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第8話 腹ぺこエルフ、ついに肉を食べる。

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「うへへへへ……」

「ちょっと、ダージュ? いくら嬉しいからって、気持ち悪い声を出さないでよ」

 焚き火の前で胡坐をかいていた俺は、目の前の光景に頬が緩むのを抑えられなかった。

「だってよぉ、セリナ。ようやく念願の肉が食べられるんだぞ? 期待するなって方が難しいぜ」

「その念願のお肉だって、貴方のせいで危うく台無しになるところだったんだからね!?」

 ぷんぷんと怒り散らしながら、セリナは串に刺した肉へ焼き目を丁寧につけていく。

 最初は俺が精霊に火加減の調節をお願いしていたのだが、途中から彼女が俺の精霊言語を真似をすることで、いつの間にか自分で調節できるようになっていた。ドワーフは魔法を使えないって話だったんだが……調理は魔法に入らないからだろうか。

「悪かったって。次は手加減するよ」

「まったく……せっかくの獲物が消し炭になるところだったわよ」

 ちなみにだが、俺たちを襲ってきた土影はすでに討伐済みだ。
 セリナが変形盾で突進を止め、怯んだ隙に俺が炎の精霊魔法で火だるまにして終わり。むしろ『狭い空間で炎魔法を使うな!』と怒るセリナを宥める方が大変だった。

「(その辺は精霊が上手いこと調節してくれるはずなんだけどなぁ……)」

 だがそれを言うとさらに彼女の怒りは燃え上がりそうなので、黙っておく。それにセリナが止めてくれなければ、土影が燃えカスになっていたのは事実だし。

『きゅぴぃ~!』

「はいはい、もう少しで焼きあがるからお前も待っててな~」

 俺の足の上で丸くなっているふわモコの兎が鳴き声を上げる。

 命の危機から助けたからか、精霊獣はすっかり俺たちに懐いてしまった。凄い甘えん坊で、先ほどから『もっと撫でろ』と俺の手に顔を擦り付けてくる。額には小さな黒い角があってチクチクするのだが、その仕草がまた可愛くて思わず顔が綻んでしまう。

「……よしっ、こんなものかしら」

「おおっ、完成か!?」

「はい、どうぞ。まだ熱いから、がっついて火傷しないでね?」

 セリナはクスクスと笑いながら、焼けた串焼きの一本を俺に手渡してくれた。

「い、いただきます」

「いただきまーす」

 俺たちは揃って串焼きにかぶりつく。

「――!? こ、これはっ!」

「んん~っ、美味しい……っ!」

 セリナが肉に何かを振り掛けていると思ったが、しっかりと下味がついている。しかも噛めば噛むほどに、旨み成分が増しているような気さえした。

 そして何といってもこの肉汁だ。豪雨で濡れた服を絞ったときのように、次から次へと溢れ出てくる。それも今まで味わったことのない旨みだ。

「すげぇ……肉ってすげぇ……ひと口食べるごとに、全身の筋肉が喜んでいるみたいだ」

「あはは、ダージュの食レポは随分と大袈裟ね。でも、確かにこの肉は美味しいわ」

「だろ? この肉なら毎日食っても飽きねぇよ!」

 幸いにも巨体だった土影の肉はまだまだある。セリナは食事を進めている間も、次の串焼きに取り掛かってくれていた。そんな彼女に感謝しつつ、俺は初めての肉食を文字通り噛み締めていた。

「なぁ、ところでこの調味料は何なんだ? まさか人間界にはこんな美味いもので溢れているのか?」

「んぐっ……えっと、それはね」

「それは?」

「――それは秘密よ」

「えぇ!?」

 俺は驚愕のあまり、持っていた串を落としそうになる。

「なんでだよ!? 別に教えてくれたっていいだろ?」

「ダメよ。これは私が旅の間で試行錯誤しながら作り上げた、秘伝の香辛料なんだから。オリジナルのスパイスを売り出して、いつの日かスパイス豪邸を建てるのが私の夢なの!」

 セリナはグッと拳を握りしめながら熱く語る。どうやら料理にかける情熱は相当なもののようだ。しかしスパイス豪邸って……。

「だから、他の人には内緒なの。ごめんなさい」

「そっか……まぁ、それなら仕方ないか。でも同じ旅の仲間なんだし、協力できることがあったら遠慮なくいってくれよな」

「えっ!? あ……うん……そうよね、二人旅だしね……」

 何故か彼女は俺の言葉を聞いた途端、急にしおらしい態度になった。

「どうした? 何か変なこと言ったか?」

「い、いえっ! なんでもないわ! それより早く食べないと冷めちゃうわよ?」

「お、おう」

 なんだ? 急に妙な雰囲気になってしまったな。微妙な気まずさを感じながら、次の串焼きに手を付ける。途中で精霊獣が興味を示したので、試しに余っていた肉の切れ端を分け与えてやる。

「……ねぇ、本当にその子を連れていくつもりなの?」

「ん? あぁ。ここまで懐かれちまったら、置いていくわけにもいかないだろ」

「人間界はモンスターが蔓延る場所なのよ? モンスターだけじゃない。もしかすると、この子を狙う悪人が出てくるかもしれないわ」

 美味しそうに肉を食む精霊獣を、セリナは心配そうに見つめる。

「何を弱気なことを言っているんだよ。俺たちには最強のガイド様がついているだろ?」

「もちろん、私が居れば万事解決! ……と言いたいところだけど。あまり人間の悪意を舐めない方が良いわよ?」

「ははは、大丈夫だって。それにいざとなったら俺の風魔法で逃げられるしさ。それにアルをここに置いていったら、また土影みたいな奴に襲われるかもしれないだろ?」

「それはそうかもしれないけど……ってもう名前を付けてるし」

 俺が決めたこの子の名前は、アル=ミラージュ。精霊の言葉で一角兎という意味だ。
 アルはセリナの顔を赤い瞳で見上げたあと、コテンと首を傾げた。

「うっ、あざとい……そんな仕草をされたら、放っておけないじゃないの」

「セリナなら分かってくれると思っていたぜ。な、相棒?」

「きゅぴぃ!」

『任せろ』と言わんばかりに、アルは元気よく鳴いた。

「分かった、分かりました。そこまで言うのなら私も覚悟を決めましょう!」

 セリナは串に刺さった最後の肉に齧り付くと、大きく息を吐いた。

「んぐっ……ふぅ。とりあえず、当面の間は私が貴方たちの面倒を見てあげるわ。それで良いでしょう?」

「おっ、マジで!? 助かるよ!」

「ただし!」

 セリナはビシッと指を差すと、俺に言い聞かせるように言葉を続ける。

「私の言うことは必ず守ること。そして私が許可するまでは、魔法も使わせません!」

「うへぇ……」

「断るなら料理も作らないわよ」

「はいっ! わかりました!」

 俺は勢い良く返事をした。だって、あんなに美味い飯をこれから食べられなくなるなんて耐えられない。

「よろしい。アルもこれからよろしくね」

『きゅぴっ!』

 こうして俺は、初めてできた仲間と精霊獣を手に入れた。

「それにしても、アルはモコモコで可愛いわね~。そうだ、人参があるんだけど食べられるかしら」

 セリナはバッグから人参の切れ端を取り出すと、アルの前に見せてみた。その瞬間。アルが急に興奮し始め、パクンと食べてしまった。

『きゅっ、きゅぴぃいいい!』

「「えっ?」」

 ――ばふんっ!

 突然、煙に包まれたかと思いきや、アルの体が一瞬で巨大で丸っこい兎へと変化した。

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