31 / 87
杖の章
♣5 本の悪魔
しおりを挟む「マルコはね、本の悪魔なの」
「え……?」
ハーブティのお陰で平静を取り戻した悠真だったが、今度は紅莉の言葉に耳を疑ってしまった。
――悪魔。
悪魔と言えば天使と対を成す存在で、人に対して悪さをする架空の存在だ。
少なくとも、のんびりと人間と一緒にお茶を嗜むようなものではない。
それに、なんというか彼は邪悪さを感じられないのだ。
悪魔というよりも、どちらかと言えば天使に近い。美術館に置かれている彫刻のような芸術的な美しさも相まって、一種の神々しさすら感じられてしまう。
だがあの紅莉が、マルコは悪魔なのだという。
多少のオカルト話は信じられるようになってきた悠真だったが、さすがに悪魔はまだ受けれられる余裕は無かった。
「いや、仮に本当にマルコが悪魔だとして……どうして教会に居るんだ?」
悪魔は神に仇なすから悪魔なのだ。神のお膝元とも言える教会に居るのは、いくらなんでも場違いが過ぎる。神を馬鹿にしている、という意味であるならばおかしくはないかもしれないが。
「ボクは神を信じているし、信奉しているからね」
「え……悪魔なのに、か?」
「天使と悪魔は位の違いはあれど、あくまで同格なんだよ。悪魔だけにね」
「マルコ、悠真君の質問に真面目に答えなさいよ」
「えぇ~? ボクは答えられる範囲であれば誠実に答えているよ?」
サラサラと流れる黒髪をかき上げながら、マルコは口で大きな弧を描いた。口紅も塗っていないのに、血のように赤い。あれはきっと、ワザと挑発的な笑みを浮かべて悪者ぶっているのだろう。実にお茶目な悪魔だ。
ただ、悠真もここ数日でこの界隈の人間たちとの接し方を身をもって学んできていた。
決して表面だけで相手を信じてはいけないし、自分をさらけ出しても駄目だ。ボロを出さないよう、身を引き締め直そう。
「ふふふ。まぁ信じなくてもいいけどね。悪魔も神の子なんだよ。違うのは、役目なだけでね」
「へぇ? 役目ね……。じゃあマルコはいったい、どんな役割を持っているんだ?」
「ボクが神様から授かった役目は、人の罪を見届けること。人が罪を犯すのを時に手伝い、人の罪を聞き、そして赦すことさ」
“罪”と聞いて、悠真は閉口してしまった。
思ったよりも、重要な役目じゃないか。
人に罪を犯させる、という点はいただけないが、他の部分はむしろ人類にとって益となる行為だ。むしろ天使がそれを担っていても別段おかしくもない。
それならば、神の子であるという言い分もあながち間違っていない気がする。ただ、それが事実ならば、という前提であるが。
「まぁ、悠真クンは運がいいよ。ボクが直接人の前に姿を現すのは滅多に無いからね。今回は紅莉の紹介だからこうして一緒にお茶をしているけれど」
「マルコは下の懺悔室で人の悩みとかを聞いて、ひとりでニヤニヤ笑っているようなド変態だから。あんまり真に受けなくて大丈夫だからね」
「酷いなぁ。ボクはこの教会の神父として仕事をしているだけなのに」
そういってマルコは空になっていた悠真のカップに、新たなハーブティを綺麗な所作で淹れ直した。悠真はその光景を、複雑な心境で見つめていた。
「ね? 言った通り、変わっている人だったでしょう?」
「いや、変わっているってレベルじゃない気がする。そもそも人じゃないんだろうし」
信じる信じないはともかく。ここは一度、彼が悪魔だと仮定しよう。
害が無ければ死神だっていい。
それよりも紅莉は最初、マルコは“本の悪魔”だと言ったのだ。悠真はその“本の”という部分が気になっていた。
なにしろこの数日の間は、本にまつわることが多かった。
本を探す女。
手相の本を持つ火傷男。
そして紅莉。彼女は、自身も本を持っていると言っていた。
「紅莉。俺にマルコを紹介したってことは、何か本に関連する話を教えてくれるのか?」
すでに自分の分のクッキーを食べ終わっていた紅莉は、マルコの席にあったマドレーヌに手を出し始めていた所だった。彼女は悠真が見事正解を言い当てたことが嬉しかったのか、頬をパンパンにしたままコクコクと頷いた。
「紅莉は食べるのに夢中みだいだし、ボクが直々に悠真クンに説明しようか」
「そうだな。せっかく悪魔が誠実に答えてくれるというんだから、お願いするよ」
「ふふ、良いだろう。そうだな、まずは昔話から始めようか」
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
ゴーストバスター幽野怜
蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。
山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。
そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。
肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性――
悲しい呪いをかけられている同級生――
一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊――
そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王!
ゴーストバスターVS悪霊達
笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける!
現代ホラーバトル、いざ開幕!!
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる