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ヘリオス王国編

第31話 トンノのカルパッチョ

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「そういう訳で、あの子ジャンはもうウチの子なんだ。誰がなんと言おうと何処へもやらないし、誰にも奪わせないよ」


 女将さんは、旦那さんが持ってきたエールを一気飲みしながらそう語った。


「おい、惚れるなよ? コイツは俺のモンだからな」

「あん? アタシをモノ扱いするなんざ、随分と見上げた根性だねェ?」

「あはっ、あははは! ……いや、すみません。仲が良い家族のようで、いろいろとご馳走様です。ジャン君も、この宿に拾って貰えたのは僥倖ぎょうこうでしたね」

 この夫婦に拾われたからこそ、ジャン君も笑顔でいられるんだろう。きっと解放者達の追っ手が来たとしても、守り通してくれるんじゃないかな。それこそ、この宿を捨ててでも海の向こうに逃げてくれそうだ。

 というか。もうジャン君は家族を失って欲しくない。そうでもないと、俺を呼んだ女神とやらを呪ってしまいそうだ。


「湿っぽい話して悪かったね。まぁウチの宿オススメのトンノ料理をたくさん食べとくれ!」

「まぁ俺の宿じゃなくても名物は食えるけどな! うははは!」

 夫婦にそんな冗談を言われつつ、俺は出された料理を一口ぱくりと食べてみる。

 ……うん、とっても美味しいよ。
 でもきっと、この宿の暖かい雰囲気で食べられるからかもしれない。ここを紹介してくれた冒険者組合のソルティーナさんには、あとでキチンとお礼しないといけないね。


 それはそうと、トンノ料理は日本でいうマグロ料理だった。
 トンノマグロを薄切りにして、軽く焦げ目がつくまでさっと強火で炙る。

 スライスした玉ねぎと、オリーブオイルで炒めたガーリック、塩、バルサミコ酢のような調味料を合わせたドレッシングをかけた逸品だ。
 見た目は完全にオシャレなカルパッチョ。

 フォークですくって口に運べば、爽やかな酸味とガーリックのコク、そして魚本来の甘味と旨味が舌の上で爆発する。
 丁寧に下処理がされているので臭みはほとんど感じないし、トンノの脂が口の中でほどけるように広がる。

 もう、白ワインが進むこと進むこと。
 トンノ、ワイン、トンノとローテーションが一度組まれると、一同は手が止まらなくなってしまった。


「料理が美味しいからって飲み過ぎは良く無いですよ、ロロルさん?」

「うるっさいわねぇ!! なにが女神様よ!! 幼子も守れず、その親見殺しにしといてふざけるんじゃないわよ! いったいどっちが悪魔なんだっていうのよ!」


 おーおー荒れてるなぁ。
 そんなこと言ったって、世の中理不尽だらけなのは大人なロロルにも分かってるだろうに。
 それに一番悪いのは、救世主のような甘い事を語って正義の味方ごっこで他人を殺し、悦に浸っている奴らだろう?

 ――結局、その後もロロルはワインをカポカポと飲み続け、瓶を三本も空けて机に突っ伏したまま寝落ちしてしまった。


「悪いね、兄ちゃん。アタシらが変な話したばっかりにさ……」

「いえいえ、そんなことは無いですよ。今後この国を旅する上で気を付けなければいけないことなど、色々とお話を聞けたので有意義でしたよ。避けられる危険は回避するに越したことはないですからね。……ロロルは適当に、リタの部屋にでも転がしておきますので」

「そうです! ジャン君と食堂に戻って来たら先にご飯をお二人に食べられていた恨みを、ボクは絶対に忘れません! ロロルさんは今夜は床にでも寝てもらうです!」


 ……うん、暗い雰囲気を誤魔化す為に冗談を言ってるなら良い話なんだけど、リタの場合は深く考えずに本気の可能性の方が高いからなぁ。明日の朝ご飯はリタとの争奪戦になりそうだ。

 そんな事を考えながら、俺はロロルをキチンと女部屋のベッドの上に寝かし、布団を掛けてあげてからアンさんと一緒に自室へ戻った。


「……しかし悪魔かぁ。この世界へ来る前なら、もしかしたら崇拝していたかもしれない」

 勤めていた病院では、それこそ毎日のように付き合いのあった患者さんが亡くなっていく。どんなに頭を使い手を尽くしても、どうにもならない時がほとんどなのだ。

 『昨日まで元気だったのに』

 そう言って泣き崩れる家族なんて、腐るほど見てきたんだ。
 神に祈ったところで、救われた試しなどない。
 悪夢の様な状態から解放されるなら、救ってくれない神よりも他のモノ異形に縋りたくなるのが人間の心理というものなのかも知れないね。


「くぅーん?」

「あはは。大丈夫だよアンさん。今はこの魔法のある世界を満喫してるんだ。それに俺はこれでも、世界を救う勇者サマなんだぜ?」

 俺と一緒にベッドの上で転がっている、温かく柔らかな毛並みのアンさんを撫でながら、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。


 ◆◆◇◇


「んんーっ! なんですか、コレは! 美味しすぎですっ! 悪魔的魅力ですぅ!」

「美味しいのは分かるけど、リタは神官だよ? 悪魔の魅力にやられたらダメじゃない?」

「でもアンタが出した醤油のせいでこうなったのよ? アンタにも責任は充分あるわよ」


 朝から何を茶番しているかって?
 昨晩のトンノマグロ料理に感動した俺は、宿の旦那さんに醤油を提供してみたのだ。

 手始めに、港町テトリア産の魚の干物に大根おろしとスダチもどきを添えて、朝ご飯として出してもらった。

 この農業大国ヘリオスの国では、白米は一般的によく食べられている。元日本人としては、この組み合わせで食べるしか無いと思ったのが理由だ。


「いやぁ、お前さんの故郷の"醤油"ってのは凄いねぇ! コレを使うだけで、ウチの定食がひと回りも二回りも味が上がったよ! しかも醤油の作り方まで教わっちまって、こっちがお金を払いたいくらいだよ」

「いやいや、俺としては宿の食事代をタダにして貰っただけで十分ですって。この国は小麦も大豆もたくさん取れるみたいだし、これからいろんな醤油が出来上がると思うと楽しみですよ」

「おうっ。俺が仕入れてる先の農家や店なんかにも協力して貰うことにしたぜ。漁師組合なんかも、ダシ醤油を作るっつったら生簀いけすの魚のように食いついてきたわ! んはははっ」


 ダシ醤油やポン酢なんかの調味料が出来れば、俺の料理の幅は更に跳ね上がる。
 それにゆずポンや牡蠣醤油も欲しいなぁ。あ、卵がけご飯も食べなきゃ。ぐふふふ。


「ご飯も良いけど、アンタは旅の目的を忘れていないかしら。私たちは、この国の王が管理している神器を受け取りに行かなきゃいけないのよ?」

「わ、ワスレテナイデスヨ?」


 ……嘘です。調味料の事しか考えてませんでした。
 だって旅をする上で食事は大事だよ!?


「せいぜい女神サマに呆れられないように気をつけてね」
「ぐぬぅ……」
「それより、これから向かう予定の王都“ヘキザット”に向かう方法を私たちは探さなきゃならないのよ」

 そう。昨日聞いたんだが、ここからヘキザットへの最短の道が封鎖されているらしいのだ。

「まったく、船旅のトラブルの次は街道封鎖かよ!? しかし、なんでまた街道を??」

「なんでも、途中にあるクロフィルという町がモンスターに襲われて壊滅したらしいです。ヘリオス国所有の領主軍が制圧戦をしているので、一般人は立ち入り禁止なんだそうです~」

「え? なら尚更に俺が行った方がいいんじゃね? ほら、これでも勇者なんだし」

 聖剣クラージュなんかを手に入れても使ったのなんてウナギもどきの時以来だ。しかも調理用の包丁として。
 アレ? 勇者ってなんだっけ?? 俺ツェーは!?


「まぁ短絡的に考えればそうなんでしょうけど。……アンタ、例えば自分がこの国の軍人だとするわよ? いきなり『勇者でーす』って頭のおかしい奴がノコノコとやって来て、『あとは俺に任せろ!』って言われて『はい、お願いします!』ってなると思う?」

「……ならないです」

「でしょ? 指揮系統は確実にメチャクチャになるわ、制圧の段取りは取れない、言うこと聞かない、勝手に突撃して撹乱させられる。……想像しただけでもマズいでしょ?」

「ハハハ……すみません、私が考え無しでした……」


 流石に他人に迷惑かけてまで、しゃしゃり出ることはしたくは無い。
 国難の時に更なる危機を及ぼすなんてしてしまえば、下手をすれば神器を貰えないどころか、国外追放されてしまうだろう。


「うん。でもアンタはまだ皆の話を理解しようとするだけ、マトモな部類のアホで良かったわ?」

「……アリガトウゴザイマス」

「でも、街道が無理ならどうするです? 迂回するですか?」

「うーん。そうするしかないよなぁ。えーっと、じゃあ……」


 俺はソルティーナさんに貰った簡易版の地図を、朝ご飯を片付け終わった後のテーブルに広げ、みんなで打開策を話し合い始めるのであった。

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