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どうにも訳ありおにーさん
第6話 世間知らず
しおりを挟むイーサという街は、富裕層のリラクゼーションタウンだった。
今はもう見る影もないが、街がきちんと機能していた時。
受付の人に「なんでお名前書くの?」と聞いたら「後から調べられるようにですよ」と答えてくれたのを覚えている。
つまり、『それを十年ほど遡って、おにーさんの名前を探して、近い時期に訪れていた人を片っ端から当たればおにーさんの探し人にも会えるだろう』作戦である。
しかし、現実は残酷だった。
その中央受付の建物は、見る影もなく崩れ去っており……それらしい帳簿も記載も残ってはいなかった。
またも空振り。
おにーさんに「ここならあるかも!」って言っておいて、何の成果も得られていないこの状況に渋い顔をするわたしに、おにーさんは言った。
「……役場があるだろ。行ってみよう。通常、そういった記録は最終的に、街の中枢に運ばれ保管される。集めた情報をもとに、街の未来や運営に役立てるんだ。肩を落とすことは無いよ、ミリア」。
こちらにはそう言ってくれたが、正直、彼は内心、奥まで行くのは気が進まなかったのだと思う。街中へ踏み入れて数十分。ただただ広がる、今にも崩れそうな建物やそれらを前に、どんどん、顔が険しくなっていったからだ。
──まるで、街全体に警戒を張り巡らせているような。 神経を尖らせているような空気を放つ彼。まあ、気持ちはわかる。だってどこもかしこも、建物ごと今にも崩れそうな見た目。近寄るのも躊躇ってしまうだろう。
だけど、わたしの見解は違っていた。
『おにーさんが心配しているような崩落は起こらない』。
地味石宿しの直観か、そう、確信していたわたしは、緊張した面持ちの彼に向かって声をかけた。
「……だいじょうぶだよ、崩落しないよ、行けるよ」
「────いや」
彼の懸念にフォローを入れたつもりだったが、首を振られてしまった。
うん? じゃあ、なんだろう?
崩落を警戒してたんじゃないとしたら、なに……?
それらを込めた視線に気が付いたのか、エリックさんは、ちらりとこちらに視線を寄越すと、すぐに辺りに気を配りながら、──声を、落とした。
「…………こういった廃墟は、民が放棄した後、瘴気が溜まりやすい。気が澱み、腐り、そこに闇が沸く。──それと、賊もね」
「……ぞく……」
「──わかりにくかったか? ならず者のことだよ。野党や盗賊。罪もない民草から強奪を働く奴らだ。それらを総称して『賊』という」
「……そんなの、実際に居るんだ……、そうなんだ……」
聞いて、放心気味に呟いていた。
やっぱり、わたし、世の中を知らない。
エリックさんに聞いた後でも、野党や賊が居るなんて実感も沸かないし、今も、建物の影でぐったりしてる毛の生えた生き物が何なのかもわからない。
──ウサギに似てるのかな? ウサギより大きいな……、なんだろう? あれ……
「────ミリア?」
見たことのないそれに、首をかしげて。無意識に足が向く。
あの生き物はなんだろう? 生きてるのかな?
そんな疑問を、そのまま。わたしは、背中越しに投げた。
「ウサギ? みて、ほら。なんだろう? こんなところで倒れて、このままじゃ死んじゃうかなって思っ」
「────離れろ! 近づくな!」
「──え?」
つんざくような声。
固まるわたし。
毛の生えた生き物の周りに蠢く闇に気が付き、ぞわりと恐怖を認識したその時には──、『ナニカ』が、わたしの目の前にいた。
────真っ黒い、塊。
毛の生えた生き物が蠢いたと思ったら、そこから浮き出してきた『ナニカ』に、刹那。わたしは、文字通り『くぎ付け』で動けなかった。
──なに、なに、なに?
なんで動いてるの?
あの動物が変身……したわけじゃない、黒いのだけ浮いたんだ、なんで?
何が起こってるの?
そうだ、離れなきゃ、ここに居たらいけない、なんか黒いの伸びてきた、駄目だ、逃げなきゃ、でも、足、足が動かな……
────ゅんっ!
「────……ッ!?」
永遠のような動揺の刹那。鼻先をかすめたなにかに、わたしはただ息を呑む。
視界の隅で、『闇のナニカ』が激しく蠢き崩れ去り、同時にぐんと腕を引かれ、よろめき、視界が安定した時には、わたしを護るように、彼の背があった。
「──ケガは無いか!」
「……あ、だいじょぶ……
」
切迫した彼の声。
何が起こったのか解っていないわたし。
煩い鼓動、短い呼吸を聞きながら、そろそろと『ナニカ』が浮いてた場所に目を向ける。……けれどもそこには、『ナニカ』が飛び散ったような影粉しかなかった。
「……えと……、なんか、ごめん、わたし、危なかった……?」
「──今のが化生だ。ごくごく小さいがな」
いまだ、一点を見つめ気を張っている様子で彼が言う。
──今のが、化生……
胸のあたりをぐっと押さえ、黙るわたしに彼は息を吸い込むと、
「──「報われない魂」。化生が、墓の下──いや、冥界で固まり蠢き、死神と化して溢れ出すのが『世廻り』だ。すべての魂が化生と化すわけではないと思うが、一定の期間で現れ、現世を荒らしていくんだよ」
「────……」
述べる彼に、わたしの心は重かった。
つまり。
……わたし、今、『トラブルを作った』。
たぶん、何かに反応して化生が沸いたんだ。
その事実に広がる自責の念。
しかし、そんなわたしの内情などお構いなしに、エリックさんはコツコツとかかとを鳴らしながら、影で転がる『柄』を拾い上げて──、わたしは何とか、気を保とうと、言葉を、投げた。
「……柄……?」
「──いや、刃物だったよ。『先ほどまでは』だけどね」
「だった?」
「……耐えられなかったんだ。やはり、駄目だよな……」
刀身のない──いや、刀身が崩れ去った様子の剣に眉を寄せる彼。
たぶんこれが、わたしの鼻先をかすめて行った武器だ。
『エリックさんが投げたんだ』と、ここでようやく事態の線が繋がり、流れるように残骸に目を向ける。
『刃物』と言われて金属を想像したけど、これは…………
「…………これ、刀身が、金属じゃ、ない……?」
「──さすがは石の国の王女さまだな。そうだよ、金属じゃない。鉱物だ」
砕けた刀身のかけらを拾って呟くわたしに、彼の声が降ってきた。
──そう。この『劈開面』。
石の造りに沿ってパカっと綺麗に割れたような断面は、鉱物の特徴だ。
……これ、犠牲にさせちゃったんだ。
……ごめん。
粉々のその子。
形としてのこってるのは、この爪サイズだけ……
わたしが死骸に寄らなければ、エリックさんが投げることも、粉々になることもなかったのに……
…………ごめんね。
沈むわたしに構いもせず、彼の声は穏やかに入ってくる。
「お守り代わりにね。持っているというか、持たされているというか。奴らを土に還すためには、鉱物の刃が必要なんだ」
「……ペーパーナイフみたい」
「ああ、今時はそれぐらいにしか使わないよな。一般的には」
「…………」
呟く彼に、わたしは、かろうじて返していた相槌も打てずに沈黙した。
……落ち込む。
何の石なのかわからないけど、この子を粉々にさせちゃうし。お気に入りのペーパーナイフは小屋に置き去りにしてきちゃったし。おにーさんには迷惑かけっぱなしだし。
わたしは、彼に言われてここにいるのに。
「来てほしい」と言われてここにいるのに、役に立つどころか逆な状況が悔しいし、情けない。
ずんと落ちていく気持ちの外で、彼の「……くそ、この程度にしかならない……の役割など果たせそうにない……」という不服そうな呟きが、妙に耳に響いて。
────わたしは、彼に向き直り、声をかけていた。
「……ねえ、おにーさん」
「ん? なに?」
不思議そうに顔を向けてくれるエリックさん。
そのまなざしに一瞬、言葉に詰まる。
怒られるかもしれない。
蒸し返すのは喧嘩の元かもしれない。
でも、なあなあにするのは嫌。
あのね? 気持ちが追い付かなくて、言いそびれちゃったんだけど、言わなきゃいけない気がするから、聞いて?
「すぐに、言い出せなくて、えっと……蒸し返すようで悪いんだけど、」
「──うん?」
役立たずの上に、お礼も言えないなんて嫌だから。
ちゃんとちゃんと、気持ち伝えなきゃ。
このまま流せば、怒られないかもしれないけど。
でも、ちゃんと伝えたいから、ちゃんと言う。
「──『助けてくれてありがとう』。それと、迂闊に近づいてごめんなさい。見たことない動物が倒れてるなって思って、それで……」
「────ミリア」
──怒られるのを覚悟で告げた『ごめんなさい』に、エリックさんの低い声。瞬間的に心の構えを取るわたしの視界の中で、彼の瞳がみるみると丸くなり──
「────君…………考えなしのお気楽娘だと思ってたけど、そうでもないんだな?」
「…………あのさぁ」
思わず声出た。
ごめんなさいモードが吹っ飛んだ。
かたすかし。だつりょく。
そんな『へなへなよろよろメンタル』も一瞬だ。
みるみる湧き出た反逆モードを胸に、わたしは彼に言いかえす!
「──その、『心の底からびっくりしました。意外でした、わーお顔』、やめてくれる!? わたし、結構真面目に反省したんだけどな!?」
「怒ることないだろ、『見直した』って言ってるんだから」
「そんな単語どこにもなかったし! どこにもなかったし!」
「ああ、うん悪かった悪かった。見直した見直した」
「雑ぅ〰〰〰〰〰〰!」
……こ、この! このぉ!!
『うんうんはいはい、すごいすごい』って適当にあしらってっ!
──わたしこの前までお姫様だったんだぞっ、いちおう! それ、不敬なんだぞ、いちおうっ! くう! むかつく! むかつくんだけど、嫌じゃないのがもっとむかつく!
──確かに、この『からかう感じの雑さ加減』は今まで経験したことないやつだけど、んんんんんんんんんんんんん〰〰〰〰〰〰〰〰……!
──な、反逆のミリーを必死に抑え込むわたしに。
エリックさんはというと──余裕なのだ。
クスっとひとつ、零れたような笑みを浮かべると、口元を隠して言った。
「……良かった、調子が戻った。それでいいよ、それで」
「────はい?」
……はい?
「──君に落ち込まれても調子が狂うからな? 反省できないのは困るが、きちんと危険と安全の判断はつくんだ。今回のことを責めるつもりは無いよ」
かたまるわたしのまえ。
かれは、おだやかにほほ笑みながらそう言うと、ぐっと眉を落とし、参ったように後ろ首を掻いて、続けた。
「それに……『弔われていない動物に近づくな』『そこから化生が湧き出すこともある』と、教えていなかったのは俺だから。教わっていないものを回避するなんて、不可能な話だし、ましてや、そこを責めたてても亀裂にしかならないだろ?」
「………………」
言われてわたしは、目を丸めていた。
…………このひと…………ほんとにしっかりしてるひとだ……
起こったことに対して、感情じゃなく、冷静な判断を下せる人。
自分のこと棚に上げたり、正当化したりしない人。
──『自分の行いが直接招いたトラブル』じゃないのに……原因とか、背景まで考えれられる人……
意地悪だし、からかってくるし、毒舌だし朴念仁だしデリカシーないし世話焼きだけど、理不尽なことで怒らないし、反省もするし、『全体を考えられる人』。
…………すごい。
──そう、わたしの中に生まれた敬意は、そのまま。まっすぐ口から、滑り出していた。
「……おにーさん、しっかりしてるね……」
「……エリックだ。と言うか、もろもろ言い忘れた俺にそれを言うのか? 言うタイミングが間違ってないか?」
「ううん、褒めたの。感心してるって言ってる」
「──それはどうも。有難く受け取っておくよ」
浮かべていた『複雑』を払いのけて。穏やかに笑う彼に、わたしは…… 『この人で良かった』と、そう思っていた。
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