31 / 45
ヘリオス王国編
第31話 トンノのカルパッチョ
しおりを挟む「そういう訳で、あの子はもうウチの子なんだ。誰がなんと言おうと何処へもやらないし、誰にも奪わせないよ」
女将さんは、旦那さんが持ってきたエールを一気飲みしながらそう語った。
「おい、惚れるなよ? コイツは俺のモンだからな」
「あん? アタシをモノ扱いするなんざ、随分と見上げた根性だねェ?」
「あはっ、あははは! ……いや、すみません。仲が良い家族のようで、いろいろとご馳走様です。ジャン君も、この宿に拾って貰えたのは僥倖でしたね」
この夫婦に拾われたからこそ、ジャン君も笑顔でいられるんだろう。きっと解放者達の追っ手が来たとしても、守り通してくれるんじゃないかな。それこそ、この宿を捨ててでも海の向こうに逃げてくれそうだ。
というか。もうジャン君は家族を失って欲しくない。そうでもないと、俺を呼んだ女神とやらを呪ってしまいそうだ。
「湿っぽい話して悪かったね。まぁウチの宿オススメのトンノ料理をたくさん食べとくれ!」
「まぁ俺の宿じゃなくても名物は食えるけどな! うははは!」
夫婦にそんな冗談を言われつつ、俺は出された料理を一口ぱくりと食べてみる。
……うん、とっても美味しいよ。
でもきっと、この宿の暖かい雰囲気で食べられるからかもしれない。ここを紹介してくれた冒険者組合のソルティーナさんには、あとでキチンとお礼しないといけないね。
それはそうと、トンノ料理は日本でいうマグロ料理だった。
トンノを薄切りにして、軽く焦げ目がつくまでさっと強火で炙る。
スライスした玉ねぎと、オリーブオイルで炒めたガーリック、塩、バルサミコ酢のような調味料を合わせたドレッシングをかけた逸品だ。
見た目は完全にオシャレなカルパッチョ。
フォークで掬って口に運べば、爽やかな酸味とガーリックのコク、そして魚本来の甘味と旨味が舌の上で爆発する。
丁寧に下処理がされているので臭みはほとんど感じないし、トンノの脂が口の中でほどけるように広がる。
もう、白ワインが進むこと進むこと。
トンノ、ワイン、トンノとローテーションが一度組まれると、一同は手が止まらなくなってしまった。
「料理が美味しいからって飲み過ぎは良く無いですよ、ロロルさん?」
「うるっさいわねぇ!! なにが女神様よ!! 幼子も守れず、その親見殺しにしといてふざけるんじゃないわよ! いったいどっちが悪魔なんだっていうのよ!」
おーおー荒れてるなぁ。
そんなこと言ったって、世の中理不尽だらけなのは大人なロロルにも分かってるだろうに。
それに一番悪いのは、救世主のような甘い事を語って正義の味方ごっこで他人を殺し、悦に浸っている奴らだろう?
――結局、その後もロロルはワインをカポカポと飲み続け、瓶を三本も空けて机に突っ伏したまま寝落ちしてしまった。
「悪いね、兄ちゃん。アタシらが変な話したばっかりにさ……」
「いえいえ、そんなことは無いですよ。今後この国を旅する上で気を付けなければいけないことなど、色々とお話を聞けたので有意義でしたよ。避けられる危険は回避するに越したことはないですからね。……ロロルは適当に、リタの部屋にでも転がしておきますので」
「そうです! ジャン君と食堂に戻って来たら先にご飯をお二人に食べられていた恨みを、ボクは絶対に忘れません! ロロルさんは今夜は床にでも寝てもらうです!」
……うん、暗い雰囲気を誤魔化す為に冗談を言ってるなら良い話なんだけど、リタの場合は深く考えずに本気の可能性の方が高いからなぁ。明日の朝ご飯はリタとの争奪戦になりそうだ。
そんな事を考えながら、俺はロロルをキチンと女部屋のベッドの上に寝かし、布団を掛けてあげてからアンさんと一緒に自室へ戻った。
「……しかし悪魔かぁ。この世界へ来る前なら、もしかしたら崇拝していたかもしれない」
勤めていた病院では、それこそ毎日のように付き合いのあった患者さんが亡くなっていく。どんなに頭を使い手を尽くしても、どうにもならない時がほとんどなのだ。
『昨日まで元気だったのに』
そう言って泣き崩れる家族なんて、腐るほど見てきたんだ。
神に祈ったところで、救われた試しなどない。
悪夢の様な状態から解放されるなら、救ってくれない神よりも他のモノに縋りたくなるのが人間の心理というものなのかも知れないね。
「くぅーん?」
「あはは。大丈夫だよアンさん。今はこの魔法のある世界を満喫してるんだ。それに俺はこれでも、世界を救う勇者サマなんだぜ?」
俺と一緒にベッドの上で転がっている、温かく柔らかな毛並みのアンさんを撫でながら、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。
◆◆◇◇
「んんーっ! なんですか、コレは! 美味しすぎですっ! 悪魔的魅力ですぅ!」
「美味しいのは分かるけど、リタは神官だよ? 悪魔の魅力にやられたらダメじゃない?」
「でもアンタが出した醤油のせいでこうなったのよ? アンタにも責任は充分あるわよ」
朝から何を茶番しているかって?
昨晩のトンノ料理に感動した俺は、宿の旦那さんに醤油を提供してみたのだ。
手始めに、港町テトリア産の魚の干物に大根おろしとスダチもどきを添えて、朝ご飯として出してもらった。
この農業大国ヘリオスの国では、白米は一般的によく食べられている。元日本人としては、この組み合わせで食べるしか無いと思ったのが理由だ。
「いやぁ、お前さんの故郷の"醤油"ってのは凄いねぇ! コレを使うだけで、ウチの定食がひと回りも二回りも味が上がったよ! しかも醤油の作り方まで教わっちまって、こっちがお金を払いたいくらいだよ」
「いやいや、俺としては宿の食事代をタダにして貰っただけで十分ですって。この国は小麦も大豆もたくさん取れるみたいだし、これからいろんな醤油が出来上がると思うと楽しみですよ」
「おうっ。俺が仕入れてる先の農家や店なんかにも協力して貰うことにしたぜ。漁師組合なんかも、ダシ醤油を作るっつったら生簀の魚のように食いついてきたわ! んはははっ」
ダシ醤油やポン酢なんかの調味料が出来れば、俺の料理の幅は更に跳ね上がる。
それにゆずポンや牡蠣醤油も欲しいなぁ。あ、卵がけご飯も食べなきゃ。ぐふふふ。
「ご飯も良いけど、アンタは旅の目的を忘れていないかしら。私たちは、この国の王が管理している神器を受け取りに行かなきゃいけないのよ?」
「わ、ワスレテナイデスヨ?」
……嘘です。調味料の事しか考えてませんでした。
だって旅をする上で食事は大事だよ!?
「せいぜい女神サマに呆れられないように気をつけてね」
「ぐぬぅ……」
「それより、これから向かう予定の王都“ヘキザット”に向かう方法を私たちは探さなきゃならないのよ」
そう。昨日聞いたんだが、ここからヘキザットへの最短の道が封鎖されているらしいのだ。
「まったく、船旅のトラブルの次は街道封鎖かよ!? しかし、なんでまた街道を??」
「なんでも、途中にあるクロフィルという町がモンスターに襲われて壊滅したらしいです。ヘリオス国所有の領主軍が制圧戦をしているので、一般人は立ち入り禁止なんだそうです~」
「え? なら尚更に俺が行った方がいいんじゃね? ほら、これでも勇者なんだし」
聖剣クラージュなんかを手に入れても使ったのなんてウナギもどきの時以来だ。しかも調理用の包丁として。
アレ? 勇者ってなんだっけ?? 俺ツェーは!?
「まぁ短絡的に考えればそうなんでしょうけど。……アンタ、例えば自分がこの国の軍人だとするわよ? いきなり『勇者でーす』って頭のおかしい奴がノコノコとやって来て、『あとは俺に任せろ!』って言われて『はい、お願いします!』ってなると思う?」
「……ならないです」
「でしょ? 指揮系統は確実にメチャクチャになるわ、制圧の段取りは取れない、言うこと聞かない、勝手に突撃して撹乱させられる。……想像しただけでもマズいでしょ?」
「ハハハ……すみません、私が考え無しでした……」
流石に他人に迷惑かけてまで、しゃしゃり出ることはしたくは無い。
国難の時に更なる危機を及ぼすなんてしてしまえば、下手をすれば神器を貰えないどころか、国外追放されてしまうだろう。
「うん。でもアンタはまだ皆の話を理解しようとするだけ、マトモな部類のアホで良かったわ?」
「……アリガトウゴザイマス」
「でも、街道が無理ならどうするです? 迂回するですか?」
「うーん。そうするしかないよなぁ。えーっと、じゃあ……」
俺はソルティーナさんに貰った簡易版の地図を、朝ご飯を片付け終わった後のテーブルに広げ、みんなで打開策を話し合い始めるのであった。
11
お気に入りに追加
459
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)
荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」
俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」
ハーデス 「では……」
俺 「だが断る!」
ハーデス 「むっ、今何と?」
俺 「断ると言ったんだ」
ハーデス 「なぜだ?」
俺 「……俺のレベルだ」
ハーデス 「……は?」
俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」
ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」
俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」
ハーデス 「……正気……なのか?」
俺 「もちろん」
異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。
たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!
お帰り転生―素質だけは世界最高の素人魔術師、前々世の復讐をする。
永礼 経
ファンタジー
特性「本の虫」を選んで転生し、3度目の人生を歩むことになったキール・ヴァイス。
17歳を迎えた彼は王立大学へ進学。
その書庫「王立大学書庫」で、一冊の不思議な本と出会う。
その本こそ、『真魔術式総覧』。
かつて、大魔導士ロバート・エルダー・ボウンが記した書であった。
伝説の大魔導士の手による書物を手にしたキールは、現在では失われたボウン独自の魔術式を身に付けていくとともに、
自身の生前の記憶や前々世の自分との邂逅を果たしながら、仲間たちと共に、様々な試練を乗り越えてゆく。
彼の周囲に続々と集まってくる様々な人々との関わり合いを経て、ただの素人魔術師は伝説の大魔導士への道を歩む。
魔法戦あり、恋愛要素?ありの冒険譚です。
【本作品はカクヨムさまで掲載しているものの転載です】
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
じいちゃんから譲られた土地に店を開いた。そしたら限界集落だった店の周りが都会になっていた。
ゆうらしあ
ファンタジー
死ぬ間際、俺はじいちゃんからある土地を譲られた。
木に囲まれてるから陽当たりは悪いし、土地を管理するのにも金は掛かるし…此処だと売ったとしても買う者が居ない。
何より、世話になったじいちゃんから譲られたものだ。
そうだ。この雰囲気を利用してカフェを作ってみよう。
なんか、まぁ、ダラダラと。
で、お客さんは井戸端会議するお婆ちゃんばっかなんだけど……?
「おぉ〜っ!!? 腰が!! 腰が痛くないよ!?」
「あ、足が軽いよぉ〜っ!!」
「あの時みたいに頭が冴えるわ…!!」
あ、あのー…?
その場所には何故か特別な事が起こり続けて…?
これは後々、地球上で異世界の扉が開かれる前からのお話。
※HOT男性向けランキング1位達成
※ファンタジーランキング 24h 3位達成
※ゆる〜く、思うがままに書いている作品です。読者様もゆる〜く呼んで頂ければ幸いです。カクヨムでも投稿中。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる