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剣の章
♤26 生フランクフルト
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「なんなのよぉ、知らないわよぉ……!!」
誰にも邪魔されることの無い、彼女だけの世界。そのはずだったのに、今では日々子という異物が紛れ込んでいる。
男を魅了するためのメイクは今、涙で歪んでしまっていた。
それもそうだろう、目の前に死神が立っているのだから。
部屋に充満していた甘ったるい香水とは別の刺激臭が漂い始める。
「占星術を纏めた本……貴女が持っていたのは知っているわ」
見た目や口調とは裏腹の、清涼な声。
日々子は顔を女に向けたまま、視線だけを部屋の壁へと移動させた。その先には占星術で使うホロスコープが飾られていた。
「う、あ……アレはもう私の手元には無いわよ!」
何かが思い当たったのか、女は焦ったように叫ぶ。
「どうして……?」
「売ったからよ! 中身はもう覚えたし、アプリがあれば占い自体はできんのよ! キャバの方が店に太客が来るし、お金はそっちのが儲かるし!!」
「ここに、無い……?」
誤魔化すつもりは、本当に無かったのだろう。
彼女にとって、その本とは大事なモノでは無かったのだ。日々子に言われるまで、すっかり忘れていたほどに。
あくまで占いは金稼ぎの道具。
他に代用できるツールがあるのなら、本に価値を感じられなかった。
「なに、お金が目的? 残念だったわね、高額で売れたけどもう使っちゃったわよ」
だが、あくまでもそれは彼女にとっての話だ。
本が無いと言えば、自分には用はないはずと踏んでの発言だった。
しかし、それはまったくの逆効果にしかならなかった。
目の前に居る異様な女にとっては、本を手放すというのは神を捨てる行為そのものだったのだから。
「どこに売ったの?」
「知らないわよ、ネットオークションで売ったんだもん! 相手のことなんて分かるわけないじゃない!」
女は日々子が怒っていることにも気付いていない。
「どっかのメンヘラが買ったんじゃないの」とか「もっとふっかけてやれば良かった」などとペラペラと聞いてもいない情報を喋り出していた。
「そう……じゃあ、別の方の用件を済ませちゃうわね」
「だからさっさと帰っ――え?」
「あなた、啓介と浮気してたわよね?」
「は? 啓介と浮気って……あ、アンタまさか……!」
そこでようやく、女は日々子の正体に気が付いた。
カレイドスコープ代表、槌金啓介。
女にとって彼は所属していた団体のトップであり、客のうちの一人だった。
彼女をこの業界に誘ったのも啓介だったし、親よりもよっぽど世話になった恩人でもある。
それは仕事を斡旋してもらったという意味でもそうだし、女の悦びを教えたという点でもそうだろう。男は身体さえ貸せば大金をもたらしてくれるというのは、彼女の中で一番の教えだった。
そんな啓介には、日々子という一番のお気に入りが居たようだった。
しかし根っからの遊び人である彼が、女ひとりで満足するわけがないというのは良く分かっていた。だから彼女も連絡も取り合っていたし、商売の女を紹介することもあった。
ただ、最近ではその頻度も減り、女も啓介のことを忘れかけていたところだった。
部屋に侵入してきた女は今「啓介と浮気」と言った。
つまり、この女が啓介を殺した犯人だ、ということである。
「あ、アタシを殺しに来たっていうの!?」
「うふふっ。別に私は、貴女に恨みなんか無いわよ?」
「じゃ、じゃあ助けてよっ……!」
「でもね、あの人に捧げるなら丁度いいかなって」
「……は?」
日々子は慈愛に満ちた顔で、肩にかけっぱなしだったトートバッグのファスナーを開いた。
そして何かが入ったコンビニ袋を取り出した。
その瞬間、部屋に新たな異臭が溢れ出す。
それは生ごみを三角コーナーで数日放置したような、酷い臭いだった。
「うえっ……な、なにをする気なのよ……」
日々子はビニール袋の中に手を突っ込み、何かを取り出した。
「ねぇ、貴女。お腹空いていないかしら? 私、フランクフルトを作ってみたの。うふふっ。そういうのお好きでしょう?」
「は? え、それ……なんなのよ、それは!?」
日々子が手に持っていたのは、割りばしのような木の串に刺さったどす黒いナニカ。
とてもじゃないが、フランクフルトとは思えない見た目をしている。
更には何かドロっとした液体がポタポタと滴っており、異臭もそこから漂っているようだ。
女は思わず腕で顔を覆いながら、ズルズルと後退った。
「逃げないでよぉ……」
「い、いや……お願い……」
ガツン、とベランダへ続く窓にぶつかる音がした。それ以上、逃げ場は無い。
女ができるのは、もはや命乞いだけだった。
もちろん、日々子はそんなものは受け入れない。
彼女は空いていた左手でバッグから黒い本を取り出すと、女の影を奪って拘束し始めた。
「ひっ!? う、ごけな……」
「はーい。あぁんして~」
「いや、やめて……」
「あぁんしなさいって言っているでしょうがぁああ!!!!」
涙をポロポロと流す女に近寄り、喉元を足で抑え込んだ。
そして無理やり女の口に啓介の肉片を突っ込むと、そのまま口内をグイグイと犯し始めた。
「ぐぇ、やめっ……あっあふっ、ごぁ」
「ほらほらほらァ~!!」
「あっ、ごほ。ぐぇ」
日々子の華奢な見た目からは想像もできない、非常に強い力では女も抵抗しようが無かった。
そして遂に、串の先端が女の喉元を突き裂いた。
「ふ、ふふ……」
そのまま女が動かなくなるまで、日々子は女を踏みつけたまま。
啓介の時のように、絶頂でしばらく身体を震わせていた。
誰にも邪魔されることの無い、彼女だけの世界。そのはずだったのに、今では日々子という異物が紛れ込んでいる。
男を魅了するためのメイクは今、涙で歪んでしまっていた。
それもそうだろう、目の前に死神が立っているのだから。
部屋に充満していた甘ったるい香水とは別の刺激臭が漂い始める。
「占星術を纏めた本……貴女が持っていたのは知っているわ」
見た目や口調とは裏腹の、清涼な声。
日々子は顔を女に向けたまま、視線だけを部屋の壁へと移動させた。その先には占星術で使うホロスコープが飾られていた。
「う、あ……アレはもう私の手元には無いわよ!」
何かが思い当たったのか、女は焦ったように叫ぶ。
「どうして……?」
「売ったからよ! 中身はもう覚えたし、アプリがあれば占い自体はできんのよ! キャバの方が店に太客が来るし、お金はそっちのが儲かるし!!」
「ここに、無い……?」
誤魔化すつもりは、本当に無かったのだろう。
彼女にとって、その本とは大事なモノでは無かったのだ。日々子に言われるまで、すっかり忘れていたほどに。
あくまで占いは金稼ぎの道具。
他に代用できるツールがあるのなら、本に価値を感じられなかった。
「なに、お金が目的? 残念だったわね、高額で売れたけどもう使っちゃったわよ」
だが、あくまでもそれは彼女にとっての話だ。
本が無いと言えば、自分には用はないはずと踏んでの発言だった。
しかし、それはまったくの逆効果にしかならなかった。
目の前に居る異様な女にとっては、本を手放すというのは神を捨てる行為そのものだったのだから。
「どこに売ったの?」
「知らないわよ、ネットオークションで売ったんだもん! 相手のことなんて分かるわけないじゃない!」
女は日々子が怒っていることにも気付いていない。
「どっかのメンヘラが買ったんじゃないの」とか「もっとふっかけてやれば良かった」などとペラペラと聞いてもいない情報を喋り出していた。
「そう……じゃあ、別の方の用件を済ませちゃうわね」
「だからさっさと帰っ――え?」
「あなた、啓介と浮気してたわよね?」
「は? 啓介と浮気って……あ、アンタまさか……!」
そこでようやく、女は日々子の正体に気が付いた。
カレイドスコープ代表、槌金啓介。
女にとって彼は所属していた団体のトップであり、客のうちの一人だった。
彼女をこの業界に誘ったのも啓介だったし、親よりもよっぽど世話になった恩人でもある。
それは仕事を斡旋してもらったという意味でもそうだし、女の悦びを教えたという点でもそうだろう。男は身体さえ貸せば大金をもたらしてくれるというのは、彼女の中で一番の教えだった。
そんな啓介には、日々子という一番のお気に入りが居たようだった。
しかし根っからの遊び人である彼が、女ひとりで満足するわけがないというのは良く分かっていた。だから彼女も連絡も取り合っていたし、商売の女を紹介することもあった。
ただ、最近ではその頻度も減り、女も啓介のことを忘れかけていたところだった。
部屋に侵入してきた女は今「啓介と浮気」と言った。
つまり、この女が啓介を殺した犯人だ、ということである。
「あ、アタシを殺しに来たっていうの!?」
「うふふっ。別に私は、貴女に恨みなんか無いわよ?」
「じゃ、じゃあ助けてよっ……!」
「でもね、あの人に捧げるなら丁度いいかなって」
「……は?」
日々子は慈愛に満ちた顔で、肩にかけっぱなしだったトートバッグのファスナーを開いた。
そして何かが入ったコンビニ袋を取り出した。
その瞬間、部屋に新たな異臭が溢れ出す。
それは生ごみを三角コーナーで数日放置したような、酷い臭いだった。
「うえっ……な、なにをする気なのよ……」
日々子はビニール袋の中に手を突っ込み、何かを取り出した。
「ねぇ、貴女。お腹空いていないかしら? 私、フランクフルトを作ってみたの。うふふっ。そういうのお好きでしょう?」
「は? え、それ……なんなのよ、それは!?」
日々子が手に持っていたのは、割りばしのような木の串に刺さったどす黒いナニカ。
とてもじゃないが、フランクフルトとは思えない見た目をしている。
更には何かドロっとした液体がポタポタと滴っており、異臭もそこから漂っているようだ。
女は思わず腕で顔を覆いながら、ズルズルと後退った。
「逃げないでよぉ……」
「い、いや……お願い……」
ガツン、とベランダへ続く窓にぶつかる音がした。それ以上、逃げ場は無い。
女ができるのは、もはや命乞いだけだった。
もちろん、日々子はそんなものは受け入れない。
彼女は空いていた左手でバッグから黒い本を取り出すと、女の影を奪って拘束し始めた。
「ひっ!? う、ごけな……」
「はーい。あぁんして~」
「いや、やめて……」
「あぁんしなさいって言っているでしょうがぁああ!!!!」
涙をポロポロと流す女に近寄り、喉元を足で抑え込んだ。
そして無理やり女の口に啓介の肉片を突っ込むと、そのまま口内をグイグイと犯し始めた。
「ぐぇ、やめっ……あっあふっ、ごぁ」
「ほらほらほらァ~!!」
「あっ、ごほ。ぐぇ」
日々子の華奢な見た目からは想像もできない、非常に強い力では女も抵抗しようが無かった。
そして遂に、串の先端が女の喉元を突き裂いた。
「ふ、ふふ……」
そのまま女が動かなくなるまで、日々子は女を踏みつけたまま。
啓介の時のように、絶頂でしばらく身体を震わせていた。
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