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第60話 魔王様、お、おお落ち着いて
しおりを挟む「んん~っ、これっ! すごいっ!! 美味しいですよ、勇者様!」
「どれどれ……おっ、確かに美味いな」
うんうん、チーズを変えてみたのが良い仕事をしてくれているようだ。
これは新しい発見だな……あとでまた作ってみよう。ソースもいろいろと試してみたいしな。
「でもこのチーズ、トロっとしていて……さっき私たちが作っていたものとは違いますね?」
「そう、ちょっと難易度を上げたチーズを試してみたんだ」
今回俺が試したのは、モッツァレラチーズだ。
カッテージチーズを作る途中で、高熱をキープしたまま捏ねて成型すると、プリッとまとまったモッツァレラになる。ピザにはそれをカットしたものを乗せてから焼いたのだ。このチーズにすると、よりミルキーな味わいと伸びる見た目が楽しめる。
「お酒にも合いますね~!」
「そうなんだよ、どっちも止まらなくなるんだ」
ピザの塩気をワインの酸味で舌が変わるので、無限に食べられてしまいそうだ。
ふとリディカ姫を見ると、またグラスを傾けていた。
「おいおい、あんまり飲み過ぎるなよ?」
姫様は「大丈夫ですよぉ~」とヘラヘラしているが、もうだいぶ酔っている気がする。
瓶の残りを見ると、まだグラス1杯分しか飲んでいないのだが……もしかして、かなり燃費がいい?
「ねぇ、ストラゼス様……」
とろん、とした瞳で俺を見上げるその仕草は、いつもの彼女とは違う色っぽさがあった。少し胸をドキドキさせながら「うん?」と返事をすると、彼女はゆっくりと話し始めた。
「私、勇者様のことを恨んでいる……って、前に川辺で打ち明けたと思うんですけど」
川辺? あぁ、姫様が川の毒を浄化したあとに、みんなで川釣りをしていたときか。
彼女にとって魔王は悪の存在ではなく、自分の命を救ってくれた恩人で。魔王を殺した(ことになっている)勇者は仇だって言ってたっけ。
「あのとき、私は“お互いのことをもっと知るべきだ”って言いましたよね?」
「ん、そうだな……」
「あれからこの村で一緒に暮らしてみて、私……やっぱり貴方を嫌いにはなれそうに無いんです」
小さな声で「本当に残念です」と付け加えて、困ったように笑う。
いっそのこと、俺が本来の勇者みたいなゲスな性格のままだったら。彼女は勇者に純粋な復讐心を持ったまま、苦悩することもせず過ごせていただろうな。
「勇者様に分かりますか? 私のこの相反する感情のせいで、貴方を好きにも嫌いになれないこの気持ちが」
宝石のようなスカイブルーの瞳が、俺を真っすぐに射抜く。体の芯の芯まで見通されているかのような感覚に陥ってくる――。
「姫様、実は俺……」
「いいんです。貴方をちょっとだけ困らせられたら、私は満足ですから」
俺が言い終わるよりも早く、彼女はそう言って笑みを浮かべた。酒のせいか、彼女の頬がさっきより少し赤くなっている気がした。
「それに勇者が魔王様を倒してくれたから、戦争は一旦の終息を見せました。危険と隣り合わせだった辺境の人たちが平穏に暮らしているのを見て、貴方が”魔王の死は必要だった”と言ったのも……今ではほんの少しだけ分かるんです」
そう零しながら、グラスに残っていた液体で口を湿らせた。ベリーワインの赤が彼女の唇をさらに蠱惑的にコーティングさせている。
「なにより、私は窮屈な王城から出て、こうして自由にのびのびと暮らせている。夢や憧れはみんな、魔王じゃなくって勇者様が叶えてくれた。だから私は……貴方にありがとうと言いたいです」
リディカ姫が頭を下げた。
彼女の髪がサラリと揺れて、良い匂いが鼻をくすぐる。
「……別に、お礼を言われるようなことは何もしてないよ」
実際そうだと思う。
俺がやったことなんて、ただ自分の目的に好き勝手しただけにすぎないし……。それで辺境の人々や姫様が幸せになったというなら良かったけれど。
「ねぇ、ストラゼス様」
「うん?」
そういえば、こうして意味深な感じに名前を呼ばれるのは、今日で二度目だ。段々と姫の言葉遣いが砕けて来ているのは、酒のせいなのか。でもそんなリディカ姫が、すごく新鮮に感じる。
そんなことを考えつつ、自分のグラスを傾けた。
「私とキスしてみませんか?」
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