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第11話 シルヴィアの闇

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 店の中はボロボロで、とても営業できるような状態ではなかった。

 せめて使えそうな食器やインテリアは集めようと、みんなで後片付けをしたのだが――それ以上の復旧作業はできず、俺たちは荒れ果てた食堂で、呆然ぼうぜんと立ち尽くしてしまった。


 スカーレットたちが帰った後。俺たちはすぐに臨時休業の看板を立てかけた。

(この様子じゃ営業再開は難しそうだな……)

 辛うじて無事だった椅子に腰かけ、テーブルにぐったりと項垂うなだれる。


「ごめんなさい、私がいながら……」

 隣の席では、ヴァニラが嗚咽おえつを漏らしながら涙を流していた。いつもはしっかり者の彼女が、ここまで取り乱すなんて――よほどショックだったのだろう。

(何とかしてやりたいが……どうすればいいんだ?)

 正面の席にいるヒルダに視線を向けると、彼女は申し訳なさそうにうつむいた。


「この失態は、私の力不足でもあります」
「あん? ヒルダのせいじゃねぇよ」
「いいえ。私がシルヴィア様にもっと強く意見できていれば、こんなことには……」

 駄目だ、ヒルダまで落ち込んじまった。
 慰めようにも、俺の頭じゃ気の利いた言葉なんて出てこない。

 どんよりとした空気が、薄暗い店内を満たしていく。


(そういえばシルヴィアは、どうしてヴァニラをあんなに目の敵にしていたんだ?)

『我らメス星人が味わった、あの屈辱を思い出せ!』
『すべてを失ったあの日。我らは復讐を誓った……そうだろう!』

 シルヴィアが抱く憎悪は、地球人に対したものじゃない。あれはむしろ、同族であるヴァニラたちに向けたものだった。


『忘れたとは言わせぬぞ……貴様らが、我の母をおとりにし、逃げたことを……』

 そこで俺はふと思い出す。
 今までずっと気になっていたことがあったのだ。

(そもそも、コイツらが地球にやってきた理由は何なんだ?)

 だがその疑問を口にすることは無かった。
 これまでも何度か聞こうとしたことはあったんだが……。


(正直、聞いたところでどうするって思っていたんだよな)

 もし地球侵略が正当な理由だったとして、それを許せるはずがない。だから聞いたところで無駄――いや、余計にヴァニラたちを嫌いになりそうで、むしろ聞きたくないと思っていた。


 でもこんな状況になった今では、彼女らの事情も無視できないよなぁ。

 ……というよりも。ここで知っておかないと、あの強情なシルヴィアを説得できない気がする。

(今の内に……聞くべきか)


「――なあ、ヒルダ」
「はい?」

 俺は意を決して、彼女に問いかけることにした。

「お前たちって、地球に来る前はどんな暮らしをしていたんだ?」
「……そうですね。ナオトさんにはそろそろ、我々のことを話しておくべきかもしれません」

 ヒルダはわずかに逡巡《しゅんじゅん》した後、遠い過去を思い出すように、静かに語り始めた。




「私たちは恵まれた星に住む、とても温厚な種族でした」

 メス星人たちがいた母星は、宇宙から見ればとても小さな星だったらしい。

 しかし雄大ゆうだいな自然に包まれ、地球に似た美しい星だったのだとヒルダは言った。


「母星は緑にあふれ、我々は自然と共存していました。ですが――」

 テーブルの上の拳がギュッと握られ、ヒルダの表情が苦々しいものに変わる。

 彼女たちの生活は、突如現れたある侵略者によって一変したという。
 その侵略者の名は、タコ状異星人の『テンタクルス』。


「テンタクルスは、何の前触れもなくやってきました。そして私たちの美しい星を蹂躙じゅうりんし始めたのです」
「ヒルダたちも侵略者たちに襲われた側だったのか……」

 初めて聞く事実に、俺は驚愕した。
 だがヒルダは長い睫毛まつげを伏せて、首を横に振った。


「正確に言えば、相手は“たった一匹の侵略者”でした。奴の目的は、私たちを繁殖用に捕らえ、仲間を増やすことだったのです」

 ヒルダはそこで言葉を詰まらせる。まるで思い出したくもない出来事だったと言わんばかりに、体を震わせていた。

「ヒルダは休んでいて。続きは私が話すわ」
「……大丈夫なのか、ヴァニラ」
「えぇ、心配ありがとう。でも本来なら私が話すべきだから。無理をさせてごめんね、ヒルダ」

 顔に濃い疲労の色を見せつつも、ヴァニラが代わりに話を続ける。


「テンタクルスに捕らえられたメス星人たちは、奴の巣穴に連れ込まれたの。その発見が遅れたせいで、気付いた時には敵の軍勢が驚異的な数にまで膨れ上がっていたわ」
「なんて恐ろしい奴らだ……」

「やっていることは、私たちが地球人相手にしていることと同じなんだけどね」
「だけどお前らは、俺たちを虐殺なんてしないだろ!」

 俺は怒りで頭が沸騰しそうになった。
 ヴァニラは「そうね」と自虐的な笑みを浮かべてから、ゆっくりと語り続ける。


「私たちメス星人は本来、争いを好まない。だけど慣れない武器を取り、必死に抵抗したわ。戦って、殺して、たくさんの仲間を見殺しにして、それでも……」

 しかしテンタクルスのもつ生殖能力は、想像以上に脅威だった。
 彼女らは数を増やし続けるテンタクルスに、やがて追い込まれていったという。


「手の打ちようが無くなった私たちは、宇宙船で母星から脱出したの――当時最強の兵士と呼ばれた人物を、敵陣の中へ置き去りにして」

(それで地球にやってきたのか……)

 そしてその置き去りにされた人物というのが、シルヴィアの母親なのだろう。

 どうして彼女があれほどまでの憎悪を抱くのか、俺には理解できなかったが……これで合点がいった。


「自分の母は、助けが来るのをあの星でずっと待っている……シルヴィアは今でも、そう信じているの」

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