていると、リルがほおにポンポン指を当てながら小首をかしげる。

「いえ、さほどですかね。ここの汚染度はトップクラスですので、よけいに戦力を送りたくないみたいです。下手すると星詠みの欲望に負け、ミイラ取りがミイラになりかねません」

 口元に手を当て、クスクスと笑うルシア。
 星葬機構としては、ロストポイントを利用するやからを放っておくわけにはいかない。しかしいくら取り締まりたくても、それが十分にできないのが現状であった。
 というのもロストポイントに長くいると、星詠みの衝動が押し寄せてくるらしいのだ。この力の誘惑はいくら興味がなくてもわき上がってしまい、心が弱いとそのまま魔道の道に墜ちてしまうという。なので下手に兵士を送ると、かえって創星術師を増やす結果に。これこそ星葬機構側が、ロストポイントに手が出しにくい事情なのである。このため常時在住させることができず、見回りも頻繁ひんぱんに行えないのであった。

「断罪者なら話は別ですが、好き放題求道されるのは星葬機構にとって面白くありませんしね」

 それなら断罪者にすべてを任せればいいという話になるが、それも星葬機構にとってあまりよろしくない。断罪者も創星術師ゆえ、ロストポイントにいられると彼らに求道の機会を与えてしまう。断罪者は星葬機構の戦力だが、彼らも創星術師であることにはかわりない。よって首輪を緩め、好き放題さすわけにはいかないというわけだ。
 ちなみに断罪者の家系の人間は申請しんせいすると必要最低限、ロストポイントに入ることを許されていた。その場合も好き勝手はできず、重い制約を課されるのだが。

「あと、星葬機構側はクロノス側の影響で、戦力を神代かみしろ特区に必要最低限しか送り込めないからな。もしもの時のことを考え、人員をあまり割きたくないんだろ」
「ええ、ですのでほかのロストポイントと、あまり変わらない程度でしょうか。ただし抜き打ちで送られる戦力は、精鋭ぞろいですが」

 この旧市街を訪れる創星術師は、みなレベルが高い者たちばかり。それに対抗するため星葬機構側は、創星使いや断罪者といった強力な戦力を見回りに参加させるのである。なので旧市街で彼らに会った場合、戦わず即逃げるのが吉とされていた。

「ま、その場合は逃げるのが定番だろ。ロストポイントには星魔教信者も待機してるし、逃走を助けてくれるはずだ」

 基本ロストポイントには、かなりの数の星魔教信者がいるといっていい。星葬機構側の動きを知らせる者、なにかあったときに動く者、ルシアのような特定の人間をサポートする者など。そんな彼らが助けてくれるため、求道する側は星葬機構の見回りをそこまで深刻に考えなくていいのであった。

「そこはご心配なく。多くのエージェントたちが、みなさまの安全を確保するため奮闘しますので」
「ほんと星魔教信者の働きには助かるよな。ロストポイントへのルート確保から、必要な物資の準備や見張り、足止めまで。おかげで集中して求道に打ち込めるってもんだ。ははは、こればっかりはぜひとも受けときたいサポートだよ」

 ルシアが従者じゅうしゃになるのは反対だが、この求道中のサポートは非常にありがたいといっていい。人が少ない穴場を陣どれ、さらに周りの警戒してくれるおかげで同調中の安全も。たとえ星葬機構側に動きがあったとしても、星魔教の情報網ですぐに連絡が入り、対処も容易。なのでほとんどルシアに任せておくことで、こちらは求道に専念できるのだ。こればかりは彼女の有用性を認めるしかなかった。

「うふふ、今後こちらに来るときは、いつでも呼んでくださいね。陣さんが万全の状態で求道できるよう、ワタシ手ずからサポートしますので」

 陣の素直な感想に、ルシアは胸に手を当てうやうやしく頭を下げてくる。

「もちろんそれ以外のサポートも、従者としてきちんとこなして見せます。なんなりとお申し付けください」

 そして彼女はウィンクしながら、意味ありげにほほえんでくる。

「さっ、帰るぞ、リル。このあとは灯里との待ち合わせもあるし、急がないとな」

 求道時のサポートは受けたいが、従者として四六時中ついてこられるのは困る。なので彼女の申しでを、あえてスルーすることに。
 ちなみに灯里に会う約束をしているのは、本当の事という。

「ほんと、つれないお方ですね」

 ルシアの残念がるコメントをあとに、陣はリルを連れ旧市街を出るのであった。
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