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第3話 どうやら天罰ってあったらしい。

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「俺のスマホじゃないな……となると、大木さんのですか?」

 お帰りいただこうとしたところで、対面に座る大木の方からスマートフォンが鳴った。


「す、すみません! おかしいな、電源は切ったはずなのに……」

 そういえば高校生時代も似たようなことがあったな。

 あの時は立場が逆で、授業中に俺が携帯を鳴らしてしまって。そうしたら隣の席にいた大木が激怒して、教師にチクったんだっけ。

 ……思い出したら、なんだかムカついてきたな。まぁ、俺は優しいからスマホ程度で怒ったりしないけどさ。



「ああ、大丈夫ですよ。もしかしたら緊急の用事かもしれませんし、どうぞ電話に出てください」

 慌てて鞄の中を探る大木だったが、着信音は一向に止まらない。

 俺は苦笑いをしながら席を立つと、リビングの隣にあるキッチンへと移動する。

 大木はスミマセンと会釈してから、スマホを取り出した。


「あれ? 美結みゆから電話?」

 どうやら相手は美結という人物からのようだ。さっき言っていた妹さんかな? 何かトラブルでもあったのだろうか。


「……もしもし。ごめん、今は仕事の面接中だから……え? ケンカ!? 相手は……って嘘でしょ!?」

 おや、なんだか不穏なセリフが聞こえるな。せっかく気を使ったのに、そんなに大声で喋られちゃ丸聴こえだぞ。

 だが大木は周囲を気遣う余裕もないらしく、顔を真っ青にさせたまま通話を続けた。


「今病院に居る? オーナーに出ていけって言われた!? ちょっと待ってよ美結、キチンと理由をお姉ちゃんに説明して――」

 その後も焦った様子で会話をしていた彼女だったが、やがて諦めたように溜息をつく。そして通話が終わると同時に、力無く肩を落とした。

 うーん、どうやら大事件のようだな。

 彼女はしばらく呆然としていたが、俺のことを思い出したのかハッと顔を上げた。顔色はもう青を通り越して、灰のように真っ白になっていた。

 あー、なんだか嫌な予感しかしないぞ。


「だ、大丈夫ですか?」

 俺はキッチンから戻ってくると、不安そうな表情でこちらを見つめてくる彼女に話しかける。


「小仏さぁん……」

「そんな捨てられた仔猫みたいな表情をしないでくださいよ……」

 俺が慰めるように声を掛けると、大木は肩を震わせ始めた。

 うわ、こいつ意外とメンタル弱いぞ……。普段の凛々しい姿とのギャップが凄まじい。


「今の電話は妹さんからですか? 何かあったようでしたが」

「わたし……住むお家がなくなっちゃいました。うえぇええぇえん……!!」

「――はぁ?」

 いやいや、話が全く掴めないんだが。急に住む家がなくなったってどういうことだよ。

 目の前で泣きじゃくる大木をどう慰めて良いのか分からず、俺はキッチンのテーブルにあった布巾ふきんを手渡してやった。コイツにはハンカチなんて勿体ないからコレでいいだろ、うん。


「ずびびびっ……」

「おいっ、それで鼻をかむなよ……はぁ、もういいや」

 さっきまでの凛々しかった姿はもはやどこにもない。なんか敬語で喋っているのも馬鹿らしくなってきたな。もう面接をするどころじゃないし、普段通りに話そう……。


「追い出された理由は何なんだ? オーナーさんと揉めたのか?」

「ひゃい……実は――」

 ヒグヒグとしゃくりながらも、電話の内容を説明する大木。その間も涙や鼻水は一向に止まらず、しまいには我が家の布巾はコイツの体液でグチョグチョになっていた。


「――ふむ。詳しい理由は分からないが、妹の美結っていう子がオーナーの息子さんを殴ったのか。それで怒ったオーナーが、お前たち姉妹に今すぐに家から出て行けと」

「はい……最初は何かの間違いだと思ったんですけれど。息子さんが今、病院で手当てを受けているとかで……」

「診断書までつけられちまったら、否定はできないか……普通の親なら子供の喧嘩で両成敗だと思うんだが、うーん」

 不幸中の幸いというか、オーナーは警察に被害届を出さないそうだ。その代わり、住み込みと店のアルバイトの話は無かったことにしたいと言われてしまったそうだ。

 まぁ大家としても、暴力的な子供を自分の家に住まわせたくないのか……?


「で、肝心の妹さんの方は無事なのか?」

「はい。今はアパートの方に戻ってきたようで、声は元気そうでした。ただ、怒りがまだおさまらない様子でしたが」

「あー……でも保護者としては心配だよな? 面接の続きは後日やるから、顔を見せにいってやれよ」

「でも、それじゃ小仏さんにご迷惑を……」

 遠慮する大木だったが、その瞳は揺らいでいる。妹が心配で仕方がないといった様子だ。

 ……ったく。こんな時まで真面目ぶるなんて、世話の焼けるヤツだな。

 俺は軽く溜息をつくと、椅子から立ち上がった。


「気にすんなって。俺が車を出してやるから、今から向かおう。隣町なんだろ?」

「うぅ、申し訳ないです……よろしくお願いします」

 何から何まですみません、と平謝りする大木を宥め、俺は車のキーを取って家の裏にある車庫へと案内するのであった。


 ◇

「汚い車で悪いけど……」

 俺の愛車は中古で購入した、黒の小さなバンだ。見た目はオンボロだが、いろいろと荷物が詰め込めるので重宝している。
 まぁ、女とのデートには向いていないが。


「いえ。私は免許も無い人間なので、乗せていただけるだけで嬉しいです」

 恥ずかしそうに頬を染めながら、助手席に座る。そういえば履歴書に書いてなかったな。


「……」

「……」

 なんだろう、この狭い密室で無言っていうのが凄く気まずい。何か良い話題はないか!?

 俺がハンドルを握っている間、大木の視線はずっと窓の外に向けられている。俺はルームミラー越しに、大木の整った横顔をチラチラと見ていた。


「な、なにかラジオでも――」

「私、さっき両親は他界したって言いましたけど……本当は五年前に失踪してしまったんです」

「失踪……?」

 大木の急な告白に驚き、俺は思わず聞き返してしまう。


「実家は都内で小さなクリニックを開いていました。ですが経営に失敗してしまいまして」

「それは……なんというか、残念だったな」

 大木は淡々と話を続ける。まるで機械のように、その口調は静かだった。


「それでもどうにかしようと、毎日奔走していました。知人からもお金を借りて、どうにか再起を図っていたのですが……」

「上手くいかなかったと」

「はい。一度ついた悪評は取り返すことができず、少しずつ人が離れて……」

 そうだったのか……俺が転校した後のコイツが、そんな波乱万丈な人生を送っていたとは。

 俺は黙ったまま、ただ耳を傾けることしかできない。


「私はたとえ生活が苦しくても、家族がいれば乗り越えられると思っていたんです。……だけどそう思っていたのは、私だけだったみたいで。両親は次第に喧嘩が増え、父が家を出ていき……数年後には母も消えました」

「そんなことが……」

 なるほど。コイツの苗字が変わっていたのは、両親が離婚したからだったのか。


「幸いにもお金が底を尽きる前に、私は大学を卒業することができました。なので妹のことは、私が両親の代わりに働いていこうと決めたんです」

 彼女は両親について語る時、一瞬だけ懐かしそうな表情を浮かべたが、すぐに悲しげな顔つきに戻ってしまった。


「ですが借金が原因で、勤め先の病院にいた恋人との婚約が破談になっちゃって……」

「ちょ、ちょっと待って!? その不幸話、まだ続くの!?」

 小さな声で「はい……」と答える大木。


 ――君の人生。ちょっとヘヴィ過ぎません?

 俺は運転をしながら、思わず内心でそう突っ込んでしまった。


 それから何とも言えない雰囲気となり、目的地の隣町に着くまでの道のりを、俺達はお互いに言葉を交わすことなく走り続けた。
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