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   2章4部 ミルゼ教

ミルゼの奇跡

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 廃坑内の会議室でミルゼ、ガルディアスたちと気まずい時間をすごしていると、とうとうミルゼ教の祭典が始まる時間になったという。
 イベント会場となるのは先ほどまで人々が大勢集まっていた、廃坑内のやたら広いフロア。簡易的なステージが用意されており、ざっと200人以上のミルゼ教の信者たちが今か今かと待ちわびていた。
 そんな中、シンヤとトワは簡易ステージの真横。レネが用意してくれたゲスト席に座っており、すぐ後ろにはシンヤたちを監視するガルディアスの姿が。

「よくぞ集まってくれた。ワガ同胞どうほうたちよ。ミルゼ教の大司教として、このときをみなで迎えられたことを大変うれしく思うぞ」

 レネがステージ上で、声高らかにかたる。

「ミルゼ教を創設して、どれほど長い年月が経ったであろうか。我々はずっと準備をして待ち続けていた……。しかしその苦悩がようやくみのるときがやってきたのだ! これまでのみなの協力のおかげで、とうとうワレらが待ちわびた女神が帰ってきたのだから! そう、かつて世界に混沌こんとんを招いた邪神の眷属、ミルゼさまが復活なされたのだ!」

 レネの演説に、ミルゼ教の信者たちの歓声が鳴り響く。

「――ははは……、すごい、熱気だな」
「とうとう始まっちゃったね。シンヤ、わたしたち本当にこうしていていいのかな?」

 会場の盛り上がりに気圧されていると、トワがシンヤの上着をクイクイしながら不安げにたずねてきた。
 彼女は勇者ゆえ、敵の計画が目の前で進んでいることに対しかなり複雑な心境みたいだ。

「敵の計画が進行してるのをはばめないのは少しもどかしいが、ミルゼ教の実態に大きく近づけそうだしな。このまま客人としておとなしくしながら、せめてミルゼ側の情報を持って帰ろう。それだけでも大きな進歩のはずだ」
「――そう、だよね……」
「気になるのは、祭典中ミルゼが起こす奇跡だよな。いったいなにをする気なんだ?」
「奇跡っていうからには、よっぽどすごいことだよね?」
「この大規模な祭典の目玉みたいだしな。その奇跡とやらで信者たちの心をグッとつかんで、熱狂的な信徒にするのが狙いだろうが」
「きさまら、うるさいぞ。静かに祭典を見ておけ」

 トワとコソコソ話していると、ガルディアスがいらだちげに言ってくる。

「忠告しておくが、この先なにがあっても変な気は起こさないことだ。もしワレらに敵対する動きを見せたら最後、きさまらを即八つ裂きにしてくれる」
「さすがにここはおとなしくしておくよ」
「ふん、しかしなぜワレがこいつらを見張らないといけないのだ。もっと近くでミルゼさまの勇姿を、この目に焼き付けたかったのに……。ぐぬぬ……」

 ガルディアスはこぶしを震わせ、歯をきしませる。

(この魔人、ミルゼのこと好きすぎだろ)

 彼のミルゼに対する、暑苦しいほどの熱烈な思いよう。封印の地で出会ったときのイメージと、どんどんかけ離れていっていた。
 そんな中、レネの演説が終盤に近づいてきたようで。

「みなの中には入信するか、このままミルゼ教に居続けるか、迷っている者たちもいることだろう。しかし安心するといい! そんな不安はすぐに消え去る! ミルゼさまの奇跡を目の当たりにすればな!」

 レネはうでを振りかざし、芝居しばいがかったように告げた。
 そしてどよめく会場内。信者たちの盛り上がりは最高潮に。

「ではそろそろ始めるとしよう! これよりワレらは偉大なる一歩を踏み出す。とうとうこの世界に、ミルゼ教の威光を指し示すときがやって来たのだ! さあ、みなの者、刮目かつもくせよ! 邪神の眷属であるミルゼさまが、大いなる祝福を与えてくれるぞ!」

 レネの紹介に、待機していたミルゼが簡易ステージへと歩いていく。

「――おぉー」
「あれがまさか……」
「まだ子供じゃないか?」
「――美しい……」

 そんなミルゼの登場にざわつく会場内。見た目が小さな子供ゆえ、信者たちは困惑していたといっていい。

「――ミルゼよ」

 ミルゼは信者たちの方を向き、静かに瞳を閉じる。そして意を決したように目を開け、自身の名を告げた。
 その瞬間、会場内は静まり返り、信者たちは彼女の圧に飲まれる。というのもミルゼは内包する力を全面に出し、尋常ではない禍々しいオーラをまとっていたのだから。もはや誰しも、彼女が名高い邪神の眷属であるとイヤでもわからされていた。

「ミルゼが今日来たのは、奇跡を見せるため。だからあいさつとか、前置きとかはぶかせてもらう。――見て。きれいでしょ? これが深淵しんえんなる魔の力」

 ミルゼが右手を前に出し、闇のオーラを凝縮させた力の塊を生成する。
 その見事なまでの闇の純度を見ていると、まるで意識が飲み込まれそうな錯覚さっかくにおちいってしまう。実際信者たちの多くは、心を奪われ見惚れていたという。

「ミルゼにつかえるなら、あなたたちにこれをあげる。この力をもって、ミルゼのために戦って……」

 信者たちを見回し、粛然しゅくぜんと契約を持ちかけるミルゼ。

「――そしてどうかミルゼを、この呪縛じゅばくから救ってほしい……」

 そして最後、ミルゼは左手でぎゅっとむねを抑え切実にうったえた。
 それは万感の思いが込められた、少女の悲痛な叫び。彼女の願いは、むしばんでくる邪神の怨念からの解放。ベッドの上で見せたミルゼの辛そうに耐える姿を見ていたのもあり、非常にいたたまれない気持ちになってしまうシンヤ。

「――ミルゼさま……」
「――なんて辛そうな……」
「――おいたわしや……」

 そんな彼女に、心を打たれていく信者たち。

「さあ、望むものは手を伸ばし、契約して……。これからはミルゼと一緒に歩もう」

 ミルゼは左手を差し出し、ほほえみかける。
 これにより力を求める者。魔に魅入られた者。ミルゼの力になりたい者など。理由は様々であれど、信者たちのほとんどがミルゼへと手を伸ばしていた。

「ッ!?」
「きゃっ!?」

 次の瞬間、ミルゼが形成していた魔の力の塊がはじけ。まばゆい光に包まれる。そのあまりのまぶしさに、目をつむるしかなかった。
 そして再び目を開けると。

「おぉ、すごい!」
「これが闇の力!」
「力が、力がみなぎってくる!」
「ミルゼさま! ミルゼさま!」

 信者たちが意気揚々とさわいでいたという。

「これで契約はおわった。みんなミルゼのためにがんばって」

 そしてミルゼは舞台上から去っていき、シンヤたちがいるゲスト席の前を通り過ぎようと。

「ミルゼ、今のはいったい?」
「あれはミルゼの眷属化のスキル。契約を結んだ者なら人間であれ魔物であれ、力を与えられる」
「――それがミルゼのスキル……」

 ミルゼの答えに、戦慄せんりつが走る。
 シンヤの予知のスキル。トワの極光のスキルのように、邪神から与えられた特別な力なのだろう。眷属化という聞くからに厄介そうな力であった。
 そしてミルゼは、シンヤたちの前からも去って行ってしまう。どうやらこの祭典での彼女の役目は、完全におわったらしい。

「みなの者よ。これでおぬしらは闇属性の魔法を、さらにこの地にはびこる邪神の怨念にアクセスし、魔物を召喚して使役できるぞ」
「おいおい、まじかよ」

 シンヤがこの廃坑へ来る前、追っていたミルゼ教信者の青年のことを思い出す。彼もまた闇の魔法を使い、さらには魔物を召喚して操っていた。それをまさかこの場にいるほとんどの信者が、できるようになったということ。あまりの事態に開いた口がふさがらなかった。

「今回、ミルゼさまと契約を結ばなかった者たちよ。また機会があるだろうから、そのときまでゆっくり考えてみるといい。ワレらは待っているぞ」

 トワのように勧誘されて来た者たちの中には、なんとか踏みとどまりミルゼと契約を結ばなかった者もいたみたいだ。しかしその人物たちは、受け入れなかったことを後悔している様子。よほどミルゼに魅せられたみたいだ。あれだと次の機会に契約しそうである。

「きさまら祭典の見学はここまでだ。戻るぞ」

 レネの祭典の進行を見ていると、ガルディアスがうんざりした様子で声をかけてきた。

「え? まだ終わってないみたいだけど?」
「ここから込み入った部外者禁止の話をするらしいからな。きさまらには聞かせられん」

 見せてくれるのはミルゼの奇跡までらしい。さすがに敵がいる中で、内情を話すわけにはいかない。もっともすぎる主張ゆえ、おとなしく引き下がるしかなかった。

「ちぇ、わかったよ。行くぞ。トワ」
「うん」

 ガルディアスに連れられ、会場をあとにするシンヤたち。

「くくく、さてみなの者、さっそくだがその力、一つ振るってもらおうではないか」

 そんな中、レネがシンヤたちへ愉快げな笑みを浮かべながら、意味深な言葉を口にする。まるでこの先、なにかとんでもないことをたくらんでいるかのように。
 去りながらもイヤな予感にさいなまれるシンヤなのであった。




あとがき

すみません。タイトルを少し変更させてもらいました。
補佐役として転生したら、ダメダメ美少女勇者さまのお世話をするはめに!?


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