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剣の章

♠23 複雑怪奇な乙女心

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「え……?」

 突然立ち上がったかと思えば、大きな声で「お断りします」と拒絶されてしまった。


「どうして? 汐音しおんちゃんのお兄さんも本を持っているんだよ? 他の禍星まがぼしの子たちを探して協力をしないと……」
「お兄様は決してそんな意味不明な女なんかに負けない!!」
「いや、だからソイツは呪術の本を……」

 少し困り顔をした紅莉を見て、汐音はそれを言い訳と取った。彼女は態度を軟化させるどころか、更に声を張り上げて抗議した。


「そうやって理由を付けて、紅莉ちゃんもお兄様に近付こうとしているの!?」

 丁寧な言葉遣いは変わらないままだが、彼女は猛烈に怒っていた。
 さすが兄妹と言ったところだろうか。その姿はどこか、妹の為に怒る洋一に似ていた。


「ちょ、ちょっと待ってよ汐音ちゃん。それはどういうこと?」

 紅莉の言うことも尤もである。身に覚えが無さすぎて、否定よりもまず疑問が湧いた。
 近付く、ということはなにも、物理的な話ではないだろう。


「最近、お兄様に近付いてくる女が居るの。あの女もお兄様と同じ禍星の子だからって……」
「あ、あの……」
「しかも他人の癖にいちいち馴れ馴れしいし、私のことを娘か妹のように扱ってきて……あぁ、なんて目障りな女……!!」
「女……? いや、そうじゃなくて。私は――」

 汐音は独りで勝手にブツブツと喋り始めてしまった。
 紅莉はどう説明したらいいのか分からず、アタフタとしている。

 何故か鞄からさっき貰ったばかりのパイを取り出して渡そうとするも、ペシッと払い落とされてしまった。可哀想に、パイは畳に叩きつけられてバラバラに割れてしまっていた。

 その光景をただ茫然と見ていた悠真だったが、流石に放っておけないと判断した。なるべく彼女を刺激しないよう、なるべく穏やかな口調で話し掛けた。


「あのさ、汐音ちゃん。紅莉は透影とかげになった俺を助けようとして、ここへ来たんだ。コイツは他人の大事な人を奪うような奴じゃないからさ……」
「悠真さんが……透影?」
「そう。俺も紅莉や洋一さんと同じ、禍星の子なんだ」
「あっ、ちょっと悠真君!? それは言っちゃ駄目だよ!」
「え? どうしてだ?」


 せっかく良かれと思って勇気を出して口を挟んだのに。隣りに座る紅莉は悠真を叱るような台詞を吐いた。当然、悠真はその理由が分からない。


「もう、そんな大事な秘密を簡単に言っちゃ駄目! 例え相手がこんなか弱そうな女の子でも、禍星の子だってことは秘密にしなきゃ!」
「え、でも紅莉は俺にすぐカミングアウトしたじゃないか」
「私は悠真君だから言ったの! これは命が掛かっていることなんだからね!?」

 そんなことは分かっている、とは思ったがさすがにここは口をつぐんだ。

 彼女が言いたいのはきっと、そういうことじゃない。
 洋一が懸念していたことを思い出した。教えたことで彼女まで巻き込まれてしまったら、とてもじゃないが責任なんて取れないのだ。


 だがすでに時すでに遅しだ。
 言ってしまった言葉が戻ってくるはずもない。忘れてくれと言ったところで、そんなわけにもいかないだろう。


「もう! 悠真君はもう黙ってて! 汐音ちゃん、ちょっとこっちに」
「え? え、えぇ……」

 紅莉は座布団から立ち上がると、無理やり汐音ちゃんの腕を掴んで布団から引きずり出した。そして、部屋の隅に連れて行ってしまった。
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