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第69話 魔王様、お悩みです
しおりを挟む翌朝。俺は執務室の机で頭を抱えながら「うーん」と唸っていた。
「どうしたのですかウィル?」
「リディカか……」
リディカ姫が心配そうにこちらの顔を覗き込んでくる。
正体を打ち明けたことで、俺たちは互いに名前を呼び捨てする仲になった。
その過程で勇者と魔王のどちらを選ぶかと聞いたら、彼女の希望で二人だけのときは“ウィル”と呼ぶことに。やはり彼女としては、魔王ウィルクス時代の俺が思い出深いようだ。
まぁ俺としては、どちらの名前でも良いのだが……それよりも呼び捨てされることに特別感を覚えるいうか、なんだかドキっとするんだよな。
ちなみにだが、獣人三姉妹たちにも、俺が魔王であることは打ち明けてある。ビックリされるかと思いきや、あんまり興味が無いのか、
「どっちでもいいニャ。フシたちのお兄ちゃんに変わりはないのニャ!」
――と返されてしまった。
それを聞いた俺は、思わずガクッと拍子抜けしてしまったのだが……接し方が変わりないのは、むしろ有り難いことかもしれない。
とまぁ、それはともかく。
「金が……金がないんだよ……」
「お金、ですか?」
盗賊だったホウジさんたちの身柄を街の憲兵に引き渡し、僅かばかりの報酬を貰ってきたのだが……。
「それを含めても、この村の経営資金が圧倒的に足りないんだ」
トントン、と執務机の上にある書類を指で叩く。
これは経理担当であるピィにお願いして作ってもらった、我が村の支出や収入をまとめたものだ。
豚饅頭や野菜を売った収入が、チョロチョロと数行にわたって書いてあり。そのあとには建築やら食事代としての支払いが、ずら~っと並んでいる。しかもどれもが高額。誰がどう見たってマイナスである。
「こんなピンチになったのは、あのポンコツ聖獣が原因なんだよ」
「ミラ様がですか……?」
「アイツが勝手に、温泉宿をグレードアップさせていくからさぁ」
「あぁ、いつの間にかどんどん豪華になっていますよね……自分の石像とか置いていましたし」
あの白玉兎め、ウチの温泉宿を私物化しやがって……帳簿を見ながら、俺はため息を吐く。
豚饅頭のおかげで飢えることは無いし、今のところ不足分は俺が魔物を狩って稼いでいる。とはいえ、このままではいずれジリ貧だ。
「他の村に助けてもらうことも出来ないしなぁ」
さすがにこんな僻地の村を助けてくれるお人好しはいないだろう。
ならばやはり自分の力で賄うしかないか……と、再び頭を抱え込む。
するとリディカが、俺の手の上にそっと手を重ねてきた。彼女の温もりがじんわりと手のひらに広がる。
「あの、私のお給料をお返ししましょうか? この村で過ごす分には不要なお金ですし……」
「気持ちは有り難いが、それは駄目だ」
働いた分の支払いはしっかりするのが、俺の経営者としてのモットーだ。誰かが我慢するのは不健全だし、そうした不満はいつか爆発してしまう。
「さて、どうしたものか……」
俺は席を立つと、窓から外を眺めた。森と畑しか見えない景色だ。悲しいほどに田舎らしい風景だ。
そんなとき、ふと村を囲う柵の向こうに、青い生き物が横切った気がした。思わず窓を大きく開けて、身を乗り出してみる。
獣か、魔物か……いや、人だ。
グラマラスな体に長い青髪、田舎に似つかわしくない派手な踊り子衣装。そして魔族特有の魔力紋……やっぱり見覚えがあるぞ?
「――アレは水の四天王、アクアじゃないか?」
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