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第8話 甘えるヒナ鳥たち
しおりを挟む不意の事故で、俺は地球人初のダンジョン管理者になっちまった。
無理だと「辞退する」宣言をしたのだが、それには次のダンマス候補に殺されなきゃいけないらしい。
――ダンジョン運営は嫌だけど、さすがに死にたくない。俺はメス星人たちに捕らわれた家族を助け出さなきゃならないんだ。
だがそこへ運悪く、武闘派のメス星人であるスカーレットが登場。そこで思い付いた苦肉の策が、
「地球の料理でメス星人たちを洗脳……もとい、懐柔する」
そして、その策は見事に大成功。
俺がダンマスでも「いいよ!」と彼女に認めさせた……までは良かったのだが。
~ダンマス就任から三日後~
「おい、御主人様! 今日も忠実な下僕が会いにきたぞ!」
食堂を建設中の第一階層のフロアに、スカーレットのやかましい声が響き渡る。
振り返ってみれば、赤髪の軍服女が笑顔でブンブンと手を振りながら、こちらへと駆けてくるところだった。
「すまない、ナオト殿……」
「ホントだよ。こっちは食堂の準備に追われて、あちこち駆け回っているってのに」
後を追いかけてきたユウキが代わりに謝ってくれたが、俺の口からは溜め息しか出てこない。
ちなみにこのやりとりは昨日ぶり、三回目だ。つまり毎日やってきている。
ひょっとしてコイツら、かなり暇なのか?
「どうだ? 食堂はもう開けそうか?」
「できるわけねーだろ。ようやく建物の外側が完成したばっかりだぞ」
管理者権限には、厳しい縛りがある。
モンスターを倒すことで得られる経験値の保有量で、やれることが変わるのだ。
戦闘に長けたメス星人が管理者になれば、自由自在にダンジョンをいじれるだろう。
だが元々が貧弱な地球人だった俺ができるのは、建材を生み出すぐらい。つまり自力で食堂を建てなきゃならんのだ。なのに――。
「なんだと!? じゃあアタシのカレーは?」
「材料がないから作れない。もう少しの間、我慢してくれ」
「なっ……!?」
スカーレットは、まるで世界の終わりのような悲壮な表情を浮かべた。
「いや、だから食堂建築のために経験値を回してるんだって。だいたい経験値集めのためにモンスター狩りもしなくちゃいけないし、何もかもギリギリなんだってば」
「そう、か……そうだよな。楽しみではしゃいでしまったアタシが悪かったよ……」
「お、おう。分かってくれればいいんだよ」
分かってくれりゃ良いけど、そんな顔をされたら、こっちが悪いことをしたみたいな気分になるじゃないか。
「ほ、ほら! お子様ランチなら用意できるぞ?」
そう言って俺はパチンと指を鳴らし、レトルトパックのハンバーグとオムライスを実体化させる。
これらは一応、食堂で出す予定のメニューだ。理想はもっと本格的な料理にしたいのだが、今の俺にはこれが限界だった。
「お子様ランチ、だと……?」
スカーレットの顔つきが急に険しくなる。
(あ、あれ? もしかしてまずかったか?)
日本では人気のメニューなんだが……。
子供扱いされてプライドが傷付いたか!?
そんなことを考えていると、料理を受け取った彼女がおずおずと尋ねてきた。
「なぁ、御主人様。これにカレーを乗せることは可能か?」
「え……? あぁ、ハンバーグやオムライスはどっちもカレーに合うけど」
「じゃ、じゃあ頼む! アタシはカレーが一番好きなのだ。できれば、辛さマシマシで頼む!」
「お、おう……」
妙に勢いのあるスカーレットに圧倒されて、俺は言われるままにカレーをご飯にかける。
たしか有名チェーン店の辛さを選べるセットがあったはず。
前回で食べさせたのが甘口だったから、今回は中間の5辛くらいで試してやるか。
(しかし、すっかりカレー中毒になっちまったな……ん、なにしてるんだ?)
スカーレットが赤い髪をかき上げて、口を大きく開けた。
「あーん」
「いや、自分で食べろよ!」
ちょっと可愛いけど!
「む、ケチケチしなくたっていいだろう? カレーはこうして食べるのが旨いのだ」
「なにその謎理論!?」
なんだこの甘えっぷりは。出逢った頃はあんなに怖かったのに……。
いやまぁ今はそんなことどうでもいいか。
それよりもさっさと食べさせて、ここから追い出さないと――あれ?
「ユウキ、なんでお前まで……」
「あーん……え?」
気付けばスカーレットの隣で口を開けているユウキ。まるで餌を待つヒナ鳥のようだ。
「あ、いや……これはその……」
ユウキはしどろもどろになりながら、スカーレットを見る。
すると彼女はクスッと笑って言った。
「ユウキもアタシと同じ下僕だからな! 御主人様が食事を与えるのは当然だ」
「……! そ、そういうことだ!」
あ~はいはい、そういうことね。なるほどね~。
「って納得できるか! ただでさえダンジョン運営でカツカツなのに、お前らを養う余裕なんてないっての。あとヒルダ。お前はシレっと配信を始めるんじゃない!」
どこからともなく現れたメイド姿のヒルダが、配信用のカメラを回し始めていた。
「いえ、これも仕事の内です。しっかりと食堂の宣伝をしなくては。あ、お二人とも。もうちょっと上目遣いでお願いします」
そう言ってヒルダはベストアングルを探して、カメラの位置を調整する。
どうやら彼女は、スカーレットたちを広告塔にするつもりらしい。
そういえば昨晩、新しく配信用のチャンネルを開設してたっけなコイツ。
「お前、身内にも容赦ないんだな……。というかヒルダはなんでそんなにノリノリなんだよ」
「それはもちろん、視聴率のためです! PVが爆上がりすれば、それだけ私の評価も上がるので」
そう言って、ヒルダはカメラに向かって「拡散ヨロシクです」とウィンク&ピースをする。
「ブレないなお前は……」
「食べる際はちゃんと『あーん』って言ってくださいね。あっ、カメラ目線を忘れずに!」
「こ、こうか? あぁん……」
「ボクも!? うぅ、恥ずかしい……あぁむ」
あ~あ、ダメだこりゃ。もう誰もまともに取り合ってくれないよ……。
俺は溜め息を吐いて、両手で二人の口にカレーを運んだ。
「んん~、これだ! しかも前回よりも辛くて旨い! 舌がピリピリする!」
「あぁ……本物のハンバーグだ、懐かしい。小さい頃に家族でファミレスに行った記憶がよみがえる……」
彼女たちは目を細めながら、物凄く幸せそうな表情を浮かべた。それからも二人は交互に口を空けて、俺のカレーを味わう。
まるで飲み物のようにパクパクと食べるので、あっという間に無くなってしまった。
「御主人様、おかわり!」
「ボクも、もう一杯……」
(こいつら、マジで遠慮がなくなってきやがったな……)
もうすっかり餌付けされてしまったスカーレットたち。横目でヒルダの持つタブレット画面を見てみれば――。
<気の強い奴がここまで従順になると、グッとくるものがあるな>
<おい、あの二人のせいで地球人に「メス星人ってチョロ過ぎ」だと思われてるぞ>
<でもどんな味なんだろう。食事なんて何世紀もしてないから覚えてないや>
<ダンジョン食堂が開店いたしましたら、どなたでもご賞味いただけますよ~>
<いつ開店なの!?>
<皆様のご協力があれば、すぐにでも~>
「おい、ヒルダ! コメントで勝手なこと言うんじゃない!」
俺は慌てて、ヒルダを怒鳴りつける。
しかし当の本人は知らんぷりだ。まったく、コイツは……。
「まぁまぁ、落ち着け御主人様」
そこへスカーレットが肩を叩いてくる。
そして俺の耳元に顔を寄せて――囁いた。
「このアタシが、食堂作りでもダンジョン運営でも、何だって協力するぞ? なんならアタシが番になって、子作りもしようか?」
「なっ、ななな!?」
「こう見えても、体には自信があるんだ。ほーれ、胸もヴァニラ従姉より大きいぞ?」
そんなわけがないだろう、と言いたいところだったが……。
(で、でかい)
その、なんだ。スカーレットの豊満な胸が俺の二の腕に当たっている。
カッチリとした軍服のジャケットのせいで今まで大きさは分からなかったが……。
(コイツ、着やせするタイプの巨乳――!?)
いやでも、俺がスカーレットと夫婦になるなんて、あり得なくない!?
「だ、ダメに決まっているだろ! だいたいお前にはユウキがいるじゃないか」
「そうだぞスカーレット殿! そうやって無理強いするのは……よ、良くないと思う」
俺はなんとか理性を保ちながら言う。
するとユウキが庇ってくれた。
っていうかこの反応。
もしかして、ユウキはスカーレットに惚れてるのか?
「なんだユウキ、お前まで……つまらん」
「こんなイケメンに好かれてるんだから十分だろ。贅沢言うな」
「ぼ、ボクは別に彼女が好きなわけじゃ……」
「いーからいーから。そう照れるなって」
顔が整っていることもあってか、恥ずかしがるユウキが可愛く感じられた。
まったく、スカーレットはもっとユウキを大事にしてやればいいのに。
「まぁいい、このアタシが食堂のために一肌脱いでやろう。御主人様は大船に乗ったつもりでいてくれ!」
「……なんだか不安だなぁ」
俺の心配をよそに、高笑いを上げるスカーレット。
そんなこんなで三日が経ち――彼女らの協力もあって、ダンジョン食堂はあっという間に完成してしまった。
だが同時にそれは、ダンジョン食堂の今後を揺るがす大事件の幕開けでもあった。
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