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第2話 腹ぺこエルフ、好奇心に殺されかける。
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薄暗い洞窟の中。
俺はヒンヤリとした土の床に横たわり、その場から動けなくなっていた。
「腹減った……死ぬ……」
意気揚々とエルフの里を飛び出したまでは良かったものの。妖精の風穴の中は森と違い、食料と言えるものが皆無だった。
幸いにも水精霊から水は分けてもらえる。だけどもちろん、それだけじゃ空腹は満たされなかった。
「ちくしょー。こんなことになるなら、あのクソ不味い世界樹の果実でも良いから持ってくりゃ良かったぜ」
後悔先に立たず。
俺はジジイを恨めしく思うも、すでに里を出てしまった身だ。今さら戻ることもできない。必死に頭を働かせてみるも、何も浮かんではこない。
「くそぉ。こんなところで俺の旅は終わりかぁ……」
空腹のあまり、試しに土を口に含んでみる。当然ながら食べられたものではなく、すぐに吐き出してしまう。そんなことをしているうちに思考が鈍くなり、段々と眠くなってきた。
「ダメだ……もう意識が……」
瞼が重くなって視界が狭まっていく。このまま俺は死ぬのか……と思った次の瞬間。俺は突如として襲ってきた眩しい光に、強制的に起こされることになる。
「うわっ!? なんだ、いきなり!?」
慌てて起き上がり、状況を確認する。
すると、いつの間にか目の前に一人の女性が立っていた。
「あら、起きたのね。こんなところに転がっているから、死体かと思っちゃったわ」
「あ、あんたは……?」
闇に解けそうな漆黒の長い黒髪を後ろにまとめた女性は、俺に向かってにっこりと微笑む。
身軽そうな装いに大きな袋を背負っているが、旅人なのだろうか。でもどうしてこんなところに?
だが俺の疑問に答えることはなく、彼女は金属の籠手を装着した手を差し伸べてきた。どうやら助け起こしてくれるらしい。
彼女は俺より背が小さく、まるで大人と子供のような差があった。
なのに俺が彼女の手を掴むと、一気に引っ張り上げられた。小柄でも信じられないほど力が強い。
立ち上がった俺の全身を、上から下へ舐めるように観察する彼女。やがて満足したのか、今度はじっと顔を見上げてくる。
「私はセリナ。見ての通りドワーフ族よ」
「ドワーフ族?」
「あら、初めて見るのかしら? ……そういえば貴方、珍しい耳をしているわね。獣人族とも違うみたいだけど」
「俺はダージュ。ヴェントの里から来たエルフだ」
互いに相手の種族がイマイチ掴めていないようなので、とりあえず俺も自己紹介をすることにした。すると彼女の目が大きく開かれる。
「エルフ!? うっそ、この世界にも本当に実在したの? って、よく見たらイケメンじゃない! ねぇ魔法は? 精霊に直接話せるって本当?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんなに一辺に聞かれても答えられないって!」
矢継ぎ早に質問してくる彼女に戸惑いつつ、俺はなんとか返事をしていく。
「あ、ごめんなさい。私、興奮しちゃうと周りが見えなくなっちゃうの」
「いや、大丈夫……。それよりどうしてセリナはフェアリーフォールに?」
俺は一番の疑問を投げかけた。自分で言うのもなんだけど、普通の奴はこんな何もない洞窟に来ない。
だがそれを聞いた途端、彼女は顔を曇らせた。
あぁ、何かマズいことを言ってしまったのだろうか。心の中でハラハラしていると、グゥという音が洞窟に鳴り響いた。もちろん、音の正体は俺のお腹。
そういや俺、空腹で死にかけていたんだっけ。恥ずかしさに頬を赤く染めていると、彼女はクスッと笑った。
「ふふ、お腹が減っているみたいだし、まずはご飯を食べましょうか。ちょうど良いものがあるのよ」
「えっ、でも……」
「倒れていたのだって、空腹のせいなんでしょう? 目の前でまた倒られても困るから、遠慮しないで」
「うっ……ありがとう」
「いいのよ。ちょっと待っていてね」
セリナは背負い袋をよいしょ、と地面に置いた。その中に手を突っ込んで葉っぱに包まれた何かを取り出すと、俺に手渡してきた。
「はい、これ。周りの葉を剥いてから食べてみて」
「……いただきます」
渡された丸い包みの匂いをクンクンと嗅いでいると、彼女も一つ手に取って食べ始めた。どうやら食べても安全なものらしい。
さっそく俺は包みを開いて、中に入っていた純白の塊を口の中に放り込む。そしてゆっくりと咀しゃくして、ゴクリと飲み込んだ。
「……美味しい」
その言葉と同時に、俺の両目から勝手にポロポロと透明な液体が溢れ出していた。
「え、えぇ? ど、どうかしたの? もしかして口に合わなかった?」
慌てる彼女を前に、俺は首を横に振る。
「違うんだ。俺、こんなに優しい味の食べ物は初めて食べたから……」
「そう……だったの。でも良かった、喜んでくれて。まだたくさんあるから、どんどん食べていいわよ」
「うん、ありが……とう……」
涙を拭いながら、俺は貰った白い塊を口いっぱいに詰めていく。それは世界樹の果実よりも遥かに甘く、今までに感じたことのない優しさに満ちていた。
次々と夢中になって頬張る俺を、セリナは静かに見守ってくれた。そうして食事を終えた俺は、彼女に改めてお礼を言う。
「ご馳走様でした。こんなに旨い飯を食ったのは、生まれて初めての経験だ」
「ホントに!? 美味しいってウソじゃないわよね!?」
素直に感想を述べていると彼女は突然、俺の両手を握ってきた。ビックリして心臓が止まりそうになったが、何とか平静を装う。
そんな俺の様子には気付かず、彼女は真剣な表情で見つめてきた。顔が近い。息が掛かりそうだ。
「あ、あぁ。噛めば噛むほど甘さがにじみ出てくるし、優しい味わいだったよ。毎日でも食べたいぐらいだ」
「はぁあ~、良かったぁ……!」
「そんなに安心するほどのことなのか?」
まさか失敗作? いや、それにしては美味すぎるし……。
動揺する俺のことなどお構いなしの彼女は、さらに言葉を続ける。
「これはオニギリっていうのよ。故郷で食べられていたもので、私の大好物なの。あとは味噌汁とかお漬物なんかも作れば完璧なんだけれど、今は材料が無いから我慢してちょうだい」
「ミソシル? ツケモノ?」
「そうそう。作り方は簡単だけど、材料がちょっと特殊でね。三日月大陸を旅をしているうちに、偶然見つけたものなの」
へぇ、そういうものなのか。やっぱり世界には俺の知らない食材で溢れているんだな!
コメの希少性はいまいちピンと来なかったが、彼女が嬉しそうだからまぁいいかと思った。それよりも――。
「なぁ、セリナは料理人なのか?」
「え? ど、どうしてかしら?」
「だってこんなに美味いモンを作れるんなら、プロの料理人なんだろ? もし良かったら、俺専属の料理人になってくれないか!?」
俺はヒンヤリとした土の床に横たわり、その場から動けなくなっていた。
「腹減った……死ぬ……」
意気揚々とエルフの里を飛び出したまでは良かったものの。妖精の風穴の中は森と違い、食料と言えるものが皆無だった。
幸いにも水精霊から水は分けてもらえる。だけどもちろん、それだけじゃ空腹は満たされなかった。
「ちくしょー。こんなことになるなら、あのクソ不味い世界樹の果実でも良いから持ってくりゃ良かったぜ」
後悔先に立たず。
俺はジジイを恨めしく思うも、すでに里を出てしまった身だ。今さら戻ることもできない。必死に頭を働かせてみるも、何も浮かんではこない。
「くそぉ。こんなところで俺の旅は終わりかぁ……」
空腹のあまり、試しに土を口に含んでみる。当然ながら食べられたものではなく、すぐに吐き出してしまう。そんなことをしているうちに思考が鈍くなり、段々と眠くなってきた。
「ダメだ……もう意識が……」
瞼が重くなって視界が狭まっていく。このまま俺は死ぬのか……と思った次の瞬間。俺は突如として襲ってきた眩しい光に、強制的に起こされることになる。
「うわっ!? なんだ、いきなり!?」
慌てて起き上がり、状況を確認する。
すると、いつの間にか目の前に一人の女性が立っていた。
「あら、起きたのね。こんなところに転がっているから、死体かと思っちゃったわ」
「あ、あんたは……?」
闇に解けそうな漆黒の長い黒髪を後ろにまとめた女性は、俺に向かってにっこりと微笑む。
身軽そうな装いに大きな袋を背負っているが、旅人なのだろうか。でもどうしてこんなところに?
だが俺の疑問に答えることはなく、彼女は金属の籠手を装着した手を差し伸べてきた。どうやら助け起こしてくれるらしい。
彼女は俺より背が小さく、まるで大人と子供のような差があった。
なのに俺が彼女の手を掴むと、一気に引っ張り上げられた。小柄でも信じられないほど力が強い。
立ち上がった俺の全身を、上から下へ舐めるように観察する彼女。やがて満足したのか、今度はじっと顔を見上げてくる。
「私はセリナ。見ての通りドワーフ族よ」
「ドワーフ族?」
「あら、初めて見るのかしら? ……そういえば貴方、珍しい耳をしているわね。獣人族とも違うみたいだけど」
「俺はダージュ。ヴェントの里から来たエルフだ」
互いに相手の種族がイマイチ掴めていないようなので、とりあえず俺も自己紹介をすることにした。すると彼女の目が大きく開かれる。
「エルフ!? うっそ、この世界にも本当に実在したの? って、よく見たらイケメンじゃない! ねぇ魔法は? 精霊に直接話せるって本当?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんなに一辺に聞かれても答えられないって!」
矢継ぎ早に質問してくる彼女に戸惑いつつ、俺はなんとか返事をしていく。
「あ、ごめんなさい。私、興奮しちゃうと周りが見えなくなっちゃうの」
「いや、大丈夫……。それよりどうしてセリナはフェアリーフォールに?」
俺は一番の疑問を投げかけた。自分で言うのもなんだけど、普通の奴はこんな何もない洞窟に来ない。
だがそれを聞いた途端、彼女は顔を曇らせた。
あぁ、何かマズいことを言ってしまったのだろうか。心の中でハラハラしていると、グゥという音が洞窟に鳴り響いた。もちろん、音の正体は俺のお腹。
そういや俺、空腹で死にかけていたんだっけ。恥ずかしさに頬を赤く染めていると、彼女はクスッと笑った。
「ふふ、お腹が減っているみたいだし、まずはご飯を食べましょうか。ちょうど良いものがあるのよ」
「えっ、でも……」
「倒れていたのだって、空腹のせいなんでしょう? 目の前でまた倒られても困るから、遠慮しないで」
「うっ……ありがとう」
「いいのよ。ちょっと待っていてね」
セリナは背負い袋をよいしょ、と地面に置いた。その中に手を突っ込んで葉っぱに包まれた何かを取り出すと、俺に手渡してきた。
「はい、これ。周りの葉を剥いてから食べてみて」
「……いただきます」
渡された丸い包みの匂いをクンクンと嗅いでいると、彼女も一つ手に取って食べ始めた。どうやら食べても安全なものらしい。
さっそく俺は包みを開いて、中に入っていた純白の塊を口の中に放り込む。そしてゆっくりと咀しゃくして、ゴクリと飲み込んだ。
「……美味しい」
その言葉と同時に、俺の両目から勝手にポロポロと透明な液体が溢れ出していた。
「え、えぇ? ど、どうかしたの? もしかして口に合わなかった?」
慌てる彼女を前に、俺は首を横に振る。
「違うんだ。俺、こんなに優しい味の食べ物は初めて食べたから……」
「そう……だったの。でも良かった、喜んでくれて。まだたくさんあるから、どんどん食べていいわよ」
「うん、ありが……とう……」
涙を拭いながら、俺は貰った白い塊を口いっぱいに詰めていく。それは世界樹の果実よりも遥かに甘く、今までに感じたことのない優しさに満ちていた。
次々と夢中になって頬張る俺を、セリナは静かに見守ってくれた。そうして食事を終えた俺は、彼女に改めてお礼を言う。
「ご馳走様でした。こんなに旨い飯を食ったのは、生まれて初めての経験だ」
「ホントに!? 美味しいってウソじゃないわよね!?」
素直に感想を述べていると彼女は突然、俺の両手を握ってきた。ビックリして心臓が止まりそうになったが、何とか平静を装う。
そんな俺の様子には気付かず、彼女は真剣な表情で見つめてきた。顔が近い。息が掛かりそうだ。
「あ、あぁ。噛めば噛むほど甘さがにじみ出てくるし、優しい味わいだったよ。毎日でも食べたいぐらいだ」
「はぁあ~、良かったぁ……!」
「そんなに安心するほどのことなのか?」
まさか失敗作? いや、それにしては美味すぎるし……。
動揺する俺のことなどお構いなしの彼女は、さらに言葉を続ける。
「これはオニギリっていうのよ。故郷で食べられていたもので、私の大好物なの。あとは味噌汁とかお漬物なんかも作れば完璧なんだけれど、今は材料が無いから我慢してちょうだい」
「ミソシル? ツケモノ?」
「そうそう。作り方は簡単だけど、材料がちょっと特殊でね。三日月大陸を旅をしているうちに、偶然見つけたものなの」
へぇ、そういうものなのか。やっぱり世界には俺の知らない食材で溢れているんだな!
コメの希少性はいまいちピンと来なかったが、彼女が嬉しそうだからまぁいいかと思った。それよりも――。
「なぁ、セリナは料理人なのか?」
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