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杖の章
♣3 微笑を浮かべる神父
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「マジかよ……」
だが悠真の固い決心も、粉々に打ち砕かれようとしていた。
彼の前に、強大な敵が現れたのである。
礼拝堂を通り、二階へと上がった先にある居住スペース。
そこの小さなキッチンで、それは彼らがやって来るのを待ち構えていた。
「やぁ、紅莉。いらっしゃい」
――化け物。
悠真はそれを最初に見た時、彼をそう表現した。
穏やかに挨拶をした化け物は椅子に座り、優雅にティータイムを楽しんでいる所だった。
……化け物と言っても、それは人間の容姿をしていた。それも、恐ろしいほど整った顔の。
「今日はよろしく、マルコ」
「ふふふ。承知いたしておりますよ、御主人様」
「その呼び方、次にやったら絶対に許さないからね!?」
「おぉ、こわいこわい」
マルコというらしい、黒の神父服を着た男はちっとも怖がってはいない様子で、カモミールの香りが薫るハーブティーに口を付けた。
見た目の歳は二十代ぐらい。鴉のように真っ黒な髪。それなのに顔は日本人離れしている。名前からして日本人じゃないのだから、きっと外国の人間なのだろう。
甘ったるい台詞やキザったらしい仕草も、イケメンがやるとこうもサマになるのか。悠真は少し感心した様子でマルコを見つめていた。
「ふぅん、君が悠真クンかぁ……」
「どうも、はじめまして」
どうやらマルコは悠真のことを知っていたらしい。この部屋に入ってからコロコロと表情を変える少年の顔を見て、マルコは嬉しそうに目を細めた。
「……罪の匂いがしない。いいねぇ、こういう生まれたばかりの無垢な人間が、いったいどんな罪に染まっていくのか……ふふ、是非とも味わってみたい」
「えっ、ちょ……なに!?」
ゾクゾクっと背筋を嫌なモノが流れた悠真は、紅莉に助けを求める。
追い打ちをかけるようにマルコはチロ、と真っ赤な舌を唇から出した。どこか蠱惑的で、不思議な色気を感じる仕草だ。
「はぁ、これだから会わせるのが嫌だったのよ。気を付けて、悠真君。マルコは本当に見境ないから」
「はあっ!? いやだって、コイツは男なんだろ!?」
初対面でコイツ呼ばわりをしてしまったが、今はそれどころではない。
まだ童貞も捨てていないのに、命の次は貞操の危機だなんてどんな悲劇だ。
金切り声を上げた悠真を見て更に機嫌を良くしたのか、マルコは音も無く立ち上がると、彼に近寄り耳元でこう囁いた。
「ボクは女かもしれないよ? どう、試してみるかい?」
「んなっ!?」
胸元に人差し指をツンと差され、そのまま弧を描くように撫でまわされた。
さっきは背筋だけだったが、今度は全身を鳥肌が襲う。
この感覚は、あの兎トートバッグ女に襲われた時に似ていた。
いったい何を言い出すのだ、この男は。
いや、神父服を着ているせいで男だと思っていたが、それも怪しい。
顔が整い過ぎているし、肩幅が細くて胴周りはスレンダーだ。おまけに中性的な声をしているから、実は男の恰好をした女だと言われたら……うん、納得してしまいそうだ。
「ちょっと、マルコ!? いい加減にしなさいよ!」
「えぇ? だって面白んだもん、彼~」
「それ以上やったら、貴方を消すわよ?」
「……それは勘弁してほしいなぁ」
相変わらずヘラヘラとしているマルコだったが、「消す」という単語を聞いた瞬間に両手を挙げて降参ポーズになった。
あの優しい紅莉が生きている人間を消せるわけがない。きっと冗談なんだろうけれど……。
紅莉のドスの効いた声を聞いた悠真は、それ以上深くは聞けなかった。
だが悠真の固い決心も、粉々に打ち砕かれようとしていた。
彼の前に、強大な敵が現れたのである。
礼拝堂を通り、二階へと上がった先にある居住スペース。
そこの小さなキッチンで、それは彼らがやって来るのを待ち構えていた。
「やぁ、紅莉。いらっしゃい」
――化け物。
悠真はそれを最初に見た時、彼をそう表現した。
穏やかに挨拶をした化け物は椅子に座り、優雅にティータイムを楽しんでいる所だった。
……化け物と言っても、それは人間の容姿をしていた。それも、恐ろしいほど整った顔の。
「今日はよろしく、マルコ」
「ふふふ。承知いたしておりますよ、御主人様」
「その呼び方、次にやったら絶対に許さないからね!?」
「おぉ、こわいこわい」
マルコというらしい、黒の神父服を着た男はちっとも怖がってはいない様子で、カモミールの香りが薫るハーブティーに口を付けた。
見た目の歳は二十代ぐらい。鴉のように真っ黒な髪。それなのに顔は日本人離れしている。名前からして日本人じゃないのだから、きっと外国の人間なのだろう。
甘ったるい台詞やキザったらしい仕草も、イケメンがやるとこうもサマになるのか。悠真は少し感心した様子でマルコを見つめていた。
「ふぅん、君が悠真クンかぁ……」
「どうも、はじめまして」
どうやらマルコは悠真のことを知っていたらしい。この部屋に入ってからコロコロと表情を変える少年の顔を見て、マルコは嬉しそうに目を細めた。
「……罪の匂いがしない。いいねぇ、こういう生まれたばかりの無垢な人間が、いったいどんな罪に染まっていくのか……ふふ、是非とも味わってみたい」
「えっ、ちょ……なに!?」
ゾクゾクっと背筋を嫌なモノが流れた悠真は、紅莉に助けを求める。
追い打ちをかけるようにマルコはチロ、と真っ赤な舌を唇から出した。どこか蠱惑的で、不思議な色気を感じる仕草だ。
「はぁ、これだから会わせるのが嫌だったのよ。気を付けて、悠真君。マルコは本当に見境ないから」
「はあっ!? いやだって、コイツは男なんだろ!?」
初対面でコイツ呼ばわりをしてしまったが、今はそれどころではない。
まだ童貞も捨てていないのに、命の次は貞操の危機だなんてどんな悲劇だ。
金切り声を上げた悠真を見て更に機嫌を良くしたのか、マルコは音も無く立ち上がると、彼に近寄り耳元でこう囁いた。
「ボクは女かもしれないよ? どう、試してみるかい?」
「んなっ!?」
胸元に人差し指をツンと差され、そのまま弧を描くように撫でまわされた。
さっきは背筋だけだったが、今度は全身を鳥肌が襲う。
この感覚は、あの兎トートバッグ女に襲われた時に似ていた。
いったい何を言い出すのだ、この男は。
いや、神父服を着ているせいで男だと思っていたが、それも怪しい。
顔が整い過ぎているし、肩幅が細くて胴周りはスレンダーだ。おまけに中性的な声をしているから、実は男の恰好をした女だと言われたら……うん、納得してしまいそうだ。
「ちょっと、マルコ!? いい加減にしなさいよ!」
「えぇ? だって面白んだもん、彼~」
「それ以上やったら、貴方を消すわよ?」
「……それは勘弁してほしいなぁ」
相変わらずヘラヘラとしているマルコだったが、「消す」という単語を聞いた瞬間に両手を挙げて降参ポーズになった。
あの優しい紅莉が生きている人間を消せるわけがない。きっと冗談なんだろうけれど……。
紅莉のドスの効いた声を聞いた悠真は、それ以上深くは聞けなかった。
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