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杖の章
♣30 手を繋いで
しおりを挟む「良かった……」
幸いにも、紅莉は扉を出てすぐの廊下で、壁を背にして座り込んでいた。
だが、顔は涙で濡れてしまっている。
「大丈夫か、紅莉」
声を掛けながら隣りに近寄る。壁に背を預けてから、ズルズルと腰を下ろした。
悠真は自分の左肩に重力を感じた。サラサラの髪が首元に触れてくすぐったい。でもそれは決して、嫌な感覚では無い。
右手を伸ばし、紅莉の頭を撫でてやる。一瞬紅莉の身体が強張るが、すぐにふにゃっと緩んだ。
「こわ、かった……」
「……うん。そうだよな。すげぇ頑張ったよ」
当たり前だ。紅莉は自分と同じ高校一年生で、根は優しい女の子なのだから。
さっきまでの彼女は、本を回収するために演技をしていただけ。男が相手だから強がっていただけなのだ。
誰だって、死ぬのは怖いに決まっている。
俺が紅莉と一緒に居ることで気を紛らわせていたように、紅莉はわざと明るく振る舞うことで、ギリギリ心を守っていただけなんだ。
「ねぇ、悠真君」
「ん、なんだ?」
しばらくの間、大人しく悠真にされるがままになっていた紅莉が口を開く。
「もし、私が死んじゃったら悲しんでくれる?」
細く、震えた声。
それは悠真に、何をするにもオドオドしていた頃の彼女を思い出させるような、自信の無い小さな声だった。
だからこそ、悠真は力強く答えた。
「当たり前だろうが」
「じゃ、じゃあもし私も悠真君も死んじゃったら、あの世で一緒に居てくれる?」
「馬鹿。俺たちは死なねーよ。あの頭のオカシイ女をとっ捕まえて、それで……」
「それで?」
もう、いいか。死に掛けのカズオを見て吹っ切れてしまった。
俺達には時間がない。死んでしまったら、言えることも言えなくなってしまうのだ。
こうして見ることも、触れることも。互いの体温も感じることはできなくなる。
だから、もう躊躇しない。
悠真は身体を少し起こすと、正面から紅莉の上半身を優しく抱き寄せた。
「俺と付き合ってくれ。それで、ずっと一緒に居よう。高校卒業したら結婚して、家族増やして、それで……幸せになるんだ」
「そ、それって……」
――先走り過ぎた。
心の中で数秒前の自分を殴りつける。自分の顔は見なくても真っ赤になっているのが分かる。
どうして俺は交際を願うだけではなく、結婚のことまで口走ってしまったのだろう。
死ぬかもしれないから? それでもあれはないだろう。ほぼプロポーズじゃないか。
しかし言ってしまったことはもう、取り返しがつかない。
「でも、星奈ちゃんは……」
「アイツはきっともう、俺と付き合う気はないんだよ」
「それでも――んっ」
それ以上の言葉は要らなかった。
紅莉の唇を悠真が奪う。何度も、何度も。
「ねぇ、部屋に戻ってエッチ、しちゃう?」
「馬鹿。そういうのはもっと、ロマンティックにするべきだろ」
「あはは。悠真君って、そういうところ乙女だよね~」
悠真は立ち上がると、紅莉に手を差し出す。
二人とも、鏡合わせのように明るい表情をしていた。
「帰ろう。作戦の練り直しだ」
「そうだね。まだ時間は残ってるんだから」
紅莉の言うように、まだ死んでなんかいない。
やれることはあるのだ。
「……どうしよっか、アイツ」
「近くに鋏を置いておいたから、自分でどうにかするだろ」
それに、アイツが頼んだピザやら酒やらのルームサービスの代金なんて払えない。
紅莉を襲おうとした慰謝料として、それぐらいはしてもらおう。
二人は手を繋いで、ホテルを後にした。
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