創星のレクイエム

有永 ナギサ

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1章 少女との契約 上

16話 神代の流儀

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 最上階にある代表の部屋に入ってきたのは、二人の若い男女。
 先頭にいるのは二十一歳である青年、神代かみしろ陸斗りくと。そしてその後ろについてきているのが、陸斗の妹で陣や奈月と同い年の上代きさら。彼らはなんと奈月や神楽かぐらの腹違いの兄妹。なので当主である上代スバルの子供なのであった。

「父上、こちら頼まれていた資料です」

 陸斗は陣たちの横を通り、スバルの方へ書類を提出する。
 彼はクロノスの兵器開発部門の最高責任者であり、かつて次期当主候補であった人物。よって神楽とは当主の座をかけて戦った関係なのだ。

「陸斗、ご苦労だね。どれ」
「じゃあ、奈月ちゃん、陣くん、少し行ってくるね」

 神楽もその書類を確認するため、スバルの後ろに移動を。
 するとさっきまで陸斗のすぐ後ろをついてきていたきさらが、手を上げながら話しかけてきた。

「やあやあ、奈月に陣!」
「――はぁ……、めんどくさいのがからんできたわね」

 奈月はため息をつき、心底嫌そうな反応を。
 上代きさら。彼女は小悪魔的なオーラを放つ、かなりクレイジーな少女といっていい。奈月や神楽の姉妹であるため美人といっていいが、きさらの場合は少しあどけなさが印象に残る美少女であった。ちなみに奈月とは同い歳だが、生まれは奈月の方が早いとのこと。
 そんな奈月の態度が気に入らなかったのか、きさらは不服そうに口をとがらせる。

「なになにー、その嫌そうな顔は? かわいい、かわいい妹が遊びに来てあげたのに、失礼な言いぐさぁ。ねぇ、ねぇ、陣はもちろんうれしいよねぇ?」

 きさらは陣の腕をつかみながら、たずねてくる。

「あー、そうだなー。うれしいなー」
「きゃはは、見事なまでの棒読みだねぇ! もしかしてケンカ売ってるー? それならボッコボコにして、ひざまずかせてあげるけど? 二度とそんなへらず口がたたけないように!」

 陣の心がまったくこもってない棒読みに、きさらはケラケラ笑いながら殺気を飛ばしてきた。
 だが陣は一切ひるむことなく笑い飛ばす。

「ははは、やめとけ、やめとけ、怪我することになるぞ?」
「ぶー、陣ってば、ほんと度胸どきょうあるよねぇ。下手したら殺されるかもしれないのにー」

 きさらはほおを膨らませ、物騒なことを口に。
 そう、この言葉はまぎれもない事実。もしきさらがその気になったら、今すぐにでもこちらを殺しにかかってくるだろう。それほどまでに彼女は危険極まりない少女なのだ。

「きさらみたいなガキにやられるほど、落ちぶれちゃいないさ。やられる前に先に仕留めてみせるぜ。一切の手加減なく、マジでな」

 するどく冷たいまなざしをきさらに向ける。
 さすがにきさらの星詠みとやり合うとなると、遊んではいられない。彼女が力をフルに使う前に仕留めなければ、高確率で陣はやられることになるはず。なのでこれまでつちかってきた戦闘技術をフルに使い、迅速に倒すことになるだろう。

「きゃー、陣、かっこいいー。きさら、惚れちゃいそうだよぉ」

 すると黄色い声を上げながら、なにやらもだえだすきさら。

「そりゃー、どうも。というか相変わらず物騒な奴だよな、きさらは。気に食わなければ容赦なくケンカを吹っかけるその性格、どうにかならないのか?」
「陣は危険な女の子は嫌いかなぁ?」

 きさら小悪魔的な笑みを浮かべながら、上目遣いでたずねてくる。
 彼女も奈月や神楽の姉妹なので、もちろんかなりの美少女。並の男ならすぐさま魅了されてしまうかもしれない。
 陣としては外見はともかく、彼女のクレイジーな性格はさほど嫌いではなかった。

「ふーむ、まあ、ありか、なしかと聞かれたらありかもな。いろいろ面白そうだし」
「にひひー、だってさぁ、奈月! そういうことだから陣をきさらに譲ってよぉ!」
「無理に決まってるでしょ。陣はアタシのもの。だから諦めなさい」

 きさらの勝ち誇った笑みでの主張を、奈月はシッシッと手で追い払いながらバッサリと切る。

「ぶー、奈月のけちー!」
「きさら、そろそろいくぞ。ではな、奈月、陣」

 食い下がって抗議しようとするきさらであったが、そこに陸斗が。
 どうやら彼はスバルへの用事をおえたみたいだ。陸斗は陣たちに別れの言葉を告げ、部屋から立ち去ろうとする。
 するときさらもしぶしぶついて行くことに。

「えー、せっかく盛り上がってたのにー。しょうがないなぁ」
「陸斗、少し待ってくれるかな」

 こうして部屋から出ようとする陸斗たちであったが、神楽がふと呼び止めた。

「姉上、なにか?」
「研究機関ノルンの件だよ。これまでもそうだったけど、ここ最近は特に報告書の不備が目立ってきてるの。それで独自に調べてみたんだけど、ノルン内でかなり進展があったみたいなんだよね。そんな報告、まったく上がってきていないというのに。これって陸斗の仕業しわざかな?」

 神楽はほおに指を当て、不敵な笑みを浮かべながら問いただす。

「なぜノルンの件で俺の名が出てくるんだ? とがめるならノルン責任者のカリンだろ?」

 陸斗は肩をすくめながら、すずしげな笑みを。
 上代の裏の研究機関であるノルン。その責任者こそ、十四歳にしてその地位を確立した上代カリンという少女。彼女もまた上代の血筋であり、神童と呼ばれる少女であった。

「あの子がわたしたちに隠すメリットなんてないよね。進展があるなら、研究費用も人材もさらに入ってくるんだから。おそらくこの件での真の黒幕の狙いは、例の研究成果の独占。あれは神代の悲願を達成する最重要案件の一つだから、とっておきの切り札になる。わたしを次期当主の席から、引きずりおろすことも可能なぐらいにね」
「それが俺だと言いたいのか?」
「うん、今の神代の中でわたしに刃向かうおろか者がいるとするなら、陸斗、あなたしかいないでしょ? ちょうどカリンは陸斗の陣営に属してるしね」

 神楽はすべてを見透かしているような瞳を向け、問いかけた。

「もちろんカリンだけでなく、あのハルトまで加えて裏でこそこそやってるのもお見通しだよ」
「くくく、さすがは姉上。数々の神代親族を蹴落とし、トップに君臨なされたお方。やはりあなた相手だと一筋縄ではいかないようだ。だがいくら次期当主の席を狙おうと、実際問題なんら咎められることはないだろ? ですよね、父上」

 彼女の言及をもろともせず、陸斗は余裕の態度でスバルに確認を。

「ああ、神代は蠱毒こどくの家系だからね。これまでも身内同士を競わすことで発展し続けてきたがゆえに、とがめられることなどなにもない。好きなだけ争って、上の席を奪い合うといいさ。現に神楽も陸斗も若くしながら、そうやってここまでの地位に上り詰めたのだろう? ここはそういう場所だ。子供とか関係なく、より優秀な者が上の地位に上がり蹴落としていくのが暗黙のルール。勝者がすべてを手に入れ、敗者はただ勝者に付きしたがうってね」

 スバルは快くうなずき、意味ありげに笑った。
 蠱毒とは簡単に説明すると、同種の生き物を閉じ込め共食いさせていく。そして最後に残ったものが最も強い個体とし、呪詛じゅその媒体に用いるというものだ。
 神代の血筋はこの話のように、これまで身内同士で競い潰し合うことで研鑽けんさんし高みに上り続けてきたといっていい。それこそ神代の流儀。血筋の者は子供であろうとみな生きるために争い、上を目指させられるのである。
 事実神楽や陸斗、カリンやハルトといった彼らもその流儀にしたがい、同じ身内の者を蹴落とし上へとあがってきたのだ。なので陸斗が次期当主である神楽の席を狙っていても、神代の流儀にのっとっているためなんら問題はないのであった。

「では、そういうことで姉上。首を洗って待っているといい。いずれその席は神代陸斗が奪ってみせる」
「いいよ、受けてあげる。そしてわたしに刃向かうということがどういうことなのか、その身にたっぷり味あわせてあげよう」

 互いに宣言し合ったあと、陸斗は今度こそきさらを連れて部屋から出ていった。

「ほんと、神代内部の勢力争いはいつも大変ですね。スバルさん」
「くくく、むしろ大歓迎さ。これでまた一つ、神代の悲願に近づくんだからね」

 スバルは満足そうに笑う。
 それもこれも神楽と陸斗が争うことで互いに研鑽し、より力を増していく。そしていづれは敗者を取り込みさらに力を上げるのだ。当主の立場からしてみれば、神代という勢力がさらに飛躍することにつながるので、願ったり叶ったりなのだろう。

「それにしても今代の神代は、実に優秀な者たちがそろっていてうれしいよ。若いながらも皆、大人を出し抜き各部門の代表者となっているんだから。くくく、今はまさに神代の黄金期というべきなのかな。もしかすると神代の悲願を、私が生きているうちに見れるかもしれないほどだ」
「うふふふふ、期待してもらっても大丈夫だよ! その願いはこの神代神楽が成し遂げてあげる! なんたってわたしの手から逃れられるものは、なにひとつない! 神代の悲願を叶えるのはもちろん、いづれはレイヴァースやレーヴェンガルトも滅ぼし世界を神代のモノに! ううん、わたしのモノにしてみせるんだから!」

 神楽は右手を天高く掲げ、ぐっとこぶしをにぎった。まるで世界のすべてを、彼女の手中にとらえようとするかのように。
 もちろん彼女の宣言は冗談などではない。本気で世界を支配し、その玉座ぎょくざに君臨しようとしているのだ。それもそのはず、神楽は神代家次期当主にまで上り詰めた覇者。そんな彼女が普通であるはずがない。神代神楽という女性は、いかなるモノも自身の手から逃れられないと断言するほどの傲慢ごうまんさを、胸に宿しているのだ。

「さすがは私が選んだ神代の後継者。すべてを自分のモノとする傲慢さは、そこいらの神代の者たちと格が違うね。その狂いようもそうだが、それを実現できる天賦の才までも秘めているときた。もはや神楽は神代始まって以来の逸材というべきか」

 スバルは手をたたきながら、畏怖いふの念を込めてかたる。
 実際陣も、神代神楽ほど恐ろしい人間にこれまで会ったことがないというのが、彼女に対しての評価であった。もはやそのあり方は、敵に回したくない人間そのものだと。

「うふふふふ、そういうわけだから、奈月ちゃんと陣くんにはこれからも協力してもらうよ! みんなで頑張って、天下を取ろう!」

 えいえいおーと右腕を上げて、気合を入れる神楽。

「くす、わかってるわ。姉さんが世界を支配すれば、その妹であるアタシの未来は安泰(あんたい)。楽しほうだいだもの」
「ははは、オレの場合は、奈月が神楽さんの下につくならかな」

 奈月と陣は神楽の期待にこたえ、この部屋をあとにしようとする。
 もう用件はおわったみたいなので、ここに残る必要もないだろう。

「うん、頼りにしてるからね、二人とも!」
「では、レイヴァースの姫君ひめぎみの件、頼んだよ」

 そして神楽とスバルに見送られ、部屋を出た。

「相変わらず神楽さんは怖い人だな。絶対敵に回したくないタイプだ」
「くす、強欲の化身だもの、姉さんは。欲しいモノを決して逃がしはしない。そう、アタシと同じでね」

 陣の正直な感想に、奈月はそれはそうだと笑い得意げにウィンクしてくる。

「そうだったな。じゃあ、その欲しいモノが重なった場合、どうなるんだ?」
「くす、そんなの決まってるじゃない。たとえ相手が姉さんでも倒すわ。アタシはアタシの大切なモノを、決してゆずりはしないんだから……」

 奈月は心底おかしそうに笑いながら、自身の想いを告げてきた。その瞳には思わずゾッとしてしまいそうになるほどの、狂気の色が帯びていたといっていい。
 その宣言には一切の迷いや躊躇ちゅうちょなどなく、彼女は本気。そう、神代奈月は自身の愛する世界のためなら、たとえ相手がいかに強大であろうと刃向かうだろう。なぜなら奈月は神楽と同様、いやそれ以上に強欲の炎にとりかれているかもしれないのだから。

「今あの人の下についてるのは、利害が一致してるからよ。もし姉さんがアタシの意にそむくなら……。――ええ、その時はこの神代奈月が、上代の次期当主の座を奪うかもしれないわね、くす」

 そして自身の胸にバッと手を当て、不敵な笑みを浮かべる奈月。

「ははは、さすがは奈月だ。それでこそオレの見込んだ女だよ」
「くす、ありがとう。さあ、行くわよ、陣。すべてはアタシの輝ける世界のために」

 奈月はとびっきりの笑顔を向け、手を差し出してくる。

「おおせのままに、お姫様」

 陣はそんな奈月の手を取り、彼女について行くのであった。

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