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どうにも訳ありおにーさん
第5話 死神行脚
しおりを挟む────ぺたんっ……
凄惨な現実を前に、わたしはそこに座り込んだ。
イーサの街。時計塔と花畑が印象的な、王族華族の憩いの場。
──だったのに……目の前に広がるのは、荒れ果てた街。
……正直、ここに来るまで(やけに枯草ばっかりだなあ)とは思った。生えてる木だって元気がないし、石もくすんだものばかり。
どんどん廃れていく景色に、おにーさんも険しい顔をしていた。それでもわたしは、それでも(ううん、街は大丈夫)と信じて進んできたのに……
現実は、残酷だ。
「ここ、綺麗な場所だったのに……」
出た声に力はなかった。
何といえばいいんだろう。
……随分来てない場所だったし、それほど思い入れがある場所でもないけど、これを見ると心に来る。大切な何かが消え失せたような感覚。
寂しさと、虚しさに、上手く言葉が出てこない……
ただ呆然と景色を眺めるわたしの隣で、呆然よりも険しさを放っているのはエリックさんだ。
「……この場所を、こんな形で見るなんてな……」
「ここで合ってた? 小さな時の思い出の場所」
「……ああ。あの時計塔、記憶の中の物と同じだ」
遠くを見つめていた青の瞳を足元に落として。その顔に痛みを湛えながら、ざらざらとした枯れ土を指で潰し、言う。
「しかしこれは……化生の世廻りだ」
「けしょうのよめぐり?」
「……ああ。これは……間違いないだろうな」
「……けしょう……の……よめぐり……」
ため息交じり。
虚しさを押し出すエリックさん。
──の、隣で、わたしは、こまってた。
こまった。
彼は深刻なのに、頭の中がフェスティバルだ。優雅なパーティーだ。連想を間違えたんだと思う。たぶん間違ってる。でも、『それ以外』が出てこない。
だめだ、このままじゃついて行けないまま話が進んでしまう。
…………聞くしかあるまい。
深刻な空気を押しきって、────いざ!
「……えと、かくにんだけど、『けしょうのよめぐり』って言ったよね?」
「ああ、そうだ」
「それ、で、大地が、枯れたの?」
「──ああ。そうだ」
「『パレードで枯れる』ってどゆこと?」
「はい? なんでパレードが出てくるんだ?」
ああ~っ、やっぱり! やっぱり違うんだ!
真面目から、一変。心底呆気にとられた、疑問と疑念を乗せた顔に、心の中で頭を抱えるわたし。絶対違うよねとは思ってたけど、どうしても自分のイメージと一致しなくて、こうっ……! こうっ……!
──そんな内部葛藤を、なるべくなるべく平坦に。驚き言葉を待つ彼に、わたしは指をツンツンしながら見上げつつ、
「おけしょうした人たちがこう……お粉をふわあああ~っと振りまきながら、……ねっ??」
「……──ああ、なるほど。発想が豊かだな? ちょっと呆れるぐらい」
「なんだとこいつ」
ひっくり返ってしまった声を、ぐんと下げて。呆れ顔でうなじを掻くおにーさんに、思わず言うわたし。
や、そんな呆れまくることなくない?
そして、それを口に出すことなくない?
ちょっと笑ってる感じするんだけど、気のせい?
……っていうかこいつ、口を制御する気がない。
わたしに容赦がない。まあ、容赦してほしくないけど、そんなんだからモテないんだぞ、やーいやーい。武骨で顔面の動かないぼくねんじーん。
……って、この人の女性関係知らないけど。
と、送るジト目に怯みもせず、彼はさらに、腕を組みため息を吐くと、まるで教育係のロウェンのような雰囲気で言うのだ。
「……俺に化粧のことは解らないけど、化粧道具で大地が枯れるのか? だとしたら肌が傷むだろ。発想としてはユニークだが、勉強した方がいいと思うぞ」
「よけーなお世話ですうッ!!」
「……フ!」
「『フッ!』じゃないよ『フッ!』じゃ!! そんなこと解ってるよッ! っていうかそもそもお粉付けたらちょっとお肌カピるんだから、なんか毒でも混ぜたら枯れるかもしれないじゃんッ!」
「はいはい、……ふ。」
「くぅっ……!」
…………こいつ〰〰〰〰ッ! 絶対モテないッ!! 半笑いしてるし〰〰ッ!
彼の態度にわなわなプルプルを押さえるわたしの前、彼はいまだに楽しそうだ。そんなに楽しい発言をしたつもりはないが、どうもどこかに刺さったらしい。
不服である。
大変不服である。
楽しそうなのはいいが、ちょっと納得がいかない。
──心の中に不満をころころさせながら、そのまま『ご立腹ですけど態度』を叩き込みまくるわたしの隣で、彼はこちらを一瞥すると、くすっと笑い、一呼吸。
纏う空気を真剣に変え、誘うように街中に踏み出し、悲劇を受け入れるような色を出す。
「────《化生の世廻り》。死神行脚だ。まあ、『パレード』といえばそうだが、そんなに可愛らしいモノじゃない」
「…………!」
出てきたワードに息を呑んだ。
同時に、自分の能天気な発想に、自分で呆れかえる。
こんな街を前に、よくあんな想像が出たと思う。
呆れと、それが連れてきた不安と。
見えている悲劇に、胸を押さえるわたしの隣で、エリックさんは──神妙だ。
「……死霊の蓋から這い出た彼らは、まず周辺大地の生気を喰らう。より新鮮な生気を求め、草花や木々から枯らしていくんだ。大地は……逃げられないからな」
「……それでここまで荒れちゃうの……?」
「人が住めなくなるだろ? 木々が枯れ、土地がやせ細り、家畜も瘴気にやられて死んでいく。『食事もままならない土地など用はない』と、動ける者から離れていき、残るのは体力のないものばかり。そこに疫病でも流行れば────この通り。廃村のできあがりだ」
「なんとかできないの? 死神退治的な」
反射的に聞くわたし。
聞いた瞬間(バカ丸出しだ)と思ったが、返ってきたのは呆れでも、怒りでもなく、緊張だった。
「……その冥府対策を担い、古来よりこの大地を護り続けているのが『スレイン・ブルク』。北の小国だよ」
「……聞いたことないな……」
「……まあ。だろうな。化生の世廻りもスレインも元は北の問題だ。知らなくても無理はない」
──ふぅ……、とため息を吐く彼に、わたしの内情は穏やかじゃなかった。
こんなこと知らなかった。言い分からして昔からの問題だったみたいなのに、本当に何も知らなった。
そんな焦りは、口から滑り出していくのである。
「や、『無理はない』で済まないって。わたし、セント・ジュエル出ちゃったんだって。これからは馴染まなきゃならないのに、これじゃただの常識知らず……! 駄目でしょこれ。焦る……!」
「……焦らなくてもいいよ。聞いてくれれば、教えるから」
「え? 教えてくれるの? おにーさん!」
言われて、ノータイムで返してた。
焦りを吹き飛ばしてくれた『宣言』に目を見張る。
そ、そんなことあっていいの? 教えてくれるとか、どれだけ親切なの? 母国じゃ「そんなことも知らないの?」扱いレベルだと思うんだけど、えっ?
──それらを、全力で込めて見つめてみるが──彼から返ってきたのは、余裕の親切顔で頷くと、
「……ああ、もちろん。閉鎖的な国の姫君だったんだ。解らないことも多いだろう?」
「……うそ……! 良いの……!?」
「ああ。いいよ、何でも聞いて?」
「…………おにーさんっ…………!」
「──エリックだ」
さっきまでの『余裕を湛えた優しい顔』はどこへやら。わたしの感激感謝に、返ってきたのはカタイ声。
どーも、名前を言わなかったのが嫌だったらしい?
あれ? だめ? 『おにーさん』。わたしの中では、おにーさんはおにーさんであって、エリックさんでもあるけど、おにーさんなんだけどな???
────を込めて。
ちらりと目線で伺ってみれば、そこには『呼称だろ』って声が聞こえそうな顔。
やばい、小言一時間コースの不満げな顔してる。
よし、話をそらそう。ちゃんと戻そう。
「そらしたのはお前だろ」という突っ込みが聞こえそうだけど、それもスルー。少し焦りの色を出し、まじめに切り替えて。深刻を醸し出しながら、彼に目を向けると、
「……ねえ、スレインって国、北の国なんだよね? そこでの問題が、東シャトンでも見られるようになったのって、もしかして……」
「──ああ。年々、被害が拡大しているんだ。奴らが突発的に現れることが増えてきた。……根元を叩かねばならない」
「…………」
……まるで、自分がやるような言い方をするエリックさんに、黙った。
……この人は、『こういうところ』がある。
端的に言えば、『みんなの問題を自分の課題だと背負うところ』。今だって、『スレインという北国のこと』を、自国の問題のように言うんだから、なんというか頭が下がる想いだ。
もしかしたら彼は、スレインの人なのかもしれない。けど、『国家を上げての冥府対策』を、個人のおにーさんがどうにかしようなんて、到底無理というか。そこはお国の兵士や王様に任せるべきだと思う。
まあ、そんな『国の問題』も、自分の問題と捉えていた方が、当事者意識が芽生え、愛国心的な何かでは良いのかかもしれない。
……わたしにはよくわかんないけど。
──それらも踏まえて、わたしは、切り替えるようにもう一度、辺りを見渡し、思い改めた。
──まあ……そうよね、他人事じゃない。
被害が拡大しているというのなら、いつか母国も化生の世廻りの影響を受けることになるだろう。ジュエルは魔防壁があるから大丈夫だとは思うけど、魔防壁が消えたとか……リュウダも言ってたし……
「────でも、リュウダの言ってること信用できなくない?」
「……突然何の話?」
口から滑り出した独り言に、おにーさんが呟く。
でもごめん、返事をしている余裕はない。
そもそもここには、おにーさんの〈思い出のあの子〉を特定するために来たのに、こんなに滅びてるなんて思いもしないじゃん……手がかりが……手がかり……うーん……
「ねえ。これ、残ってると思う? 残骸あるかな~~~??」
「……うん、何の話?」
「──ねえ、そうだおにーさん」
わたしの独り言を丁寧に拾い、不思議なものを見る顔をする彼に。わたしはひとつ、提案することにした。
「──もっと中の方、行ってみない? たしかね、訪問履歴が残ってるはずなの」
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