上 下
88 / 106

第88話 魔王様、絶望する

しおりを挟む
「ふいー、良いお湯だった」

 ミラ様へのお願いを終えた俺は風呂から上がり、再び旅館内を歩いていた。
 辺境の森の木を使った新築の木造建築だけあって、木の良い匂いが漂ってくる。
 窓からは夕日が差し込み、ちょうど夕飯時だなと俺は食堂へ向かったのだが……なぜかアクアだけがいなかった。


「あ、ストラ兄ちゃんー!」

「どうしたんだ、そんな慌てて?」

 俺を待っていたのだろう。ピィがトテトテと俺の元に走ってくる。そこにはリディカやフシたちの姿もあった。

「アクアお姉ちゃんが大変なのー」

「えっ、アクアが?」

 そういえば、アクアの姿が朝から見えなかったな。
 温泉好きの彼女なら仕事が忙しくても、「オープン!? 絶対行くわ!」といの一番に駆け付けてきそうなのに。

「どうしたんだ? アイツに何かあったのか?」

 俺は辺りを見回し、一番事情を知っていそうなリディカに視線を送る。だが彼女はフルフルと首を横に振った。

「そ、それが……」


 事情を聞いた俺は急いで食堂から出ると、彼女が居るという猫鍋亭に隣接している救護室へ向かった。

「ケガしたって聞いたぞ、大丈夫かアクア!?」

「キャアアアッ!?」

 バン、と扉を開けるとそこには、ベッドに腰掛けた下着姿のアクアがいた。

「うえっ!? あぁ、ごめん!!」

「も、もう……急に開けないでよね!」

 顔を真っ赤にしたアクアが、慌ててシーツを手繰り寄せる。俺は一度廊下に戻ると、扉を閉めた。


「ごほん……それで何があったんだ?」

 間を置いて再び部屋に入ると、そこにはいつも通りのアクアが。

 仕切り直しに咳払いをしながら聞くと、彼女は残念そうに肩を落としていた。

「実は……魔王様に、この村のことがバレちゃったのよ」

「え!?」

 彼女の言う魔王ってことは、俺じゃなくて現魔王のことだ。つまり俺の義妹であるシャルンが、プルア村に関心を持ってしまったことになる。

「発端は魔王様のいる御前会議だったの。ここ最近はクリムや私が不在がちだったじゃない? 理由を魔王様に聞かれたクリムが、正直に答えちゃって……」

「あんの馬鹿クリムめ……!!」

 あいつ……マジで余計なことをしてくれやがったな。


「それで? アクアはどうして怪我を」

「急いでこのことを伝えようと思ったら、乗っていた使い魔から落ちちゃって」

 てへへ、とバツが悪そうに頭を掻くアクア。彼女はいつも翼竜ワイバーンに乗ってここへ来ていたのだが、そんなことになっていたとは。

「……なんかすまん。危ない目に遭わせちまったみたいで」

「あ、いいのよ! 私もこの村にはお世話になっているし、あんまり迷惑も掛けたくなかったから」

 ……その気持ちをクリムにも持ってほしかったんだけどなあ。

 でもアイツ、魔王が相手だと昔から弱かったからなぁ。娘みたいに思っていたし、嘘も言えなかったんだろうな。


「まぁ、いずれこの村のこともバレるとは思っていたし。それはいいよ。で、その後はどうなったんだ?」

 まさか魔王が直々にこの村に来るとか、そんなことは言い出さないよな?

 ――いや、さすがにそれは無いか。一国の王がこんな辺境までくることは有り得ない。人族の王なんて、頼まれたって絶対に嫌がるだろう。

 四天王の二人が異常なだけであって、普通は王も忙しいんだよ。


「そ、それが……魔王様は『興味が湧いた。自分も一度、視察がてら村へ行こう』って」

「なんでそうなるの!?」

 俺は額を抑えながら叫ぶしかできなかった。

「そういうわけで、そのうち魔王様がここに視察にくると思うから」

「うぇ!?」

「ほ、本当にごめんね……?」

 素っ頓狂な叫び声を上げる俺の胸の内を察したのか、アクアは申し訳なさそうな表情で頭を下げた。


「いや、アクアは悪くないよ……でもなぁ」

 どうしてこうなった……。
 いや、本当に訳分からん。
 しかも視察って……。

「はぁ……」

 心配そうな顔で「大丈夫?」と問うアクアに、俺は「大丈夫」と力なく答える。

 そのあと魔王が視察にくることをリディカたちにも伝えたら、みんな揃って「どうしてそうなった!?」みたいな顔をしていた。

 そうだよな、俺も同じ思いだよ。



 ――そして翌日。

「本当にどうしてこうなった?」

 俺の前に、魔王シャルンが立っていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私って何者なの

根鳥 泰造
ファンタジー
記憶を無くし、魔物の森で倒れていたミラ。テレパシーで支援するセージと共に、冒険者となり、仲間を増やし、剣や魔法の修行をして、最強チームを作り上げる。 そして、国王に気に入られ、魔王討伐の任を受けるのだが、記憶が蘇って……。 とある異世界で語り継がれる美少女勇者ミラの物語。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

処理中です...