透影の紅 ~悪魔が愛した少女と疑惑のアルカナ~

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杖の章

♣29 奪われてしまったモノ

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 紅莉は焦った様子でベッドに飛び乗ると、カズオの上に跨った。
 さっきとは逆の位置関係だ。
 彼女は右手を大きく振り上げ――そのままカズオの顔面に振り下ろした。

 幾度となくバシン、バシンという音が部屋に木霊する。
 一種のSMプレイのような有り様だが、紅莉も悠真も真剣な表情だ。
 彼女の手のひらは叩きすぎて真っ赤になってしまっている。

 何度か繰り返しているうちに、カズオが意識を取り戻し始めた。
 文字通り、彼は叩き起こされてしまったのだ。


「んにゃ、あれ……なんで身体が?」
「お前っ、まさか本を渡したの!?」
「え……な、なに?」
「悪魔の愛読書!! お前が持っていることは知ってんのよ!!」

 今まで見たこともないような、般若の顔。
 悠真が目の前に居るということも忘れ、物凄い剣幕でカズオを怒鳴った。
 視線は射殺さんとばかりに鋭く、「嘘は許さない」と睨みつけている。

 カズオはすっかりビビってしまい、声が震えている。


「う、うぅ……盗まれた……」
「はぁ!?」
「おい、誰に盗まれたんだよ!!」
「だ、誰だよお前……」
「いいから答えろ!!」

 はぁ? 盗まれただって?
 この世に一冊しかない、貴重な本を……!?

 二人とも、その本が無いと困る。気付けば悠真も一緒になって、カズオを問い詰め始めた。


「お、女だよ」
「女ですって? 客!?」
「ち、違う。代表の女だ!!……七日前。僕もカレイドスコープのビルに居たんだ。あの女、代表の言いなりだと思っていたのに、まさかあんなことを……」
「それで奪われたのか! 本も……影も!!」
「なっ!? 何でそのことを……まさか、お前たちも!?」

 そう、浴室のマジックミラーにカズオの影が映っていなかったのだ。
 つまり、この男も悠真たちと同じく透影ということ。しかも七日前に影を奪われたということは、カズオに残されている猶予は僅か一日しかない。


「そ、それから僕の食欲は収まらなくなっちゃうし……か、身体が痒いんだ! この腐った臭いだって、洗っても洗っても取れないんだっ!!」

 僕の身体、どうなっちゃうの……と涙を流しながら訴えるカズオ。
 悠真はそれ以上、彼を責めることができなくなってしまった。
 カズオも自分と同じ、あの女の被害者だったのだ。

 それだけじゃない。迫りくる死から目を逸らし、誤魔化してきたはずの恐怖心が、ここにきてむくむくと顔を出してきたのだ。
 何しろカズオという、死に掛けの証人が目の前に居るのだ。コイツは、数日後の自分だ。思わず、カズオと自分を重ね合わせてしまう。
 全身から腐臭を漂わせ、死の恐怖に身体を震わせながら命乞いをする姿を。


「……っ!!」
「あっ、おい! 紅莉!!」

 ボケっとしていた間に、紅莉は服を着て荷物を持って部屋から出るところだった。
 慌てて悠真も彼女の後を追う。


「えっ!? ちょっ、僕このままっ!?」
「お前が紅莉を無理やり押し倒したシーンは録画済みだから。下手なことしたら警察にバラす」
「そ、そんなあっ! たすっ、助けてぇ!!」

 悪いが、今は呑気に付き合っている余裕は無い。同情はするが、それはそれだ。
 せめてもの情けとして、ホテルに備え付けられていたハサミをカズオの頭の近くに投げてやった。首は動くから口に咥えて頑張ればどうにかなるだろう。

 さぁ、早く紅莉を見つけないと……!!
 カズオの悲痛な叫び声を背中で聞きながら、悠真は逃げるように部屋を出た。

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