上 下
27 / 28
地味石ミリーは選ばれない

第25話 地味石ミリーは選ばれない

しおりを挟む






「──よし! さよなら、母国!」



 あれからしばらく。
 わたしは堂々と母国の門を出た。
 少し離れたところには、エリック・マーティンさん。
 北のスレインの陛下さまで、わたしの……相棒・・だ。




 あの後──気力という気力を使い切ったわたしは、昏々と眠り続けたらしい。真っ暗な闇の中、一筋の光にナイフを振り下ろしたところまでは覚えているのだが、その次はベッドの上だった。
 


 はっきりと起きた瞬間、エリックさんに震えながら抱きしめられた。
 あれも夢だったのかと首をかしげるが、思い出しても血流がよくなるぐらいには現実だった。


 ……頼むから、「まるで愛する人が復活したような勢いで相棒・・を抱擁しないでほしい」。
 息の根が止まる。
 

 
 それらをぎゅうーっと圧縮して、ぽわぽわする頬に両手で喝。
 少し離れた場所でお供のヘンリーさんを見送る彼に近寄ると、わたしは──腕を組み〈生意気〉をかたどり彼に言う。



「──っていうか、おにーさんも酷くない? あれほどセント・ジュエルの人だって言っておいて、翻すかな、普通?」



 ジト目で聞く。
 視線に若干の不満を込めるが、それも肩透かし。
 
 彼は目を見開き小さく笑うと、ため息交じりに肩をすくめ、



「……「記憶違いだったかも」って思ったんだよ。あと、視野が狭かった。思い込んでしまえば、他が見えなくなるだろ? 考えを改めたんだ」

「おかげさまで振り出しじゃん~、いいの? スレインの政治はいいのかなあ~?」
「……それ、君にもそのまま返してやろうか」
「わたしは追放されたのでいいのですぅ~」


 悪役の笑顔で小首をかしげられ、そっぽを向いた。


 あれから、お父様には「ここにいてもいいぞ」と言われたが、まっぴらごめんだ。
 散々地味石扱いして笑い者にしてきた挙句、追放した相手にどの口が言うのかという話である。


 瞬間的に蘇ったもやもやを、ため息に乗せて吐き出して。
 わたしは肩越しに振り向き城門を見上げると、



「まあ、魔防壁に頼りっぱなしだったこの国も、これを機に兵力考え直すっていうし。平和ボケした国にはいい薬だったんじゃない?」
「君がそれを言うのか?」
「わたしだから言うんです。他国の人が言ったら悪口だからムカつくけど」


 くすくす笑う彼に固く答えるわたし。
 母国に対する評価というのは複雑だ。
 自分で言うのはいいけど、他人に言われるとたちまちムカつくのは何故だろう。


 そんな複雑を抱えつつ、城に背を向け一歩踏み出そうとして──、わたしは、ぴたりと止まり、彼を見上げた。



 ……この先一緒に行くことにはなったけど。
 でも……本当にいいの?
 迷い、不安な気持ちは、そのまま口から滑り出していく。



「……あの、……おにーさんこそ、いいの? わたし、一緒に行くよ?」
「? なんで?」
「もうわたしに使える要素・・・・・、ないよ? 食い扶持が増えるだけだよ?」


 ──そう。
 彼と一緒に行くことになったが、冷静に考えたら、今のわたしは「ちょっと料理が出来るようになったただの女」だ。剣が使えるわけでもない・武術ができるわけでもない。探し人への手がかりでもない。
 条件を並べ立てても、マイナスしかない。
 ──なのに。



「…………ああ、いいんだ」


 わたしの不安を拭い去るように、穏やかな微笑みを変えずに応える彼。


 そんな表情に心が緩む。
 迷いのない言葉に胸がときめく。

 ほんわりとした安心と輝きを感じるわたしの前で、彼は青々とした草原を背負い、朗らかにほほ笑むと



「「──どこを旅するかより、誰と旅をするか。人生をどのように彩り、豊かなものにするかは、隣にいる人で決まる」。君と居ると、そう思えるから」
「…………ウ。うん…………」


 優しく言われてに、つっかえながら頷いた。


 ……もう。
 ほんと、期待するような言い方する。
 特別みたいに言わないで。
 もう、ほんと、もうっ。
 ……最初の「君が欲しい」もそうだったけど、この人、ずるい人。
 


 ──”とくとく”とウルサイ心を必死に納めるわたしの前で、彼はというと──未来を見据えたような顔で語るのだ。



「……どのみち、俺はそのうち、城に勤めなければならない。それまでに少しでも見聞を広めておきたいし──、それに……」



 穏やかに目を伏せ、一拍。
 その整った容姿に意地悪を乗せ、わたしの顔を覗き込むと、


「──どこの世界に「命の恩人の頼みを反故する」人間がいるんだ? 俺、そんな薄情な人間に見える?」
「────……」



 ためすように問われ、一拍。
 目を丸めるわたしに、信頼と冗談の混ざった眼差しが入り込み──



 ……ふふっ。


「……見えないことないかな?」
「────フ! 言うじゃないか」


 裏に大好きを乗せて笑った。
 吹き出す彼に、わたしも笑う。



「ね、いこ? おにーさん!」
「はいはい、じゃあ、どこに行こうか」

「とりあえず北? 化生けしょうの悪影響の確認したい!」
「スレインに行くか? 本場・・が見れるぞ?」
「うわあ~!」


 軽口をたたきながら、二人並んで歩きだす。





 ──わたしね?
 彼と一緒に〈彼女〉を探すんだ。
 エリックさんが生きる力をくれた人。
 彼をここまで導いてくれた人。

 その人にお礼を言いたい。
 ──「あなたのおかげで、わたしは世界を知れました」って。

 それと……
 一緒に居ればそのうちチャンスが回ってくるかなーって……


 密かに思ってるのは、わたしだけのひみつ。





☆☆





 ──それは、旅立ちの日。
 彼、エリック・スタイン陛下は、城門の内側でひそかに胸を躍らせていた。

 意識せずとも頬が緩む。
 鼻歌まで漏れ出しそうだが、そこはぐっと堪えて荷物を詰めた。

 まずはどこに行こうかと想いを馳せる彼の、その頭の上から。
 聞きなれた側近の声は、確認する色で降り注いだ。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

処理中です...