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第1話 マガイモノの2人。

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「あぁ!? てめぇ急に出てきやがって、ナニモンだ!?」

 月曜日の昼下がり。

 とある都内の高校の中庭で、白昼堂々と恫喝どうかつをしている学ラン姿の不良少年が3人。
 彼らと対するは、頭の天辺から靴のつま先まで真っ白な見た目をした美少年。

 まるで興味がなさそうな気怠けだるい表情をしながら、不良たちに立ちはだかるようにして立っている。

 そして地面の上には、不良たちと同じ制服を着た坊主頭の男の子がたおれていた。


「ん……。ボクが誰かなんて、どうだっていいよ。そんなことよりも早く要件を済ませたいんだけど。その方がキミたちにとってもまだ有益でしょう?」


 年の頃はそう変わらないだろうに、白の少年は彼らのおどしに全く動じていない。
 むしろあおるような口調と何の感情も乗らないひとみをしてくる彼に対し、鼻にゴツめのピアスをした少年は苛立ちを更につのらせていく。


「なにをゴチャゴチャうぜぇこと言ってんだよ、このモヤシ野郎! 用が無ぇんだったら、どっかいけよ!」
「つーか、何なのコイツの白さ! 今の時代に白髪ってマジ?」
「服も白一色とか頭おかしいだろ。精神病院から出てきたんじゃね~?」


 この不良ピアスの後ろにいた子分AとBも追従して、少年への誹謗ひぼうを重ねる。
 だが、白の彼には柳に風。変わらず無表情のままだ。


「もう気は済んだ? それじゃあそろそろ、ボクの要件も聞いてほしいんだけど。――いいかな?」
「くっ……。よ、要件だと……?」


 まるで仮面を貼りつけたかのように急にニッコリと微笑ほほえみ始めた少年。そんな今まで感じたことの無い得体の知れなさを感じたピアス少年は、思わず数歩後ずさってしまう。

 それでも白の少年は彼に構うことなく、そのまま再び口を開く。


「キミたち……この倒れている男の子にイジメをしていたね? それも日常的に、繰り返し、繰り返し。脅迫きょうはく、暴行、金銭を求める恐喝きょうかつ行為。あとは……もういいか。面倒になってきた」
「え……はあっ!?」


 見ず知らずの、それも奇妙きみょうな出で立ちをしたヤツに己の悪行をまるで裁判官のように告げられ、顔を見合わせて戸惑う不良少年たち。


 もしかして、教師のつかいか、警察か……?

 いや、いずれにせよご丁寧ていねいに認めてやる必要はない。そう判断した彼らはわずかに残っていた反抗心を再燃さいねんさせた。


「ははっ。急に何を言い出すんだよ。俺たちはそんなことはしねぇって」
「ふーん? じゃあこの坊主頭の子は何なの?」


 可哀想に。意識を失ってぐったりと倒れている、優しそうな顔の男の子を指さす少年。

 目の前に証拠が転がっているのに良くもまぁ、いけしゃあしゃあとそんなことを言えるものだ。


「知らねーよ。……いや、こいつとは昔からの友達なんだ。だからこれは、フツーのケンカ。よくあるタダのじゃれあいだっつーの」
「ぷっ……!!」
「そ、それはお前、さすがにっ……ギャハハ!」


 ピアス少年のあまりにも苦しい言い訳に、仲間であるはずの子分たちでさえ噴き出ふきだして笑っている。

 被害者側からみれば、あまりにも非道な言動。
 普通の人間なら怒りに身を震わせるほどだ。

 ……しかし正義の味方かと思われた白の少年は怒ることもなく、気味が悪いほどのニコニコ顔。


「ふふ、そっか。キミらは仲良しなんだね。いやぁ、ボクにも大事な親友がいてさ。彼とはしょっちゅう殺し合いのケンカをしていたんだよ。あぁ、懐かしいな。またり合いたいなぁ」


 ――殺し合い。

 不良同士のセリフならありがち過ぎて一笑いっしょうすようなワードだが、なぜかこの白の少年が言うと冗談に聞こえない。

 実感のもったその不穏ふおんな言葉に、彼らは思わずたじろいでしまう。


「ま、言いたくないのなら仕方がない。ここはボクが大人しく諦めよう」
「へ? ……へへ。そうかよ。ならさっさとどっかに行けって!」


 このおかしなヤツからやっと解放されるという期待感が、すさみ始めた不良少年たちの心を満たす。


『さぁ、コイツが去ったらまたオモチャを使った憂さ晴うさばらしの再開だ』
 そんな魂胆こんたんが丸見えの下卑げひた笑いを浮かべる少年たち。


「んんー? キミたちは、何か勘違いをしているよ。諦めるって言ったのは、ボクの能力を使わずに済むことをってだけだから。もし誤解させちゃったのなら謝るよ。ごめんごめん」
「は……? のう、りょく?」
「うん、もう時間が勿体もったいないからさっさと始めよう。――能力ギフト発動『売り言葉に買い言葉ああ言えばこう言う』。さて……さっきの質問に答えるには、いくら欲しい?」


 白の少年が、手のひらを不良少年たちにかかげて何かのワードをつぶやく。キラキラとした白い粒子りゅうしのシャワーが真っ白な手から発せられ、彼らの頭をぐるりと取り囲んだ。


 突然の現象に、時が止まったかのように彼らは目を見開いて固まってしまう。
 否、さっき質問を受けた少年だけはおもむろに口を開き、ペラペラと語り始めたではないか。


「……ソノ質問デアレバ、イチ万円ニナリマス」
「あっそう。はい、じゃあコレで。さぁ、さっきボクが聞いたことについて教えてくれるかな?」
「ハイ……私ガ、コノ男ヲイジメテイマシタ。他ニモ……」


 先ほどのセリフから一転し、今までやってきたイジメや犯罪行為をイチからジュウまで滔々とうとう吐露とろしていく。
 白の少年は静かにそれを聞き通し、必要な言葉を得ると満足そうにうなずいた。


「ありがとうピアス君。ボクもあんまり手持ちのお金が無かったし、案外安く済んだから助かったよ。それじゃあ、ボクは行くね。バイバイ」


「……え? あれ、俺はいったい……?」


 白の少年がパンパン、と手を叩くと、うつろな目でボーっと語り続けていたピアス少年の意識が戻ってきた。


「お、おい!? 今のは何だったんだよ!」
「俺が知るかよ! 急に頭がボーッとして……あれ? アイツ、どこに行った?」


 我に返った不良たちが何事かと戸惑とまどっている間に、白の少年は倒れていた男の子と共にきりのように跡形あとかたもなく消え去ってしまっていた。



 ◇


 そして数時間後。

 彼らは突然駆け付けた警察たちによって補導された。

 それも今まで重ねてきた犯罪行為が全てつまびらかに示されたうえで。


 彼らは当然大人しく認めるはずもなく、やっていない、知らないと散々わめき散らした。だがそれも通用せず、長時間の聴取ちょうしゅ執り行とりおこなわれた。


 どうにか解放され、保護者にむかえに来てもらったが、今度は実の親による詰問きつもんが始まる。

 どうやら学校側から家族へ自主退学するように連絡があったようで、当初彼らの親もそれには困惑こんわくしたが……既にネット上にはイジメの内容や撮られた覚えのない実際のイジメ映像が拡散されており、もはや誤魔化すこともできなかった。


 そこへ警察からの連絡という追い打ちがあり、こうなっては自分の息子の将来を諦めるしかない状況にまで追い込まれていた。


 彼らが白の少年と出会ってからここまで、これら全てが僅かな時間で行われていた。
 普通ふつうの人間ではここまで用意周到しゅうとうに立ち回ることは不可能であろう。
 ――そう、白の少年は普通の人間ではない。

 それどころか、彼は人間ですらない。


 では彼は何をしたのか……?
 白の少年がその見た目に反して軽々と男の子をかかえて消えていった先。
 それは、イジメられていた男の子の家だった。



 ◇

「……というワケで、この子のイジメに関する事実は得られたよ。――で? 貴方たちはコレをいくらで買ってくれるのかな?」


 男の子の父親である男性とその妻とみられる女性は、息子を抱えてやってきた白い少年に二重の意味で驚愕きょうがくしていた。


 一つ目は、ワープでもしてきたかのように自宅のリビングに突然現れたこと。
 そして二つ目は、息子が同じ学校の同級生に酷いイジメを受けていたという話をされたことだ。


「ウチの息子が……イジメを……!?」
「そんなっ、まさか……」


 まさに晴天せいてん霹靂へきれき
 確かに大人しく真面目な自慢じまんの息子だが、そんなそぶりは家では一切見せたことはなかった。


「ああ。イジメられていた理由とか、今後どうするとかはボクには興味ないから。とにかく、今日はもうさっさと天界に帰りたいんだよね。ってことで……『売り言葉に買い言葉』。はい、息子さんのためにいくら出す?」


 不良少年に対してやったように、親たちにも能力らしきものを発動した。
 神秘的な光が同じように2人を包みこむと……。


「……ゴジュウ万円出ソウ。感謝スル」
「ボクはそれでいいよ。まいどあり」


 簡単にそれだけ返すと、用意されてきたお金を受け取った白の少年は再び姿を消した。


「……はっ!? ……い、今の少年はいったい!?」
「分からないわ……。羽は無かったけど、まるで天使のように美しい子だったわね」
「確かに、悪魔のように美しい男の子だった。いや、今はそれどころじゃないな」
「えぇ、そうねアナタ。さっそく動きましょう!!」


 我に返った両親は息子を襲った悲劇に我を忘れて怒り狂いかりくるい、すぐに行動に移した。
 自身の権力、金。全てを使って、息子を傷付けた者へ復讐ふくしゅうをするために。


 しかしその結果を見ることも無く、先ほどの白の少年は白い空間を軽快に歩いていた。
 そして彼の後を右半分が白、もう半分を黒の髪をした少女がトテトテと追いかける。


「待ってくださいよ、ミカエル様~!! 何でまた相棒の私を置いて人間界に行っちゃったんですかぁー! 折角の初任務だと思ったのに!! それに天使の仕事なら、ちゃんと手続きんでやってくださいよーう」


 少女は「ずっと天界で待ちぼうけだったんですけどー!!」と地団駄じだんだむ。
 一方のミカエルと呼ばれた白の少年は、少女の方を見返ることも、あゆみを緩めることも無い。
 彼は地の果てまでびている、真っ白な廊下ろうかを無言でスタスタと歩き続けている。


 少女が言った通り、彼は人間ではなく、全身をシロで染めた天使だ。
 そしてここは天界――別名、シロのセカイ――と呼ばれる、天使たちがまう世界。


「ちょっ、待ってくださいってばー! みーかーえーるー様ぁー!!」


 しつこく話し掛けられた上に、服のそでを思いっきり引っ張られたミカエル。
 さすがにうっとおしくなったのか、溜め息ためいきをひとついてから仕方なさそうに返事をすることにした。


「あのさぁ、いつキミがボクの相棒になったんだよ。それにボクの事は師匠ししょうと呼べって言っているだろう、リィン?」
「ぷぇー、痛いでしゅー、シショー! 頭グリグリは止めてーっ!」


 両拳で少女のこめかみをグリグリとこね回すミカエル。

 髪の毛をグシャグシャにされながら、リィンは涙目で師匠の暴力を抗議する。


「だいたい、ボクはボクのやりたいようにやるんだ。人間界のことも、天界のルールなんかも知ったこっちゃない。だからキミも手続きなんて面倒なモノ、適当に誤魔化し「でも天使長であるラファ様がシショーのことをお呼びでしたよ?」……はぁ、やっぱりバレちゃったか。あーぁ、彼は目敏めざといから本当にイヤになる」


 ブツブツとボヤキながら、ミカエルは自室に戻ろうとしていた足をリィンが言っていた天使長が待つ部屋へと変えて歩き出す。


「もう! 私のいう事は全っ然聞いてくれないのにー! シショーのばかーっ、アホーっ!!」


 弟子を置いて遠く小さくなっていくミカエルに向かってリィンはピョンピョン飛び跳ねながらさけぶが、彼女の状況じょうきょうは何一つ変わらない。
 天界に年月という仕組みがあるかは知らないが、ここ最近ではこんな遣り取やりとりがこの師弟の日常になっていた。


 ――だが、その日常もここまで。


 そして今ここから、2人は自身の隠された運命を知る新たな旅に出ることになる。
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