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王子の焦り

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 ◇

 最近、婚約者であるジュリアの様子がおかしい。

 幼い頃から俺と一緒に王族や貴族の勉強を抜け出して遊んでいたのに、ある日突然、中身が入れ替わってしまったかのように真面目な性格になってしまった。

 俺が城を抜け出して城下町に遊びに行こうと誘っても『危ないから』の一点張りだし、最近噂になっている教会の聖女を観に行こうと言うと急に震え出す。


 もしやタチの悪い流行り病にでもなってしまったのかと思ったら、今度は『王城の医者を紹介してほしい』と言い出した。

 これは本格的に頭の病気かと思ったのだが……。


「医者に弟子入りをしたい? お前、本当に大丈夫か……?」

 もう一度言うが、ジュリアは俺の婚約者。将来の王妃となる人物だ。

 そんな女性が医者に弟子入りをしたいだなんて、本当にどうかしている。


「どうしてですの? 他の貴族令嬢だって、どなたかの師事を受ける場合だってございますでしょう?」
「いや、誰かに弟子入りするのが悪いってわけじゃないけど……」

 貴族令嬢ならば、刺繍や音楽といった習い事をするのが通例だ。医者に弟子入りをしたいと言い出した令嬢なんて、俺は初めて聞いた。


「お願いしますわ……私には、アンドレ様しか頼れる殿方がおりませんので……」
「うぐっ。その頼み方は狡いだろ……分かったよ。でも口添えだけだからな。あの爺さん、偏屈で俺も苦手なんだ……」
「ありがとうございます! さすがはアンドレ様ですわ! 頼れるし、お優しい!!」

 そう言ってジュリアは俺の手を掴み、うるうるとした瞳で見上げてくる。


「うぅ……やっぱり調子が狂うな……」

 コイツの顔なんてガキの頃から見慣れているはずなのに、見つめられているだけで胸が苦しくなってきた。ジュリアにも少しは可愛げってやつが出てきたのだろうか……。


 仕方なく、俺が昔から世話になっている医者を紹介してやった。どうせすぐに追い返されると思ったのだが……。


「もし流行り病が空気ではなく、何か物体や動物を介したものが原因だとしたらどうでしょうか?」
「ほう、それは面白い考えじゃな! どうしてそう思ったんじゃ?」
「実際に罹った患者の行動記録を見てみると――」

 どういうわけか、爺さんとジュリアは意気投合。王子である俺をそっちのけで、熱心に討論を始めてしまった。


「お主、名をジュリアと言ったか? いやぁ、女の割に物凄い知見の広さじゃ。そして考えが柔軟! ここまでワシと話が合うのは、初めてのことじゃ!!」
「いえいえ、所詮私は本によるもの。先生が現場で培った、生きた知識には到底及びませんわ」
「ほっほっほ! いや、女と言って侮って悪かった。これはアホ王子の妻にしておくのは勿体ない逸材じゃな。どうじゃ、儂と一緒にこの国一番の名医を目指さんか?」
「おい、糞ジジイ。俺の妻を勝手に奪うな。不敬だぞ」

 そうやって俺が不満をこぼすと、二人は顔を見合わせて笑い出した。

 まったく、俺じゃなきゃ牢屋行きにさせるところだぞ。


 ……しかしあの無気力だったジュリアが、まさかここまでやる女だったとは。


 たしかにここ最近、ずっと図書館に篭もって勉強をしているとは思ったが。

 もしや本当に王妃をやめて、医者にでもなるつもりなのか?

 そうしたら俺は用済みになって、あっさり捨てられる……?


「俺は絶対にジュリアを手放さないぞ」
「……? 何か言いましたか、アンドレ様」

 キョトン、とした顔を俺に向けるジュリア。

 昔は親が決めた婚約だと、恋愛なんて半ば諦めていた。だがいつの間にか俺は、ジュリア以外と結婚をしたいなんて思わなくなっていた。


 そして今日、俺は気付いてしまった。

 本当に俺は彼女の夫として相応しいのか?

 それに見合う努力を、俺はしていたのだろうか……。


「――俺はここで失礼する。あとは頼んだぞ、名医殿」
「ちょっと、どこへ行かれるのです?」
「やるべきことを、思い出したのでな」

 手に入れたいものがあるのなら、何が何でも手に入れてやる。

 相応しくないのなら、相応しいだけの男になればいいのだ。


「やってやろうじゃねぇか。本気を出した王子を舐めんじゃねぇぞ」

 なにしろ俺は、傲慢な王子様なんだからな――。


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