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第19話 もちもち餃子タイム
しおりを挟む「じゃあ、手軽な餃子でも作ってみっか?」
そんなニシキのオッサンの提案により、俺たちはダンジョンで料理をすることになった。
「だからっていきなり豚狩りってのはどうなんだ?」
「余裕ぶってねぇで戦え! 妖怪の片耳豚は特殊能力持ちで、油断すると即死だぞ!」
「うええっ!? おい、早くそれを言えよ!」
オッサンに案内されて到着したのが、幻妖ダンジョン五階の改札フロアだ。四方八方から片耳の子豚が物凄い勢いで走り回っている。
「片耳豚は股を通られると、アソコが使い物にならなくなるんだ」
「即死ってそういう意味かよ!? でも嫌だなソレ!」
鹿児島の奄美大島に伝わる妖怪らしい。コイツはすばしっこく、足をくぐられると魂か玉を抜かれてしまうそうだ。
オッサンと俺は涙目になりながら、怒涛の勢いで突撃してくる子豚たちを殴り、蹴り飛ばしていく。
ちなみにヴァニラは戦鎚でもぐら叩き、ヒルダは火炎放射と余裕そうだ。くそぅ、俺も範囲攻撃できる武器が欲しいぜ。
◇
「はぁ……はぁ……料理する前に、どっと疲れた」
「俺も腕が鈍っちまったかなぁ、それとも老化か……」
ゼェゼェと息を荒くしながら、俺とオッサンは背中合わせで地面に座り込む。
だが片耳豚の殲滅には成功し、上質な豚肉をゲットすることができた。他にも材料をゲットするためにダンジョン内を駆け回ったので、もうクタクタだ。
「やっぱ豚の生姜焼きとかじゃ駄目か?」
「オッサンが餃子がいいって言いだしたんだろ……でもその気持ちは分かる」
世間の親ってスゲーな、仕事したあとにご飯作ってくれるんだもん。
母さん、昔は好き嫌いとか言ってゴメンな……。
「よっし。小麦粉もあるから、すぐにでも作れるぞ」
「いつまでもヘバってたら日が暮れるしな……頼むよ。オッサン」
ニシキのオッサンは【料理】というスキルを持っていた。それは地球に存在する調味料や調理器具を召喚できる、便利な能力なんだそうだ。
「これで酒も召喚できりゃあなぁ……」
みりんや調理用の酒は出せるが、クソ不味かったらしい。っていうか試したのかよ、このアル中め。
さっそく包丁とまな板を取り出したオッサンは調理を始めた。
「じゃ、まずは皮を作っとくか」
ボウルにダンジョン産の小麦粉をザバッと入れていく。これは小麦洗いからの戦利品。小豆洗いや米洗いの三姉妹で出現する妖怪型モンスターだ。
そして塩とお湯を入れて混ぜる。とにかく混ぜる。
<なんだかスライムみたい>
<スライムって、食べ物なの?>
<いや、食べれないでしょ……>
やがてボウルの中で小麦粉が練り上がっていった。
ある程度まとまったら麺棒のように細長く伸ばし、包丁で小さく切り分けていく。そして一枚一枚を丸く伸ばしてやると……おっ、なんか餃子の皮っぽいぞ!
「ほいよ。簡単だろ? 後は中身のタネを作るぜ」
「……想像以上に手際が良いですね」
「あぁ、俺もビックリだ」
ニシキのオッサンが作った餃子の皮は、どれもツヤツヤでモチモチしていて美味しそうだ。
さっきまで酒臭いオヤジだと嫌な顔をしていたヒルダも、今では感心した様子で作業風景を撮影している。
「よし、まずは具を刻んでいくぜ」
「へぇ~。肉よりも野菜が多いんだな」
「肉ギッシリもいいが、野菜を多めに入れた方が美味いんだ。あと胃もたれしにくい」
……完全にオッサンの好みの問題じゃないか?
ま、いいか。野菜餃子も美味しそうだし。
ニシキのオッサンはネギ、キャベツなどを取り出した。他にも生姜、ニンニクなどの香味野菜もある。
「おい、メイドの嬢ちゃん。手伝ってくれ」
「は? なんでわたくしが」
「切るの得意だろ? ……なんとなく、そっちの姉ちゃんは全部潰されそうでな」
三人の視線が一斉にヴァニラへと向かう。
「むっ、失礼な! ただ私はすり潰すのが得意なだけですよぅ!」
「……前に食堂のカレーを具なしのスープにしたのは、どこのどいつだったっけ?」
「あ、あれは仕方なかったんですぅ! なんか、斬るもの全てが崩れちゃって……」
「ポテサラ作るときは姉ちゃんに頼むぜ。今回は見学な」
ニシキのオッサンはまな板の上に野菜を並べると、ヒルダに手渡した。「そんなぁ」とショボくれるヴァニラの隣で、ヒルダは慣れた手つきで包丁を操っていく。
そしてオッサンは鍋でお湯を沸かし、ひと匙分の油を入れてからキャベツを投入した。
「それは?」
「こうしてやると、湯通ししたのと似た効果があるんだ。ベチョっとなりにくい」
「へぇ……」
「ひと手間で食感は大きく変わる。食感は味覚にも影響するからな、手を抜いちゃダメだぜ」
<やだ、このオジサンちょっとカッコイイ>
<職人って感じするわね>
<草臥れた見た目も癖になってきた> <でも繁殖相手には向いてないかも>
「失礼な、俺はまだ現役だ! ……ちょっとだけ、朝の元気がなくなってきたけど」
なんかオッサンが急に落ち込み始めたけど……。
いや、だから野菜切るのに集中してくれよ。
そんなこんながありながらも小一時間後には、餃子作りを完了したのだった。
ニシキのオッサンは慣れた手付きでフライパンにごま油を入れ、火を点ける。そして熱された鉄の上で包んだばかりの餃子を投入していった。
「わぁ、パチパチと良い音がしてるわねぇ」
「ごま油と生地が焼ける匂いも中々です」
「あぁ、もう腹が減ってきたな……」
俺もヴァニラもヒルダも、すでにオッサンの手料理に魅了されている。片耳豚狩りからそのまま餃子作りに突入したので、みんな空腹だ。
(……だけどこの香ばしい焼き目の加減と香りはたまんねぇな)
小学校から帰宅したら家のキッチンからこの匂いがしてきた思い出がよみがえる。あのときもたしか、父さんが餃子を作ってくれたんだよな。
「よし、火を止めて……よっと」
オッサンは素早く蓋を被せると、フライパンをまな板に置いてひっくり返した。そして再び蓋をすると、その上に皿を置いていく。
「ほいよ、完成だ」
「わあぁ!」
「見事なキツネ色ですね」
(こ、これはなかなか美味そうだ)
湯気を上げる黄金色に輝く皮、ジュウジュウと奏でる音。そして野菜の甘味が引き立つ、良い香り。
「このタレを付けて食べるんだ」
オッサンは小皿に餃子を移し、箸で摘まむと俺たちに味見を促す。
俺はさっそくそれを口に放り込んだ。
(ん!? ……うめぇ!)
もう一口食べてみる。餡の味と香りが口の中に広がり、後からピリッとした辛みが来た。これは?
「ショウガとニンニクに、ラー油をひと垂らし。餃子には刺激が大事だぜ」
「なるほど……なんか酒にも合いそうだなぁ」
「おうよ。ほら、ナオトたちも飲めよ。お前ら成人してんだろ?」
ニシキのオッサンはどこからともなくお猪口を取り出すと、俺たちに手渡した。
俺は酒が得意ではないし、断ろうかとも思ったのだが。あまりにも美味そうに飲むオッサンを見て、ちょっと興味が湧いた。
ドロップ品の酒をなみなみに注がれたそれを、俺はグイッと呷ると……くぅう~っ!
「美味すぎるだろ、コレ! なんだ、この酒は!」
たぶん中身は日本酒だ。ビールじゃなくて日本酒が合わないとも思ったけど、そんなことは全くない。
キレのある味わいが味の濃い餃子と、これまた合う合う! むしろ酒に雑味が無い分、邪魔せずするすると飲めてしまう。
「なにこれ、美味しい~っ」
「私、アンドロイドなのにお酒にハマっちゃいそうです」
ヴァニラの嬉しい悲鳴が響くなか、俺はさらに餃子を口に運ぶ。
(野菜の甘味と肉の旨味が口の中で絡まって……これは最高だ!)
「ふふん、美味いだろ?」
ニシキのオッサンもドヤ顔で酒を呷っていた。
(酒は命の水だって言ったのも、頷けるな……)
事実、戦闘でついた傷や疲労がスッと消えていくような感じがする。
ドロップ品だから特別な効果があったのかもしれないけど、これは凄い。
「おじさま、カンパーイ!」
「おうおう! 飲める女の子は大歓迎だぜ!」
「あっ、ちょっと。わたくしに注ぐのも忘れないでください」
「へいへい、メイドの嬢ちゃんも飲めるクチか。良い飲みっぷりだな!」
いや、二人ともそんなに酒に強くないだろ……まぁいいか、本人が楽しいなら止めはしないさ。
(……んっ?)
俺はふと視線を感じて顔を上げる。
視界のずっと先で、誰かがこちらに向かって走ってきていた。
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