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杖の章

♧15 不法侵入鬼ごっこ

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 以前の日々子なら躊躇していたかもしれないが、今は遠慮など無い。

 日々子は自身の小さな右手に握られた石を丸で親の仇のようにガンガンと窓に叩きつけた。

 一撃で穴が空き、二撃、三撃でさらに穴が広がっていく。
 そう時間も掛からず、日々子一人が通れる大きさになった。


 持っていた石を用済みだとばかりにそのまま屋内へと投げ込むと、日々子は土足のまま中へと侵入する。

 途中でワンピースの裾が窓サッシの枠に残っていたガラスに引っ掛かり、ピリピリと避けていった。夫の啓介が買い与えていた値の張るブランド服だったのだが、それもおかまいなしだ。

 侵入を遂げた日々子はパラパラとガラス片を床に落としながら、キョロキョロと室内を見渡した。


「――チッ。手間を掛けさせる」

 この部屋に直樹は居なかった。
 ローテーブルの上にあった花瓶を持っていた兎のトートバッグでなぎ倒し、日々子は廊下へと進む。かくれんぼは継続である。


 廊下に出ると、先ほどの玄関が目に入った。そこは鬼門に当たる場所である。

 近付いて良く見てみると、そこはガラスで塞がれていた。物理的に遮断されているのだ。
 これでは、玄関としての役目は最初から果たしていない。

 いったい、この家の住人はどこから入っているのだろう。どこか開いている窓から入っているか、どこか分かりにくい場所に秘密の入り口があるのかもしれない。


 ひとつひとつ、注意深く部屋を移動していく。

 予想していたとおり、廊下の壁に同化している隠し扉があった。ここが家主にとっての玄関なのだろう。

 試しに隠し扉を開けてみると、外へ繋がる小さな玄関があった。そこも金運を呼び込むためなのか、一畳ほどのスペースにビッシリと黄色の招き猫が置かれていた。異常なまでの徹底ぶりである。

 日々子は家探しに夢中になっていた。
 どの部屋も何かしらのテーマに沿ったレイアウトがされている。まるで風水のモデルルームのようだ。

 しかし全ての部屋を見て回ったにもかかわらず、直樹を見つけることはできなかった。隠し部屋にも、天井裏にも。どこを探しても、直樹は居なかったのである。


「不在……?」

 元々家に居なかった?
 いや、それはないはずだ。こんな辺鄙な場所では遠くに行くことはできない。ガレージは一台分のスペースしかなかった。

 徒歩で山へ逃げた? ここへやってくることがバレていた?


「違う……」

 何かがおかしい。

 窓の外を見ると、日が落ち始めて茜色になっていた。
 日没まであと少しだ。
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