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1章4部 トワの答え
邪神の眷属の復活
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シンヤとトワは神殿の最奥から、地下に続く階段を急いで降りていく。
立ち込める極度の魔の気配からみるに、邪神の眷属の復活は目前。もはや一刻の猶予もない。一体この地下でなにが起こっているのか。先に向かったフローラは無事なのか。焦りがどんどん募っていく。
そしてようやく階段を降り切り、邪神の眷属が封印されているであろうフロアに到着。目に飛び込んできた光景は。
「フローラ!」
「シンヤくん! トワちゃん!」
フロアの中央付近で、フローラとクラウディアの姿が。二人は現在戦闘中らしく、かまえながら対峙している。そんなフローラの周りには、黒いローブをかぶった人間が八人ほど倒れていたという。
「あらあら、ボウヤたち、来ちゃったのね。はぁ、まさかこんな展開になるなんて。魔人さんはやられるし、ミルゼ教の信者や魔物たちはそこのお嬢ちゃんにやられて、私が出張ることになるし。ほんと、さんざんだわ」
クラウディアはやれやれと肩をすくめる。
「フローラさん、大丈夫だった?」
「ええ、でもごめんなさい。敵に邪魔されて、封印がもう……」
フローラは目をふせ、最悪の事態に青ざめる。
「いや、一人でよくここまでやってくれたよ。ここからはオレたちも参戦して」
「くす、もう遅いわよボウヤ。ほら、見て。封印はもう間もなく解けるわ」
「なっ!?」
フロアの奥にある祭壇の方を見ると、そこには倒れているリアの姿が。彼女の身体の上には、術式でできた大きな球体が浮いていた。おそらくあの球体がリアに干渉しながら、封印を解いているらしい。
そのさらに奥の床には、邪神の眷属を封印しているであろう清廉な光を放つ巨大な魔法陣が。ここで問題なのは魔法陣から禍々しい闇のオーラがあふれだし、その中心部で凝縮。二メートルほどのドス黒い闇の塊を形成していることであろう。
「さあ、ショータイムの時間よ! 今ここに、邪神の眷属の封印が解かれる!」
クラウディアが両腕を上げ、芝居がかったように宣言する。
すると魔法陣の上の闇の塊が突如脈打ち、次々に肥大化していく。そして次の瞬間、闇の塊が四散して周囲に闇のオーラをまき散らした。
「くっ!?」
そのあまりの勢いに、思わず目を閉じてしまう。
そして再び目を開けると、そこには。
「――ここは……? なんだかすごく長い時間、寝てた気がする……」
小さな女の子が、清廉な輝きを放つ魔法陣の上に足をつける。それから彼女は額に手を当てながら、よろよろとした足取りで歩いてきた。
「え? え? シンヤ!? あれどういうこと!? 邪神の眷属っていうぐらいだから、すごいバケモノじみたのが出てくると思ってたのに!? あれどこからどうみてもいたいけな普通の女の子だよね!?」
「――ああ、予想外にもほどがある……」
目を丸くしながら少女を指さすトワの主張に、同意せざるを得ない。
というのも出てきたのは11歳ぐらいの女の子。銀色の髪に、ルビーのような深紅の瞳。触れたら壊れてしまいそうな、はかなげな雰囲気をまとっている。そして特に印象的なのは、彼女の瞳が底知れぬ孤独と絶望の色に染まっていることであろうか。小さな女の子があんな悲しい目をしていることに、いたたまれない気持ちにならずにはいられなかった。
(あの子から魔人の異質さは感じられない。邪神の眷属といっても、一応オレたちと同じ人間みたいだ)
「お目覚めのようね、邪神の眷属さん」
「ミルゼ、それがわたしの名前」
「あら、そういえば魔人さんたちがそう呼んでいたわね。これは失礼したわ。ミルゼさん」
粛然と自身の名前を告げるミルゼに、クラウディアはうやうやしくお辞儀する。
「それでこれはどういう状況なの?」
「あなたは150年前に封印され、それを私たちと魔人さんたちで解放したのよ」
「――150年……、そんなにも眠っていたというの……? よくもあの勇者たち……。今すぐやつらの国に攻め入って……」
拳をわなわなと震わせながら、静かに復讐の炎を燃やすミルゼ。
「――あれ? 力が?」
しかし彼女は突然よろめき、きょとんとした表情を。
「無理しちゃだめよ。ミルゼさんの封印は完全に解けてはいない。力をその場に残し、本体だけをなんとか救い上げた状態なんだもの」
「――はぁ……、どおりで力の出力が低いわけだね。まあ、それでも目の前の目障りなやつらを消すぐらいの力は残ってる」
ミルゼは肩を落としため息を。だがそれもつかの間、シンヤたちの方に特大の殺意を放ってきた。
「ひっ!?」
これにはたまらずシンヤの後ろに隠れるトワ。
だがそれも仕方のないことだろう。ミルゼの圧はすさまじく、まるで喉元に、ナイフを突きつけられた感覚が押し寄せてきたといっていい。もはや目の前にいるのは、いたいけな小さな女の子ではない。シンヤたちを軽く葬れるほどの、強大すぎる力を持った邪神の眷属そのもの。あまりの力の差に、勝てるビジョンがまったく浮かんでこなかった。
「お姉さんから150年前戦った勇者と、同じ力を感じる。それってつまり」
「ええ、女神から力を授かった勇者さまらしいわよ」
「くすくす、勇者、まさかこんなにも早く復讐ができるなんて」
ミルゼは口元を手で押さえ、残酷な笑みを浮かべる。
「ひっ!? ちょっと待って!? わたしその人と関係ないよ!?」
「勇者である以上、お姉さんがミルゼの敵であることに変わりはない。だからわるいけど、八つ当たりさせてもらうね」
涙目でうったえるトワに、ミルゼは腕を前に出し今にも攻撃を仕掛けようと。もはや殺る気満々であった。
「――そんな……、どうしようシンヤ!? さっきの戦いでもう力が残ってないよ!?」
「オレも同じだ。それにたとえ全快だったとしても、負ける気しかしないほどだし……。かくなるうえは……」
先ほどの激戦で、もはやシンヤたちに戦う余力はない。そもそもの話、全快だったとしても勝てる見込みはなさそうなのだ。それに逃げるにしても、そう簡単に逃がしてくれないはず。となるとシンヤたちに残された道は。
「ミルゼだっけ? もしかしてキミも転生者なんじゃないのか?」
とっさにひらめいた可能性に賭けてみる。
というのもミルゼはどこからどう見ても、いたいけな女の子。こんな少女が普通、邪神の眷属になれるのだろうか。それにシンヤたちは、邪神側の転生者がいることを知っている。これらの情報から考えて、クラウディアが姫様と崇拝する少女よりも前に、邪神に転生させてもらった女の子である可能性が。もしそうであるならば、陣営は違えど同じ転生者同士、話し合えるのではと。
「そうだけど」
「やっぱり! 実はオレたちも転生者なんだよ!」
「お兄さんたちもミルゼと同じ境遇?」
「そういうこと。だから転生者同士、仲よくしようぜ」
胸板をトンっとたたき、ミルゼへフレンドリーに笑いかけた。
「うんうん! わたしもミルゼちゃんと仲よくしたいよ! そうだ! お姉さんたちと、友達になろう!」
トワもシンヤの作戦に乗っかり、両腕を前に広げながらにっこりほほえんだ。
ちなみに彼女は相手が子供だからか、人見知りをそこまで発揮していないようである。
「ミルゼのお友達になってくれるの?」
するとミルゼは、ちょこんとかわいらしく首をかしげた。
「あはは、もちろんだよ!」
「えっと、二人とも? あれはかつて世界を滅ぼしかけた、邪神の眷属なんだけど……」
そんな中、フローラが引きつった笑みを浮かべながら、ツッコミを入れてきた。もはや困惑しまくっているのがよくわかる。とはいえそれも当然のことだろう。事情をよく知らないフローラ側からしてみれば、なんで世界を滅ぼそうとしているヤツとフレンドリーになろうとしてるんだという話なのだから。
「フローラ、言いたいことはわかる。でもこのままじゃ全滅だ。だからそれを回避するためにも、ここはオレたちに任せてくれないか?」
「――シンヤくんがそこまで言うなら、わ、わかったわ……」
全滅しかねない状況も状況なため、しぶしぶ納得してくれるフローラ。
「じゃあ、ミルゼのモノになってくれる?」
しかしうまくいっているかと思いきや、ミルゼが手を差し出して意味ありげに問うてきた。
「え? そ、それは……、あはは……」
その重すぎる発言に、トワは視線をそらし笑ってごまかすしかないようだ。
「むっ」
彼女の反応が気に入らなかったらしく、ミルゼの顔が次第に険しくなっていく。
ここでミルゼの機嫌を損ねるのはマズイ。だが彼女のものになるというのも、簡単にうなずけるものではない。ここはなんとかうまい具合に話を進めなければ。
「み、ミルゼ、友達ってのはモノじゃないんだぞー。だからそういう考えは、あまりよろしくないな、ははは……」
「――あ、それもそっか」
小さな子供を諭すようにやさしく説得すると、ミルゼは素直に考えを改めてくれた。
(意外と物わかりがいい! よし、これなら!)
「そうだミルゼ! 世界を滅ぼすとか物騒なこと止めて、一緒に冒険して異世界ライフを満喫しないか?」
「わぁ! それいい考え! わたしもミルゼちゃんと冒険したい!」
トワが手をパンと合わせ、ぱぁぁっと顔をほころばせる。
「ミルゼが冒険に?」
「行こうよ! ミルゼちゃん! きっと楽しいよ! おいしい物食べたり、観光したり、かわいいお洋服だっていっぱい着せてあげるんだから!」
ちょこんと首をかしげるミルゼに、胸元近くで両腕をブンブン振り熱く勧誘するトワ。
「そうだぜ。せっかく転生したのに、満喫しないと損ってもんだ!」
「うーん、冒険……、冒険……」
「シンヤ! あともう一押しっぽいよ!」
「ああ、なんか自分でもどうかと思うほどめちゃくちゃな展開だが、この際、細かいことを考えるのはなしだ! このまま引きずり込むぞ!」
両手を取り合い、はしゃぐシンヤとトワ。
かつて世界を滅ぼしかけた邪神の眷属が仲間になんて、もはやツッコミどころ満載の展開。フローラもこれで本当にいいのかと、頭を抱えている始末。だがここまできたらなるようになれと、もはや投げやりだったといっていい。
「うん! 今わたしすごく感動してる! なにも戦うだけじゃない。こうやって話し合いで、分かりあえることができるなんて! はっ、まさかこれがわたしの勇者道なんじゃ? 戦わず話し合いで平和的に解決していって、みんな仲よくしていくてきな!」
トワは目を輝かせ、どこかうっとりしだす。
「ははは、このままいったら案外、姫様って呼ばれてる転生者の子ともいい関係を気づけるかもな」
「だよね! 最後はみんなで手を取り合って、ハッピーエンドってね!」
二人でありえるかもしれない素晴らしい未来に、思いをはせる。
だがそこへ。
「もり上がっているところ悪いけど、ミルゼさん。そのボウヤたち、さっきガルディアスさんと戦ってたのよね。彼がここに来ないということは、二人にやられちゃったんじゃないかしら?」
なんと先ほどまで事のなりゆきを見守っていたクラウディアが、突然爆弾発言をしたのだ。
「ガルディアスを……?」
「あ?」
「え?」
その直後、空気が凍る。そして次第に大気が震えだし、並々ならぬ重圧が押し寄せてきた。
「――そんな……、よくもガルディアスを……。許さない!」
そしてミルゼはカッと目を見開き、怒りを爆発させた。
「うわっ!?」
「ひっ!?」
「きゃっ!?」
「あらあら」
ひるむシンヤたち。そしてそれと裏腹に、クラウディアはほおに手を当てどこか愉快気にほほえんだ。もはやこの状況を楽しんでいる様子である。
「あの女、うまくいってるところになんてことを!」
「シンヤ! やばいよ! ミルゼちゃん完全におこで、もう話を聞いてくれなさそうだよ!?」
トワがシンヤの上着の袖をクイクイ引っ張り、涙目でうったえてくる。
彼女の言う通り、ミルゼは仲間を傷つけられた怒りで完全にシンヤたちを敵とみなしていた。もう話すことはない。今すぐ消えろとでも言いたげな雰囲気である。
「いや、まだあきらめるのは早い! ミルゼ、話せばわかる!」
「ガルディアスを傷つけた人たちなんて、もうしらない!」
シンヤの説得むなしく、ミルゼは腕を掲げ力を行使。
高純度の闇のオーラが収束していき、尋常ではない力の余波があふれだす。その威力は内包するベクトル量からみるに、そこらの魔法とケタ違いの代物。まさに敵を破壊しつくす、暴虐の塊。あんなのをくらったら、いくらマナでガードしてもひとたまりもないといっていい。
「くっ!? あれの直撃はマズ過ぎる!? 回避コースは?」
予知のスキルによる攻撃察知能力で、ミルゼの攻撃の軌道や射程を察知しようと。なんとか安全地帯を割り出し、二人と一緒に回避しなければ。
「え? ないだって!?」
しかしここで問題が。なんとミルゼの攻撃はシンヤたちがいる一帯を薙ぎ払う、範囲攻撃だったのだ。ゆえにどう回避しようとも、薙ぎ払われる未来しかなかったという。その徹底ぶりを見るに、彼女は確実にここでシンヤたちを消すつもりらしい。それゆえ回避できず、防げないであろう特大の一撃で決めるつもりのようだ。
こうなると頼れるのは極光のスキルを持つトワだけだ。
「トワ!? 回避はできそうにない! 極光の力でなんとかガードを!」
「ムリムリムリ!? あんなのに立ち向かえるはずないよ!? あの威力、黒雷とはわけが違うんだよ!?」
だが頼みの綱のトワは後ろを向いてうずくまり、頭を抱えながら震え出した。
「いやいや、やらないとオレたちが死ぬんだが!? がんばってくれよ!」
「そもそもさっきの戦いで、ほとんど力を使い果たしてるんだよ!? 全快でも厳しいのに、今の出力じゃぜんぜん話にならないよ!?」
怖じ気づく彼女に喝を入れようとするが、トワは首をブンブン横に振るだけ。これはダメそうだ。
「ここは一人前に出て、せめてみんなだけでもって感じのかっこよくキメる、熱い場面だと思うんだが……」
「無茶言わないでよ!?」
「くっ、トワがダメならフローラ!」
「ごめんなさい。なんとかしてあげたいけど、さすがにあの威力をどうにかするのは無理よ……」
フローラは申しわけなさそうに首を横に振る。
「そんな……、じゃあ……」
(ッ!? やばい、だんだんあれに消し炭にされる未来が見えてきやがった……)
このあと起こるであろう全滅させられるヴィジョンが、予知として見えてくる。そしてそれがだんだん確信的なものになっていき。
「死んじゃえ、闇の奔流よ、すべてを呑み込め!」
ミルゼが掲げた腕を振り下ろした瞬間、凝縮された暗黒のエネルギーがシンヤたちへと解き放たれる。
その一撃は触れたものすべてを呑み込み、莫大な闇の力で消し去る破壊の閃光。直撃すればただではすまないのは、もはや明白。全滅待ったなしの必殺の一撃であった。
「――ここまでなのかよ……」
迫りくる闇の閃光に、目をつぶって死を覚悟するしかない。
そんな絶体絶命の中、ふと、鈴の音が。
「にゃー」
(あれはトワになついていた黒猫? なんでこんなところに?)
目を開けると、首輪の鈴を鳴らしながらシンヤたちの前に出る黒猫の姿が。
そして暗黒の奔流がシンヤたちを呑み込むそのまさに刹那、黒猫の前に魔法陣となんどかみたことがある黒い靄が立ち込めだし。
立ち込める極度の魔の気配からみるに、邪神の眷属の復活は目前。もはや一刻の猶予もない。一体この地下でなにが起こっているのか。先に向かったフローラは無事なのか。焦りがどんどん募っていく。
そしてようやく階段を降り切り、邪神の眷属が封印されているであろうフロアに到着。目に飛び込んできた光景は。
「フローラ!」
「シンヤくん! トワちゃん!」
フロアの中央付近で、フローラとクラウディアの姿が。二人は現在戦闘中らしく、かまえながら対峙している。そんなフローラの周りには、黒いローブをかぶった人間が八人ほど倒れていたという。
「あらあら、ボウヤたち、来ちゃったのね。はぁ、まさかこんな展開になるなんて。魔人さんはやられるし、ミルゼ教の信者や魔物たちはそこのお嬢ちゃんにやられて、私が出張ることになるし。ほんと、さんざんだわ」
クラウディアはやれやれと肩をすくめる。
「フローラさん、大丈夫だった?」
「ええ、でもごめんなさい。敵に邪魔されて、封印がもう……」
フローラは目をふせ、最悪の事態に青ざめる。
「いや、一人でよくここまでやってくれたよ。ここからはオレたちも参戦して」
「くす、もう遅いわよボウヤ。ほら、見て。封印はもう間もなく解けるわ」
「なっ!?」
フロアの奥にある祭壇の方を見ると、そこには倒れているリアの姿が。彼女の身体の上には、術式でできた大きな球体が浮いていた。おそらくあの球体がリアに干渉しながら、封印を解いているらしい。
そのさらに奥の床には、邪神の眷属を封印しているであろう清廉な光を放つ巨大な魔法陣が。ここで問題なのは魔法陣から禍々しい闇のオーラがあふれだし、その中心部で凝縮。二メートルほどのドス黒い闇の塊を形成していることであろう。
「さあ、ショータイムの時間よ! 今ここに、邪神の眷属の封印が解かれる!」
クラウディアが両腕を上げ、芝居がかったように宣言する。
すると魔法陣の上の闇の塊が突如脈打ち、次々に肥大化していく。そして次の瞬間、闇の塊が四散して周囲に闇のオーラをまき散らした。
「くっ!?」
そのあまりの勢いに、思わず目を閉じてしまう。
そして再び目を開けると、そこには。
「――ここは……? なんだかすごく長い時間、寝てた気がする……」
小さな女の子が、清廉な輝きを放つ魔法陣の上に足をつける。それから彼女は額に手を当てながら、よろよろとした足取りで歩いてきた。
「え? え? シンヤ!? あれどういうこと!? 邪神の眷属っていうぐらいだから、すごいバケモノじみたのが出てくると思ってたのに!? あれどこからどうみてもいたいけな普通の女の子だよね!?」
「――ああ、予想外にもほどがある……」
目を丸くしながら少女を指さすトワの主張に、同意せざるを得ない。
というのも出てきたのは11歳ぐらいの女の子。銀色の髪に、ルビーのような深紅の瞳。触れたら壊れてしまいそうな、はかなげな雰囲気をまとっている。そして特に印象的なのは、彼女の瞳が底知れぬ孤独と絶望の色に染まっていることであろうか。小さな女の子があんな悲しい目をしていることに、いたたまれない気持ちにならずにはいられなかった。
(あの子から魔人の異質さは感じられない。邪神の眷属といっても、一応オレたちと同じ人間みたいだ)
「お目覚めのようね、邪神の眷属さん」
「ミルゼ、それがわたしの名前」
「あら、そういえば魔人さんたちがそう呼んでいたわね。これは失礼したわ。ミルゼさん」
粛然と自身の名前を告げるミルゼに、クラウディアはうやうやしくお辞儀する。
「それでこれはどういう状況なの?」
「あなたは150年前に封印され、それを私たちと魔人さんたちで解放したのよ」
「――150年……、そんなにも眠っていたというの……? よくもあの勇者たち……。今すぐやつらの国に攻め入って……」
拳をわなわなと震わせながら、静かに復讐の炎を燃やすミルゼ。
「――あれ? 力が?」
しかし彼女は突然よろめき、きょとんとした表情を。
「無理しちゃだめよ。ミルゼさんの封印は完全に解けてはいない。力をその場に残し、本体だけをなんとか救い上げた状態なんだもの」
「――はぁ……、どおりで力の出力が低いわけだね。まあ、それでも目の前の目障りなやつらを消すぐらいの力は残ってる」
ミルゼは肩を落としため息を。だがそれもつかの間、シンヤたちの方に特大の殺意を放ってきた。
「ひっ!?」
これにはたまらずシンヤの後ろに隠れるトワ。
だがそれも仕方のないことだろう。ミルゼの圧はすさまじく、まるで喉元に、ナイフを突きつけられた感覚が押し寄せてきたといっていい。もはや目の前にいるのは、いたいけな小さな女の子ではない。シンヤたちを軽く葬れるほどの、強大すぎる力を持った邪神の眷属そのもの。あまりの力の差に、勝てるビジョンがまったく浮かんでこなかった。
「お姉さんから150年前戦った勇者と、同じ力を感じる。それってつまり」
「ええ、女神から力を授かった勇者さまらしいわよ」
「くすくす、勇者、まさかこんなにも早く復讐ができるなんて」
ミルゼは口元を手で押さえ、残酷な笑みを浮かべる。
「ひっ!? ちょっと待って!? わたしその人と関係ないよ!?」
「勇者である以上、お姉さんがミルゼの敵であることに変わりはない。だからわるいけど、八つ当たりさせてもらうね」
涙目でうったえるトワに、ミルゼは腕を前に出し今にも攻撃を仕掛けようと。もはや殺る気満々であった。
「――そんな……、どうしようシンヤ!? さっきの戦いでもう力が残ってないよ!?」
「オレも同じだ。それにたとえ全快だったとしても、負ける気しかしないほどだし……。かくなるうえは……」
先ほどの激戦で、もはやシンヤたちに戦う余力はない。そもそもの話、全快だったとしても勝てる見込みはなさそうなのだ。それに逃げるにしても、そう簡単に逃がしてくれないはず。となるとシンヤたちに残された道は。
「ミルゼだっけ? もしかしてキミも転生者なんじゃないのか?」
とっさにひらめいた可能性に賭けてみる。
というのもミルゼはどこからどう見ても、いたいけな女の子。こんな少女が普通、邪神の眷属になれるのだろうか。それにシンヤたちは、邪神側の転生者がいることを知っている。これらの情報から考えて、クラウディアが姫様と崇拝する少女よりも前に、邪神に転生させてもらった女の子である可能性が。もしそうであるならば、陣営は違えど同じ転生者同士、話し合えるのではと。
「そうだけど」
「やっぱり! 実はオレたちも転生者なんだよ!」
「お兄さんたちもミルゼと同じ境遇?」
「そういうこと。だから転生者同士、仲よくしようぜ」
胸板をトンっとたたき、ミルゼへフレンドリーに笑いかけた。
「うんうん! わたしもミルゼちゃんと仲よくしたいよ! そうだ! お姉さんたちと、友達になろう!」
トワもシンヤの作戦に乗っかり、両腕を前に広げながらにっこりほほえんだ。
ちなみに彼女は相手が子供だからか、人見知りをそこまで発揮していないようである。
「ミルゼのお友達になってくれるの?」
するとミルゼは、ちょこんとかわいらしく首をかしげた。
「あはは、もちろんだよ!」
「えっと、二人とも? あれはかつて世界を滅ぼしかけた、邪神の眷属なんだけど……」
そんな中、フローラが引きつった笑みを浮かべながら、ツッコミを入れてきた。もはや困惑しまくっているのがよくわかる。とはいえそれも当然のことだろう。事情をよく知らないフローラ側からしてみれば、なんで世界を滅ぼそうとしているヤツとフレンドリーになろうとしてるんだという話なのだから。
「フローラ、言いたいことはわかる。でもこのままじゃ全滅だ。だからそれを回避するためにも、ここはオレたちに任せてくれないか?」
「――シンヤくんがそこまで言うなら、わ、わかったわ……」
全滅しかねない状況も状況なため、しぶしぶ納得してくれるフローラ。
「じゃあ、ミルゼのモノになってくれる?」
しかしうまくいっているかと思いきや、ミルゼが手を差し出して意味ありげに問うてきた。
「え? そ、それは……、あはは……」
その重すぎる発言に、トワは視線をそらし笑ってごまかすしかないようだ。
「むっ」
彼女の反応が気に入らなかったらしく、ミルゼの顔が次第に険しくなっていく。
ここでミルゼの機嫌を損ねるのはマズイ。だが彼女のものになるというのも、簡単にうなずけるものではない。ここはなんとかうまい具合に話を進めなければ。
「み、ミルゼ、友達ってのはモノじゃないんだぞー。だからそういう考えは、あまりよろしくないな、ははは……」
「――あ、それもそっか」
小さな子供を諭すようにやさしく説得すると、ミルゼは素直に考えを改めてくれた。
(意外と物わかりがいい! よし、これなら!)
「そうだミルゼ! 世界を滅ぼすとか物騒なこと止めて、一緒に冒険して異世界ライフを満喫しないか?」
「わぁ! それいい考え! わたしもミルゼちゃんと冒険したい!」
トワが手をパンと合わせ、ぱぁぁっと顔をほころばせる。
「ミルゼが冒険に?」
「行こうよ! ミルゼちゃん! きっと楽しいよ! おいしい物食べたり、観光したり、かわいいお洋服だっていっぱい着せてあげるんだから!」
ちょこんと首をかしげるミルゼに、胸元近くで両腕をブンブン振り熱く勧誘するトワ。
「そうだぜ。せっかく転生したのに、満喫しないと損ってもんだ!」
「うーん、冒険……、冒険……」
「シンヤ! あともう一押しっぽいよ!」
「ああ、なんか自分でもどうかと思うほどめちゃくちゃな展開だが、この際、細かいことを考えるのはなしだ! このまま引きずり込むぞ!」
両手を取り合い、はしゃぐシンヤとトワ。
かつて世界を滅ぼしかけた邪神の眷属が仲間になんて、もはやツッコミどころ満載の展開。フローラもこれで本当にいいのかと、頭を抱えている始末。だがここまできたらなるようになれと、もはや投げやりだったといっていい。
「うん! 今わたしすごく感動してる! なにも戦うだけじゃない。こうやって話し合いで、分かりあえることができるなんて! はっ、まさかこれがわたしの勇者道なんじゃ? 戦わず話し合いで平和的に解決していって、みんな仲よくしていくてきな!」
トワは目を輝かせ、どこかうっとりしだす。
「ははは、このままいったら案外、姫様って呼ばれてる転生者の子ともいい関係を気づけるかもな」
「だよね! 最後はみんなで手を取り合って、ハッピーエンドってね!」
二人でありえるかもしれない素晴らしい未来に、思いをはせる。
だがそこへ。
「もり上がっているところ悪いけど、ミルゼさん。そのボウヤたち、さっきガルディアスさんと戦ってたのよね。彼がここに来ないということは、二人にやられちゃったんじゃないかしら?」
なんと先ほどまで事のなりゆきを見守っていたクラウディアが、突然爆弾発言をしたのだ。
「ガルディアスを……?」
「あ?」
「え?」
その直後、空気が凍る。そして次第に大気が震えだし、並々ならぬ重圧が押し寄せてきた。
「――そんな……、よくもガルディアスを……。許さない!」
そしてミルゼはカッと目を見開き、怒りを爆発させた。
「うわっ!?」
「ひっ!?」
「きゃっ!?」
「あらあら」
ひるむシンヤたち。そしてそれと裏腹に、クラウディアはほおに手を当てどこか愉快気にほほえんだ。もはやこの状況を楽しんでいる様子である。
「あの女、うまくいってるところになんてことを!」
「シンヤ! やばいよ! ミルゼちゃん完全におこで、もう話を聞いてくれなさそうだよ!?」
トワがシンヤの上着の袖をクイクイ引っ張り、涙目でうったえてくる。
彼女の言う通り、ミルゼは仲間を傷つけられた怒りで完全にシンヤたちを敵とみなしていた。もう話すことはない。今すぐ消えろとでも言いたげな雰囲気である。
「いや、まだあきらめるのは早い! ミルゼ、話せばわかる!」
「ガルディアスを傷つけた人たちなんて、もうしらない!」
シンヤの説得むなしく、ミルゼは腕を掲げ力を行使。
高純度の闇のオーラが収束していき、尋常ではない力の余波があふれだす。その威力は内包するベクトル量からみるに、そこらの魔法とケタ違いの代物。まさに敵を破壊しつくす、暴虐の塊。あんなのをくらったら、いくらマナでガードしてもひとたまりもないといっていい。
「くっ!? あれの直撃はマズ過ぎる!? 回避コースは?」
予知のスキルによる攻撃察知能力で、ミルゼの攻撃の軌道や射程を察知しようと。なんとか安全地帯を割り出し、二人と一緒に回避しなければ。
「え? ないだって!?」
しかしここで問題が。なんとミルゼの攻撃はシンヤたちがいる一帯を薙ぎ払う、範囲攻撃だったのだ。ゆえにどう回避しようとも、薙ぎ払われる未来しかなかったという。その徹底ぶりを見るに、彼女は確実にここでシンヤたちを消すつもりらしい。それゆえ回避できず、防げないであろう特大の一撃で決めるつもりのようだ。
こうなると頼れるのは極光のスキルを持つトワだけだ。
「トワ!? 回避はできそうにない! 極光の力でなんとかガードを!」
「ムリムリムリ!? あんなのに立ち向かえるはずないよ!? あの威力、黒雷とはわけが違うんだよ!?」
だが頼みの綱のトワは後ろを向いてうずくまり、頭を抱えながら震え出した。
「いやいや、やらないとオレたちが死ぬんだが!? がんばってくれよ!」
「そもそもさっきの戦いで、ほとんど力を使い果たしてるんだよ!? 全快でも厳しいのに、今の出力じゃぜんぜん話にならないよ!?」
怖じ気づく彼女に喝を入れようとするが、トワは首をブンブン横に振るだけ。これはダメそうだ。
「ここは一人前に出て、せめてみんなだけでもって感じのかっこよくキメる、熱い場面だと思うんだが……」
「無茶言わないでよ!?」
「くっ、トワがダメならフローラ!」
「ごめんなさい。なんとかしてあげたいけど、さすがにあの威力をどうにかするのは無理よ……」
フローラは申しわけなさそうに首を横に振る。
「そんな……、じゃあ……」
(ッ!? やばい、だんだんあれに消し炭にされる未来が見えてきやがった……)
このあと起こるであろう全滅させられるヴィジョンが、予知として見えてくる。そしてそれがだんだん確信的なものになっていき。
「死んじゃえ、闇の奔流よ、すべてを呑み込め!」
ミルゼが掲げた腕を振り下ろした瞬間、凝縮された暗黒のエネルギーがシンヤたちへと解き放たれる。
その一撃は触れたものすべてを呑み込み、莫大な闇の力で消し去る破壊の閃光。直撃すればただではすまないのは、もはや明白。全滅待ったなしの必殺の一撃であった。
「――ここまでなのかよ……」
迫りくる闇の閃光に、目をつぶって死を覚悟するしかない。
そんな絶体絶命の中、ふと、鈴の音が。
「にゃー」
(あれはトワになついていた黒猫? なんでこんなところに?)
目を開けると、首輪の鈴を鳴らしながらシンヤたちの前に出る黒猫の姿が。
そして暗黒の奔流がシンヤたちを呑み込むそのまさに刹那、黒猫の前に魔法陣となんどかみたことがある黒い靄が立ち込めだし。
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