創星のレクイエム

有永 ナギサ

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2章 第4部 手に入れた力

79話 灯里の選択

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「――陣くん……」

 灯里あかりは海岸沿いから、福音島ふくいんじまのほうを見つめていた。
 今にも雨がだしそうな黒い雲。風も強くなり海もだんだん荒れ始めている。そして雷がひた走る不気味な赤黒い雲におおわれた福音島からは、いやな予感がひしひしと伝わってくる。リルによれば、陣はあの福音島に向かったとのこと。それを聞いて、いてもたってもいられなくなりこうして近くまで来たのであった。

「ジンくん、行っちゃったね。アカリはこれでよかったのかな」

 リル・フォルトナーの疑似恒星をにぎりしめながら胸さわぎを感じていると、リルが声をかけてくる。

「よくないよ。確かにリルとはいっしょにいられるかもしれない。でも陣くんは……。――リルもわかってるんでしょ。あんな疑似恒星を使い続ければ、いくら彼でも耐えられないぐらい」

 胸をぎゅっと押さえ、最悪の未来を想像してしまう。
 そう、灯里にはなぜだかわかるのだ。陣が手に入れたサイファス・フォルトナーの疑似恒星は、人が手にしていい代物ではない。あれはなにかが根本的におかしいのだ。いくら常人とは違う陣や灯里でも、暴走コース一直線に違いないと直感するほどに。

「うん、正直難しいと思う。そもそもあの疑似恒星は欠陥品といっていいんだもん。最後のピースがはまっていない状態で、うまく機能するはずがない。だから使用者が暴走してしまうのも、無理はないんだよ」

 リルは目をふせ、重々しく告げる。

「じゃあ、なんで陣くんを止めなかったの?」
「わたしの言葉に、耳をかたむけるジンくんだと思うかな? むしろ上等だとかいって、逆に意思を固くさせちゃったと思うけどなー」

 リルはクスクスと笑って正論を。

「――うっ、確かに……。でも、まあ、過ぎ去ったことを後悔しても遅いか。今私たちにできることを考えないと。リル、なにか案はないの?」
「彼を救える方法はおそらく一つだけ……。今、灯里が考えてるやつしかないと思うんだよ」

 リルは灯里の心をみすかしているような視線を向け、意味ありげに答えてくれる。
 そう、彼女の言う通り、灯里には一つ気づいていることがあるのだ。ただその代償は大きいため、内心まだ迷っていたのだ。

「――やっぱりそれしかないよね……。リルはこの作戦どう思ってるの?」
「ジンくんがあの疑似恒星を手に入れた時から、覚悟はしてたんだよ。この楽しい日常を捨て、本来の役目を果たす覚悟を……」

 リルは胸に手を当て、さみしげにほほえみながらも決意を口に。
 どうやらリルの答えはとっくに決まっているようだ。

「だからあとはアカリの選択だけ。自分の守りたい日常をとるか、それとも彼を救うか……。よく考えるべきだね。手に入れられるのはどちらか一つ。ううん、後者を選べば、いづれどちらも失うかもしれない……」
「――私は……」

 灯里は自分の心に問いかける。水無瀬灯里はどうしたいのか。なにを守り、誰を救いたいのか。様々な思いが交差していく。

(リルをとるの? それとも陣くんを……?)

 どちらも灯里にとって大切な人。姉のような少女であるリル。自分の苦悩を理解してくれる同類の少年、四条陣。本来なら確実に救えるリルを取るべきなのだが、陣を見捨てられそうにない。その葛藤かっとうが心の中で幾度となく渦巻いていく。
 しかしそれもつかの間。

「あー! 考えるのなんてやめた! やめた! こんなの私らしくないよね!」

 自分のほおをパチパチたたき、目を覚まさせる。
 そう、灯里は考えて動くタイプではなく、直感で動くタイプ。どちらかが正しいとか、間違ってるとかで悩むのは、しょうに合っていないのだ。

「うん! そもそもどちらかをあきらめるなんて、考え事態おかしいよ! 私ならどっちも取ってみせる!」

 拳をぐっとにぎりしめ、自身に言い聞かせるように宣言する。

「え? アカリ? どういうことなのかな?」
「ふっふっふっ、すべては灯里さんに任せなさーいってね! そうと決まれば行くよ! リル! 陣くんのところへ!」

 リルの戸惑いを吹き飛ばすかのように、灯里は胸をドンっとたたいて満面の笑いかける。
 そして彼女の手を取り、走り出した。陣が向かった福音島へ向かうために。






 灯里は福音島にかる鉄橋へと向かった。鉄橋は重々しいバリケードがかれ、常に星葬機構の兵士が配置されているらしい。そのため福音島に行くには彼らの許可を得なければ入ることが出来ないとのこと。
 そんな鉄橋には現在、人だかりが。見た感じ星葬機構の兵士たちと、クロノスの研究チームたちだろうか。彼らは険悪なムードをただよわせながら、にらみ合っていた。
 そこでふと気づく。なんとその集団たちの中心に、見知った人物がいたのだ。

「およ? クレハに奈月、奇遇だね!」

 そこにいたのはクレハ・レイヴァースと神代かみしろ奈月。なので集団をかき分け、手をブンブン振りながら話しかけに行く。

「あら、誰かと思えば灯里じゃない。どうしたのかしら?」
「あはは! 実は今から、福音島に向かおうと思ってね!」

 ほおに手を当て首をかしげてくる奈月に、散歩でも行くテンションで告げる。

「はぁ!? 灯里、あそこは危険地帯なのよ! 私利私欲のことしか考えていない、クロノス連中みたいなこと言わないで!?」

 するとクレハが腕を横に振りかざし、必死にうったえてきた。
 確かに彼女が止めるのも無理はない。福音島は今やその汚染具合から、一番危ない場所と指定されているほど。星葬機構側の彼女からしたら、一般人の灯里が向かうなんて認められるはずがないだろう。

「あら、私利私欲とは、侵害ね。アタシたちクロノスの研究員たちは魔法工学の進歩や、世界のマナ化の原因究明といった、公正な理由のもとで来てるのよ?」

 奈月は胸に手を当て、不服そうに抗議する。

「どうせ建前でしょ! ほんとは自分たちの研究のためにデータがほしいだけ! そんな見え透いた嘘に引っかかるものですか! この事態は我々星葬機構がなんとかするから、あなたたちは引っ込んでればいいのよ!」

 対してクレハは奈月に指を突き付け、敵意むき出しに言い放つ。

「それはできない相談ね。あなたたちの場合調査なんてせず、無理やり事態の収拾をするでしょ? せっかく貴重なデータが取れるかもしれないのに、それを潰させるわけにはいかないわ」

 クレハと奈月は視線で火花を散らせながら、言い合いを。
 どうやら両者とも相手を福音島に行かせたくないため、ここでぶつかり合う展開になっているらしい。

「わー、なんだか難しい話が飛び回っていますなー。じゃあ、邪魔してもわるいし、私は先にいくから、バイバイ、二人とも!」
「こら、灯里、なに勝手に向かおうとしてるのよ! ダメに決まってるでしょうが!」

 自然な流れで別れを告げて先へ進もうとすると、クレハにがっしり腕をつかまれ止められてしまった。
 なので両手で手を合わせ、彼女へ必死に頼み込む。

「クレハ、そこをなんとか!」
「灯里、あなたはどうしてあの場所に向かおうとしてるのかしら?」
「このままだと陣くんが、取返しのつかないことになるの! だから行って止めないと!」
「――陣が……、やっぱりこの嫌な予感は的中してるみたいね」

 灯里の答えに、なにか心当たりがあるのか奈月が胸をぎゅっと押さえ表情を曇らせる奈月。

「ちょっと!? あいつがどうしたっていうのよ! 灯里、くわしく教えて!」
「ごめん、クレハ。今は説明してる時間がないんだ。陣くんを助けるためにも、私を通してほしい」

 詰め寄って問いただしてくるクレハに、首を横に振る。
 説明しているとリルのことやサイファス・フォルトナーの疑似恒星のことなど、初めから話すはめに。さすがにそこまでしてられないため事情をせたまま、懸命けんめいに説得を

「――くっ……、いくら陣のためとはいえ、一般人の灯里を通すわけには……」
「お願い! たぶん今の陣くんをどうにかできるのは、私しかいないの!」
「――だからって……」

 クレハは陣がからんでいると知り、迷っているようだ。
 彼女自身は通してやりたいが、星葬機構側の立場がそれを許さない感じなのだろう。
 そんなやり取りをしていると、奈月がとある提案を口に。

「クレハさん、ここは一旦いったん、陣のためにも休戦にしましょう」
「なっ、別にワタシは陣のことなんて心配してないんだから!」

 クレハは陣のためという言葉に対し、顔を赤らめ過剰な反応を。
 やはり彼女はこういう時でも、素直になれないらしい。

「わぁー、さすがクレハ、こんな時でもつらぬくなんて、ツンデレの鏡だね! でもバレバレだよ?」

 クレハの背中をぽんっとたたき、ニヤニヤと笑みを向ける。

「うっ、うるさい!?」

 すると胸元近くで両腕をブンブン振り、文句を言ってくるクレハ。

「――で、話を戻していいかしら? とりあえず星葬機構代表のあなたと、クロノス側の代表であるアタシで様子を見に行くのはどう? まずは互いを監視しながら、様子見ということで」
「――くっ、まあ、陣のことがあるならなおさら、ここでいがみ合ってても仕方ないか……。わかった、神代奈月。その案に乗ってあげる」

 その案に対し、クレハはしぶしぶ了承を。
 今はいがみ合うより、事態の収拾のほうが大事。それに陣のこともあるため、彼女的には早く福音島に向かいたいのだろう。

「あれー? 話がまとまっていくのはいいんだけど、灯里さんのほうは……?」

 自身を指さしながら、おずおず手を上げ質問する。

「名目上、灯里はウデが立つということにしておいて、アタシたちの護衛役にしとくわ。これなら問題はないはず」

 さすがに一般人を連れていくわけにはいかない。ならば役職を持たせて、向かわせればいいだけの話。実際今、福音島はなにが起こっているかわからない状況。そんな中、代表者二人だけというのは危険すぎる。ゆえに護衛となる人間を連れていくのは、確かに筋が通っていた。

「さあ、そうと決まれば行動に移りましょう。アタシたちの共通の目的である、陣を救いにね」

 奈月は灯里たちに意味ありげにウィンクし、先陣を切ってくれる。
 こうして灯里たち三人は、福音島に向かうのであった。



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