上 下
22 / 28
さよならの気配

第20話 『礎の少女』

しおりを挟む




 話についていけなかった。


 おにーさんの言う「引き寄せ」も、「セントジュエルが危ない」も、〈彼女〉との関係性も。


 「巻き込んだ」と述べるエリックさんに、わたしは思わず首を振って口を開くと、



「まって。話を聞いてると、「化生の世廻り」と〈カノジョ〉がなんか……関係あるの? ちょっと結びつかなくて混乱してる」



 彼は言った。半月後までに見つけたかったと。
 新月がタイムリミットなのもなんとなく汲み取れた。
 しかし、そこに〈カノジョ〉がうまくハマらないのだ。
 


「えと、まさか……その人が巫女さんで、化生けしょうを押さえる力があるとか? 」
「いや、違う」



 静かに首を振る彼に、わたしが「じゃあ、霊媒師?」と首を傾げようとしたその時。
 彼は、深刻かつ平静な口調で告げたのだ。




「────必要なんだ。彼女・・が持っている〈御影の楔〉が」





■■




 そういえば話していた。
 あれは、ジオド湖畔で休んでいた時だったと思う。


 「どうやって〈彼女〉かどうか判断してるの?」と聞いたわたしに、「楔を持ってるか聞くんだ」と答えてくれた。


 その時のわたしは「あんな、扉の下に押し込む奴をなんで……?」と不思議に思っただけだったが、どうも、そんなもの・・・・・じゃない・・・・

 
 城内の隅の小屋。
 わたしが見守る中、エリックさんは静かに言葉を紡いだ。



「……「楔」の話をする前に、説明しておきたいことがある。ミリア。《礎の少女》という童話を知っているか?」
「……あ、読んだよ。小屋にあったやつだよね?」
「そう。あれは、スタインに伝わる伝承を童謡にしたものだ。元の話があるんだよ」



 ……”伝承が元になってる”……”童話”……
 それを受けて、素早く物語を思い出すわたしの様子を見ながら、彼は言葉を続ける。



「英傑「ドリス・スタイン」は当時、周囲を困らせていた悪霊を封じた後、自らの体を石化することで、その墓蓋はかぶたを塞いだ。ドリスのおかげで栄華を極めたスタイン家は、ドリスの墓を霊廟れいびょうとしてあつらたてまつった。しかし悲劇が訪れる」

「ドリスの魂を喰らい増殖していった奴らは、地の底で徐々に力を取り戻し、ある日・溢れ出した。それが約300年前の「化生けしょうの乱」。スタインの城は阿鼻叫喚の地獄絵図だったらしい」

「しかし、それで黙っていられるわけがない。「化生けしょうを城から出すわけにはいかない」と、当時の領主・チェスターは健闘した。「ドリスの体から削り作った鉱物の剣」で城内の悪霊をせん滅し、最終的に彼は、根源を断つため墓の奥底に沈み────楔で核を貫くことで・再び封印を成し遂げたんだ」



 わたしの中で、「楔」が本来の姿で想像できていく。
 扉の下に挟むあれじゃなく、貫くための……!


 やっと理解したわたしを導くように、彼はわたしを見つめると、



「その「鉱物の剣」が「御影の楔」。御影石という石からできている。とても大切な宝剣で、スタインを継ぐ者にしか持つことを許されないんだが…………」
「だが?」


 そこまで澱みなく語っていた話が途切れ、思わず語尾を繰り返した。


 気になるところで話を切る人である。
 もったいぶっているというわけではなさそうだが、にしても気になる。
 それらを込めて、「待ってるよ」と示す様に見つめてみるが、エリックさんは……気まずそうに眉を寄せ目を反らすばかり。



「…………? おにーさん??」
「……陛下、やっちまったんですよ」
「? やっちまった?」

「……あげちゃったんです。その子に」
「あげたあ!?」
「〰〰〰〰……!」



 瞬間。
 苦虫を噛みしめたような顔で目を反らす彼、首を振るヘンリーさん、素っ頓狂な声を出すわたし。
 空気は一気にお笑いモードだ。

 っていうか、……あ、それで!?
 それで「楔を持っているか」ってきいてたってこと!?
 あ! なんかつながった!
 つながった!


 
 そんな興奮を口の中に閉じ込めるように、手で押さえ驚愕の視線を送るわたしの前。彼はというと、心底言いたく無さそうな顔でうなじをガリガリ。



「…………いや、その……あの子が発つ最後の日、どうしても何か・・を渡したくて。当時持っていた「一番大切なもの」を贈ったんだ。父上・母上から「宝だ」として渡され、いつも身に着けていたもので……その」

「うわぁ──……」
「ふつう、家宝あげます!? いくら好きだったっつっても、ねえ!?」
「…………ヘンリー」

「こ、こどもってこわい……! こどもってこわい……! 純粋な初恋ばなし可愛いけど、こどもってこわい……!!」
「……ああもう。なんとでも言ってくれ。俺が馬鹿だったんだ。解ってるよ」


 震えるわたしに、肺の奥から思いっきり息を吐き出すエリック陛下。
 その表情が雄弁に物語る「仕方ないだろ、子どもだったんだ。その時はあげたかったんだよ」という無言の訴えに、わたしは──くっと顔を絞った。


 ……う。まあ、まあうん、
「──ま、まあわかるよ? なんか恩人? なんでしょ? その子のおかげで持ち直したぐらいの恩を受けたなら、贈り物したくなる気持ちはわかる。けど「女の子に」あげる??」

「ですよね、普通は花や髪飾りですよね?」
「まあ~、おにーさんっぽいけどさあ~、家宝はあげちゃダメだよー……」
「「花冠」のほうが良くないですか!?」
「わかる、花冠かわいい!」

「…………残らないだろ」
「残らなくてもピュアじゃん~!」
「…………ああ…………もう…………うるさい。残るものをあげたかったんだ」


 恥じらいながらヘソを曲げる彼。
 ……くう……、こういうところ、可愛いと思っちゃうあたり負けてる……!



 そんな、内側のきゅんを頬の下に閉じ込めて、わたしは困り眉で彼に問う。



「──で、大人になって、大騒ぎ?」
「ええ、そりゃあもう。城中ひっくり返して大捜索ですよ。で、結果こうです」

「…………おにーさんさあ……」
「その呆れ顔を向けないでくれ。胸に刺さる」
「あ、えと、それで、その~、封印は大丈夫なの? ミカゲのクサビ? 今「無い」ってことだよね?」




 声に凄みを醸し出しながら、ぼっそり言い放ったおにーさんのトーンに、わたしは、話の先を促した。


 これ以上は彼が可哀想である。

 ──すっかり湧き上がってしまったが、今は「化生けしょう世廻よめぐりを阻止するための作戦会議中」。エリック陛下への感謝の宴まで時間もない。

 
 そんな問いかけに、彼は一変。
 そのお顔から恥じらいを消し、すぅ……っと、纏う雰囲気を厳格に変えつつ、言った。



「────厳密にいえば、儀式の際、御影の楔がなくとも抑えることはできる。その分安寧の時間は短くなるが、長き歴史の中で「御影の楔」を使わなかった先代もいてな。「ただの鉱物の短剣」で責務を果たした者もいる。だから最悪、俺さえ沈めば事なきを得られるのだが……」


 ────ん? まって? 


「…………せっかく責務を果たすのなら、少しでも長く安寧が続いた方がいいだろう? だから、あの子がまだ「御影の楔」を持っていることに賭け、期限が来るその日まで探すことにしたんだ」



 俺さえ沈めば・・・・・・
 待って、待って、追いつけない。
 追い付かない。


 急転直下。
 ちょっと、待って。



「まあ、今となっては楔の有無なんて、後付けのようなものだったけど」



 ────冷えていく。
 背中から、指の先まで。

 
 震え始める指を、たしなめることすらできないわたしが、救いを求めるように見つめた先。飛び込んできたのは……悲しさと寂しさを乗せた眼差しだった。


「……会ってみたかったんだ。もう一度。あの子に会いたかった。あの子のおかげで俺は「今日までこれた」と礼を言いたかった。……けれど、叶わなかったな」


  
 諦めを宿して呟く彼が、わたしの芯を冷やしていく。


 待って。待って。

 ちょっと待って。

 穏やかな顔でこっち見ないで。

 待って、まって、それって、ねえ、ちょっとまって。



「──その代わり、ミリア。君と良い旅ができた。君との旅は俺にとって──」
「ちょっと・待って」



 彼の安穏を遮って、わたしは口を挟んでいた。



 聞きたくない。言いたくない。
 けれど、どうしても聞かなきゃいけない。
 「違う」を期待して、わたしは──



「あの、かくにん、したいんだけど、もしかして、その「責務」って」
「────ああ。人柱として、命を捧げ国の安寧を保つことだ」


 
 覚悟を以って放たれたそれは、わたしの口を封じた。






 ──そんな、まっすぐな目で言わないで……





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

離縁の脅威、恐怖の日々

月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。 ※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。 ※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。

処理中です...