上 下
29 / 87
杖の章

♣3 微笑を浮かべる神父

しおりを挟む
「マジかよ……」

 だが悠真の固い決心も、粉々に打ち砕かれようとしていた。
 彼の前に、強大な敵が現れたのである。


 礼拝堂を通り、二階へと上がった先にある居住スペース。

 そこの小さなキッチンで、それは彼らがやって来るのを待ち構えていた。


「やぁ、紅莉。いらっしゃい」

 ――化け物。

 悠真はそれを最初に見た時、彼をそう表現した。

 穏やかに挨拶をした化け物は椅子に座り、優雅にティータイムを楽しんでいる所だった。

 ……化け物と言っても、それは人間の容姿をしていた。それも、恐ろしいほど整った顔の。


「今日はよろしく、マルコ」
「ふふふ。承知いたしておりますよ、御主人様」
「その呼び方、次にやったら絶対に許さないからね!?」
「おぉ、こわいこわい」

 マルコというらしい、黒の神父服を着た男はちっとも怖がってはいない様子で、カモミールの香りが薫るハーブティーに口を付けた。

 見た目の歳は二十代ぐらい。鴉のように真っ黒な髪。それなのに顔は日本人離れしている。名前からして日本人じゃないのだから、きっと外国の人間なのだろう。

 甘ったるい台詞やキザったらしい仕草も、イケメンがやるとこうもサマになるのか。悠真は少し感心した様子でマルコを見つめていた。


「ふぅん、君が悠真クンかぁ……」
「どうも、はじめまして」

 どうやらマルコは悠真のことを知っていたらしい。この部屋に入ってからコロコロと表情を変える少年の顔を見て、マルコは嬉しそうに目を細めた。


「……罪の匂いがしない。いいねぇ、こういう生まれたばかりの無垢な人間が、いったいどんな罪に染まっていくのか……ふふ、是非とも味わってみたい」
「えっ、ちょ……なに!?」

 ゾクゾクっと背筋を嫌なモノが流れた悠真は、紅莉に助けを求める。

 追い打ちをかけるようにマルコはチロ、と真っ赤な舌を唇から出した。どこか蠱惑的で、不思議な色気を感じる仕草だ。


「はぁ、これだから会わせるのが嫌だったのよ。気を付けて、悠真君。マルコは本当に見境ないから」
「はあっ!? いやだって、コイツは男なんだろ!?」

 初対面でコイツ呼ばわりをしてしまったが、今はそれどころではない。
 まだ童貞も捨てていないのに、命の次は貞操の危機だなんてどんな悲劇だ。

 金切り声を上げた悠真を見て更に機嫌を良くしたのか、マルコは音も無く立ち上がると、彼に近寄り耳元でこう囁いた。


「ボクは女かもしれないよ? どう、試してみるかい?」
「んなっ!?」

 胸元に人差し指をツンと差され、そのまま弧を描くように撫でまわされた。
 さっきは背筋だけだったが、今度は全身を鳥肌が襲う。

 この感覚は、あの兎トートバッグ女に襲われた時に似ていた。


 いったい何を言い出すのだ、この男は。
 いや、神父服を着ているせいで男だと思っていたが、それも怪しい。
 顔が整い過ぎているし、肩幅が細くて胴周りはスレンダーだ。おまけに中性的な声をしているから、実は男の恰好をした女だと言われたら……うん、納得してしまいそうだ。


「ちょっと、マルコ!? いい加減にしなさいよ!」
「えぇ? だって面白んだもん、彼~」
「それ以上やったら、貴方を消すわよ?」
「……それは勘弁してほしいなぁ」

 相変わらずヘラヘラとしているマルコだったが、「消す」という単語を聞いた瞬間に両手を挙げて降参ポーズになった。

 あの優しい紅莉が生きている人間を消せるわけがない。きっと冗談なんだろうけれど……。

 紅莉のドスの効いた声を聞いた悠真は、それ以上深くは聞けなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

DEATHGAME~裏切りと信念の姫~

ひいらぎななみ
ホラー
舞台は変哲なことなどない都内。それぞれが代わり映えのない日々を過ごしていると、突然謎の集団に襲われ、とある施設に誘拐された。 「最初の試練」を乗り越えた、何の関連性もない人達が広い場所に集められ、こう宣言される。 「本当の「デスゲーム」を始めましょう!」 ユウヤは、みんなを守ることを誓う。しかし、一緒に行動しているうちにスズエの様子がおかしいことに気付いた。どこか、ソワソワしているようで落ち着きがないように見える。 そのことに違和感を覚えつつ協力して進んでいくが、不安は拭いきれず少しずつ信用と同時に疑念も生まれてくる。 スズエは、このデスゲームがどうして行われるのか知っていた。彼女はデスゲームが始まった時には既に、とある覚悟を決めていた。 彼らは主催者側であるルイスマに「裏切り者がいる」と言われ、疑心暗鬼になりながら進んでいく。探索に始まり、怪物達との生死をかけたミニゲーム、幼馴染との再会、人形となった死んだ人達との合流と探索……裏切り者の話など忘れかけていたところで、事態は動き出した。 裏切り者の正体は誰なのか?何を持って「裏切り者」と呼ばれていたのか?それを知った時、ユウヤ達がとった選択は? 本編とはまた違った、裏切り者を探すデスゲームの物語が幕を開く。

【全64話完結済】彼女ノ怪異談ハ不気味ナ野薔薇ヲ鳴カセルPrologue

野花マリオ
ホラー
石山県野薔薇市に住む彼女達は新たなホラーを広めようと仲間を増やしてそこで怪異談を語る。 前作から20年前の200X年の舞台となってます。 ※この作品はフィクションです。実在する人物、事件、団体、企業、名称などは一切関係ありません。 完結しました。 表紙イラストは生成AI

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿

加来 史吾兎
ホラー
 K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。  フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。  華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。  そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。  そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。  果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。

処理中です...