創星のレクイエム

有永 ナギサ

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序章 神代の依頼

9話 星詠み

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「守ってばかりでは、僕は倒せませんよ!」

 禍々しい炎が乱舞し、この一帯に破壊をまき散らしていく。
 少年の攻撃はいたってシンプル。自身が生み出した巨大な火球を、標的目掛けて幾度となく撃ち続けていくというもの。結果、放たれた火球は廃墟街の建物や地面に衝突。爆音と共にクレータを生み、炎がいたるところに燃え移る。もしこれが廃墟街でなければどれほどの被害になっていたか、想像するのも恐ろしいほどであった。
 戦況はどうなっているかというと、少年の猛攻を陣が受けきる防戦一方の戦いが繰り広げられていた。陣は火球の軌道を読み、魔法をくして回避に専念。続けざまに放たれ続ける炎を、紙一重にかわし続ける。
 なぜ防戦一方なのかというと、少年が操る炎はただの魔法ではない。これこそ彼の星詠み。すべてを焼き尽くすという概念で生まれた業火なのだ。その猛威の前に陣の魔法はことごとく飲み込まれ、攻撃も防御も思うようにいかないのであった。

「ははは、確かに。じゃあ、炎よ踊れ」

 だがそんな劣勢な状況にも関わらず、陣の口元には余裕の笑みが。そう、陣は少年の猛攻に対し、なんとすずしい顔で対処しているのである。
 このままでは防戦一方なので、陣は何度目かの魔法を少年に向けて繰り出す。すると先程星葬機構せいそうきこうに撃ったのと同じ炎の波が少年へ。しかしその炎も少年が生み出す業火の壁にはばまれ、みるみる内に飲み込まれてしまう。

「おー、さすがは星詠みだ。魔法じゃ、すぐ塗り潰されちまう」

 彼の星詠みに感心の言葉を送る。
 さっきからやっている通り、魔法では星詠みの相手にならない。あの力は一つの世界、概念そのものなのだ。ゆえにただの純粋な力の塊である魔法程度では、その世界の法則に容易く塗り潰されてしまうのである。ようは絵具と色鉛筆いえんぴつのような関係。彼の炎のように起こせる事象は同じでも、その濃さ、純度が全く違う。魔法は中身が薄いため色鉛筆で書いた細い線だが、星詠みはもはや一つの世界。絵具のごとくなにもかも塗り潰すといっていい。

「どうです! 僕の星詠みは! ここまで使いこなせているのですから、暴走しているなんてただの間違い! 僕はれっきとした創星術師に!」
「残念ながら暴走してるよ。――どうやらあんたは星詠みの理屈があまりわかっていないようだ」

 勘違いして得意げになっている少年に、肩をすくめるしかない。

「ッ!? ご教授いただけますか?」
「いいぜ。あれを使うにはまず自身の魂に色を付け一つの異界に、輝く恒星こうせいへと変質させる。後はその星の輝き、いわば概念で世界を浸食するのが星詠みだ」

 星詠みを発動するには、輝きを奏でるための星がいるのだ。その媒介となるのが人間の魂。創星術師となる者は初めみずからの魂に干渉かんしょうし、そのあり方を書き換えるのである。
 この魂の書き換えは魔法と同じ原理。無色の力の塊に対し色や型といった方向性を決めていき、自身が望む形を創造していくというもの。その結果生まれるのが自身の望んだ一つの世界。通常ではありえない法則、概念で構成された異界。魂が独自の輝きを放つ星、恒星と化すのだ。星詠みとは自身の星の概念で、世界を浸食することをさす。これは自身の星の輝きを歌い奏でる。その行為から星詠みと名付けられたのだそうだ。
 少年が放つ炎は彼の星、世界そのもの。燃えさかる炎という概念によって生まれた火ゆえ、こちらの魔法など今陣たちがいる世界ごと飲み込まれてしまうというわけである。
 ちなみに魂に干渉するやり方は、魔法を生成するラインを最後までたどることで大体の感覚がつかめるとか。

「自身の星を生み出すのは、やり方さえ知ってれば誰でもできる。だが問題はその後。なんたって魂を恒星と化したんだ。その星の輝きは消えることなく、ひたすら輝き続ける。もちろん魂が燃え尽きるまでな」
「つ、つまり創星術師の暴走とは……」

 少年は陣の言いたいことがわかり、ぞっとし始める。

「ああ、生み出した星はまさに一つの世界そのもの。そんなスケールがでかいものを、普通の人間が制御できると思うか? 結果、星は際限なく輝きを増し膨張していく。星の源である魂をくべ、ただひたすらに。それが今のあんたの状況だ。あふれんばかりの星の輝きのせいで世界を自身の色に染めたいと、破壊衝動がますますひどくなってくるんだよ」

 魂から生まれた星とはいえ、それもれっきとした一つの世界。その内包するエネルギー量は、星と化したため尋常ではないほど膨れ上がっている。そんな最高純度の力を人間が制御するのはもはや至難のわざ。よって素質がない者は星のコントロールができなくなってしまうのだ。
 となるとなにが起こるのか。実際力を行使する分にはなにも問題はない。自分の内にあるモノを外に放出するだけなので、複雑な工程はいらないのだ。そう、問題は輝き続ける星。恒星は内にあるエネルギーを燃やし輝く。ゆえに制御できないということは、星を輝かすエネルギー配分さえも手が出せない。これは極めてマズイ事態といっていい。たとえるならガソリンタンクに火を点火した状態だ。火は中にある燃料すべてに燃え移り、余すことなく使い尽くすだろう。これと同じことが暴走した創星術師の身に起こっているのである。それゆえ少年の星は魂にあるエネルギーをすべて燃やしきるまで、輝きを止めようとしない。そう、彼の命のともしびが消え落ちるまで。
 もちろんその過程で生まれた限界を超えるあふれんばかりの輝きは、内に抑えきれず外へ。自身が望まなくても世界を浸食してしまうのであった。これこそ暴走した創星術師の破壊衝動の正体である。

「まあ、こればっかりは素質だから仕方ないさ」

 制御できれば自身の魂を燃やし尽くすまで輝くといった、恐ろしい事態は起こらない。しかも創星術師たちは常時星が輝くことや星詠みを発動することで、寿命を削っていくみたいなこともないのである。というのも魂で生成したマナの一部を星にくべることで、常時輝く問題は解決。基本創星術師でい続けられる者たちは、マナ生成や保有量が常人よりはるかに高いためさほど気にならないのだとか。
 星詠みを発動する時に関しては、魔法を使う時と同じ。世界中にあふれるマナをかき集め星にくべることで、自身の魂を削ることなく行使できた。もちろんマナを集めるのは少し神経を使うため、精神的負担により限界もある。なので星詠みをノーリスクで行使するには限度があり、それ以上は自身の魂を削るしかないのだが。

「――ああ……、だからこんなにも僕の星詠みの色で、世界を塗り潰したくてたまらなくなるのですか」

 少年は納得したのか、力なく笑いながらつぶやく。

「世界を浸食したくなるのは星の嵯峨さがらしいぜ。だから一度創星術師になった者は星の衝動に突き動かされ、一生力を求めていくんだ。さらなる高みを渇望かつぼうし、探究し続ける魔道の道へと……」

 創星術師には一つ抱える問題が。彼らはみな魂が輝く恒星へと変質しているため、自身のあり方、定義そのものが変わっている。なのでこれまでと違って、ある衝動に突き動かされた人生を歩むはめになるのだ。
 魂が駆り立てる衝動は当然生きろというもの。ならば星が駆り立てる衝動とは。その答えとはずばり、自身の成長。星として自身の存在を、さらに世界へ刻み込みたい。より輝きを。より純度を。もはや自分こそ世界の中心、象徴だとうたいたいがために。よって創星術師はみずからの星の渇望が衝動となって襲い掛かり、望まずとも魔道の道へと堕ちていってしまうのであった。
 ゆえに一度創星術師になった者は、さらなる高みを求めずにはいられない。自身の星の輝きを上げることが、生きる命題へ。人生をすべてみずからの星のために、ついやすことになるのだ。

「これはうわさだが星詠みをきわめみずからの星の純度を上げ続ければ、いづれ世界そのものに干渉できると言われてるらしい。それが創星術師の終着点。星となった者はみなその最果てを目指すさだめなんだと。ちなみに星魔教の中では創星術師の終着点が、新世界の神になることと言われてるそうだ。だから奴らは創星術師に執着する。自身を犠牲にしてでも、彼らの神にいたる道を手助けするってな」

 世界そのものに干渉できる。いつこのようなウワサが流れたのかはわからない。だが昔から言われ続けてきた言葉であり、すでに創星術師の中では当たり前になっているのである。
 ただそれが事実かは誰もわからないまま。その域に達した者を目撃した人間はおらず、なんら確証もないとのこと。しかし星の祝祭を引き起こしたサイファス・フォルトナーが、その位階に達していたのではないかとささやかれていた。

「まっ、解説はこんなところだ。で、少しは星詠みの説明を聞いて落ち着いたか? それなら大人しくおなわに」
「断ります! 捕まってモルモットになるぐらいなら、最後は星と共に華々しく散る方を選ぶ! この命を燃やし尽くし、この世界に僕の星を刻んでね! それにさっきからのあなたの余裕ぶった態度が気に入らないんですよ! これ以上僕を見下さないでいただきたい!」

 少年はこちらの提案を再びり、殺意を膨らませうったえてくる。 

「ははは、わるい、わるい。まじでやってないのが、そう思わせてしまったんだな。でも安心しろ。この余裕は見下すとかじゃなく、ただあんたの星詠みをもっと見たかっただけ。実際はむしろあんたのことを、感心してるほどなんだぜ」
「どういう意味ですか?」
「なあに、実はオレも創星術師になりたいんだが、あいにく自身の星の形を決められなくてな。いろいろ考えているんだが、どうもしっくりこないんだ。オレが求める星はこんなもんじゃない、もっとふさわしいものがあるはずだと。そんなことをガキのころから繰り返して、今にいたるってわけだ。まったく情けない話だ」

 感慨にふけりながら、苦笑交じりにかたる。
 そう、四条陣は狂おしいまでに星詠みを求めている。魔法という見飽きた力ではなく、星詠みという名の人智を超えた力を。だがいくら求めても、陣は創星術師になれないのだ。それもそのはず陣にはみずからが求める世界、星の形が見つからないがために。

「だからこそ自身の星の形を決め創星術師の門に足を踏み入れたあんたは、正直すごいと思うよ。オレなんてまだスタート地点にさえ、立ってないんだからさ……、ははは……」
「――あなたは……」

 陣の想いの独白に、少年は同情に似た視線を向けてくる。

「さて、話はそろそろおわりだ。断罪者のこともあるし、なによりうちのお姫さまが待ちくたびれて介入してくるかもしれない。そういうわけでさっさと決めさせてもらうぞ。せいぜい最後に足掻あがいて、オレを楽しませてくれよ」
「いいでしょう。ならお望みどおり、僕の全身全霊の星詠みでほうむって差し上げます!」

 そして両者互いに啖呵たんかを切り、戦いの火ぶたが切って落とされる。

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