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聖女襲来

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 ◇

「すまない、ジュリア。俺ではお前を幸せにすることはできないようだ。今日をもって、婚約関係は解消させてくれ……」

 あれからも私は必死に勉強と実技を重ね、運命に抗おうと努力してきた。

 だけど私の目の前で今まさに、あの日の夢が無情にも現実になろうとしていた。


「そんな……アンドレ様」
「俺はあの流行り病に罹ってしまったようだ。こんな状態では王にはなれない。お前にも迷惑を……ゴホッゴホッ!!」

 あれだけ強気だったアンドレ様もベッドの上に寝かされ、弱々しく私に語りかけている。

 ここ数日で急に体調を崩してからというもの、こうして息をするだけでも苦しそうだ。この病の深刻さが見て取れる。


「アンドレ様……そんなことを仰らないで……」

 私は王子の手を取り、自分の頬に当てた。彼のことを想うと、自然と涙が溢れてくる。


「よくもまぁ、そんなことをぬけぬけと言えましたね」
「え……?」

 そんな私たちの前に、見知らぬ少女が現れた。

 修道服を着た彼女は青い長髪を揺らしながら、私達の元に近寄ってくる。


「アンドレ殿下がこうなってしまったのは、貴方の身体から発せられる邪気にあてられたせいなのですよ? さぁ、今すぐにそこから離れなさい」
「ちょ、ちょっと!?」

 反論する間もなく、その人物は私の腕を掴むと、無理やりアンドレ様から引き剥がした。


「聖女マリー。やはり現れましたわね……」
「安心してください。殿下は聖女である私が、責任をもって生涯付き添いますから」

 間違いない。状況は少し違うけれど、この人は夢で見た、あの聖女マリーだった。

 まるで私の存在など眼中にないとばかりに、彼女は一方的に話を進めていく。そして私を無視して、アンドレ様は彼女にすがりつくように懇願し始めた。


「頼むよ、君だけが頼りなんだ……。俺を助けてくれるのは、もう君しかいないんだよ……。どうか俺の側にいて、これからも一緒に歩んでくれないか?」
「はい、喜んで! もちろんですわ!!」

 そう言って嬉しそうにアンドレ様の手を取る聖女マリー。アンドレ様も満足げに笑みを浮かべている。


 ――悔しい。

 私の大事な婚約者が他の女に触れられているだけで、今すぐ聖女を八つ裂きにしてやりたくなる。

 あと一歩。あと一つ何か手掛かりが見付かれば、光明が見える気がするのに……!!


「さぁ、王子。まずはこの聖薬を飲んでください。元気になって、二人で愛を深めましょう!」
「ああ、分かった。……ん? ちょっと待て、マリーはその聖薬とやらは飲まないのか?」
「え? わ、私ですか?」

 話を自身に振られたマリーは挙動不審になる。

 それまで死にそうだったアンドレ様も、逃がさないとばかりに彼女の顔を下から覗きこんだ。


「ん? いくら聖女と言えど、流行り病に罹らないとは限らないだろう?」
「聖女は教会の教えで、聖薬と共に聖灰を飲んでおりますので……ほら、このような……」

 その瞬間、笑顔だったアンドレ様が真顔になり、聖女マリーの手をガシっと掴んだ。


「ジュリア!」
「はい!」

 名前を呼ばれた私は、それまで消していた気配を元に戻し、聖女マリーを背後から襲う。


「ちょ、ちょっと!? 放しなさい!!」
「はーい、失礼しますわね~。ほうほう、これが聖薬? こっちが聖灰? なるほど?」


 仮病をしていたアンドレ王子に彼女を確保してもらっている間に、私はマリーから二つの薬を奪い……もとい預かった。

 その薬はどちらも粉薬のようで、皮の小袋にぎっしりと詰められている。

 聖薬は青く、聖灰は真っ黒な色をしている。これは……事前の見立てが当たってしまいそうな予感がする。


「やめなさい! その汚らわしい手で、神の加護を得た聖なる薬に触れるんじゃありません!!」
「へぇ? それは病を治してくれる神ですか。その加護とやらは、具体的にどういう効果を? 吸収はどの部位で? 代謝は肝臓? 排泄は腎臓で?」
「え? え??」


 ――思った通り。聖女はこの薬がどういったものなのか、何も知らされていないようですわね。

 固まるマリーを余所に、私は用意しておいた鑑定用の器具を取り出す。そして私はこれまで学んできた知識を用いて、これがどういった薬物なのかを特定した。


「やはり、聖薬が原因でしたわ。教会はこれを飲ませ、流行り病だと嘘を教え込ませていたのですね」
「本当かジュリア。なんと恐ろしいことを……」

 聖薬の中身を調べてみると、有名な毒草が少しずつ配合された、死なない毒薬であることが判明した。

 つまりこの流行り病は、人に感染することもなければ、病気ですらなかったのだ。

 当然、このことを聖女マリーに伝えたところで簡単に信じることもなく。


「ちょっと、勝手にそんなことをして! 貴方たち、罰が当たるわよ!!」
「……聖女マリー。貴方も他人事ではないので、教えてあげますわ。――貴方、教会に騙されて殺されるわよ」
「……は?」

 大口を開けてポカンとするマリーに、私は聖灰と呼ばれていた粉末を見せる。


「これは聖薬が体内に吸収されるのを防ぐ効果のある薬です。見ていてくださいね……」

 とまぁ、そんなことを言ったところで、彼女が信じないのは承知の上。

 だから私は、予め準備しておいた小さな木箱を取り出した。


「きゃあっ!? な、なんでネズミが!?」
「この子たちに、試しに飲んでみてもらいます。……ちょっと可哀想ですが」

 まずは、聖薬と聖灰を混ぜてからネズミに飲ませてみる。


「……ピンピンしてるな」
「そうですわね。では次は聖薬だけを飲ませてみますわ……」

 今度は聖灰を混ぜずに、聖薬を別のネズミの口に押し込んだ。

 するとネズミは薬を飲み込んだ瞬間、ビクビクと痙攣し始める。そして間もなく、息を引き取ってしまった。

 それを見たマリーは驚きを通り越して、口を開けて唖然としてしまっている。


「おそらく聖灰の正体は、植物を炭にした後、粉末になるまで砕いたものですわね。炭は毒物を吸着する効果がありますので、聖薬の毒が体内に吸収されるのを抑えられるはずです」
「ジュリア、しかしそれで聖薬の毒は完全に防げるのか?」
「いえ。すぐに効果は出なくとも、次第に毒は体内に蓄積されていくでしょう。寿命が縮むのは間違いないかと」
「そ、そんな……教会はそれじゃあ……」
「この薬と聖女は、教会にとって都合の良い相手に取り入るために使われたんだろうな」
「……っ!?」

 あくまでも聖灰の効果は毒の吸収を遅らせるだけ。無毒化するわけじゃない。

 マリーの顔色は、もう紙のように白い。きっともう何を言われているのか理解できていないだろう。

 私は追い打ちをかけるように、彼女に現実を突き付けることにした。


「マリーさん? これでも貴方はまだ、教会に従うのですか? 駒扱いされて、このネズミのように捨てられても良いと?」
「い、良いわけがないじゃない……ゆ、許せないわ……!!」
「なら、これから教会を潰すために行動を起こしましょう。もちろん、私たちもお手伝いしますわ。ねぇ、アンドレ様?」
「ああ、そうだな。俺の可愛いジュリアを追い出そうとしたんだ。その報いは必ず受けさせるさ」

 そう言って、アンドレ様は私の肩を抱き寄せる。そして頬擦りしてきた。


「あー、やっぱりお前が一番だぜジュリア~!」
「ふふ、ありがとうございます。……あら? マリーさん、どうかされました? 顔色が優れませんが……」

 先程まで青かった顔が、今は真っ赤になっている。

 何か言おうとして口をパクパクさせているが、言葉にならないようだ。どうやら私たちの仲が良すぎたせいで、驚かせてしまったみたい。

 ――ふふふ。この陰謀のおかげで、私たちはむしろ熱々の恋人になれましたの。ある意味では教会に感謝しておりますわ。


「……し、仕方ないわ。あとはもう、貴方たちの好きにすればいいじゃない」
「マリーはこれから、どうするつもりなんだ?」
「私は他の聖女たちにも、今回のことを全て話してくるわ。お二人もここまでやったのだから、もちろん手伝ってくれるわよね?」

 言葉の節々に棘を感じるも、私とアンドレ様は互いの顔を見合わせるとクスクスと笑った。


「ええ、勿論。一緒に頑張りましょうね」
「あぁ。俺たちと協力して、教会の闇を暴こう」
「……なんでかしら。死なずに済んだというのに、なぜか腑に落ちないわ……」

 こうして私たちは、聖女マリーの協力を得ることに成功した。

 彼女の言う通り、過去に同様の手口で聖女に仕立てられた人たちも被害者だ。知る権利がある。

 それどころか、彼女たちが嫁いだ有力貴族や王族たちも、真相を知ればきっと黙ってはいないだろう。


「アンドレ様、これでようやく解決しそうですわね!」
「はは、そうだな。すべてが片付いたら、結婚式の準備をしようか」
「……二人とも。そういうイチャイチャは、私がいないところでやってくださいません?」

 はしゃぐ私たちの声を聞いて、マリーは飽きれた表情を浮かべる。
 私とアンドレ様は気にした様子もなく、幸せいっぱいに微笑み返すのだった。

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