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第10話 星人の姫と英雄の娘

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 銀髪女はヒルダの怯えた表情を見て、嘲笑あざわらうように鼻で笑う。

(誰だ? どこかで見たことがあるような……)

 しかしどうにも思い出せない。
 こんなに美人で、胸元の大きく空いたラバースーツを着た女なんて、絶対に忘れないと思うんだが。

 この頭の奥で、何かが引っかかっているような感覚はなんなんだろう?

 そんな俺の疑問をよそに、シルヴィアと呼ばれた女はカツカツとヒールの音を鳴らしながら店内を闊歩かっぽする。
 やがて彼女はヒルダの前で足を止めると、腕組みをして仁王立ちした。


「どけっ。地球人とやらはどこにいる」
「きゃっ!?」

(あの野郎!?)

 不意に肩を押されたヒルダはバランスを崩し、倒れそうになった。

 俺は慌ててカウンターから飛び出し、震えるヒルダの肩を抱き寄せる。そしてシルヴィアの前に立ち、射殺すようににらみつけた。


「ほう、同胞をたぶらかしているのは貴様か。しかし我を前にしておくさぬとは、恐れの知らぬ馬鹿犬よ」
「馬鹿犬……? ははは。俺が犬なら、アンタは見境なく威嚇いかくする気性の荒い雌猫か?」
「――ふっ。口だけは達者のようだな」

 俺の軽口に動じる様子もなく、ゴミでも見るかのような目で見下ろしてくる。そのアイスブルーの瞳には、わずかな熱も帯びぬ極寒の冷たさを感じた。

 客たちは俺たちのやり取りを見て、遠巻きにざわつき始める。中には面白い見せ物だと言わんばかりに、携帯端末で撮影を始める者もいた。


「貴様はいつまで、その薄汚い手で我が同胞に触れている」

(うおっ!?)

 シルヴィアは怒声と共に腕を振りかぶると、俺の顔面に勢いよくビンタをしてきた。

 まるで鞭のようにしなやかに伸びた白い腕。その拳は俺の頬を正確に捉えていた。

 バチンッと痛々しい音が響き渡ると、店内にどよめきが起こった。


「……なぜ止める、ヴァニラ」

 シルヴィアの手は俺には届かなかった。代わりにヴァニラが彼女の手首を直前で掴んで、止めてくれていた。

「ナオトやヒルダは私の大切な友人です。手を出すのはやめてください」

 ヴァニラはシルヴィアを鋭い目つきで睨みつける。しかし彼女の視線を物ともせず、涼しい顔で受け止めた。

「……フンッ、我に盾突くとは生意気な。親の威光は我には通じぬぞ」
「挑発には乗りませんよ。ここは私の店でもあります。貴女こそこの場を荒らさないで」

(ヴァニラ、助かった!)

 今にも一触即発といった雰囲気に、俺はヒルダの手を引いてカウンター内へと避難した。


(とりあえずヒルダを厨房に入れておくか。客も一旦避難してもらって……)

 このままだと、客たちに被害が及ぶかもしれないからな。よしっ、と気合を入れ直して再び前を向くと――。

「おい、貴様」
「うおっ!?」

 いつの間に近づいたのか、シルヴィアがすぐ目の前まで来ていた。

「お前の作る料理とやらはコレか?」
「……何が言いたいんだよ?」
「こんな貧相な料理に、どいつもはしゃぎおって」

 シルヴィアは呆れた様子で、カウンター席に残っていたカレーを見下ろす。
 そして細長い人差し指でスッとすくうと、真っ赤な舌でペロリと舐め取った。


「ふっ……」

 彼女の赤い舌と、蠱惑こわく的に微笑む口元から目が離せない。不覚にも鼓動が高鳴ってしまうほど、なまめかしく美しい仕草だった。

 だが――。

不味まずい」

 シルヴィアの右手が唐突にテーブルへと振り払われる。飛ばされたカレー皿が、ガシャーンと大きな音を立てて割れた。
 俺は突然のことに、頭が真っ白になった。


「おい、何てことしやがるんだ!?」

 さすがにこれには、俺もブチ切れた。だがその怒りはすぐに驚愕きょうがくへと変わる。

 シルヴィアは右手に『黒い炎』をまとい、皿の破片ごとカレーを焼き払ってしまった。

(な……なんだアレ!?)

 まるでアニメの世界のような光景に、俺は唖然あぜんとするしかなかった。
 そんな俺を尻目に、シルヴィアはキッと眉を吊り上げて店内をにらみつける。まるで心底軽蔑するような眼差しだった。


「こんな薄っぺらい味に満足するとは……貴様らも随分と落ちぶれたものだな」

 そう言ってシルヴィアは鼻で笑うと、何もない空間から巨大な一本の剣を取り出す。

「我らメス星人が味わった、あの屈辱を思い出せ!」

 ドン、と床に剣を突き刺し、柄尻に両手を乗せる。

「豊かな母星を捨て、感情を放棄し、他惑星を侵略する――どうして誇り高き我らが、このようなはずかしめを受けねばならなかったのか――その理由を答えよ、ヴァニラ!」

(えっ?)

 思わず俺が店内に視線を向けると、そこには顔面蒼白のヴァニラが立っていた。


「――っ。そ、それは……」

 彼女の体は小刻みに震えており、その瞳は恐怖に染まっていた。そして今にも泣き出しそうなほど涙を溜めて下唇を噛み締めていた。

(いったいどうしたんだ……?)

「忘れたとは言わせぬぞ……貴様らが、軍の英雄だった我の母をおとりにし、星を侵略してきた敵から逃げたことを……」

(こいつの母親を犠牲に、メス星人が母星から逃げ出した? いったい何の話だ!?)


「答えろヴァニラ! 我らの使命はなんだ!」
「……ひっ」
「すべてを失ったあの日。我らは復讐を誓った……そうだろう!」

 シルヴィアに怒鳴りつけられた瞬間、ヴァニラは小さな悲鳴を上げておびえてしまった。

 それを見た俺の体は自然と動き出し、咄嗟とっさに彼女の前に立っていた。

(これ以上はやらせねぇぞ……!)


「なんだ、駄犬。邪魔をするなら殺すぞ」

 シルヴィアは剣の切っ先を俺に向け、殺意のこもった目で睨みつけてくる。

「営業の邪魔してんのはお前だろ。店の中で剣を振り回すな、危ねぇだろうが」

 シルヴィアが手にしている大剣は、常に炎が燃え盛っているように見えた。

 そして彼女の瞳の奥からも同じ禍々まがまがしいオーラを感じるのだ。おそらくこれは彼女が持つ特殊な能力か何かなのだろう。


「我には貴様を殺すことなど、造作もない」

 シルヴィアは俺の喉元に剣先を突きつける。少しでも動けば、そのまま突き刺すつもりのようだ。

「なら試してみるか?」

 俺は一歩も動かないまま、シルヴィアを挑発する。

 さっきから冷や汗が止まらない。コイツの殺意に満ちた目を見たら尚更である。だけど――。


「俺だってなぁ、引けない理由があるんだよ」

 メス星人に奪われた自分の家族を取り戻すため、ヴァニラたちや食堂を失うわけにはいかないんだ。

 俺の心情を察したのか、シルヴィアは小さく鼻を鳴らすと剣先を引っ込めた。

 彼女の周囲から禍々しいオーラが消え、徐々に空気がやわらいでいく。

(ふぅ……何とか収まったか)

 俺はほっと胸を撫で下ろし、深く安堵の息を吐いた。

 しかしシルヴィアの鋭い視線が、再び俺を捉えた瞬間。彼女の口が再び開いた。


「ならば、その理由もろとも消し去ってやろう」

 シルヴィアは手に持った剣を軽く振り上げると――店の壁に向けて、勢いよく振り下ろした。

(おいおい!? なにしやがる!)

 そんな俺の心のツッコミもむなしく。剣は食堂の壁を貫通し、大きな風穴を空けた。

「うわああああっ!?」

 バキバキッと木材が割れる音と共に、店内には悲鳴が響き渡る。

(なんて破壊力だよ!?)

 俺は思わず目を覆いたくなった。
 その前にシルヴィアは剣を床に突き刺すと――今度は俺の前に歩み寄り、その華奢な腕で俺の胸元をつかみ上げた。


「なっ……なにをする!?」
「命だけは見逃してやる。だがこのまま我の邪魔をしようというのなら――次は殺す」

 まるで重さを感じさせない動作で、シルヴィアは俺を軽々と持ち上げる。

 そして鼻先が触れそうなほど顔を近づけると――震え上がるほど恐ろしい、獰猛どうもうな笑みを向けてきた。

「う、ぐうっ……」

 彼女の鋭い眼光を目の当たりにして、俺の背筋はゾワっと凍り付いた。この女には絶対に逆らってはいけないと本能が訴えてくる。

 そして彼女は俺の体を雑に放り出すと、再びヴァニラの方に視線を向けた。


「……貴様たちもだ。ヴァニラ、スカーレット。大事な飼い犬を殺されたくなければ、首輪はしっかり絞めておけ」
「――くっ!」
「…………」

 圧倒的な存在感に気圧されそうになる。彼女の瞳の奥に宿った炎は、いまだに燃え続けていたからだ。

 客たちは、恐怖に顔を歪めて逃げるように店を出て行く。そんな様子を見送ると、シルヴィアはクルリときびすを返した。


「ふんっ、きょうめた」

 最後にそれだけ言い残すと、彼女は店から去っていった。

(俺の店が……壊されちまった)

 あとに残されたのは穴の開いた壁に、ボロボロの机や椅子たち。
 それらを見て、俺はただ呆然としていた。

 こうして俺のダンジョン食堂は、開店初日から休業を余儀なくされてしまうのであった。



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