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   1章3部 勇者の初戦闘

新たな力

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「バカ! 今は戦闘中だぞ!」
「そんなこと言われても、動かないものは動かないんだもん!」

 シンヤの叱責しっせきに、涙目で必死にうったえてくるトワ。

「気合でなんとかしろ! 死ぬ気か?」
「死ぬ? わたし、このままじゃ死んじゃうの……? ひっ!? そんなのいや……」

 かつを入れるつもりが、さらに怯えさせてしまったらしい。トワは剣を地面に落とし、その場にへたれこんでしまう。そして彼女は震える両肩を抱きしめ、うずくまってしまった。

「トワ、落ち着け!」

 これには戦闘中だというのに、彼女のところに駆けよるしかない。

「――はぁ……、まさか勇者が、こんなにも腰抜けだったとは……。まあ、いい。これまでの昔年せきねんの恨み、ワレ手ずから晴らさせてもらおう」

 ガルディアスは深くため息をついたあと、シンヤたちの方へと近づいてくる。

「黒雷よ、斬り裂け」

 そしてガルディアスがうでを掲げた瞬間、黒い雷がほとばしり剣状に。
 シンヤにはわかってしまう。あれが振り下ろされたら最後、まとめて薙ぎ払われてしまうと。

「さらば今代の勇者よ。今引導を渡してやる。恨むならきさまを遣わせた、女神を恨むんだな」

 気づけばもうガルディアスが目の前に。敵は極大の殺意を放ちながら、トワへ確実にとどめをさそうとしていた。

「――あ、ああ……」

 対してトワは今だ震えたまま。あまりの恐怖で完全に戦意を喪失していた。
 もはや抵抗するどころか、逃げることもできない様子。さらに後方では今だ黒いオーラの壁が立ち込め、リアたちが助けに来れない状態。フローラはウルフの集団と戦闘し、リアが必死にこじ開けようとしてくれているが間に合いそうにない。もはや最悪の展開であった。

(ヤバい!? オレじゃあ、あの一撃を防げない! 早く逃げないとトワごとヤツの餌食えじきに!?)

 予知からくる危機的直観がさけんでいた。
 今のシンヤに、ガルディアスの渾身こんしんの一撃をどうすることもできない。ナイフでは到底受けきれず、斬りかかろうとしてもトワごと斬りせられる。そんな最悪なビジョンしか浮かんでこない。ならトワを連れて逃げるしかないが、この距離では連れ出そうとした瞬間一緒に斬られる未来しかなかった。

(トワを見捨てて逃げれば、オレだけはギリギリ助かる。でも、そんなことすれば……)

 危機を打開しようと策をめぐらせるが、どれも失敗に終わるビジョンしか浮かんでこない。もはやこればっかりはどうすることもできず、逃げろと本能がさけんでいた。

「――シンヤ……」

 もう逃げるしかないとあきらめかけたそのとき、トワがシンヤの上着を弱弱しくつかみ、すがるようなまなざしを向けてきた。

(バカかオレは! トワをこのまま見殺しにするなんてできるはずないだろ!)

 ハッと我に返り、自身に喝を入れる。そしてトワをかばうように前へ出た。
 助けを求めている女の子の手を振り払い逃げ出すなど、男がすたるというもの。それにただでさえシンヤは彼女の補佐ほさ役なのだ。このまま見捨てて死なせたら、女神に合わせる顔がなかった。

「ほう、逃げ出さず、立ちふさがってくるか」
「これでも一応、勇者の補佐役なんでね」
「見事な覚悟だ。ではここで勇者ともども散るがいい!」

 ガルディアスは振り上げていた黒雷の剣を振りかざそうと。

(くっ!? なにか手はないのか!? 今のオレにもっと力が、強力な武器でもあれば!)

 自分のふがいなさに嫌気がさしてくる。
 自慢の予知のスキルは、さっきから死のビジョンしか見せてこない。希望があるとするなら、女神が授けてくれたもう一つの力。だがあれは二、三日ぐらいたたないと使えない言っていた。実際、それらしい力が使えそうな気配はなく、まだまだ身体の方になじんでいないようだ。

「はっ!?」

 そんな絶対絶命のピンチに、突如とつじょ身に覚えのない光景が脳裏に浮かんできた。

 それはシンヤが、どこからともなく武器を取り出す姿。そこでなにより驚くのは、その武器がシンヤが愛して止まない本物のリボルバーだったことであろう。

(なんだ今の!? 走馬灯そうまとう? いや、違う。あれは実際にあった出来事だ。オレは知っている……)

 そう、リボルバーを取り出したあの光景。あれが実際の出来事だという核心があるのだ。言葉ではうまく説明できないが、一瞬未来の自分を見たかのように。

(くっ!? 頭が!? それにこの疲労感、もしかして無意識に予知を?)

 とっさに頭を押さえる。というのも頭に痛みと、疲労感がドッと押し寄せてきたのだ。まるで限界以上の力を使ったかのようであった。

(ということはあれがオレの武器? でもどうやって取り出したんだ? まるでトワが剣を出したときのように)

 トワが地面に落とした剣に視線を移しながら、思考をめぐらせる。

(そうか! あれが女神さまがくれたもう一つの力なんだ!)

 これまであの剣は、極光のスキルが関係しているんだろうなと思っていた。だがよくよく考えると、あれは別の力という方がしっくりくる。もしそれがシンヤたちに女神さまがくれた力なら、いずれはシンヤも使えることにほかならなかった。

(いずれ使えるなら、その感覚さえわかれば今使える可能性があるってことだ! 予知での先取り。むちゃくちゃな話だが、やらなきゃ死ぬ! 予知のスキルを暴走させてでも、つかみ取ってみせろ!)

 己に勝つを入れ、必死に予知のスキルを使おうと。実際のところやり方はわかってないが、先ほど見た光景に意識をすべてかたむけ、必要な情報を手に入れようとする。

「消え失せろ!」

 そして振り下ろされる、ガルディアスのほとばしる黒雷の剣。

「ひっ!? シンヤ!?」

 もはや事態は一刻の猶予ゆうよもない。目の前には確実な死がせまり、このままではトワとまとめてお陀仏だぶつ。ゆえにその結末を回避するためにも、もはや死ぬ気で未来の自分を予知しようとする。

「うぉぉぉぉぉぉぉ!」

 目をギュッと閉じ、銃を持っていた光景に手を伸ばしながらさけぶ。
 頭にノイズが走り、痛みが。身体が燃えるように熱く、もはや血が沸騰しそうな勢いだ。それでもシンヤは予知を止めず、求め続けた。未来の自分が使いこなす力を。
 意識が途切れそうになる中、右手を前へ。それはまるで先ほど予知したヴィジョンのように。手元でマナを凝縮し、シンヤの愛したリボルバーを思い描きながら。
 次の瞬間。

「ぐはっ!?」

 FPSゲームで聞き慣れた、乾いた音が辺りに響きわたった。
 驚いて目を開けると、黒雷の剣がシンヤに届く手前で止まっている。さらにガルディアスが口から血を流し、胴体には小さな穴が。

「はっ!? これは夢にまで見た!?」

 そして言葉で表現できないほどの感動が、どっと押し寄せてくる。それもそのはずシンヤの右手には、ずっとFPSゲームで愛用し、憧れ愛して止まなかった代物。一丁のロマンあふれるリボルバーがにぎられていたのだから。
 ここですごいのは取り出したリボルバーが、シンヤの理想とする形そのものだったこと。まるでイメージしたものが、そのまま具現化されたかのように。この世界ではあり得ない、元の世界での実銃がここに存在していたのだ。

「ちっ!」

 気づけばガルディアスは後方に跳躍し、いったん下がっていた。

「これがオレの武器。まさかマジモノのリボルバーを、ぶちかませる日が来るとは……。ああ、それにしてもなんてロマンあふれる美しさ……。ヤバい、感動のあまり涙がでそうだ……」

 うっとりしながら、取り出したリボルバーをまじまじと見つめる。
 もはやのどから手が出るほど、欲しかった武器なのだ。銃器であればこの際なんでもいいと魔導銃を求めていたが、まさかシンヤの理想である完全なリボルバーの形とは。これにはテンションが上がらずにはいられない。

(えっと、なになに。これが人の思いを形にして召喚する特殊スキル、心象武器か)

 実際に使えるようになったことで、そのくわしい内容が頭に入ってきた。
 これが女神がくれたもう一つの力。召喚魔法をより高次元で行使できるスキル、心象武器。召喚魔法は本来存在するものを呼び出すもの。しかしこのスキルで呼び出すのは、人の思いを形にした武器なのだ。その形状は使用者にとってもっとも相性のいい武器であり、人によってはさまざまな特性や能力を持っているらしい。しかもこの心象武器は、使用者の精神力が上がれば上がるほど強くなるとか。

(構造は魔導銃まどうじゅうになってるみたいだな。自身のマナを銃弾に、トリガーを引けばぶっぱなせる仕組か)

 おのずとこの武器の特性について理解できた。しかもご丁寧に銃弾の作り方もである。

「よし銃弾も魔法で作れる」

 自身のマナを火属性に変換しながら凝縮することで、銃弾を作ることに成功。それを先ほど撃って、銃弾がなくなったシリンダーに装填そうてんした。
 本来なら空になった薬莢やっきょうを排出しなければならないが、銃弾自体がマナで構成されてるため、撃ったあと勝手に消える仕組みになっているらしい。おかげで弾を放り込むだけでリロードできる簡単仕様であった。
「装填数は六発。モデルガンでよく練習してたやつだ。いける!」

 リボルバーを器用にクルクル回したあと、がっしりつかむ。手にとても馴染なじんでおり、これならかなり使えこなせそうだ。
 ちなみにリボルバーの扱いには少し自信があった。というのもモデルガンでよく練習していたという。ガンマンのように手で回したり、射撃やリロードなどもはや数えきれないほどやっていたのだ。しかもこのリボルバー、シンヤの一番のお気に入りのモデルガンの形状と一緒であり、愛銃にするのにこれ以上の代物はなかった。

「人間風情ふぜいがよくもやってくれたな!」

 ガルディアスは黒雷の剣を振りかざし、血走った目を向けてくる。

「うわー、怒り狂ってやがるな。トワ、まだ動けそうにないか?」
「――はぁ……、――はぁ……、震えが止まらなくて……、ごめん……、シンヤ……」

 自身の両肩を抱きしめながら、辛そうにうつむくトワ。

(トワは戦えそうにない。――となると……)

 瞳を閉じ、戦況を改めてかえりみる。
 トワは戦えず、フローラやリアは分断されこちら側に来れない。もはや今この場で、ガルディアスやウルフと戦えるのは自分だけ。戦える力を手に入れたとはいえ、一人であの集団とやり合うのはかなりきつかった。

「オレがやるしかないよな!」

 意を決しながら目を見開き、リボルバーをにぎる手に力を入れた。
 トワを守り、二人で生き延びるためにも、ここはシンヤがなんとかしなければ。

「――う、うぅ……、戦わないと……、戦わないといけないのに!」

 トワは目をキュッと閉じ、自身のふがいなさを責める。
 だが戦えないのも、仕方のないことだろう。確かに彼女は女神により、世界を救うためつかわされた勇者。しかしいくら魔を滅する強大な力を与えられているとはいえ、この世界に転生する前はただの普通の女の子だったのだ。そんな少女がいきなり命をけた戦いに、身を投じられるだろうか。敵への恐怖心、傷つくのはもちろん最悪の場合命を落とす可能性や、のしかかるプレッシャー。さまざまな要因が葛藤かっとうとなり、締め付けられるのも無理はない。むしろ戦う覚悟かくごを持てという方が、どうかしている。

(――ははは……、実際オレもそこまで覚悟とかはないんだけどな)

 思わず心の中で笑ってしまう。
 もともとトワに任せていれば、すべて片が付くだろうとたかをくくっていたシンヤだったのだ。ゆえについてきたものの戦闘に参加して戦う気はあまりなく、サポートするぐらいの軽い気持ち。そのため正面切って目の前の強敵と戦うとなると、怖気おじけづきそうでたまらなかった。

(だけど戦わないと! こんなところで彼女の想いを、夢を踏みにじらせるわけにはいかない!)

 シンヤは知っている。どれだけ彼女がとうとい理想を抱いて、勇者としての責務を引き受けたのかを。生前に重いやまいのせいでずっと助けられてきた少女。だからこそ今度は自分が誰かを助け、笑顔にしてあげたい。その純真な想いとあこがれを。そんな少女の健気な夢を、こんなところで台無しにされるのが我慢ならなかったのだ。

「安心しろ。オレがなんとかするさ。なんたってオレはキミの、補佐ほさ役なんだからな」

 トワの頭にポンっと手を置き、やさしく笑いかける。

「――シンヤ……」

 するとトワは胸をぎゅっと押さえながら、うるんだまなざしを向けてきた。

(ははは、そういえばこんなこと初めてかもしれないな。ここまで本気になるなんて)

 生前は本気でやりたいことが見つからず、ただ流されるだけのつまらない人生を過ごしてきた。そんなシンヤであったが、ここにきてようやく胸を張って宣言できる自身のやりたいことを見つけた気がしたのだ。そう、すべてはこの少女の夢をかなえてあげたいと。

「さて、始ようか。その眉間みけん風穴かざあなを開けてやるから、覚悟しろよ!」

 そしてシンヤは愛銃のリボルバーをガルディアスへと突き付け、声高らかに宣言するのであった。
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