上 下
33 / 45
ヘリオス王国編

第33話 こぼれ話③

しおりを挟む
 

 ここはトリメアって呼ばれている、潮風が薫る港街。

 いつもは市場があって賑やかだけれど、昨日襲ってきたモンスターのせいで今は人通りも無いみたい。


 僕はあんまり人混みは得意じゃないけど、こんな日は絶好の散歩日和だね!

 なにより今は冴えない僕のご主人様や、やたら構ってくるあの人、僕のご飯をいつも狙ってくるアイツもいないんだ。
 だから今回は僕だけで冒険だ!

 ……って思ってたんだけどなぁ。

「なんじゃ、お主はアキラの犬ではないか。こんなところで何をしておる」


 あのおさかなレジーナさんに見つかっちゃった。


「ん? アキラは居らんのか。せっかく我のとっておきを披露してやろうと思うたのに。……仕方ない。其方そなた、たしか名をアンと言うたか? 我に少し付き合え」


 えぇーーっ。いやだよぉ。これからこの街のかわい子めすいぬちゃん巡りをしようと思ったのに。
 こんな魚と居たんじゃ、猫ちゃんしか寄ってこないじゃないか。

 ……猫でもいいか。


「なんじゃ、急に擦り寄ってきよって。くっ、くすぐったいから舐めるでない! 我は餌じゃないぞ!? やっやめ……おいッッ!!」


 ふぅ、仕方がないからついて行こうじゃないか。
 あ、煮干し食べたいなぁ。


 ◆◆◇◇

「数十年振りに参ったが、まだやっておったようじゃの」


 市場のある通りを避けて、人気ひとけの無い裏通りの建物に連れこまれちゃった。

 なんだか薄暗いけど、人は居るみたい?
 カウンターといくつかテーブル座席はあるから……お店かな?
 それに……くんくんっ。


「……いらっしゃい」

「ああ、久しぶりじゃの。今回はそうだな、ココからソコまで一つ……いや、二つずつくれ」


 おさかなレジーナさんは、シャツとベストを着たスキンヘッドの男にカウンターで何かを注文した。そのあと僕たちは、近くにあったテーブルに座ることにした。

 それより、さっきからするこの匂いって……


「……どうぞ」

「むほーっ! これじゃこれ! もぐもぐっ……んんっ、美味いっ。やはりここのは最高じゃな!」


 そうだ、ケーキだ!
 ご主人様の居た世界で見た、甘い匂いのおやつ!
 僕は犬だったから食べられなかった、憧れのアレだ!


「んん~っ。この舌を蕩かすような、ネットリとした野菜の優しい甘さ! ザクザクとした粗塩の食感も楽しいのぅ。しかもそれが甘さを引き立てておる。このパンプキンケーキは見事じゃ!」


 ムムムッ。このおさかな、テーブルに山盛りになったケーキをすごい速さで食べている! しかも自分だけ食べるなんてずるい!! 


「……喰え」


 ――コトンッ

 ほわぁあぁ!? このスキンヘッドの店員さん、僕にもくれるの?
 え、犬でも食べられる特別製? カボチャやニンジンが材料だから健康的? やったぁ!!

 もぐもぐ、バクバクバク……


「ちょ、ちょっとアンよ。我にもそっちのケーキをひと口寄越せ。というか海の女王である我に全て献上せよ……っああ!? それは我のケーキだ!」

 うるさいなぁ、生意気なことばかり言っているとこうだぞ!

「横取りはやめよ! ダメっ、まだ我も食べてないのに丸飲みするなぁぁ!! せめて交換!! やめっ、やめてぇえぇ!!」



 ◆◆◇◇


「……ううっ、ぐすっ。ひどいよぉ。我のっ、我の大事なケーキがぁ……滅多に食べられないのにっ」


 プフゥ~!! あぁ、お腹いっぱい。
 ハゲの人、ありがとう。ハゲなのに中々やるんだね。
 なんだか魚が隣の席でピチピチと煩かったけど。

 でもなんでこの世界にケーキがあるんだろう? ……まぁ美味しかったから細かいことはいいか。さぁ~って、お魚の用事には十分付き合ってあげたし、帰ろうっと!


「うううぅ、我へのご褒美ケーキじゃったのに……まっ、待て! 何処へ行くのじゃ!」

 ……もう、うるさいなぁ。

 お腹も膨れたら眠くなっちゃった。
 散歩が終わったら、ご主人様のところに戻ってお昼寝しようっと。
 たくさんケーキをくれて嬉しかったよ、ありがとう!
 またよろしくねー!!

「な、なんじゃマスター!? その手を離せ! ケーキ泥棒が逃げてしまう!!」

「……お代」

「えっ? えぇぇええぇえ!?」

「あの犬っころの分も含めてな」

「うそじゃろぉおぉおおお!?」


 *  *  *  *

 注:実際の犬にはペット専用の食べ物をあげましょう!


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

排泄時に幼児退行しちゃう系便秘彼氏

mm
ファンタジー
便秘の彼氏(瞬)をもつ私(紗歩)が彼氏の排泄を手伝う話。 排泄表現多数あり R15

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

異世界のんびり料理屋経営

芽狐
ファンタジー
主人公は日本で料理屋を経営している35歳の新垣拓哉(あらかき たくや)。 ある日、体が思うように動かず今にも倒れそうになり、病院で検査した結果末期癌と診断される。 それなら最後の最後まで料理をお客様に提供しようと厨房に立つ。しかし体は限界を迎え死が訪れる・・・ 次の瞬間目の前には神様がおり「異世界に赴いてこちらの住人に地球の料理を食べさせてほしいのじゃよ」と言われる。 人間・エルフ・ドワーフ・竜人・獣人・妖精・精霊などなどあらゆる種族が訪れ食でみんなが幸せな顔になる物語です。 「面白ければ、お気に入り登録お願いします」

じいちゃんから譲られた土地に店を開いた。そしたら限界集落だった店の周りが都会になっていた。

ゆうらしあ
ファンタジー
死ぬ間際、俺はじいちゃんからある土地を譲られた。 木に囲まれてるから陽当たりは悪いし、土地を管理するのにも金は掛かるし…此処だと売ったとしても買う者が居ない。 何より、世話になったじいちゃんから譲られたものだ。 そうだ。この雰囲気を利用してカフェを作ってみよう。 なんか、まぁ、ダラダラと。 で、お客さんは井戸端会議するお婆ちゃんばっかなんだけど……? 「おぉ〜っ!!? 腰が!! 腰が痛くないよ!?」 「あ、足が軽いよぉ〜っ!!」 「あの時みたいに頭が冴えるわ…!!」 あ、あのー…? その場所には何故か特別な事が起こり続けて…? これは後々、地球上で異世界の扉が開かれる前からのお話。 ※HOT男性向けランキング1位達成 ※ファンタジーランキング 24h 3位達成 ※ゆる〜く、思うがままに書いている作品です。読者様もゆる〜く呼んで頂ければ幸いです。カクヨムでも投稿中。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

神の使いでのんびり異世界旅行〜チート能力は、あくまで自由に生きる為に〜

和玄
ファンタジー
連日遅くまで働いていた男は、転倒事故によりあっけなくその一生を終えた。しかし死後、ある女神からの誘いで使徒として異世界で旅をすることになる。 与えられたのは並外れた身体能力を備えた体と、卓越した魔法の才能。 だが骨の髄まで小市民である彼は思った。とにかく自由を第一に異世界を楽しもうと。 地道に進む予定です。

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

処理中です...