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あれからの二人

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「……忘れないで、とは言ったけれど。そばに置けとは言ってなかったと思うのよね」

 口経由で自分の血を吸わせたあの夜から、早くも五年の月日が経とうとしていた。

 家畜として飼われていたはずの私は、幸運にも生き延びてしまった。

 それどころか上等なお召し物を着させられ、ヴラド様の寝室にあるベッドに座っている状況だ。


「僕を変えたのはレイラだろう。原因があるとすれば、キミの方だと思うな」

 面白おかしそうに言うヴラド様に、気弱だった頃の面影はほとんど残っていない。

 ただあの金色の瞳だけは今も錆びることなく、私の目を真っ直ぐに見つめている。

 貴公子みたいな爽やかな笑みを浮かべる余裕さえある。


 彼は十五歳となり――すっかり男らしくなってしまった。


「さぁ、今日もレイラの血を僕に分けておくれ」

 そう言って私のあごを手に持ち、顔を近づけた。

 当たり前だけど、私に拒否権はない。……別に拒否する理由もないけれど。


「ふふ。最初は僕が奪われる側だったのにね?」
「……もう、あの時のことは言わないでください」

 彼が変わったのは外見だけじゃなかった。

 あの日、私の血を飲んだ時から……私とヴラド様の立場は逆転してしまっている。


 血を吸われたことで身体が火照ほてり、頭がぼうっとしてきた。

 だけど彼はまだ物足りなかったのか、再び私の視界が塞がれた。


「あぁ、美味しい。やっぱりレイラの血は最高だね」
「お褒めにあずかり、光栄です……とでも言えば良いわけ?」

 もう彼には何度も吸血されているけれど、どうしてもこの酔いに似た感覚は慣れることができない。

 吸血の副作用で軽い快楽と脱力感に襲われた私を、ヴラド様が片腕で抱き寄せた。

 そしてもう片方の手で私の髪を撫でながら、私を見下ろす。


「そうだねぇ~。感謝はしているよ、とても」

 目は逸らさないまま。血色の良くなった唇を赤い舌でチロリと舐めた。


 今の彼はまるでさかったケダモノのようだ。

 あの何も知らなさそうなお坊ちゃまが、随分と色気が出るようになっちゃってまぁ……。


「レイラのおかげで、僕は父上よりも強くなれたことだしね。ようやく邪魔者が居なくなったし、ゆっくりとキミを堪能できるよ」
「だからって、皇帝陛下を玉座から引きずり降ろさなくたって良かったのに……」

 まるで家の中に虫がいたから摘まんで追い出しました、みたいな言い方をしているけれど……実際のところはただの処刑だった。


「だって、それが一番手っ取り早かったしね。実際、父上を倒したら全員黙ったでしょう?」
「それはそう、だけど……」

 超実力主義であるヴァンパイアにとって、力こそ正義だった。

 特に前皇帝は己より弱い他種族を血の詰まった袋か、喋る人形程度にしか思っていなかった。

 それがこの国ではとされてきたから。


 だけどヴラド様は、ヴァンパイアの常識や価値観をガラッと変えてしまったのだ。


「まさか強くなるためには、血は鞭を打つことではなく。愛し合ったパートナーの血を分け合うことだったとはね」
「言わないでよ……恥ずかしい……」

 最初は意趣返しとか、復讐のために傷付けてやろうと思って血を飲ませたのに。

 いつの間にか私は、彼にすっかりほだされてしまっていた。

 そして吸血を続けているうちに、彼は誰よりも強くなってしまった。


 ……うん、我ながらチョロいと思う。

 だけど生涯で初めて優しくされた相手に惚れたって良いじゃない。

 ……未だに面と向かって、好きって言えたことがないけれど。


「ヴラド様は私の他に女を囲わないの? 今の貴方なら引く手あまたでしょうに」

 実力主義のヴァンパイアしかり、他種族にも融和を試み始めているヴラド様は男女問わず人気を博している。

 第一皇子であるドラク様よりも、第二皇子の彼を次期皇帝に推す声も多いほどだ。

 というより、そうなると思う。


 そして私という新しい前例ができてしまえば、傍に置いて欲しいと願う家畜はこれからも増えるはず。


「いやだよ。僕は生涯、レイラ以外の血を吸う気はないよ。だいたい、僕はレイラたちを家畜だなんて一度も思ったこともない」
「またそんな事を言って……私は人間です。果ての無い寿命を持つヴァンパイアに、添い遂げることはできないのですから……」


「その通りだ!!」

 バン、という大きな音と共に寝室の扉が開かれた。
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