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金貨の章
♦5 薔薇の二人
しおりを挟む薔薇が咲く季節を知っているだろうか。
冬薔薇という言葉があるが、普通は寒い時期に薔薇は咲かない。
新緑にしっかりと太陽の恵みを受け、梅雨と共に散るのだ。
洋一たちが住む洋館でも、多種多様な薔薇が見頃を迎えていた。
これらは全て、館の主である洋一が手入れをしているものだ。
中には貴重な品種や、扱いが繊細で栽培が難しいものもある。
ここまで綺麗に咲くまで何度も失敗を繰り返しつつも、彼は我が子を育てるように可愛がってきた。
薔薇と共に過ごすという何とも風変わりな人生を送っている彼だが、最も愛しているのは薔薇ではない。それは自身の妹であり、花のように可憐な少女――迂闊に触れば棘で痛い目に遭う――である汐音だった。
彼女に比べたら、薔薇を育てることなんて如何に容易いことか――。
中身はともかく、彼女は美しい。
艶のある長髪、シミひとつ無い肌、長い睫毛……いっそ精巧な日本人形だと言った方が近いだろう。
汐音は、今日も洋館の中を和服で過ごしていた。
名前に『汐』とあるように、夕焼け沈む大海原をイメージした橙色の装いである。
これは以前、「彼女の病的なまでに白い肌に暖かみを足してくれる」と言って洋一がプレゼントしたものだ。お兄様が大好きである汐音は週に一度は必ずこれを着るようにしていた。
もちろん、これを着た際には洋一に見せに行くのが習慣であり、楽しみだった。
今も汐音はお気に入りの巨大クマのぬいぐるみを抱いて、兄の部屋を訪れていた。日中は常に自室に引き篭もっているが、兄に会うためであればこういった行動力を発揮できるのだ。……館の中でのみ、という条件付きではあるが。
「――絶対に駄目だ!!」
「どうしてですかお兄様!!」
そんな相思相愛な兄妹であったが、今日に限っては様子が違っていた。
対面にソファに座り、激しい口論をしているのである。
いつもは冷静な兄を演じている洋一にしては珍しく、大声を張り上げている。汐音も汐音で涙目になりながらも兄に反抗していた。
「クソッ。紅莉のやつ、余計なことを吹き込みやがって!!」
「私はお兄様の為を想って――!!」
「冗談じゃない! どうしたお前を禍星の争いなんかに巻き込まなきゃならないんだ! 万が一お前になにかあったら、俺は死んだ親父たちに顔向けができないんだよ!」
彼がここまで心を鬼にして怒っている原因はたった一つ。
汐音が洋一に紅莉たちに協力するよう嘆願したからである。
「でも、このままじゃお兄様だって狙われてしまうのですよ!?」
「それが何だっていうんだ!……この問題はすでに死人が出ているんだぞ。もしかしたら、こちらが殺す側になるかもしれないんだ。そんな重みをお前に背負わせたくなんかない」
禍星の子がまつわる争いの悲惨さを知る洋一は、頑なに汐音が関わることを拒絶する。
だがそれもそうだろう。前回の星廻の儀では、たった一人を除いて禍星の子は全滅したのだから。
これがヤクザや不良の争いだったのなら、そこまで影響はなかっただろう。
彼らは超能力者とも言える人間同士だったがゆえに、非常にタチが悪かった。
物や人を使って儀式を行い、相手を呪い殺す。一度死人が出てからというもの、誰もが死ぬ気で敵を殺したのだ。
物や人に直接呪いを掛けたせいで、彼らの死後もそれが残ってしまったのだ。
星廻の儀による余波は数年続き、関係者意外にも多数の被害者が出てしまった。
だからこそ、汐音にはそんな目には遭わせたくないのだ。
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