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4 取引をしよう
第58話「取引」
しおりを挟む──それは、7月も終わりに近づいたころ。
総合服飾工房ビスティーの店内で持ち掛けた『取引』の話。
諜報機関『ラジアル』のボスであり
オリオン領 最高責任者であるその男は、二人きりの店内で
彼女────
ミリア・リリ・マキシマムという着付け師の女に、こう持ち掛けていた。
「────取引をしないか?」
「…………取引?」
カウンターを挟んで二人。
視線交わる、いい距離で。
彼は頷く。
すべての所作に、含みを持たせて。
「────そう。
……まあ、取引というよりも「協力」、と言った方がいいのかな」
言いながら、目線を流して小さく息づぎ。
あくまでも悩まし気な雰囲気は保ちつつ、しかし真剣な面持ちで
彼はミリアのハニーブラウンの瞳を正面から見据える。
「…………さっきも話した通り
俺は、エルヴィス様に仕える使用人だ。
現在は皮革・コットン・絹などの価格変動について調べている。
旦那様は、その原因が縫製組合内にあると推察しているが、なかなか難しくてね。
…………情報が必要なんだ」
「…………うん」
その言葉に、ゆっくりと。
姿勢を正して聞くミリア。
彼女の表情は真剣そのもので
ハニーブラウンの瞳には
先ほどまでとは違う
僅かな、輝きが見える。
彼は言葉をつづけた。
「そして君はシルクや綿の高騰に困っている。
このまま値が上がり続けたら──、
君の生活は成り立たなくなるよな?」
「…………そう、だね、
…………困る」
「──だろ? だから『協力』。
縫製組合は長い間、女性の聖域として機能してきた。その分、結束力が強くて。
…………この先、男の俺がどれだけ動いてmお、欲しい情報を手に入れるのは難しいと踏んでいるんだ。
だけど、見過ごすわけにはいかない」
「…………うん」
使うのは訴求力。
滲ませるのは使命感。
「────どうだろう、協力してくれないか?
君は、素材の高騰に困っている。
俺は、旦那様の力になりたい。
利害は一致すると思わないか?」
「…………協……力…………」
エリックの提案に、ミリアから返ってきたのは
ぽそりとした小さな呟きだった。
それはとても小さな声で、力ないものにも感じるが
しかし、エリックの瞳には見えている。
彼女のハニーブラウンの瞳が──金色に光輝いたのが。
エリックはさらに畳み掛ける。
思惑は滲まぬ程度の雰囲気で。
「……この様子だと価格はどんどん上がるだろうな……そうしたら、君だけじゃなく、周りの生活にも支障が出る。
民は困り、喘ぐだろう。
素材が手に入らなければ──、
商売も何もないから。
俺は、そうなる前に、原因を突き止めたい」
詰める、距離。
カウンターを挟み、じっ……っと見つめて
暗く青い瞳で────彼女に訴えかける。
「……なあミリア。
手を、貸してくれないか?」
「…………てを……かす…………」
言う 自分の目の前で
呟く彼女の瞳の奥──金色に輝きだす”なにか”。
──エリックは、理解していた。
彼女がナンパに突っ込んでいく理由。
『無視できない』と言っていた理由。
正義感・責任感。
そして、あの一人芝居。
────きっと彼女は、『何かになりたい』のだと。
ならば、情報源としてではなく『協力者』にすればいい。
──彼は述べる。
憂いを込め、悩ましげに。
「…………俺は、この調査に乗り出して、数か月になる。
苦労しているんだ。
……なかなか、…………糸口がつかめなくて」
「…………そう……なんだ……」
「…………手詰まりだよ、困ってる。
…………助けてくれないか?」
「………………」
何も言わない彼女から、じんわりとにじみ出る『熱』。
エリックが感じる、確かな手ごたえ。
その熱が────
さらに、上がるように
誠意と野心を持って
────言葉を 放つ。
「────君の力が必要だ。
…………君の快活さと、臨機応変さ。
5年ものあいだ、出自を隠していた口の固さ。
特にその、場に馴染む力は見事なものだよ。
君の力を見込んで……、頼むよ ミリア」
「………………」
黙るミリアと
瞳を覗き込むエリックの間を
熱のこもった沈黙が支配して────……
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