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3 君の秘密
第39話 陶器の仮面1
しおりを挟むエリック・マーティンは笑わない。
ターゲットに近づくために微笑むことはしても、噴出して笑うようなことはしない。その表情が柔らかく綻ぶこともない。
ウエストエッジ・総合ギルド組長のスネークは言う。
『顔に陶器を張り付けた様な人だ』と。
それは、ミリアが父の手紙にキレ散らかしているころ。
エルヴィス・ディン・オリオン──いや、エリック・マーティンは、朝からギルド最奥の部屋に詰めていた。
──その機嫌、最悪。
先日のドミニクとレアルとの会食が最低だったせいである。
『生首が見守る環境で食事を摂る』のもげんなりするというのに、結局あの日は、レアル嬢の話のネタにもならない話を延々と聞かされて。ドミニクから見えすいた『よいしょ』をされ続け。
本来接待を受ける側なのだが、まるっきり接待をしてきたようなものであった。
何よりげんなりしたのは、解放された時間である。
彼の見積もりを大幅にすぎ、屋敷についた頃にはどっぷりと日が暮れていた。
それらを巻き返すために、帰宅後・彼が雑務を必死で片付けたことは言うまでもない。
『昨夜のごたごた』をうまく切り替えられぬままの『今日』。
エリックは自分の怒りをまき散らすタイプではないが、いくら隠そうとも、にじみ出てしまうオーラと圧力は隠せるものではなかった。
普段から笑わず、厳しい顔つきで務める盟主の機嫌が最高に悪い時。新入りは気迫に押され物言わぬ置物になる。中堅でさえ、意見をするのに躊躇する。
そんな中、臆することもなくモノを言えるのは、総合ギルド組長 スネーク・ケラーぐらいなものだった。
「──ボス、毛皮の件ですが」
「…………ああ」
潰れた酒屋を改装した・ギルドの最奥。
天井から吊られ下げられた『魔具 ラタン』が、明かりの入らぬ室内を煌々と照らす中。
テーブルをはさんで、男二人。
互いの間を読みながらいつもより低い声で端的に答えるエリックに、スネークは澄まし顔で資料を差し出すと、
「先の報告を受けて、過去5年分の値動きを調べましたが……やっぱり、今年は『異常』です。リチャード王子が依頼を出すのも頷けます」
「────……」
スネークの報告聞きながら、彼は資料に目を落とした。
5年前、4年前、3年前……そして、今年。数字が如実に表している『異常』に、エリックの眉根に皺が寄りゆく中、スネークは口を開いた。
「今年の流行りモノにでもなるんでしょうか?」
「────毛皮は。秋から冬にかけて毎年需要は伸びるものの、今年 特別需要が見込まれているわけではないらしい」
「おや。例の『おあつらえ向き』からの情報ですか?」
「ああ」
一言答え、エリックは資料に目を落とし読み込んでいく。
────ミリアの言う通り、その消費は7月ごろから徐々に増え始め、10月から12月が購入のピークだと示している。去年までは例年代り映えのない動きだ。
これらの資料から彼女の言葉の裏付けが取れたところで、エリックは紙を机の上に放ると、目線を落とし口元を覆いながら考えを述べる。
「流行りの兆しも見られないそうだから……、恐らく、どこかの貴族か団体が買い占めているんだろう。……でなければ、こんな暑い季節に需要があるはずがない」
「──なるほど。それなら、こちらの資料が役に立ちそうですね。……ここ1年の推移です」
ばさりと放られた資料の代わりに、新しいものを差し出すスネーク。読み取るボスの隣、彼は言葉をつづける。
「────1・2月までは横ばい。4月から徐々に上がり始めて、先月から跳ね上がっています」
「…………なるほど? 消費が落ち込んでいるときを狙って、徐々に買い付けたようだな」
「このまま冬に入るとマズいですねぇ。皮革製品は容易に数を増やせるものではありません。狩猟に適したサイズが都合よく獲れるというわけではないですから」
「……皮革製品に使える動物のサイズは、条約で決まっている。自然に育っている命を戴くんだ。やたらと獲っていい訳じゃない」
(──まあ、守られているのか、疑問ではあるけど)
これは、こっそり胸の内。
苦々しく呟いて、エリックはスネークに目を向け、毅然と言葉を続けた。
「……総合ギルドの方で、これ以上値があがらないようにしてくれるか? 値が上がれば上がるほど欲しがる貴族は金を積んでも買いに走るようになる。『それでも売れる』と商人が認識してしまえば……今後、毛皮製品の値を下げるのは難しくなる」
「……ですねえ。ますます高級品になるでしょうねえ。庶民の手が出せないぐらい」
「────個人的に身に着けはしないが、動物の毛は防寒具としてとても優秀だからな……本当は、金の無い者ほど身につけた方がいいんだが」
(…………それが、理想論だということは十分わかってるけど)
最後の一言は口に出さず、エリックは続ける。
「最悪、今年の冬は持ち堪えられたとしても……、長期的に見て、値が上がりすぎるのは避けたい」
「承知しました。天井を設けておきましょう。我々も、その方が都合がいいですし」
スネークが2つ返事で頷くのを視界の隅に、エリックは、一つ。
情報の記された羊皮紙をノックして、スネークに目を向けると
「……これ。各店舗へ、売買記録を出せとは言えないのか?」
「……売買記録、ですか。おっしゃりたいことはわかりますが、難しいでしょうね」
ダメ元で言うエリックに、困ったように肩をすくめるスネーク。
「……そもそも記録をとっているかどうかも怪しいところです。我々総合組合に上がってくるのは、組合全体をまとめた情報ですから」
「…………、」
少々困り顔で言われ、唸り考える。
確かに、そうなのだ。
スネークは『総合組合』の取りまとめ役であり、各組合の管理はそのトップに委ねている。毎月、報告義務があるのは組合全体のことで、各店舗の売り上げなどはそれに含まれない。
それに正直。
総合組合としても、そこまで見ていられない。
────加えて。
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