透影の紅 ~悪魔が愛した少女と疑惑のアルカナ~

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聖杯の章

♡3 すべてのはじまり

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「教会って、どんなところなのかしら」

 そう言って、日々子は教会の中に入ってみた。
 中はまるで隔絶された世界のようで、どこか別の場所に迷い込んでしまったような感覚になった。

 そして何かに導かれるようにして、彼女は懺悔室へと入っていった。


「……こんにちは、迷える子羊よ」
「えっ? 神父さん、ですか?」

 小部屋には、小さな椅子があるだけ。
 そして壁一つ挟んだ先から、誰かに語りかけられた。


「えぇ。ここは貴方のような悩みを持った御方の話を聞く部屋です。大丈夫。ここで聞いたお話は、私も神も絶対に口外しませんよ」

 それは心に染み渡るような、優しい声だった。
 啓介とは違う男性の声で語りかけられ、つい心が動いてしまった。


 ――神に仕える神父様なら、大丈夫かもしれない。

 誰かに話を聞いてもらいたかった日々子は、せっかくなので顔も見えない神父に話してみることにした。

 結果、それは日々子にとって正解だった。

 罪の告解を、神父は親身になって聞いてくれたのだ。
 日々子を責めることもなく、全ての罪を彼はゆるしてくれた。

 本当の彼は人の罪の意識を糧にする、悪魔だったとは知らずに。


 罪を告白し、慰められているうちに、日々子はこう思うようになった。

 ――この優しい神父様の顔を見てみたい、と。


「顔を見るぐらい、神父様も赦してくれるわよね……?」


 本来ならそれは許される行為ではない。
 だが日々子の倫理観はすでに狂っていた。
 彼女の中に、殺人だって懺悔をすれば許されるものだという心理があったのかもしれない。


 だから彼女は、こっそりと教会に忍び込むことにした。

 いつものように懺悔が終わった後。彼女は教会の裏口に回り、開いていた窓から侵入した。

 階段を上り、物音がする部屋の扉の隙間を覗くと――彼はそこに居た。

 そして、一瞬で恋に落ちた。

「いけませんよ、日々子。悪い子にはお仕置きをしなければ」
「神父様……んんっ!!」

 言い訳をしようとしたところで、神父は日々子の口を塞いでしまった。
 抵抗する隙も無かった。しようとも思わなかった。

 それはとても甘い、融けてしまいそうな熱いキス。

 今まで感じたことのない、幸せなひと時だった。

 そのまま教会の二階で、日々子は彼に抱かれてしまった。

 たが、全く嫌だと思わなかった。

 ――こんなにも、あの人とは違うとは。


 それ以降、日々子は今まで以上に彼と会うのが楽しみになっていた。


 しかしその秘密の逢瀬も、啓介にバレてしまった。

 ある日教会に行くと、神父の代わりに啓介が居たのだ。
 俺が手を汚している間、お前は何をしているのだと大声で責められた。

 日々子は恋に夢中になりすぎていた。
 他のことは目も耳も塞いでいる状態で、星廻がどうなっていたのか知ろうともしていなかった。


 もうこの時点で、残っている禍星の子は日々子と啓介の母親だけだった。

 否、その母親ももうこの世にはいない。
 啓介は最後の仕上げとして自身の母親を殺し、この教会にやってきたのだ。


 事実を知り、呆然とする日々子に啓介は薄ら笑いをしながら言葉を掛けた。

「あの神父がそんなに心配か? ソイツならこの本の中に居るぜ。……だが、もうお前とは会うことはない」

 啓介の手には、タロットの書とライターがあった。
 日々子には彼が何を言っているのか、全く分からなかった。


 どうしてあの御方が本の中にいるの?
 今日は私の誕生日だから、お祝いしてくれるって言っていたのよ?
 何故私を迎えに来てくれないの……?

「どうして……?」

 啓介は混乱する日々子の目の前でそれを燃やし、教会にも火をつけた。


「馬鹿が!! お前には、俺しかいないんだよ!!」

 だがその言葉はもう、日々子の耳に聞こえてなんかいなかった。
 魂の抜けてしまった日々子を、啓介は引きずるようにして連れて帰った。


 日々子を支えていたものが、全て消え失せた。
 これで日々子の魂は終わりを告げたかのように思えた。

 だが、これで終わりでは無かったのである。


 失意のどん底に陥り、啓介の操り人形として過ごす日々子。

 しかしある日、こらえようのない吐き気を催した。


「日々子! ついに子供を孕んだのか!」
「……子供?」
「そうだよ! やっと俺との子供だ! 良くやったぞ!!」


 そう、彼女は妊娠していたのである。

 きっと子供は禍星の子に違いない。後継ぎができたと喜ぶ啓介の傍で、日々子は全く別のことを考えていた。彼女は、お腹の中にいる子は啓介との子供だとは思っていなかった。


「この子は……あの御方との子供なんだわ……」

 マルコは居なくなっても、その魂は自分のお腹に宿っていると信じた。そう信じなければ、彼女の心はもう、持たなかったのだ。


 それ以降、日々子は愛娘を育てることだけを生き甲斐にするようになった。


「……まさか!」
「どうしたんだ、日々子。なにか吉兆でも出たか?」
「え? あぁ、はい……吉兆です。それも、凄く良い……兆しですわ」

 ある日、日々子はアルカナの二十一人が目覚め、あの方が復活したことを知った。
 マルコと結ばれ、娘を授かってから十七年目の夏のことであった。


 そしてそれは、再び星廻が始まることを意味する。


 彼女は今度こそ家族を守りたいと願った。
 禍星の子である自分と娘、そしてマルコの三人で暮らす。そのために、彼女は己の手で殺人を犯すことを決めたのだ。


「今度は誰にも邪魔させない。自分と娘、そしてあの御方と本当の家族になるの」


 こうして悪魔が復活し、全てのアルカナが揃った。

 悪魔の寵愛を求め、再び命懸けの鬼ごっこが始まる。
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