上 下
36 / 106

第36話 魔王様、お隣さんに突撃です

しおりを挟む

「というわけで、糞の採取をします」
「どういうわけなんですか!?」

 あのあと必死に説得を続け、リディカ姫にどうにか肥料作りを受け入れてもらった。

「別に受け入れたわけじゃないですよ!? ちょっとだけ我慢するだけです!」
「では、まずはナバーナ村に向かおうと思います」
「ちょっと聞いてますか、ストラゼス様!?」

 あの村では牛や豚をたくさん飼っている。つまり糞も豊富。
 ゲンさんに相談したら格安で譲ってもらえることになったので、交流がてら訪ねてみることにしたのだ。

 これまでは大工の二人を転移魔法で送迎するだけで、村の中をじっくり回ったことはなかった。あの村で人々がどんな生活をしているのか、ちょっと楽しみだ。


「そういえば、フシちゃんたちはどうしたんです?」
「あぁ、三人には、他の肥料作りを手伝ってもらっているよ。さすがに獣人の鼻には……」
「うっ、それは仕方ないですね」

 三人も最初は「頑張って臭いに耐えるのニャ!」と協力を申し出てくれたんだが、ためしにケルベロウシの糞で俺が実演して見せると――。

「こ、これは死ぬニャ……」
「無理無理無理無理!!」
「(スーッと無言でその場を立ち去るピィ)」

 とまぁ、こんな感じに生理的に無理そうだったので諦めた。

 だから今は、森へ腐葉土を取りに行ってもらっている。クーがいれば大抵の魔物はワンパンだし、フシも索敵が上手い。いざとなったらピィが魔道具で空を飛べば逃げられるだろう。

 そうだ、ミラ様に保護者としてついていってもらえばいい。温泉にばっかり入っていないで、たまには役に立ってもらわなければ。


「森の腐葉土があれば、耕した土をもっとフカフカにできる。あぁ、その前に灰を畑に撒いてやらなきゃな」
「灰……ってあの灰ですか?」
「そう。枝木を焼いて出た灰も、立派な肥料になるんだ」

 焼くと草木の細胞が壊れて、中の栄養が外に出てくる。それを畑に与えてやれば、根や茎を丈夫にしてくれるんだ。

 あとは植物の育ちやすいアルカリ性になるメリットもある。


「じゃあ私たちもそっちを……」
「残念ながら、動物由来の肥料も必要なんでな。ほら、転移するぞ」
「ふぁい……」

 そうして俺たちは、ナバーナ村へとやってきた。
 村の広場では、数名の男たちが野菜の入った籠をせっせと運んでいた。

 突然現れた俺たちに驚いたのか、周りにいた村人たちが手や足を止めて一斉にこちらを向いた。見た目はほとんど人族と変わらないとはいえ、魔族特有の長耳や全身の派手な刺青はやはり目立つ。

 逆もしかりで、彼らにとっては俺や姫の姿が珍しいのだろう。みんな俺たちを不思議そうに見つめていた。

 ちょっと気まずいな。早く誰か知り合いを見付けたいところだが――。


「何かと思えば、ストラの兄ちゃんじゃないか。肥料の件だろ? 待ってたぜ」
「あっ、ゲンさん! そうです、さっそく受け取りに来ました」

 ちょうど良かった。俺たちの前にゲンさんがやって来た。今日はオフの日なのか、いつもの作業服ではなく、ランニングシャツに短パンというラフな格好だ。


「こんにちは、ゲン様」
「おう、リディカの姉ちゃんも元気そうで何より。さ、俺の村を案内するぜ。ついてきな!」

 ゲンさんはそう言って、ニッカリと笑ってから歩き出した。


「ここがウチの畑だ」

 ゲンさんに連れられてやってきたのは、ナバーナ村の農地だった。中々に広大で、視界の奥まで広がっている。それでいてしっかりと耕されており、野菜が元気に育っている。

 種類も豊富で、トマトやナスのような一般的な食材だけでなく、見たことのない青々とした葉野菜や細長い芋のようなものもあった。


「凄いですね……よくこれだけの畑を」

 リディカ姫が感嘆しながら呟くと、ゲンさんが嬉しそうに笑った。

「いやぁ、ここまで育てるのに苦労はしたが……村の皆のおかげで、どうにか形になったんだ」

 ゲンさんが畑をぐるりと指差すと、畑の周りでは数人がクワを振っていた。みんな泥だらけだが、それでも笑顔が絶えない良い光景だ。


「そういえばこの村の村長って……」
「ん? まだ言ってなかったか? 村長は俺っちだよ」

 え、ゲンさんがナバーナ村の村長!?
 そんな人に、ウチの村で大工仕事させちゃっていたのか!?

「ハッハッハ! なぁに、こまけぇこたぁ気にすんな。この村を作るときに、建築の指示をしていたら自然の流れでおさを任されちまっただけだ」
「そんな昔からこの村に……」
「そりゃ歳食ったジジイだからな! たまには大工仕事をせんと腕も鈍っちまうし、アンタから仕事を貰えて有難かったぜ!」

 ゲンさんはそう言ってガハハと豪快に笑った。


「ちなみに弟子のオベールは俺っちの嫁で、副村長だ」
「嫁!?」
「奥様だったんですか!?」

 たしかに無口だし、中性的な見た目をしていたけど……そうだったのか、全然気づかなかった。

「魔族領の都市にいた時は、言われた通りの仕事をこなすだけだったからな。このナバーナ村では、自分がやりたいように仕事ができる。『金のため』じゃなくて、『自分のやりがいを中心に考えて仕事ができる』ってのは嬉しいもんだぜ」

 そう言いながらもゲンさんは、畑仕事に精を出す村人たちの様子を優しい目で見つめていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

処理中です...